CES2011に見る電子書籍の動向

2011年2月23日
posted by 北島 圭

1月7日から13日にかけて米国ICT動向を取材した。ラスベガスで開催された2011インターナショナルCESをはじめ、サンフランシスコやシリコンバレーのトレンドをウォッチして回った。今年のCESで最も目を引いたのがスマートフォン、タブレット端末の隆盛だ。大手企業からベンチャー企業にいたるまで端末群を出展。昨年の目玉だった電子書籍端末(e-inkなどを用いた読書専用端末)は、かなりマイナーな存在になっていた。

そのような中にあって、後述する米国大手書店のバーンズ&ノーブルと、大手新聞社のニューヨークタイムズ(NYT)が、それぞれ自社のネットサービスをアピール。本来、家電とは無縁の両社の出展は既存メディアとICTの融合を実感させる光景だった。

米国ではスマートフォンが本格的な普及期に入っている。それはCES会場を周回するだけで把握できた。それこそ猫も杓子もスマートフォンを持ち歩いている。このような光景は昨年まで見られなかった。アップルがiPhoneを発売したのが07年1月。それから4年を経て飛翔の時期を迎えているようだ。CES会場に溢れるスマートフォンの展示は、このような流れを受けてのことだろう。

今年は「タブレット端末元年」?

とくに印象的だったのは、RIMが出展したスマートフォン「新型ブラックベリー」に黒山の人だかりができていたことだ。もともと米国では「スマートフォン=ブラックベリー」という傾向があり、ビジネスマンを中心にブラックベリーが普及しているが、デザインをiPhone風に衣替えした機種を投入するなど対抗意識を露に。さらにRIMは4G対応のタブレット端末「ブラックベリー プレイブック」も紹介。こちらも人気を博していた。

今年のCESの主役はタブレット端末。

今年のCESの主役はタブレット端末。

そのタブレット端末、今年はまさに「タブレット端末元年」と呼ぶに相応しい雰囲気だった。昨年は小紙をはじめ、各種メディアが「電子書籍元年」を喧伝したが、今年のCESを見る限り、その痕跡はほとんどない。単機能の電子書籍端末から多機能のタブレット端末に進化したという見方もできるが、イノベーションの急進ぶりには驚くばかりである。

これがデジタル技術の真骨頂なのだろう。要するにその気になれば、だれでも新アイデアをキャッチアップできてしまうのだ。アップルのiPadが市場投入されてから半年足らずで、似たような製品がこれだけ登場するのだから。もちろん良質な製品をつくるには卓越した技術力が必要になる。ただ品質を度外視すれば、デジタルの力でだれでも似たような製品をすぐに開発できるわけだ。

こういう状況になると、値は張るが品質の確かな製品と、価格は安いが品質の劣る製品という極端な二分化が進む。その一方で斬新なアイデアを創出しても、あっという間に競合他社に追いつかれてしまい、否応なしに叩き売りの世界に巻き込まれてしまう。これはある意味、恐ろしい世界だ。疲弊を助長するだけの体力勝負の競争を続けて、果たして健全な発展を望めるのだろうか。CESの会場を歩きながら、そんなことを考えた。

電子書籍ブームのその後

一方、今回の米国取材で改めて確認したかった点が1つある。それは電子新聞・電子書籍のトレンドだ。

昨年は「電子書籍元年」という言葉が大流行した。昨年のCESでも電子書籍端末が多数登場。電子書籍の興隆を強く印象付ける催しとなった。日本でも大きなうねりとして持て囃され、通信キャリアや家電メーカー、出版社、印刷会社がこぞって電子書籍市場への参入を表明した。

以上のような背景を踏まえ、電子書籍ブームの震源地である米国で、いま何が起こっているのか、可能な限り見聞きしたいと考えていた。

カラーのe-inkによる10インチのタッチパネルディスプレイを搭載したHanvon社の端末。

カラーのe-inkによる10インチのタッチパネルディスプレイを搭載したHanvon社の端末。

まず今年のCESの会場。先述したようにスマートフォンやタブレット端末に押されて、電子書籍端末は明らかに脇役に追いやられていた。出展数も激減し、おそらく昨年の10分の1くらいではないか。

片や、本来家電ショーとは無縁の大手書店バーンズ&ノーブルが同社の電子書籍端末「Nook」をアピール。同社スタッフに現状の手応えを聞くと「アマゾンのキンドルに独走を許しているが、Nookも売れてはいる」そうだ。

書店が電子書籍を扱うメリットについて聞くと「(米国では)来店して書籍を購入する客層よりも、通販を利用する客層のほうが多い。電子書籍は配送費がかからない分、メリットを出せる」と回答。また米国の読者は「書籍を消費する」という感覚が強い。例えば旅先で読んだ書籍をそのままホテルに寄付するなど“読み捨て”が当たり前で、蔵書家は日本に比べて少ないようだ。そういう文化圏では、かさばらない電子書籍のほうが重宝がられるのかもしれない。

ただバーンズ&ノーブルのスタッフによると「いまでも圧倒的に紙の書籍のほうが売れている」という。実は同社のブースではNookと一緒に紙の書籍も平積みにして売られていた。インタビューの最中にも何冊か売れていたが、そのたびに「なっ」と私に微笑み、レジ対応に走る彼の嬉しそうな横顔が妙に印象的だった。

新聞社もタブレット向けの電子新聞を訴求

NYTも出展。同社が発行するタブレット端末向け有料電子新聞を訴求していた。周知の通り、米国の新聞経営は危機的状況にある。そのため電子新聞に一縷の望みをつなげたいとする動きが活発化している模様だ。例えば、全国紙のUSA TODAYもiPhone、iPad向けに電子新聞を配信。同紙(紙バージョン)を買うと、電子版を訴求するチラシ(写真下)が必ず織り込まれていた。

usutoday

ラスベガスの街に出ると多くの人々がスマートフォンを携帯。同様の風景はサンフランシスコやシリコンバレーでも見られた。またタブレット端末を持ち歩く人もそれなりに見かけた。いまは黎明期で予断を許さないが、数年後には現在のスマートフォンのように普及しているかもしれない。

米国では、電子カルテなどビジネス用途からタブレット端末が普及していくと見られている。一方、電子書籍端末を持ち歩く人はほとんど見かけなかった。米国で最も売れている電子書籍端末はキンドルだが、いまでは米国メディアもあまり大きく取り上げていないようだ。

電子新聞・電子書籍の利用端末は、おそらく多機能型のスマートフォンやタブレット端末に置き換わるだろう。専用端末が生き残る可能性はそう高くないと思われる。

電子書籍はニッチな市場にとどまる

ところで、現在の米国において電子書籍がどれほどのインパクトを持っているのか、いまいち掴みきれなかった。

米アマゾンは1月27日、2010年10月―12月の決算報告で、同社が販売する電子書籍の販売数が紙の書籍を上回ったと発表したのは記憶に新しい。紙の書籍100冊に対して電子書籍は115冊売れた計算になるそうだ。

この事実だけ見ると、電子書籍は好調に伸張しているような印象を受ける。しかしそれは、ネット企業の雄として、ネットフリークから絶大な支持を得ているアマゾンだからこその数字のように思えてならない。少なくとも私の目には、昨年に比べて電子書籍は勢いがなくマイナーな存在になっているようにしか見えなかった。まぁ、目の錯覚ということもあるが…。

タブレット端末の拡大により、電子書籍がさらにブレイクする可能性はあるが、タブレット端末のアプリケーションとして期待されているのは、先述したようにビジネス系や、ゲーム、動画であり、電子書籍はむしろマイナーな扱いである。そういう観点で言っても、ニッチな市場にとどまるのではないか。

bluetooth_handsfreeふと、かつて爆発的な人気を獲得し、急速に沈んでいった「Bluetoothハンズフリー」を思い出す(写真右)。07年のCES会場を歩くと、ちょうどいまのスマートフォンのようにだれもかれもが同機を装着していた「へぇ、米国ではこんなものが流行っているのか」と目を見張ったものだが、日本では受けないだろうなと感じていた。案の定、日本では普及しなかったし、米国でも一気に冷めたようで、いまでは同機を装着する人はめっきり減った。

Bluetoothハンズフリーと電子書籍の命運を重ね合わせるのは、私がつむじ曲がりだからなのだろう。しかし、どこか似ているような気がしてならない。

ちなみに私は米国滞在中、スタンフォード大学とヒューレット・パッカードにも立ち寄ったが、スマートフォンやタブレット端末、SNS、クラウドが話題の中心で、電子新聞・電子書籍に関するテーマは出なかった。

ICTの中でも上位レイヤサービスは極めて消長の激しい世界だ。今日の人気サービスが明日には廃れている。ブロゴスフィアやケータイ小説が一世を風靡したのはついこの間のこと。もちろんいまでも存続しているが、かつての勢いはなく細々と運営されている。まさにニッチな市場だ。上位レイヤの現状を勘案すれば、電子書籍も同様の枠組みで捉えたくなる衝動を禁じえない。

過度な期待は危険

実は、世界最大の電子書籍市場は日本だ。現時点で約500億円の市場規模。米国市場はそれより一回り小さい(米出版社協会の発表によれば2010年は4億4130万ドル、またIDPFの統計によると2010年第3四半期までで約3億ドル)。しかも日本市場はこれまでアダルト系のマンガや小説がけん引車だったこともあり、人気マンガや純文学を投入することで、さらに成長するといわれている。

また、グローバルな視点に立てば日本市場は特殊な面があり、この20年間で水を買って飲む習慣が定着したような現象が電子書籍の世界で起こらないとも限らない。出版社は既存市場の縮小を何とかカバーしたいという思いも強く、著作権管理の観点からも電子書籍をキャッチアップする必要があるのだろう。

ただ、しつこいようだが、米国における現状の電子書籍端末などを見る限り、電子新聞・電子書籍に過度な期待を持つことは危険である。これが移り気な米国の消費者の中で感じた私の正直な認識だ。

メディア不況は、ネットの台頭や紙離れ・活字離れだけが問題なのではなく、比較的自由にお金を使える就労者(生産年齢人口)の減少が大きく影響していることが、ここに来てわかってきた。紙にしろ、電子にしろ、人口減少社会に即した経営体制、ビジネスモデルを確立しなければ、持続的成長はますます難しくなる。

多少、余談めくが、米国ではSNSでも地殻変動が起きつつある。SNS大手のMyspaceが社員数47%に当たる500人をリストラすると発表。数年前まで世界最大のSNSプロバイダとして飛ぶ鳥を落とす勢いの同社だったが、最近は競合のFacebookに大きく水をあけられていた。

USA TODAYによると、近年のMyspaceは技術革新の遅滞が目立っていたという。ICT産業にとって急激な成長と凋落は、古くて新しい話だが、いまをときめくSNSにかかる淘汰圧が日増しに強まっているのは事実だ。

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