K・ケリーの「自己出版という選択」について

2013年11月8日
posted by 堺屋七左衛門

私が翻訳した記事「自己出版という選択」を「マガジン航」に転載していただくことになりました。多くの方に読んでもらう機会ができるのは、ありがたいことです。ここでは、この記事の背景や著者ケヴィン・ケリーについて解説します。転載記事とあわせてご覧いただければ幸いです。

私は、米国の編集者ケヴィン・ケリーの文章を翻訳して、「七左衛門のメモ帳」というサイトで発表しています。翻訳の対象は、ケヴィン・ケリーが自分のブログ「The Technium(テクニウム)」に書いた記事です。その内容は、技術、インターネット、ビジネス、芸術、未来観など幅広い分野に及び、いずれも興味深いエピソードとともに鋭い洞察を示すものです。今回「マガジン航」に転載する「自己出版という選択」もその一つです。

(注)テクニウム 文明としての技術全体を意味するケヴィン・ケリーの造語

ケヴィン・ケリーは、米国の雑誌「Wired(ワイアード)」の創設者の一人で、創刊時には編集長を務めました。また、その前には雑誌「Whole Earth Review(ホールアースレビュー)」の編集者でした。この雑誌はその名前から推測できるように、有名な「Whole Earth Catalog(ホールアースカタログ)」(以下WECと略する)の流れをくむものです。

WECは1960年代後半から1970年代にかけて発行された雑誌で、当時の米国の若者に大きな影響を与えました。スティーブ・ジョブズが2005年にスタンフォード大学の卒業式で行ったスピーチの中で言及したことでも知られています。WECは、さまざまな分野の有益な道具類を紹介する雑誌で、ジョブズの表現によれば「グーグルが出現する35年前の、ペーパーバック版グーグルみたいなもの」でした。

「ホール・アース・カタログ」式の大ページ本

現在、ケヴィン・ケリーは、ネット上で「The Technium」以外にも「Cool Tools」というサイトを主宰しています。「Cool Tools」は、便利な道具を紹介するもので、10年にわたって続いている人気の高いサイトです。工具類に限らず、本、ソフトウェア、電子機器、ウェブサイト、地図、アイデアなど、非常に広い意味での「道具」を扱っています。その趣旨はWECとよく似ていますが、WEC当時のカウンターカルチャー的色彩は、ほとんどありません。

この「Cool Tools」の10年に及ぶ蓄積の中から、主要な紹介記事を再編集したものが、『Cool Tools: A Catalog of Possibilities』というタイトルの紙の本として、まもなく出版されます。

この本のサイズは、11×14インチ(279.4×355.6 mm)と非常に大きいものです。これは、往年のWECとほぼ同じサイズです。電子書籍でなく大型の紙の本にした理由を、ケヴィン・ケリーは次のように述べています。「大きなページに多くの道具を掲載することによって、道具相互の関連を脳が自然に考えるようになる。その結果として、無関係だと思っていたアイデアがつながる。同一種類の道具全体をすばやく見ることができて、必要な情報を選別しやすい。すなわち、ウェブやタブレットよりも、速く閲覧できて、深く検討できる。」(“The Pleasures of a Paper Book” から要約)

「Cool Tools」サイトの記事から生まれた本としては、調理器具に関する情報をまとめた『Cool Tools in the Kitchen』が、2011年に電子書籍として出版されています。このときの出版形態が電子書籍だったので、今後出る本は同様に電子書籍になるのだろうと思っていたら、今回は、予想が外れて大型の紙の本でした。電子書籍と紙の本それぞれの特長を生かして、場合によって使い分けようとしているのかもしれません。

自己出版の苦労話も

今回の新刊の内容は、本を自己出版する方法、3Dプリンタで物を作る方法、ブルドーザーをレンタルする方法、ロゴをデザインする方法、きのこを栽培する方法、丸太小屋を建てる方法など、面白そうなことがいろいろと掲載されているようです。基本的には、すでにウェブサイト「Cool Tools」に掲載されている内容のはずですが、それをWEC式に大きなページに詰め込んで紹介するということなので、どんな本になっているのか見るのが楽しみです。ページ一杯に詰め込まれた道具類を見て、どのような相互作用が起こるでしょうか。

ケヴィン・ケリーは、この本の制作の経緯や裏話について、自分のブログに記事“The Self-Publishing Route”を書いています。新刊の宣伝だろうと早合点してあまり期待せずに読んでみたら、意外にも非常に興味深い記事でした。日本の読者にも読んでもらいたいと思って、日本語に翻訳しました。それが、このたび「マガジン航」に転載する「自己出版という選択」です。(翻訳および転載に関する著者の許諾については後述します。)

この記事には、出版にあたってのケヴィン・ケリーの苦労話が述べられています。電子書籍と違って、紙の本では、印刷、運搬、保管が大きな問題となります。さらに、自己出版の場合には、それをすべて自分で手配しなければなりません。このような問題について、ケヴィン・ケリーはどのようにして解決したのでしょうか。さらに、出版の収支計算も気になるところです。出版にはいろいろ苦労があると言いながらも、ケヴィン・ケリーの場合は、紙の本を作る過程を楽しんでいるようにも見えます。その詳細は、ぜひ記事をお読みください。

CCライセンスについて

最後に、この記事の翻訳および転載に関連するクリエイティブ・コモンズ・ライセンス(CCライセンス)について簡単に説明しておきます。ケヴィン・ケリーのサイト「The Technium」の記事には、CC BY-NC-SA(クリエイティブ・コモンズ 表示-非営利-継承)ライセンスが付与されています。CCライセンスにもいくつか種類がありますが、このBY-NC-SAライセンスは、著者名を表示し、非営利目的で、同じライセンス条件を付ければ、個別に著者の許諾を得なくても自由に使って良いということなのです。

私は、そのライセンスに従って、「The Technium」の記事を日本語に翻訳し、元記事と同じライセンス(CC BY-NC-SA)を適用して「七左衛門のメモ帳」で発表しています。今回の「マガジン航」への転載も、このCC BY-NC-SAライセンスに基づいて実施するものです。(なお、今お読みいただいているこの解説記事は、クリエイティブ・コモンズ・ライセンスではありません。念のため。)

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