前回の記事を読んだ読者から、アマゾンのキンドルショップから、電子書籍のサンプルデータをパソコン上のKindle for PCに送ることは可能では、というご指摘をいただきました。あらためてキンドルストアで手順を確認したところ、サンプルを送る際の送付先をプルダウンメニューで選べることが判明(右図を参照)。さっそくサンプルデータをいくつかKindle for PC宛てに送ってみました。
目についた本の無料のサンプルを落とし、「とりあえず自分がいま興味がある本」のライブラリーをつくっていく」という、前回のコラムで書いた「デジタル積ん読」がKindle for PC上でも可能というわけで、これは朗報です。
日本ではダウンロードが解禁されていませんが、すでにアメリカではキンドルストアで購入した電子書籍をiPhoneで読めるKindle for iPhoneが公開されています。また、アップルがiPhoneを大型化したようなタブレット型の端末を発売するのでは、という観測もあります。「Kindle for PC」「Kindle for iPhone」といったネーミングからも分かるとおり、キンドルは端末の名前であるだけでなく、アマゾンの電子書籍サービス・プラットフォームの全体をさす名称と考えた方がよさそうです。
もしかするとアマゾンは、キンドルが「デジタル立ち読み・積ん読」のためのデバイスとして使われることを、むしろ歓迎しているのかもしれません。Kindle for PCから本を選んで「詳細を見る(View Details)」をクリックすると、電子書籍以外にも、紙の本(ハードカバー、ペーパーバックのそれぞれ新刊と古書)やオーディオブックまで含めた選択肢と価格一覧が表示されます。「キンドル版(Kindle Edition)」と呼ばれる電子書籍の価格は、ペーパーバックや古書とそれほど差がない場合もあり、たんなるデータの安売りではありません。電子書籍が本を読む/買うスタイルの一つとして定着していることを感じます。
パソコンでもiPhoneでもKindle2やDXでもいいので、あらゆる手元の端末からキンドルストアにアクセスし、納得がいくまで「積ん読・立ち読み」をしてから、好みのフォーマットで購入してもらう。端末の画面で最後まで読んでもらっていいし、途中でくじけて紙で買ってもらっても、アマゾンとしてはどちらでもいい、というわけでしょう。
これまで「電子書籍」は、「紙の本の代替物」として考えられてきました。しかし、こうやってキンドルをハードウェア版(Kindle2)とソフトウェア版(Kindle for PC)で使い比べてみると、ヘンな喩えですが、銀行のATMと、インターネットバンキング程度の違いしかないような気がします(この喩えでいくと、従来の「積ん読」は「箪笥預金」でしょうか)。キンドルは「電子書籍」という商品を売っているのではなくて、さまざまな方法で「本」のコンテンツにアクセスし、有効活用するためのサービスを提供している、そう考えた方がスッキリします。
アマゾンは、すでにたんなる「オンライン書店」ではなく、インターネット上の総合小売業です。このタイミングでアマゾンが、あらためて「本」に特化した「キンドル」というサービスを世界中で開始した。そのことの意味をじっくり考える方が、あの白くて薄ぺらい機械に「紙の本にとってかわる電子書籍端末」という無理な役割を期待することより、ずっとスリリングではないでしょうか。
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執筆者紹介
- フリー編集者、文筆家。「シティロード」「ワイアード日本版(1994年創刊の第一期)」「季刊・本とコンピュータ」などの編集部を経て、2009年にボイジャーと「本と出版の未来」を取材し報告するウェブ雑誌「マガジン航」を創刊。2015年より編集発行人となる。著書『再起動せよと雑誌はいう』(京阪神エルマガジン社)、共編著『ブックビジネス2.0』(実業之日本社)、『編集進化論』(フィルムアート社)ほか。
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