巨大プラットフォームから遠く離れて

2016年8月1日
posted by 仲俣暁生

インプレス総合研究所が7月28日に『電子書籍ビジネス報告書2016』を発売し、2015年の電子書籍市場の様相が明らかとなった。4月に刊行された出版科学研究所の『2016年版 出版指標年報』も昨年の電子書籍市場の概要を伝えているが、過去の統計データとの連続性を鑑みると『電子書籍ビジネス報告書』の存在意義はいまなお大きい。そこで、今月はまず、この数字をみるところから話をはじめたい。

同報告書によると、2015年の「電子書籍」の市場規模は前年比25.1%増の1,584億円(出版科学研究所では同年の電子出版市場規模を1,502億円と推計している)。「電子雑誌」の市場規模は前年より大きく伸びて66.9%増の242億円で、両者をあわせた電子出版市場は1,826億円だった。

もっとも、電子書籍市場の大半(81%)を占めるのは引き続きマンガ(コミック)であり、前年度から254億円増加の1,277億円。それ以外の「文芸・実用書・写真集等」は、65億円増加の308億円にとどまった。全体として市場は順調に伸びているものの、マンガ以外の書籍に限れば、2015年の書籍市場規模7419億円(出版科学研究所による)に対し、4.15%に過ぎないことになる。

ちなみに『2016年版 出版指標年報」では、2015年の紙のマンガ市場(単行本のみ)は2,120億円、同年の電子コミック市場を1,149億円と推計していた。『電子書籍ビジネス報告書』が示している1,277億円という数字もこの推計を裏付けるものだ。紙の出版統計では「コミックス(マンガ単行本)」は基本的に「雑誌」扱いとされてきたため、「電子化されたコミックス」を「電子書籍」と呼ぶべきかどうかについて議論はわかれるかもしれない。だが、それをどのように呼ぶにせよ、「電子化されたマンガ」はすでに定着しているどころか、無料で読める各種のオンラインコミックスを含めれば、読書体験の本流になりつつある。

以上を要約するなら、「電子書籍は普及しているか」という問いへの答えは、マンガを含めた本全体でみれば「かなり普及している」となり、活字本を読書の中心とする読者からは「まだまだ普及していない」ということになる。英米でのe-bookの普及が紙質の悪いペーパーバックや、読み捨てのロマンス小説から始まったことを考えれば、日本での電子書籍市場の形成がマンガからはじまったことに不思議はない。問題は、この先である。

日本でも「キンドル・アンリミテッド」がスタート?

7月のもう一つの大きな話題は、アマゾンが日本でも電子書籍の読み放題サービス、キンドル・アンリミテッドをこの8月に開始するのではないか、という噂だった。これは6月27日付の「文化通信」が「複数出版社への取材」にもとづいて記事にしたことで広まった。この記事によると、日本での同サービスの開始時期は8月の初旬と予想され(8月1日時点では日本のアマゾンは正式のプレスリリースを出していない)、月額は980円。すでに2014年にアメリカでAmazon.comが開始している同サービスは月額9.99ドルなので、ほぼ同価格に揃えたことになる。

Amazon.comですでに開始されているKindle Unlimitedのサイトより。

Amazon.comですでに開始されているKindle Unlimitedのサイトより。

ところで、ちょうど2年前にアメリカで「キンドル・アンリミテッド」が開始されたときに、「マガジン航」では大原ケイさんにこのような解説記事を書いていただいたことがある。

キンドル・アンリミテッド登場は何を意味するか

日本からはアメリカの「Kindle Unlimited」にアクセスできないので現時点での状況は未確認だが、2年前のアメリカでのサービス開始段階で、大原さんは次のように書いている。

いまのところ、キンドル・アンリミテッドが提供する60万タイトルのうち、50万タイトルは「KDPセレクト」のものだ。これはKDPの自己出版か、アマゾン出版によるEブックで、いわゆるアマゾンがすでに自ら構築したコンテンツで成り立ったエコシステムということができるだろう。

日本の場合、自己出版の広がりは現時点ではアメリカほどではなく、また「アマゾン出版」も存在していない。そのため、日本でははたしてどの程度の規模でこのサービスをスタートするのか、現時点ではまったく想像がつかない。

ところで大原さんは先の記事で、続けてこのようにも書いている。

キンドル・アンリミテッドはいろいろな本を「読み散らす」のが好きな人にとっては価値のあるサービスだろう。ただし、それは今まで以上に「どの本をどこまで読んでいるか」といった読書パターン=個人情報をアマゾンに明け渡す、という条件付きなわけだが。

本を「読み散らす」のはけっして悪いことでも恥ずかしいことでもないが、安価でこのサービスを受けるかわりに、当然ながら読者は自らの個人情報をアマゾンに提供することになる。また出版社の側も、これまでの紙の出版物においても稼ぎ頭だった「読み散らす」タイプの本にまつわるビジネス戦略を、電子書籍向けに組み立てなおさなければならなくなる。

読書体験として「読み散らす」パターンが多い(もちろん、これは作品の質の良し悪しとは関係ない)ジャンルはマンガであり、エンターテイメントの小説であり、出版形態とすれば雑誌もそうだろう。紙を中心とした日本の出版ビジネスにおいて、これらはいずれも収益の大きな柱となってきたジャンルであり、この分野で「電子化」と「読み放題」の組み合わせが確立・定着していくと、アマゾンのようなすでに寡占的になりつつあるプラットフォームが、さらに大きな力をもつのは必至である。

自己出版の独立プラットフォームへ?〜「月刊群雛」の休刊

先に触れた大原ケイさんの記事にもあるとおり、アメリカの電子書籍ビジネスにおいて、「自己出版(セルフ・パブリッシング)」の存在感は無視できないほど大きい。また日本でも、草創期から電子書籍の普及を牽引してきたのは、「電子書籍で本を早く、安く、簡単に読みたい」というニーズをもつ読者よりも、「電子書籍で本を早く、安く、簡単に出版したい」と願う、アマチュア作者たちだったといってもいい。

日本独立作家同盟は、電子書籍をもちいて自己出版を行う作家たちの互助組織として2013年に創立され、2015年に特定非営利活動法人(NPO法人)化された(私も理事を務めている)。その活動の大きな柱の一つとして、2014年1月からは「月刊群雛」という電子雑誌を毎月刊行しつづけてきた。

「月刊群雛」の休刊を発表した「群雛ポータル」の記事。

「月刊群雛」の休刊が発表された「群雛ポータル」の記事。

日本独立作家同盟はこの「月刊群雛」を、2016年08月号をもって休刊することに決定した。この決定を伝えた7月21日付の「『月刊群雛』休刊のお知らせ」(群雛ポータル)という記事で、理事長の鷹野凌さんはその理由を次のように説明している。

「インディーズ出版」を盛り上げる目的のために、取り得る手段は電子雑誌というパッケージ に限りません。そして、KADOKAWAの「カクヨム」が誕生するなど、自らの手で作品発表する「場」と機会は広がり続けています。

『月刊 群雛』を休刊する代わりに何をするか? 私たちは「マガジン」を刊行する「出版社」というより、インディーズ作家、そしてそれを支えて可能性を広げていくみなさまの活動を支援する「場」=「プ ラットフォーム」であるべきだと考えました。そして、正会員のみなさまにはもっと交流や情報交換を超えた実質的なメリットがあるようにし、特定非営利活動 法人として事業の拡大を図り、インディーズ出版をもっと盛り上げる「場」へとステップアップを図っていきたいと思います。

ここでいう「プラットフォーム」とは、アマゾンやグーグル、アップルやフェイスブックといった、グローバルな巨大プラットフォームのことではなく、ここでも名を挙げられている「カクヨム」をはじめ、「小説家になろう」「エブリスタ」なども念頭に置いた書き手と読者の共同体、いわば「独立系プラットフォーム」とでもいうべきものだろう。あえて「雑誌(マガジン)」ではなく、ウェブにより即した生態系として「プラットフォーム」という表現を使わざるを得ないところに、電子出版をめぐる本質的な難しさがある。つまり、そもそもこれは「出版」なのだろうか?という問いである。

「電子書籍」あるいは「電子出版」という夢が語られてから、もう四半世紀近い歳月が経っている。その間に電子ネットワーク環境は爆発的に普及し、制作・発行・流通コストは劇的に下がった。変わらないのは、作品を生み出すまでの才能や努力の部分であり、「発表した作品が見いだされる」確率に至っては、どちらに変化したのかまだよくわからない。

まつもとあつしさんが「マンナビ」を取材した記事でも触れられているとおり、マンガであれ小説であれ、従来の雑誌などが主催する「新人賞」やその他の登竜門を経てのデビューと、ネットという生態系のなかでのデビューという、二つの大きなルートが現在は混在している。新人賞の権威付けも、小説であればいまなお芥川賞・直木賞が一定の力をもっているが、「アマゾンで◯位」という宣伝文句が一時期、紙の本の出版広告で用いられたように、プラットフォームがマーケティングにおいて付与する力が、今後はますます強くなるだろう。

そうした時代に、巨大プラットフォームから離れたところでオルタナティブな出版の生態系を創りだすことは可能なのか? そもそも、そのような生態系に意味はあるのか? 「月刊群雛」の休刊と「プラットフォーム」への転身は、そのような問いをどうしても抱かせるものだ。

「ローカルメディア」というオルタナティブな生態系

実は、「マガジン航」がローカルメディアという、デジタルとはあまり関係のなさそうな分野に注目しているのも、この問いを深いところで考えたいからだ。従来の出版流通システムに負ってきた出版社の多くは、それをある分野で代替しつつあるアマゾンを筆頭とする、ネット上の巨大プラットフォームとの関係を断ち切ることはむずかしい。彼らとなんとか折り合いをつけつつ、新しい出版ビジネスを組み立てなければならない。

巨大プラットフォームの外側にオルタナティブな出版の生態系が確保されるとしたら――それを「ローカルメディア」と呼ぶかどうかは別として――地域なりその他の条件によって生み出された、自立性をもったコミュニティに根ざしたものであるはずだ。私にとっての「ローカルメディア」への関心はそこにある。

おかげさまで7月28日に開催した「ローカルメディアで〈地域〉を変える」の第一回は盛況のうちに終わり、9月9日には第二回を開催することがすでに決まっている。

「ローカルメディアが〈地域〉を変える」第2回は9月9日に開催が決定。

「ローカルメディアが〈地域〉を変える」第2回は9月9日に開催が決定。

ローカルメディアで〈地域〉を変える【第2回】
「メディアが地域にビジネスを産み出す」
http://peatix.com/event/187998/view

巨大プラットフォームの存在を否定するわけでも、単純に批判するわけでもないが、それだけでは十分ではないということを示すためにも、さまざまな「ローカルメディア」に対して「マガジン航」は今後も注目していきたい。ぜひ、上記のセミナーをはじめ、今後の活動にご注目ください。

執筆者紹介

仲俣暁生
フリー編集者、文筆家。「シティロード」「ワイアード日本版(1994年創刊の第一期)」「季刊・本とコンピュータ」などの編集部を経て、2009年にボイジャーと「本と出版の未来」を取材し報告するウェブ雑誌「マガジン航」を創刊。2015年より編集発行人となる。著書『再起動せよと雑誌はいう』(京阪神エルマガジン社)、共編著『ブックビジネス2.0』(実業之日本社)、『編集進化論』(フィルムアート社)ほか。