電子出版権は本当に海賊版対策になるのか?

2014年5月6日
posted by 大原ケイ

日本では先月25日に「電子出版権」なるものが整備されるという著作権法改正案が国会で可決されることになったのだとか。どこのマスコミもこれで、著者に代わって海賊版の差し止め請求ができるとかで出版社が喜んでいるかのように報じている。しかも、どういう道理なのかさっぱりわからないが、これで電子書籍がさらに普及するんだそうだ。

なんか人ごとですみませんねー。

でも、ニュース記事を片っ端から読んでも、納得いく説明が得られない。今まで出版権の取り決めもなしにどうやって電子書籍を出していたのか。差し止め請求したところで、それだけで海賊版がなくなるとでも思っているのか。目と目の間に浮かび出たクエスチョンマークが消え去らない。いちばん突っ込んでそうなのが毎日新聞のこの記事かな。ますます意味不明の書協(日本書籍出版協会)代表者の発言もあるんだけど。

これで誰が得をして、何が裁かれるのか。実際に取り締まらなければならないほど海賊版が出回っていて、金銭的被害を被っている人がいるのか。なぜ、それを法律を変えてまで、今までになかったらしい「電子出版権」というものを作ったのか。教えて誰か賢い人。

海賊版はなくならない?

こういう動きがあると、その流れで「アメリカでは政府や出版社は海賊版に対してどういう風に対処してるんですか?」と聞かれるわけで、去年も文化庁関連の勉強会なるところに招かれて説明したわけだが、こちらの答えは「海賊版のことはあまり気にしてません」「電子出版権どころかありとあらゆる副次権について企画段階で契約書を取り交わしますんで問題なし」で終わった感じ。

2011年にアメリカの議会でも「ネット時代のアメリカの知的財産を守る」というお題目で、SOPA (Stop Online Piracy Act)だの、PIPA (Protect IP Act)だの法案が出されたけど、あっちこっちから非難ゴーゴーでまったく採決に至らず、すぐに永久棚上げとなった。アメリカ人は基本的に政府やお役所にネット上の活動をあれこれ指図されるのは大嫌いだし、オカミがちゃんと管理できるとも思ってないんで、こういう法案は「うるせー、ひっこめ。次の選挙で落とされたいかバーカ」となって終わり。

だって、誰のための法律なのかもわからないんだもん。海賊版を取り締まれば税収が増える、なんて正直に自分のことしか考えてません、ってバレてるような議員もいたしなぁ。海賊版の被害総額なんて捕らぬタヌキの皮算用で、出版社がちゃっちゃとコンテンツを電子書籍にして、安く手軽に提供すれば、わざわざ怪しいサイトからダウンロードしなくてもいいわけで。もともとタダでコンテンツ探し出す人は、それが有料のものしかなかったら結局買わないわけで、いくら法律作ってもイタチごっこになるのは目に見えているし…。

ひとつだけ言えるのは、アメリカでは海賊版だと知って(違法であることを理解して)ダウンロードした末端ユーザーを取り締まろう、という動きはまったくありません。なぜかというと、突き詰めれば、個人の言論の自由を制限することに繋がるわけですからね。違法にアップロードしているほうが、それで儲けているのなら損害賠償を突きつけることもできるだろうけど、タダで上げてるわけだし。

コロンビア大学ではPiracy.labという研究グループを作って、海賊版が世界のどこでどういう風に利用されているかをデータを集めて調べています。でも研究の目的は、どうやって知的財産という「知識」が世界中に広がっていくのかを見定めよう、ということなので、出版社のそろばん勘定とは無縁のところで話が進んでいる感じです。

こっちでは出版社も政府も手間ヒマかけて海賊版の実態をつぶさに調べる気がないので、あまり資料がないんだけど、とりあえず海賊版がどういうものだと理解されているかを紹介してみます。

「カジュアルな」違反者と、「確固たる」違反者

海賊版をアップロードする(つまりは作ってネットに上げる)ほうも、それをタダでダウンロードするほうも、casual infringerとpurposeful (intentional) infringerに分けられるようです。カジュアルな海賊版利用者っていうのは、もともと好きな作家のものや、欲しい本があって、ネットでそれを安く、できればタダでどっかにないかなぁーと探す人たちを指します。海賊版利用によって、作家の印税が減ったり、出版社の被害とかは考えてないわけですね。 それどころか、面白い本をもっとみんなにも読んでほしい、もっと知ってもらって著者を応援したいという気持ちから許可なくSNSなどでコンテンツを紹介してしまう場合もあるわけで、悪気がないのが特徴。

一方でpurposeful infringerというのは確固たる信念の元に海賊版をばらまいたり、利用したりしている人たちのことです。有名なところではMissionary Church of Kopimism(名前はもちろん“copy me”から来ている)。コンテンツをみんなでシェアするのを教義としている宗教みたいなもので、スウェーデンでは実際に宗教団体として認可されているそうな。

それとギーク系のPirate Partyですね。こちらは「ネットコンテンツはすべてタダであるべき」という政治的思想を掲げて、プロテクトのかかってないコンテンツをじゃんじゃかアップロードしている団体。日本でも翻訳版が好評だった元Wired編集長クリス・アンダーソンの「フリーミアム」の考えをラジカルにした感じ。根っこのところでは「政府にプライベートな情報を操作する権利はない」という考えがあって、NSAを告発したエドワード・スノウデンやウィキリークスのジュリアン・アサンジらへんと通じる感じ。自分たちをロビン・フッドみたいなヒーローと考えているところが特徴。

これもスウェーデンで実際に政党として動き出したものがヨーロッパやカナダに広がっています。この海賊党を名乗る輩の中でも、アメリカで困ったちゃん的存在なのが、カナダ支部の中心人物、トラヴィス・マクレーという坊や。彼がやってるTUEBL (The Ultimate E Book Library)ってのがあるんですけど、ここでは著者に自分のコンテンツをアップロードしようと呼びかけてたり、フェイスブックで「いいね!」を募ったりしているんですが、なんかガキっぽくて、もちろん図書館の人たちも「こんなんライブラリー言うな!」って怒ってます。

そのアジア版とも言えるのが、Kim Dotcomというニュージーランドの人が香港ベースのサーバでやっていたMegauploadというサイト。日本のテレビドラマやアニメもよくアップロードされていたようなので、ご存じかも。1年くらい前にFBIと米司法省によって閉鎖されたんだけど、いろいろ国際法も絡んでくるんで、なかなか訴訟にならず、今年に入ってMegaとして復活。

「サイバーロッカー」とP2P方式のシェアサイト

こういう海賊版サービス(とはもちろん表向きには言わない)にもいろいろタイプがあって、メガアップロードみたいに、どっかにサーバがあって、アカウントを作った会員がホストコンピューターにファイルをどんどん上げていくのを「サイバーロッカー」と呼びます。

サイバーロッカーのように、サーバを抑えてしまえば阻止できるのとは別に、P2P (Peer to Peer)ネットワークという方式もあります。共通のソフトウェアでみんなのパソコンを繋いでコンテンツをシェアします。何かをダウンロードするためにはこっちからもアップロードしなければならないシステムになっています。BitTorrentが有名ですね。シェアされれば違法ファイルなんだけど、それぞれのパソコンに入っているものは合法だったりするんで、取り締まりもむずかしそうです。音楽業界も映画業界も手をこまねいている。英語コンテンツの海賊版が多いP2Pサイトで言うと、Pirate Bay、Kickass Torrents、Torrentz.eu、isoHunt、Extra Torrentあたりですね。

普通にウェブサイトから海賊版がダウンロードできるのもあります。bookcountry.comやbookbuddy.com、bookos.orgなど。あ、でもそれも一般書に限って言えばってことですね。大学の教科書や学術書に限って言えば、また別の問題があります。たとえば、大学の先生が受講する生徒に教材を渡す感覚で、サイトからタダでダウンロードできる状態になってしまっているものとか。でもそういう海賊版を利用しているのはやっぱり学生なわけで、それを考えると、医者になろうという志はあるけど、教科書が高いからと海賊版で勉強しているビンボー医学生を罰するんですかい、みたいなジレンマもあるわけですね。

海賊版を利用する3大理由

アメリカ発のコンテンツの中で、海外でどういう本が海賊版の被害に遭っているかというと、土木技術などのエンジニアリングの本や、最新の研究が載っている理系の本。本じゃなくてもデータベースに収録されている論文とか、ジャーナルとか。ダウンロード先はインド、中国、ロシアが圧倒的に多いです。こういう国だと、最先端のデータや情報が載っている英語版は喉から手が出るほど欲しいけど、そもそも正規の本がちゃんと流通していないとか、流通していても為替レートのせいでローカル値段ではメチャクチャ高いし、という事情があるんですね。よく使われているのがPirate Bayです。

カジュアルにアップロードするような人もそうだけど、ダウンロードするほうも理由はシンプルです。「タダだから」「簡単に手に入るから」そして「まだ正式のものが出ていないから」というのが海賊版を利用する3大理由。3番目の理由は、その昔、“自炊”行為が問題視された時と通じる気がします。つまり、電子書籍として今すぐ手に入るならお金を出す気はあるんだけど、ないんだからしょうがないじゃん、ということです。これはどう考えても出版社側の怠慢が問題だったわけで、著者を担ぎ出して自炊を取り締まろうとした騒ぎがありましたよねぇ。

そして最初の二つの理由も、わからないでもない。紙の本と同じで、しかもパスワードだ、暗証番号だ、続きのマンガの1巻買うのにもいちいちクレジットカード番号打ち込めとか、挙げ句の果てに「海外のカードは使えません」なんて出てきた日には、もうゼッタイ買うもんか、という気持ちにさせられたもの。そこをアマゾンが、安く、簡単決済で電子書籍を売ってくれるようになったんだから、黒船さまさまだったと思いません?

いくらタダとはいえ、海賊版にはそれなりのリスクもあります。怪しげなサイトや、中身が確認できないファイルだとウィルスやマルウェアに晒されるとか。その前に、どうやって探すのかを知らないと、たどり着けないってこともあるしね。本というテキストコンテンツならファイルもそんなに大きくないからデジタルロッカーで充分いけるけど、これがビデオやゲームだったりすると、それなりに時間もお金(会員費とか)もデータ量もバカにならないし。

DRMは正規ユーザーに負担をかけるだけ

で、ひとつ言えるのは、海賊版を手に入れようという人にとって、DRMはあまり障害にならないということ。これって、アメリカにおける銃規制問題と同じだな〜、と思います。つまり、規制をいくら強くしても、それだと銃を合法的に持とう、安全に使おう、という人ばっかりが大変で、どう法律を作っても、そもそも銃を使って犯罪を犯そうという気持ちのある人は違法の銃をサクっと手に入れるだけのことなので、銃規制の法律ばっかりつくっても犯罪率が下がらないのと同じ。DRMをガチガチにかければかけるほど、正規のユーザーに負担がかかる。Eブックだと友だちにも貸せないし、キンドルで買ったものはキノッピーじゃ読めないし、一つの棚にまとめられないし。

とくに日本って、一部の悪いことをする人の行いを予防するために、とりあえず人を見たらドロボーと思え的な対応するよね。これは日本の映画館で思ったことなんだけど、あのビデオカメラが頭になったキャラが出てきて(なんか名前あるのかしら?あの人)撮影行為は違反です、それは犯罪です、撮るんじゃねーよテメェってやってるじゃない? その映画館に座っている人は少なくともみんなちゃんとチケット代払ってこれから映画を楽しもうという人たちなのに。しかもアレ見て手にしたビデオカメラを「そうだよね、いけないよね」なんて言って素直にしまう人がいるとも思えないしさ。

ちゃんとお金を出してEブックを買ってみたら、最初のページが「海賊版をダウンロードするのは違法です。懲役ン年、罰金ん万円の犯罪です。タダ読みするんじゃねーよ」みたいな感じだったら、その法律がEブックを普及させるのに貢献すると思います?

アメリカにおける海賊版対策の現状

じゃあ、アメリカの出版社は海賊版に対し、何もやっていないのかというと、そうでもなく、とりあえずここ数年で思い出せる限りの動きを紹介しますね。

たとえば、ワイリー(John Wiley and Sons)という中堅出版社。ビジネス書や実用書のノンフィクションが多い版元です。この出版社のコンテンツに「〜for Dummies」という入門書シリーズがあって、黄色と黒の表紙でお馴染みなんですが、海賊版の被害が多いタイトルがあって。Photoshop CS5for DummiesはP2Pネットワークを通して7万4000回もダウンロードされていたことがわかったぐらい。

というのも、「〜for Dummies」って、気軽に付け焼き刃的になにかちょっと知識を得たいことがあると、すごく便利なシリーズなんです。「おバカさんのための〜」の「〜」はワイン豆知識から、ハーブガーデンの作り方まで、なんでもカバーしてて幅広い。なんでこのシリーズが海賊版利用が多いのか、想像するに、なにかちょこっと簡単に知識を得たいと考える人は、そもそも本腰を入れてそれを学ぼうという気持ちはないので、できればお金もかけたくない、ってなところでしょうか。

でも企業側には、どのユーザーが悪いことしているのかを突き止めるのも一苦労。ハンドルネームだと裁判って起こせないんで。15件も弁護士を通した訴訟手続きを踏んでようやく200名あまりのIPアドレスを突き止め、最終的には主にBitTorrentを使ってファイルをシェアしていた27人を相手に損害賠償請求を行った。でも被害額も個人名も暫定的なので、お一人様7000ドルというショボい賠償請求になってしまった。そのうち、5000ドルが著作権侵害で、2000ドルがロゴやブランド名を使った商標登録侵害の分。BitTorrentは他にも映画やゲームをシェアしている人たちがたくさん訴えられているけど、映画だとその賠償請求がミリオン超えたりするから、本の訴訟なんてやっても弁護士の日当にもならないよ、という感じ。

これが2年ちょっと前の話。訴訟という方法で海賊版の対処をしたのは後にも先にもこのワイリーぐらいかな。でもこのワイリー、今週この〜for Dummiesシリーズを「スクリブド(Scribd)」というEブックサイトの定額読み放題プランに入れてきたのです。このサイト、キンドルやコボがガジェット出す前から、本という形じゃなくても書類はなんでも検索して、有料・無料もごちゃまぜでどなた様も寄ってらっしゃい、見てらっしゃい、という実にカオスなサイトだった。もちろん最初は海賊版もたくさんあってけど、legit、つまり法的にもちゃんとしたサービスにしようと、いろいろ工夫して出版社も参加するようになった、というのはマンガやアニメにおける「クランチーロール」と似ていますね。

個人的には、裁判記録みたいな公的文書も、ササッとアップロードされて検索できるので便利だし、出版社も早くからEブックをここで正式に売って利用しているところもあった。まさに何が出てくるかわからないカオス的な楽しみがあるので、月額8.99ドルで読みホーダイってのは楽しそう。ワイリーも、1冊20ドルも出したくないと言うのなら、海賊版に手を出さないで、ここでお試しして、ついでに他のも読んで、っていう方針にしたんだと思う。

ウォーターマークによる管理

それより個人を取り締まるって面で、恐ろしいことを考えているのがオランダ政府。ここのBREINという海賊版対策庁がEブックに特定のEブックを買った人を特定できるウォーターマーク(電子透かし)として仕込んで、犯罪行為が行われていた場合、その個人を突き止めて責任を負わせよう、という計画。これにはオランダの出版社もEブック業者も大反対。個人情報を政府に渡したくない、というNSAのアレと同じパターン(背景を補足すると、オランダ人って英語の読み書きもできるから、オランダ語やフラマン語に翻訳されるのを待ってられなくて、英語版の海賊版に手を出しちゃう人が多いってのはある)。

オランダだけじゃなく、ドイツではLibrary.neとiFile.itというサイトに対し差し止め命令が下った。このサイトは水面下で繋がっていたらしく、サーバーを他の国において、アメリカの出版社の本を40万タイトル近くPDFファイルにしてアップロードしていたとされる。Börsenverein des Deutschen Buchhandelsという出版協会がアメリカの出版社の協力を得て法的措置に至ったもの。これもホストサーバはウクライナにあるけど、ドメインがどっかの島国だったりと、国をまたぐと取り締まるのは難しいという例でしょうね。

ドイツのFraunhofer InstituteではSiDiMというウォーターマークを使ってコンテンツをビミョーに1冊ずつ変え、違法にシェアされた場合どのEブックがオリジナルだったかがわかるようにするという技術を開発したそうな。音楽業界でも同じような試みがあったかと思いますが、著者や読者としては勝手にコンテンツを操作されるのもイヤかと。

その一方で、同じくドイツで一般書の他に医学や科学のジャーナル、学術書などをだしているシュプリンガー社は「海賊版の被害ってそんなにないんで、安心してね。それでも著者のリクエストがあれば差し止め要求を送りつけるぐらいならやるから」という方針を発表しました。

DRMじゃない方法で、つまり最初にウォーターマークで個人ユーザーをコントロールしようとしたのは、やっぱり「ハリポタ」のEブックサイト、Pottermoreじゃないかな。どんなデバイスでも読めるってんで好評だったけど、いろいろ細かい規則があって、ダウンロードは一人につき何回までとか、18歳以下の人にはタダであげてもいいけど、大人にはダメ、とか、違反しているのがわかった場合はサイトアクセス禁止などの対応をしますよ、って感じだったけど、今のところ実際にこれで法的措置をとられたユーザーはいないみたいですね。

DRMから離れる出版社も登場

出版社のDRM離れという例としては、1年ぐらい前にSFのTorや、スリラーなどのForgeという、マクミラン社傘下のインプリントが、うちの本はこれからはDRMなしで行くぜ、とやって業界の注目を集めていました。これらは読者がとにかく多読でガンガン読んでくれるので、Eブックをシェアするのはむしろ歓迎、というジャンルだからでしょうね。

しかも親会社のマクミランといえば、アマゾンにケンカを売るのが趣味なんですか?ってな業界の暴れん坊将軍、ジョン・サージェントが発行人を務める版元ですからね〜。DRMガチガチ大好きのアマゾンにアッカンベーしているジョンの顔が浮かんでくるようです。実際のところ、私も個人的に他の出版社も対アマゾン策として一斉にDRM外しすればいいんじゃないかと思っているんで。

これが発表されたのが2012年4月のことだったんで、Tor/ForgeがDRMを外してそろそろ1年経過。今のところ、海賊版利用が増えたとか、そのせいで売上げが落ちたといった影響は出ていないそうです。

同じDRMフリーを謳うオライリー・メディアなんて、海賊版が出回ることが宣伝になって、売上げが上がるとまで言ってるし。『アルケミスト』で日本でも人気のあるパウロ・コエーリョも、英語訳の海賊版のおかげでいろいろな国で出版することができるようになったと言って、自分のサイトではどんどん広めて〜と奨励しています。

出版社も大々的に「海賊版はけしから〜ん!」とは言いたくないわけです。被害が大きいと言えば言うほど、普通のEブックユーザーに「へぇ〜、タダでも読めるんだ」ということがバレますし、違法だと騒いでも効率よく訴訟で解決もできない(だから日本から「すみません、えへ、海賊版対策のこと教えて下さい」って言っても断られると思いますし、私もその辺はあまりコーディネイトしたくありませんので)。

訴訟以外の海賊版対策

ではどうやっているかというと、訴訟以外の対策がいくつかあります。それにはもちろん、最初に海賊版がどこにあるのかを突き止めなければならない。Digimarc Guardianという会社がやっているAttributorというサービスがありますが、海賊版を探すには出版社側がその本のメタデータを提供できることが必須ですね。それが判明したところでサイトのホストにtakedown noticeという「それ、違法だからやめてね」という通達をします。知らずにやっている場合はたいていこれで収まります。

他には、検索しても出てこないように、検索サイトに協力してもらうやり方があります。海賊版を探している人は80%ぐらいはまずfree ebook downloadなどのキーワードでグーグル検索をしてたどり着くので、検索しても違法サイトが出てこなくなれば存在しないも同じようなものです。グーグルの社訓はDon’t be evilなんで、いちおうグーグルも海賊版はいけないと考えていることがわかります。日本の出版社が百度(バイドゥ)を説得できれば問題はあらかた解決しそうな気がしますが、そもそも著作権とか、知的財産というコンセプトさえなさそうな国相手ではムリですかね。

通達しても聞いてくれない場合、そのホストサイトに閉鎖してもらうとか、ペイパルなど、そこが使っている課金システムや広告プロバイダーに働きかけるとかします。訴訟を起こすのはようやくその後ですね。

というわけで、デジタル時代には海賊版なんてのはある程度は避けられない副産物、というのがコンセンサスのような気がします。その社会で、あるいは世界的に知的財産をどう共有していくのか、という根本的な思想姿勢が問われるデッカイ問題なわけですね。

再び、Eブックは「モノ」ではなく「サービス」である

なのに日本の電子出版権の騒ぎからは、本屋さんの万引きをなくそうってことの電子版、ぐらいのちまちました香りしか漂ってこない。なんでこうなるのかな、って考えたんですけど、やっぱり日本人は本を「モノ」として捉えているということがウラにあると思うんですよ。いわゆる電子書籍元年に出た拙著『ルポ 電子書籍大国アメリカ』でも、Eブックっていうのは「サービス」なので、いつまでもガジェットで考えているとダメですよ、発想の根本的転換が必要ですよ、ってのは言ってきたつもりだったんですが、こうやって電子出版権のルール、ってのを作っちゃえば問題解決!と思っているらしいところが、私のこの眉間の「?」の正体だったのかな、 と。

言いかえれば日本の出版社ってのは、これまではろくに契約書も作らないまま、著者から「出版権」だけをちょこっと借りて「本」という「モノ」を作り、それが盗まれないように見張っていれば済んだわけだけれど、電子書籍の登場によって、本来publishとは何をすることなのか、考え直さなければいけなかったんだと思う。

電子出版権も、隣接権もぶっちゃけあまり問題じゃない。著者からコンテンツという知的財産を譲渡してもらうのか、委託してもらうのか、そしてそのコンテンツをどういう風に流通させて読者に届けるのか、つまりどう「出版するのか」をちゃんと明文化して契約書を作ることを怠ってきた。電子出版権ってものがありますよ、なんて基本的なことから決めないと取り締まれない海賊版っていうのはそのツケなんだと思う。そしてこのまま「電子出版権はとりあえず出版社にあるからね」ってウヤムヤにするのなら、著者はどんどんセルフ・パブリシングに流れていくだけなんじゃないかな。

そして本を「出版する」にあたっては著者にどんな権利があるのか、契約書には何が決められてなければならないのか、なぜ欧米ではその仲介人としてエージェントがいるのかは、また追々、気が向いたら書くことにします。

※大原ケイさんの個人ブログ、「マンハッタン Book and City」の「どう考えても電子出版権がわからない」(2014年5月2日)を改題して転載したものです。

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執筆者紹介

大原ケイ
文芸エージェント。講談社アメリカやランダムハウス講談社を経て独立し、ニューヨークでLingual Literary Agencyとして日本の著者・著作を海外に広めるべく活動。アメリカ出版界の裏事情や電子書籍の動向を個人ブログ「本とマンハッタン Books and the City」などで継続的にレポートしている。著書 『ルポ 電子書籍大国アメリカ』(アスキー新書)、共著『世界の夢の本屋さん』(エクスナレッジ)、『コルクを抜く』(ボイジャー、電子書籍のみ)、『日本の作家よ、世界に羽ばたけ!』(ボイジャー、小冊子と電子書籍)、共訳書にクレイグ・モド『ぼくらの時代の本』(ボイジャー)がある。