ワルシャワで、「家みたいな書店」と出会う

2013年2月26日
posted by スガタカシ

はじめまして。世界の人がどんな空間で、どんな日常をおくっているのか。昨年夏に勤めていた書店を退職し、世界一周をしながら、Biotope Journalというプロジェクトをやっています。

Biotope Journal の「空間と人」では、ある地域を、記事ごとひとつのキーワードに焦点を当てて、お伝えしています。東欧にはいると街で、たくさんのちいさな書店をみるようになりました。東欧でひとは本と、どのように過ごすのか。今回は、とりわけ多くの書店を目にしたポーランドから、書店を経営している方へのインタビューも交え、お伝えします。

駅にも古書店 ポーランド

ポーランドの書店が面白そうだと感じたのはクラクフにいた時のこと。さすがは文化都市と言うべきか、駅構内にまで書店のスタンドが立っている。品ぞろえはすこし新刊も混ざっているものの、大半が古書。その他日本のスタンドと異なるのは、文芸作品の多さが際立つこと。雑誌は雑誌スタンドで買うこと。そして自己啓発本が見当たらないこと。

クラクフから、ワルシャワへ移ってみても、やっぱり目につくのは新刊、古書を問わず、小さな書店だ。古書店にて、小さなハードカバーの文学シリーズ。カラフル。

児童書。

日本ではなかなかお目にかかれないクオリティの造本を見かけることもしばしば。1冊の中で本文紙の色を変えていて、版画の挿絵がよく映える。

Tarabukの扉を開ける

そんなポーランドの首都・ワルシャワで、前を通りがかるたび、気になって仕方がない店があった。

ポーランドの知の頂点・ワルシャワ大学から程近く。歩いていてぐうぜん見つけたのは、本が木の葉のように、幹に茂った書店のロゴ。そのデザインにも、通りから窓越しにうかがえるお店の雰囲気にもひかれて、明日にもワルシャワを離れるという夜、駆けこむように扉を開けた。

店内に足を踏み入れると、奥のカフェを埋め尽くす人の熱気に驚く。ちょうどその夜、店ではトークイベントの最中だった。当然のことながら飛び交う言語はポーランド語。まったくわからない。

しかしおそるおそる英語でスタッフに話しかけてみると、写真撮影を快諾してくれる。

店内は古い家具の置かれたくつろいだ雰囲気のカフェと、書店が融合したスタイル。とはいえ本の品揃えもけっしておざなりなものではない。文学、哲学、歴史、心理学…。アカデミックな本までが揃う。

レジ前には平積みの本。スーザン・ソンタグ、黒澤明の名前が見える。

一方では絵本を中心に、これまでみたポーランドのどの書店よりも、ビジュアル本が充実している。

夢中で棚を眺めていたそのとき、ソファでくつろいでいる壮年の男性に声をかけられた。

「日本人ですか」

「ええ。よくわかりましたね」

決して日本人の多い国ではないからか、それとも顔の問題か。ここポーランドで、自分を最初から日本人であると分かる人はそう多くない。「そうだと思いましたよ。日本人は世界でもっともミステリアスな人々です」

ささやくように語りかけてきたこの人物。それがこのTarabukのオーナー、ヤコブ・ブラートだった。

ヤコブ・ブラートとTarabuk

ヤコブ・ブラートは長年、出版社の物流部門のチーフとして働き、2005年に、家族でこの店、Tarabukをはじめた。かつては、ポーランドの民主化運動「連帯」にも関わっていたという。そして後から知ったことだが、2011年にはブロニスワフ・コモロフスキ大統領から、オフィツェルスキ十字勲章を受けた人でもあった。

――素晴らしいお店ですね。これほど居心地の良い書店は日本でもなかなか目にすることがありません。

ワルシャワにもたくさんの書店があるけど、ユニークな店は少ないのです。チェーンのお店はあまりよいとはいえませんから。

――どうして書店を始めようと思ったのですか。

私たちは日々仕事や、生活のためにあくせくして、家族と過ごす時間がとれなかったり、たくさんのものを犠牲にして生きています。見てのとおり、私はもう若くはありませんから、たくさんのお金も、最新の車も欲しいとは思いませんでした。

ただ、人が家族のようにいられる場所。ゆっくりと話をしたりくつろいだり、人生がゆたかになるような空間。そういう場所を作りたくて、この店をはじめました。

さいわい私には何がよい本で、なにがよくない本か、それがわかります。人生を豊かにする本をあつめる、というのが本の品揃えにおける指針になっています。

――長く本に関わる仕事をされてきて、ポーランドでの本をめぐる環境は、どのように変わってきたのでしょうか。

共産主義時代、すべての本は検閲されていました。今ではどんな本でも出版できるようになりましたが、ただその代わりに、政治的な問題における「正しいこと」は大手新聞の意見によって決定されてしまうようにもなっています。

共産主義が終わって、特にこの7年ほどは、たくさんの良い本が出版されました。例えば、グラフィックデザイナーやアーティストは、自分たちで出版社を立ち上げ、よい紙を使ったり、印刷に工夫をすることで、美しい本をつくるようになりました。

しかし一方で、読書を楽しむ人々の数は減ってきています。インターネットが普及して、低い知識階層の人々は特に、本を読む意味を見失っているように感じます。

――ポーランドに来て、美しい本が多いことに驚いていましたが、とりわけTarabukの品揃えは素晴らしいですね。これは昔からの伝統というわけではなく、ごく新しい動きだったのですか。

そうです。これはこの6、7年の新しい流れです。ただし一過性のものでもなく、新しい伝統といえるかもしれません。インターネットや電子書籍など、新しいメディアへの対抗とも言える動きです。

――ご自身がかつて「連帯」で活動していたことは、現在、書店を経営されていることとどう関わっていますか。

「連帯」での活動と、現在の私の仕事は、たしかに関係があるでしょう。いつも社会的に孤立している、マイノリティの側に立つこと。それが常に、私のとってきたあり方なのです。

――お客さんはどんな人が多いのですか。ワルシャワ大学から近いので、やはり学生が主なのでしょうか。

学生はもちろんですが、大学の教授や、それから老人やちいさい子供をもつお母さんも多いのです。

この店では、必ずしもすべての人が本を読んだり買ったりしなくとも良いと思っています。私にとって文化とは、単に本を読むということに限りません。文化というのは、たとえば「ありがとう」と言ったり、そういったこと。やわらかく他の人とつながることなのです。

だからこの店では、コーヒーを飲んだり、人と話したり、ぼんやりしたり、ただそれだけでもいいのです。もちろん、本を買ってくれたら、それはうれしいけれどね。

――この店は、本の品揃えばかりでなく、店のインテリアも素晴らしいですね。どういうところから着想を得たのでしょうか。

この店のインテリアはなにも特別なものではありません。ポーランドの飾らない、ふつうの家庭のようににしただけです。多くの人がこの店を好きだ、素晴らしいと言ってくれますが、私はただ、家庭のような場所をつくっただけなのです。

――日本では、独立系の書店が生き残っていくのはとても難しいことです。Tarabukが生き残っていくために、特別にしてきたことはありますか。

たしかにTarabukはとても恵まれていました。しかし、私達が成功した理由のひとつには、経営もまた、家族のようであって、利益の追求をそれほど追いかけていないことがあると思います。優先順位としては従業員、顧客、仕入先と信頼関係を作ることがまず第一で、儲けはその次なのです。それからもちろん、仕事への情熱も大切にしていることです。

まとめ

ヤコブと話し込んでいたら、とっくに店の閉店時間を過ぎている。そして手持ちのお金がないにもかかわらず、すっかり一冊の絵本が欲しくなってしまっていたぼくは、いったん宿に戻って、翌朝、もう一度来ることにした。

「人生を豊かにする、家族のような書店」

翌朝、Tarabukで朝食をとりながら、彼のことばについて考えた。日本で、彼の言うような書店は可能だろうか。ぼく自身、前職で5年あまり書店に在籍していたので、それがとても難しいだろうことはわかる。まるでおとぎ話みたいにも思えてしまう。しかし迷いのない、ストレートな彼の言葉は胸にきていた。なにより朝食のキッシュも、ポテトスープもカプチーノも、ほんとうに美味しかったのだ。

※この記事はBiotope Journal 2013年2月13日のエントリー、「BOOKSTORE in Poland – ポーランドで書店」を、一部加筆いただいうえ転載したものです。

■関連サイト
Tarabuk
antykwariat (古書店/撮影協力)

執筆者紹介

スガタカシ
一橋大学卒業後、紀伊國屋書店に勤務。Webサイトのリニューアルやイベントの企画・運営を行う。退職後、海外25ヶ国で50人以上の若者のくらしを取材する「Biotope Journal」プロジェクトを敢行。帰国後はフリー編集者を経て、SAGOJOを共同で創業。事業開発などビジネスサイドを担当。