以下の文章は、多くの仲間に向けたメモ書きの第一弾である。
私はこれからの一連のメモで、「電子出版が成功するには、さまざまな形の本がネットワーク化されたもの、という発想を大きく越えたものにならなければならない」ということを言おうと思う。思いがけないことに、この考えは次の問いにつながる。「書店はどうすれば、アマゾンやグーグル、アップルに対抗して(あるいは彼らを通じて)、出版社のブランド価値を取り戻せるように進化できるだろうか」。
この問題はまだ、私のなかでも考えが固まっていないものだが、他の人々にも議論に参加してほしいため、ここに投稿する。
読書という行為が「印刷された紙のページ」から、「社交的なやりとりが行われるよう設計されたオンライン空間」でなされるようになったときに、いったい何が起きるかを調査していくうち、「本とは、そこに読者が(ときには著者が)集うことができる場所のことである」という考えが浮かんできた。
「作品」という概念を、紙面の余白で行われている活動までふくめたものへと拡張するならば、「コンテンツ」という概念もまた、作品のテキストが生みだす会話までを含めたものとして、再定義されなければならない。別の言い方をするならば、ダイナミックなネットワークのなかにテキストを置くと、読書の社会的な側面が前面に出てくる、ということである。(以下のプロジェクトも参照のこと。Without Gods、 Gamer Theory、Occurrence at Owl Creek Bridge そして The Golden Notebook )
以前の投稿(「ネットワーク時代における出版の統一場理論」)のなかで私は、言説が紙のページを離れて、ネットワーク化されたスクリーン上に移動すると、著者や読者、編集者、出版社の役割は大きく変化する、ということを示唆した。
たとえば紙の本の場合、著者とは将来の読者のために特定の主題にかかわる人のことだった。しかしネットワーク上の本では、著者とは主題の文脈に沿って読者とかかわる人になる。したがって、著者を中心とした(必ずしもそうでなくてもいい)、共通の関心をもつ活気あるコミュニティを作り出し、涵養する能力において傑出した出版社がこれからは成功するだろう。
この新しい一連のメモの目的は、ある特定のテキストがどのように示され、相互に効果を与え合うか、ということについての思考をさらに広げることだ。
読書は(あるいは文章を書く行為は)、個人のレベルだけで起こるわけではない。個々の作品や私たちの作品との関わり方は、人々の振る舞いや活動、身近な環境といった、テキストの外にある生態系にとりかこまれている。その生態系には、どのようにしてその文章は書かれるに至ったか、私たちはいかにして読む作品を選び、購入に至り、そうした体験を他人と分かち合うか、といったものが含まれる。
しかし現在のところ(つまり印刷本の時代の終わりに向かっている時代において)、この生態系は以下のような要素で成り立っている。すなわち、出版エージェントと編集者のつくりだす著者獲得システム、著者と読者の間にある厳密な線引き、トップダウンのマーケティング、宣伝に際しての大手主流メディアへの過剰依存、本が私たちの日常生活の一部になるうえで欠かせない書棚、さまざまな書店、そして――そう、アマゾンである。
アマゾンは、一人の読者によって読まれる印刷本という、いまなお優勢な読書のモードを支えているのと同じDNAの産物である。Kindleのインタラクション・デザインも、厳格なDRM(デジタル著作権管理)によるコンテンツ供給も、Kindleに期待されているのが、現在の印刷本の生態系を維持するという保守的な役割であることをはっきりと示している。
いまの電子書籍ビジネス(ようするに電子データの売買)は、旧来のビジネスとの軋轢が最も小さくなるようにデザインされている。少なくとも、これまではそのように展開してきた。値付けも、刊行スケジュールも、DRMも、いまだに出版業界の収益の中核である、印刷本のビジネスを脅かさないように構造化されてきたのである。
しかし、最初に私が述べたような、「ネットワーク時代に出版で成功するには、『ネットワーク化された本』として作品を捉え直すだけでは不十分であり、社会的な相互作用がきわめて重要になるだろう」という認識を受けいれるのであれば、個人の作品というレベルだけでなく、ネットワーク化された「読み書き」の生態系全体をつらぬくものとして、本を考えなければならない。
すると、次のような重要な問いが浮かんでくる。「もし一冊の本が“場所”でもあるとしたら、そのような本がいくつも集まる場所とは何だろう?」(より正確で、押しつけがましくない表現をするなら、最後の「場所」を複数形にしてもいい)。
現在のところ「本のための場所」として優勢なのは、書店、図書館、教室、カフェ(あるいはバーやレストラン)、居間での読書会、本のレビューや宣伝のための(既存メディアとネットの双方における)情報ネットワークである。またLibraryThingやShelfariといったサイトでは、一冊の本について大勢の読者がネット上で議論を行う仕組みができている。
書店、図書館、カフェ
町中にある現実の書店で過ごす時間は、目的もなくオンライン書店をブラウズするより、ずっとましである。たぶんそれは、おもに書店のもつ一種の「帯域幅」としての機能からきている。つまり、二次元のコンピュータ画面で見るよりは、現実の書店でのほうが、ずっと多くのものを目にすることができる、という理由からである。
このような状況は、ウェブそのものの発展や、ウェブにアクセスするためのハードウェアやソフトウェアの発展によっても変わってくるだろう。ただし私の考えでは、素晴らしい書店で本を探すときほどの体験が、ウェブ上で実用化されるまでには、まだまだ何年もかかるはずだ。
探している本がわかっている場合、取引きがきわめて単純であるという点で、オンラインでの購入は町の書店に勝る。購入後、ただちに商品を手にすることができない点を除けば、オンラインでの買い物は、すべての感覚においてはるかに効率的である。もし、私たちが買う本の大半が電子的形態になり、即座に送り届けられるようになれば、現実の書店がもつ長所は、じっくり本の立ち読みができること、相談コーナーやカフェがあることぐらいしか残らない。
「とはいえ、私たちの買う本の大半が電子書籍になるまでには、まだ何年もかかるだろう」と言う前に、ちょっと考えてみてほしい。過去数ヶ月の間に、あなたはiPhoneのアプリや、iTunesのコンテンツをどのくらい買っただろう(もちろん携帯電話やKindleで読むための「本」を含めて)。そしてそれは、同じ期間に買った紙の本と、どちらが多いだろう。この点に関しては、未来の到来はずっと早いように思える。
多くの(あるいは大半の)書店が自社サイトを開設しているにもかかわらず、ネット上と現実店舗での本の購入体験は、いまのところ、その効果をお互いに打ち消し合っている感がある。しかし、ネット上と現実の体験が相互浸透することで、そのような状況は変わっていくだろう。そのときに最初に起きるのは、明らかに次のようなことだ。
たとえば――現実の書店で本を買おうとしているとき、ウェブにアクセスして本の詳細な情報を得られるようになる。あるいは、カフェで友人と歓談しているとき、ブエノスアイレスにいる読者グループの誰かもその会話に参加できるようになる、等々。
身につけられる小型の電子デバイスの性能が向上し、ユビキタスになれば、日常活動はいっそうネットと結びつくようになり、ネットと現実の境い目は消滅しはじめるだろう。したがって、ネット上ではじめようと、町中ではじめようと、書店という商売が成功するかどうかは、ネットと現実の相互作用を考慮に入れて判断ができるかどうかにかかっている。
課題と懸案
ハードウェア固有のフォーマットや、ハードメーカーによる販売店規制によって電子書籍が制約されているかぎり、これまでに述べてきたような本をめぐる生態系(本を買う体験を含め)のなかで、出版社やクリエイターが大きな影響力をもつことは不可能に等しい。悲しむべきことに出版社自身が、強力なDRM(デジタル著作権管理)システムを必要だと信じ、アマゾンのKindle(あるいは間もなく登場するはずのアップルのiTablet)の惹句を真に受けることで、自らをこのような状況に追い込んでいる。
作品を出版社から切り離す作業に全力を注ぐことで、アマゾンは出版社のブランドがもつ価値や意味を台無しにしつつある。出版社のブランド価値が下落していく状況は、巨大な集積型書店の勃興によって始まった。ネットワーク時代を生き抜くためには、出版社はこの状況を逆転させ、顧客とのより密接な関係を打ち立てる必要がある。
そのための方策はいくつも考えられる。新しい発想で出版社がオンライン/リアル書店を運営すること、フォイルズ書店(ロンドンの老舗書店)流に「出版社別の棚」の復活を検討してみるのも一案だ(メーカーが自前の売場をもつ高級デパートでは、これはすでに標準的な手法である)。史上最初の出版社は印刷会社や書店が兼業していたし、ニューヨークには出版社が運営する書店の長い伝統がある。
では、どうしたら出版社は、まったく新しいタイプの書店/カフェを開店できるだろうか(以下はその条件である)。
- 人々の交流を促す、快適でゆったりした椅子をたくさん備えた素晴らしいカフェ/バー/レストラン
- 絶版本や、章ごとの出版を可能にするプリント・オン・デマンドの設備
- 発売中の本をフロントリスト、バックリストのどちらを探すにも最適化された設備
- 「店員お薦めの本」に読者の推薦本も加え、画面上でも、本の置かれている棚でも見られるようにすること
- いかなるフォーマットでも即座にダウンロードできる電子書籍の登場をハードメーカーが阻害しないこと
- 博識な人材
- 堅牢で無料のWi-Fi設備
- 大小さまざまな人数でグループ討議を行うために大画面モニターが簡単に使えること
- 作家を呼んだり、土曜の朝に子どもたちが活動したり、グループ討議を行うなど、さまざまな用途に使えるスペース
- 本の推薦が行え、あらゆる種類の社会集団がその場で形成されるような、読者/顧客による活発な電子掲示板の存在
(日本語訳 編集部)
※この記事のオリジナルはこちら
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執筆者紹介
- (Bob Stein)
米ボイジャー創業者
if Book - A Project of the Institute for the Future of the Book
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