福岡の出版社、書肆侃侃房の挑戦

2017年8月17日
posted by 積読書店員ふぃぶりお

いわゆる“本屋本”と呼ばれるジャンルが、近年では確立している。これは、書店経営者や書店員などの「本屋」に携わる人々の書く出版物として、大型書店などでは棚1本にまとめきれないほど数が増えている。直近の刊行物で言えば、大井実『ローカルブックストアである:福岡ブックスキューブリック』、辻山良雄『本屋、はじめました』、田口幹人『まちの本屋』などである。

列挙した上記三つの作品を通読してみると、共通するキーワードがあることがわかる。それは、“コミュニティ”としての本屋であり、「本」を手に取ってもらうための仕掛けだ。どの本にもそのエピソードや考えが数多く述べられている(ぜひ本屋で手に取ってほしい)。この三氏は、それぞれの地域において、読書や本屋・出版にまつわる地域イベントとの関係性が近く、かつ深い。

本屋Titleの辻山さんはブックマークナゴヤ(愛知県名古屋市など)、さわや書店の田口さんはモリブロ(岩手県盛岡市)、そしてブックスキューブリックの大井さんはブックオカ(福岡市など)である。

これらのイベントは、「本」を媒介にして、各地域でのお祭りとしての要素はもちろんのこと、読書を普及する上でも欠かせないものとなっている。私は昨年のブックオカ関連イベントにおいて、福岡市の出版社であり、勢いのある「書肆侃侃房かんかんぼう」の方々にご挨拶する機会があった。

ブックスキューブリックの入り口にある平台最前列に置かれた、書肆侃侃房発行「たべるのがおそい」(最手前)。

ブックスキューブリックの入り口にある平台最前列に置かれた、書肆侃侃房発行「たべるのがおそい」(最手前)。

「書肆侃侃房」は、主に小説や短歌、また旅行ガイド等を刊行している。文学ムック「たべるのがおそい」創刊号に掲載された、今村夏子「あひる」が芥川賞にノミネートされて、九州の雑誌からは約20年ぶりの快挙ということで話題にもなった。「たべるのがおそい」は現時点で3号まで刊行されており、大変な反響を呼んでいる。

そこで、経営だけでなく編集にも携わっている書肆侃侃房代表の田島安江さん、編集に加えて経理なども行っておられる池田雪さん、そして特に書店向けの営業を担当されている園田直樹さんの三氏にインタビューをおこなった。

“本づくりに年齢は関係ない”

田島さんは公務員や専業主婦を経たのちに、フリーの校正、編集、ライターなどを経験、編集プロダクションを経て、出版社の書肆侃侃房を立ち上げた。インタビューは出版物として刊行されることの少ない、地方出版史としても興味深い話から始まった。

田島 出版に関わるようになったのは、葦書房に在籍していたころです。葦書房はもともと、東京書籍にいた人たちが分かれてつくった会社です。社長は当時福岡にあった「書店ふくおか」経営のかたわら水上さんが務め、(のちに梓書院を立ち上げた)田村(旧姓河内)さんや久本三多さんらによって始められました。

私は当時、大分で公務員をしていましたが、職場は文学の話題に触れられるような場所ではなく、わずか2年で退職して葦書房に入れてもらいました。葦書房では、印刷会社や福岡県婦人新聞社などに出向するばかりで、出版物の刊行にはやっと3冊ほど関わらせてもらいましたが、給料が払えないとリストラされ、大阪に。その後、札幌で結婚したあと、福岡に戻り、住宅情報雑誌のレポーターやフリーの校正者、旅行ガイド本に関係するフリーのライターなどを経験しました。

1988年に編プロ(編集プロダクション)の会社を設立、その後に1冊まるごとのディレクションに携わったのですが、本づくりを誰からも教えてもらえなかった。そこで、印刷会社などの人たちに教えを乞いました。製本・印刷の一般的な知識はあったけれど、本づくりにかかわるノドや小口、文字の大きさの指定、CMYKなどの詳細な部分は、実際の作業等を通して知識を得ていきました。すべてが手作業でした。

2002年に、“本づくりに年齢はあまり関係ない”と思って、書肆侃侃房を立ち上げました。侃侃房としては350冊程、また編プロとしては100冊ほどに携わってきました。会社を経営する立場になりましたが、いまでも人の原稿を読むことは多いです。

多岐に渡るジャンルを刊行される出版社の代表として、「どのような読書遍歴を歩んできたか」も尋ねてみた。

田島 幼少期に父親が買ってくれた『赤毛のアン』『アンネの日記』が原点で、学生時代には、ゲーテやヘッセ、ロシア文学なども読みました。好きなジャンルはミステリーで、松本清張や横溝正史、夢野久作など日本の作家の作品も読みましたが、北欧とくにアイスランドの作品が記憶に残っています。最近ではアルナルデュル・インドリダソンの作品『湿地』『緑衣の女』を面白く読みました。ほかに衝撃的だったのは、タチアナ・ド・ロネの『サラの鍵』ですね。

文芸雑誌は近年なかなか読めていないのですが、日本の文芸書も読みます。昨年の「本屋大賞」受賞作である宮下奈都さんの『羊と鋼の森』は好きな作品でした。また今村さんの「あひる」と一緒に芥川賞候補にノミネートされて、受賞作となった村田沙耶香さんの『コンビニ人間』も良かったです。仕事柄、詩集と歌集はつねづね読んでおり、文庫を持ち歩くことも多いです。

 文学への想いを熱く語る、書肆侃侃房代表の田島さん

文学への想いを熱く語る、書肆侃侃房代表の田島さん

装幀や校正をひとりでディレクションするだけでなく、「創業当時は私も池田も営業していました」と田島さん。「その後、短い間でしたが営業もいました。彼と入れ替わるように園田さんが入社したのですが、みんな営業も発送も何でもした」とのこと。20kgはある本の箱を抱えて、エレベーターがないビルの3階まで駆け上がっていたというエピソードには驚かされた。そうした経験を踏まえて、「ひとりで本をつくらない」という田島さんの言葉が印象的であった。

田島さんの姿勢は、“楽しむことが一番”というものだ。「本って、人に出会って初めて成立する」という考えのもとで、原則的に「著者の人には必ず会いに行く」という。定期的に発刊される新鋭短歌シリーズでは、同時期に刊行する著者や監修の方にも会い、さらにイベントにも参加しているとの言葉にも、熱量を感じた。

余談であるが、書肆侃侃房が日々携わっている作品などについては、ブログ「つれづれkankanbou 福岡の出版社「書肆侃侃房」の日々をつづる。」で詳しく読むことができる。
ぜひとも関係者の“熱”を、等身大の文章で書かれた記事から感じてとってほしい。

芥川賞候補作を生んだ文芸誌「たべるのがおそい」

「たべおそ」の解説をする田島さんの前には“ご縁”をつなげた『牢屋の鼠』も。

「たべおそ」の解説をする田島さんの前には“ご縁”をつなげた『牢屋の鼠』も。

「たべるのがおそい」(通称「たべおそ」)の創刊にも、日頃そのようなアンテナを張っているからこそつながった“ご縁”の力があったようだ。「たべるのがおそい」の編集長を務める小説家の西崎憲さんや「たべおそ」挿画部の方々、宮島亜紀さんらとの出会いのことである。

タイトル名については、採用された「たべるのがおそい」を含めて、数多くの案から選定したという。「人間は食べるのが遅い人も早い人もいて、その中でなぜ遅い人がダメなのか」という話に、関係者の間で議論が進み、多様性や、メインストリームではない人でも受け入れられる素地を残したいとの想いから、全員が良いと考えた「たべるのがおそい」に決まった。

「文学関係の賞受賞者も、最初は新人」だったということを、田島さんは強調する。「たべおそ」では、有名無名を問わず、目次に並ぶ名前は“あいうえお順” で、“文字の大きさ”も同じだ。「この方式なら全部読めてしまう」と、田島さんはこの雑誌がもつ、ある種の「ゆるさ」についても笑いながら話してくれた。これは、西崎さんをはじめ、他の編集スタッフも同じ思いだった。従来の文芸誌と同じことをする気はなかった。ちなみに「たべるのがおそい」は、雑誌コードではなく書籍コードである。

例えば、創刊号に掲載された円城塔さんの「バベル・タワー」は、最初「ファンは男性が多いのでは?」との声があったという。しかし刊行後には、女性からの「(この作品が)好き!」という反応もある、と田島さんは言う。「決めつけは、なし」。この言葉通り、ある面ではヒエラルキーの社会となっている短歌の世界でも、「若い人が既存の雑誌に書かせてもらえない。発表の場を提供したい」という強い願いがあり、「たべおそ」の掲載ジャンルとして短歌も加えたのだそうだ。西崎さんが歌人フラワーしげるであることも大きい。

余談だが、「たべおそ」をすでにご覧になられた方は、その文字組が巧妙に調整されており、また挿画に効果的な意味をもたせた作品の多いことにも気づいたはずだ。

アイデアマンである西崎さんと、これまでの編集・出版の経験を書肆侃侃房の立ち上げに注力した田島さん、そしてこのお二人の周囲に集まった方々との連携によって、3000冊からスタートした「たべるのがおそい」という文学ムックは、芥川賞候補作が掲載されたというニュースやSNS等での反響も呼び込んで、3刷にまで到達した。

円城塔さん以外にも、森見登美彦さん、津村記久子さん、藤野可織さんなどの定評ある小説家、そして穂村弘さんや、近頃ブレイクしている最果タヒさんなどの詩人も、各号にバランスよく掲載されている。なかでも創刊号に掲載された今村夏子さんの「あひる」にまつわるエピソードは、大変印象に残るものであった。

田島 今村さんは“天然”の人。創作する際には、プロットなどを緻密に計算して書くタイプではなく、自然に湧き上がってくる物語を紡ぎ上げて書き連ねていく作風の執筆ではないかと思います。「あひる」の創作の基になったのは、友人とたまたま通りかかった農家の家屋に“あひる”がいる姿を目撃したことだそうです。(芥川賞候補作となった短編の)「あひる」を書評ではメインで取り上げていただくが、この作品集に収められているほかの短編でも、子どもや老女を書くことが上手い。私にとってはどの作品も大変読むのが楽しい文章です。

「今村さんの作品は大手出版社から単行本化した方がよかったかもしれないが、いち早く単行本化希望を伝えていたので、今村さんはすんなりOKだった」と田島さんは言う。しかし芥川賞へのノミネートに関連しては、「今村さんも私もただびっくり」だったらしい。九州の文学・文芸関連雑誌としては、橙書店(熊本市)が編集に携わる『アルテリ』や、伽鹿舎(熊本市)の発行する『片隅』などもあり、「たべおそ」だけが特別というわけではない。

地方の出版社が本屋さんに望むこと

「地方という感覚がなく、逆に地方にいることがメリットになる」という田島さん。日常的に接する「本屋」という存在への想いを尋ねてみたところ、こんなエピソードが印象に残っている、と話してくれた。

田島 歌人の笹井宏之さんの第一歌集『ひとさらい』と第二歌集『てんとろり』を同時刊行した際に、紀伊國屋書店の星真一さん(現グランフロント大阪店長)からお声掛けをいただいたことですね。星さんから、店頭のフェアで短歌関連本を他社本や同人誌も含めて展開したところ、この短歌フェアが「すごく好評でやってよかった」と言っていただいたのが心に残っています。

「地方・小出版流通センター(全国各地の中小出版社を取り扱う取次のような存在)扱いだから置きたくない」とは言われないように、逆に「どうしてこの本を置いていないのか」と読者が書店に伝えてくれるような本をつくりたい、と田島さんは言う。その決意に満ちた口調からは、“本づくり”への強い意志と高い理想が垣間見えた。

インタビューの話題は、「本を手に取る場所」にまで及んだ。ネット書店とリアル書店の両方ともが大事な存在であり、リアル書店のなかにも「どこに行っても同じ本しか置いていない」店があることに警笛を鳴らすことも忘れない。ネットでの通販も、店頭での小売りも、お互いに「どちらか片方だけで成立する時代ではないのでは」と田島さんは言う。

田島 その上で、(本屋の方々には)どのようにしたら売れるのかを、考えてほしいんです。地方の小さな出版社は、書店とタッグを組んで行く以外に、生き残る方法はないのではないでしょうか。

先述した、東京の本屋Titleや福岡のブックス・キューブリックのように、イベントなどの仕掛けを総合的にプロデュースしていかなければ、本屋もこれからは厳しいのではないか。そのうえで、この頃増えてきた“ひとり出版社”や、九州内であればカモシカ書店(大分市)やひとやすみ書店(長崎市)などの小回りの利く本屋への関心も、田島さんは語られた。

「街」で出版をすることの矜持

代表の田島さんだけではなく、池田雪さんと園田直樹さんにもお話を伺った。

書肆侃侃房の母体となった編集プロダクションで学生時代からバイトしていた池田さんは、「カフェ散歩」や「KanKanTrip」(現在は17号発刊)シリーズに主に関わられており、ブックオカにも最初からスタッフとして参加している。

ブックオカにも携わられる編集等担当の池田さんと、文学フリマなどにも日本各地へ出向かれる営業担当の園田さん

ブックオカにも携わられる編集等担当の池田さんと、文学フリマなどにも日本各地へ出向かれる営業担当の園田さん。

イベントとしては10周年の区切りを持って“休眠”状態とも言えるブックオカ(本年2017年は“再始動”すると聞いている)だが、「お祭り」イベントから「交流できる場」、「出版業界が厳しい現状をどうできるか」と、その意味合いも、続けている間に変容してきたとのこと。「福岡を本の街にする」との想いを、作品づくりを通して模索している現状を話す姿は特に印象的であった。

また、ブックオカが編者となった、『本屋がなくなったら、困るじゃないか: 11時間ぐびぐび会議』(西日本新聞社)に収録された、「大手取次の店売(出版取次などの建物などで、書店や出版社が実際に商品を手に取ることができる商品の展示場所を指す)が九州からなくなっている」現状に、池田さんは危機感を持っておられた。九州の版元から九州の書店に本が行くのに東京を経由しなければならないのだから。

一方、営業担当の園田さんは「葉ね文庫」(大阪市北区)の池上さんとの出会いをこう語る。

園田 池上さんとは、新鋭短歌シリーズ第2期が始まったころのタイミングで接点がありました。大手書店チェーンの旗艦店並みに、この店では詩歌タイトルが動いています。葉ね文庫では店主との距離が近く、学生などもお客様に取り込んでいます。歌集、自費・リトルプレスなどの希少本が用意されているので、そのニーズも少なくないのではないかと思います。紀伊國屋書店新宿本店の梅﨑さんに出会えたことも大きいです。売ってあげたいというあたたかい思いが伝わってくる展示の仕方だったので。

「本と珈琲と酒とごはん」とのキーワードで、福岡市中心部にて書肆侃侃房が携わって運営されている『Read café(リードカフェ)』。

お三方へのインタビューを通して、「街」で出版をすることの意味、その矜持と覚悟を垣間見ることができた。ローカルという意味での「まち」が、今後の出版や書店に携わるものにとってのキーワードになること(事実なっていること)は間違いない。業界の行きつく先に、「待ち」の姿勢で携わる人間や自分(自社)のことのみしか考えない人間は淘汰されていくだろう。

田島さんがおっしゃった「楽しくないことはつづかない」という台詞が耳から離れない。ネット書店、そして電子書籍の「時代」になっている現状ではあるが、ひとの手のぬくもりを介した商業形態も生き残っていくことを、私自身は強く願っている。業界の暗さを嘲笑する声ではなく、具体的にかつ楽観的に(ただし現状は冷徹に判断したうえで)「本を読む場」と「本を手に入れる場」が提供されるために、諦めることのない“声”を上げ続けたい。

伺った話を振り返りながら、人生の伴走者としての「本」の未来を、私は明るく、かつ明確に思い描いた。そして、書肆侃侃房の方々のように業界全体が試行錯誤を繰り返し、模索することこそ必要だと強く感じた。

執筆者紹介

積読書店員ふぃぶりお
匿名の書店員として、出版・書店業界や読書にまつわる話題を情報発信している。これまで大手書店や複合書店チェーンにて、書籍や文房具等の担当者・店舗責任者として勤務。2016年4月に起きた熊本地震の発生直後に、熊本在住であることを公表した。被災の経験を基にした文章を、2016年11月に刊行された書籍『まだまだ知らない夢の本屋ガイド』(朝日出版社)に寄稿している。
twitter: (@fiblio2011
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