iBooks Authorは著者にとって朗報か?

2012年1月24日
posted by 大原ケイ

アップルは1月19日、ニューヨークで電子書籍リーダーソフトiBooksの新バージョンであるiBooks2と、マルチメディア電子書籍が簡単に作れるオーサリングツールiBooks Authorを発表した。

今回の発表の場がガジェットやIT産業の中心であるシリコンバレーではなく、ニューヨーク(グッゲンハイム美術館)だったのは、教科書を含めた従来の「本」を作っている中心地がニューヨークだから。ちょうど今、サイエンスに力を入れた高等教育機関の教育改革を提唱し、具体的に動き出しているのがブルームバーグNY市長だ、という背景もあるかもしれない。ちなみにマスコミへの招待状も、こんなデザインだった。


だが、アップルが何か発表すると、米国にも増して過剰にもてはやす日本の「林檎信者」には申し訳ないが、これはこれでメリットもあるけれど、各プレーヤーにとってはデメリットもあるツールだなぁ、という印象しか私は持てなかった。

日米教科書市場の違い

そもそも日本とアメリカでは「教科書」と言われるものに隔たりがあるので、まずはその辺の説明も必要なのかしらん?

米国の教科書といえば、低学年の児童の頃から、大きくて分厚い本が多い。ランドセルなんかには入らないから皆大きなバックパックを背負っているわけだし、学園映画でもお馴染みのロッカールーム風景でもわかるように、宿題に必要な本以外は置き場所がないとやっていけない。大学に行っても、漬け物石にもならない数キロもの本を毎学期、揃えないといけないので学費の他に何百ドルもかかる。

また、いわゆるHigher Education、つまり高等教育での教科書ビジネスは全米で50億ドルぐらいの売上げがあるはず。全体の売上げ部数では減少傾向にあるが、定価がインフレ率の数倍で跳ね上がっている。

教科書を作る側は、義務教育機関の教科書でも色々バラエティーがあって、学校が自由に決める。流通の方にしてみれば、これがけっこう手堅いビジネスになっているというわけだ。業界最大手のバーンズ&ノーブルが、倒産してしまったボーダーズと違って、まだまだ潰れないだろうと言われるのも、実はバーンズ&ノーブルは一般書を売る店舗の他にも、大学向けの教科書・参考書を売る手堅いビジネスをやっているからなのだ。

アメリカの教科書は最初から何年も使い回しされることを想定しているので、作る方も頑丈な装丁にしている。学生の方も、古本を買って、できるだけきれいに使って、学期末テストが終わればまた売りに出す。リサイクルを前提にした地味な産業になっているというわけだ。

だから、アップルがこのクソ重たい、分厚い教科書をiPadひとつで収めることを可能にしてくれるのなら、それはありがたい話のハズだ。教科書を作る側にとっても、改訂版が出しやすくなるのだし。すでにホートン・ミフリン・ハーコート、マグロウヒル、ピアソンなど、教科書や学術参考書を多く出している出版社はこれを積極的に取り入れる方向で検討している。実際にiBooks2版の教科書を見てみたが、昔アップルがやっていたハイパーカードが進化したらこうなっただろうな、という印象だ。

「著者」にとってのメリットはどこに?

だが、コンテンツ発信者にとってこれは朗報なのだろうか? 確かにiBooks Authorsの登場は、イラストや動画や3-Dソフトなどを駆使してマルチメディアな「本」という作品を発表するツールができたといえるかもしれない。ユーザーにとっては確かに魅力的なコンテンツになるだろう。しかしその一方で、この新しいデジタル本に付いてくるコンテンツの使用権をきちんとクリアしなければならない。

この世の中に、自分で文章を書き、イラストを添え、表をとそこに表示されるデータを集め、動画を撮るようなコンテンツを準備できる「オーサー(著者)」がどれほどいるというのだろう? 今でさえ、ネットではコピーライトを丸無視したブログやサイトが氾濫しているというのに。だからこそ、これはいかんとSOPAだのPIPAだのといった、新しい法案が検討されている。

ちなみにSOPA(Stop Online Piracy Act)とPIPA(Protect IP Act)はいずれも、コピーライツを無視した違法な二次使用を止めさせるために、それを奨励していると思われるサイトを、政府の権限でブロックしようというものだ(違法行為による阻止の範囲がそのサイトだけか、そこにリンクがあったりそのサイトの広告をしたサイトも対象になるかの違いはあるが)。

一番ずるいなと個人的に感じるのが、それでアコギな商売をしようとしているアップルだ。iBooks Authorで作られた商品に関しては、うちが独占的に売りますよってこと。タダなら自分のサイトで勝手に配ってもいいけどねって話。このコンテンツが何らかの理由でアップル側の気に入らないところがあれば、エログロが理由で日本のマンガコンテンツを一方的に却下したように、アップルが検閲行為に手を染める可能性も否定できない。

ものが教科書だけに、学校で何を教えるかがアップルに委ねられることになる。なにしろ、アメリカという国は、教育委員会がすべて目を光らせて統一した見解を教科書に反映させるのではなく、宗教上の方針で進化説を否定して唯神論を同列に教えろという勢力が強い地域もあったりするのだ。

アマゾンに続いてアップルも次のステージへ

もう少し出版業界全体を俯瞰して今回の動きを見てみると、アメリカのEブックはアマゾンに続いてアップルも次のステージに入った、ということもできる。

ハード(ガジェット)は既に最初の機種が出て、アップルはハードで儲ける、アマゾンはそこだけなら赤字でも構わない、という基本姿勢が決まった。ソフトに関しては、出版社の大手から中小までエージェンシーモデルでやるのか、ホールセールモデルでいくのかが決まり、Eブックをやる気のある出版社との契約は済んで新刊・既刊タイトル数も揃った。次はサービスで違いを打ち出してそれをアピールしていく段階に入ったということだ。

この点ではアマゾンは一歩先に、テキスト主流ならPDFファイルでも受付け、コンテンツクリエイターが出版社を通さずに簡単に本が出せるセルフ・パブリッシングのシステムを充実させた。アップルはそれに対し、文章プラスアルファのコンテンツを発信したい人を抱え込み、彼らの作るコンテンツで儲けようというスタンスである。

もちろん両者とも、新たな問題を浮き彫りにしてもいる。それは質の低い海賊版の氾濫だ。今アマゾンが宣伝している「安いEブック」のコーナーを覗くとそれがよくわかる。どこから何をパクったのかわからない(ネット時代だからちょっと調べればすぐにバレるのだが)盗作が溢れている。

プロの出版業に関わる身としては、嘆くと同時にこのカオスをどうやってチャンスに変えて生き延びていかなければならないかが問われている。アップルがマルチメディアなツールを与えてくれたからと、それに飛びついて喜んでいる場合ではないのだ。

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執筆者紹介

大原ケイ
文芸エージェント。講談社アメリカやランダムハウス講談社を経て独立し、ニューヨークでLingual Literary Agencyとして日本の著者・著作を海外に広めるべく活動。アメリカ出版界の裏事情や電子書籍の動向を個人ブログ「本とマンハッタン Books and the City」などで継続的にレポートしている。著書 『ルポ 電子書籍大国アメリカ』(アスキー新書)、共著『世界の夢の本屋さん』(エクスナレッジ)、『コルクを抜く』(ボイジャー、電子書籍のみ)、『日本の作家よ、世界に羽ばたけ!』(ボイジャー、小冊子と電子書籍)、共訳書にクレイグ・モド『ぼくらの時代の本』(ボイジャー)がある。