「電子書籍を体験しよう!」モニターレポート

2010年12月17日
posted by 松永英明

東京都立中央図書館では、2010年11月22日から12月22日までの1か月間、企画展「電子書籍を体験しよう!」~新しい図書館のカタチ~を開催している。この企画展では、「会場備え付けのパソコンから電子書籍(約1,000タイトル)を閲覧できます」「iPadやKindleなどの電子書籍端末が体験できます」とうたっており、都立図書館が真剣に電子書籍の時代を考え始めていることが伺われる。

この企画展に合わせて、出品された1000タイトルの電子書籍を自宅のPCから閲覧できるモニターが事前募集されていた。私はその情報を知ってすかさず申し込みをしたのだが、IDとパスワードがメールで送られてきた。

11月中旬に専用サイトをOPEN、22日からモニター開始ということで期待した。ただ、モニター開始時に改めて連絡はなく、少し遅れて思い出した次第である。今回は、実際にこの「電子書籍を図書館が貸し出す」システムのモニターを行なってのレポートをお届けしたい。

ジャンル構成と「書棚」

まず東京都立図書館の特設ページ(d0001 WEB Library)にアクセスする。ここまでの道のりがややわかりづらかったのはさておくとして、都立図書館の開架書棚の写真が掲載されているのが目を引く。あくまでもこれはリアルの「図書館」をデジタルで再現しようという試みなのである。

左の枠の「ジャンル」は、総記、哲学、歴史、社会科学、自然科学、技術、産業、芸術、言語、文学という「日本十進分類法」に基づいた最上位10区分に加えて「オリジナルコンテンツ」の計11ジャンル。ただし、下位区分はおおざっぱなものとなっている。もし冊数が増えた場合には、日本十進分類法の詳細区分や、都立中央図書館が独自で設けているコーナー(ビジネス情報コーナー、法律情報コーナー、健康・医療情報コーナー、都市・東京情報コーナー、地方史コーナーなど)も独自のジャンルとして存在しているとわかりやすいだろう。

この点、リアルの図書館の「棚」にはすでに工夫があるわけだから、それを電子版でも反映してほしいと思う。リアルの図書館のおもしろさは、求めている本があることに加えて、書棚を見たら近くで見つけた関連書籍が参考になったりするところにある。

「閲覧」ではなく「貸出」

さて、実際に読みたい本を見つけて読もうとすると、「貸出」というボタンがある。「閲覧」ではなく「貸出」なのである。さらに、「貸出」に成功すると、その本を「延長」「返却」「読む」というボタンが現われる。

それにしても、「貸出」による貸出数制限という概念が電子図書館に必要なのだろうか。

よくある質問には、こんな回答がある。

「貸出冊数を超えている場合には、読み終えた本を返すと借りられるようになります。貸出中の場合には、予約をしておくと、返却後に借りることができます。」
「貸出期間は2日です。2日経過すると、自動的に返却され、閲覧することができなくなります。」

貸出冊数は一人3冊までである。しかし、他の人が借りていようと何だろうと、あるいは自分が何冊借りていようと、物理的な制約が本来ありえないというのが電子書籍のメリットではないのだろうか。あくまでもリアルの紙の図書館での仕組みをそのままデジタル化したという印象がある。

Amazonの場合は、Kindleストアで購入した電子書籍を他人に「貸す」ことができるようにするとアナウンスされたが、それは「購入」した本の場合である。貸している間は元々の購入者が読めないようになっており、電子書籍「販売」の観点からいってそれはおかしなことではない。また、電子図書館でも「閲覧は2日間制限」というのは、「いつでも手元に置きたければ、借りてばかりいないで買うべし」という観点からも決して否定しない。

しかし、電子図書館で「他の読者に貸出中は読めません」というのであれば、せっかく電子化した意味がないだろう。もちろん、村上春樹の新刊が電子図書館でいくらでも読み放題、というような状態になると売り上げに響く可能性はあるが、それならばCDのように「レンタル・貸出は発売後何か月以後から可」というような縛りを設けることで解決できないだろうか。

出版後一定期間を経た書籍の「貸出」制限を撤廃することで、「一般書店でなかなか手に入らない本を読める」という図書館のメリットが最大限に発揮できるようになると思う。

なお、貸出中・予約ありの本の場合、「取扱先へ」というボタンが表示される。そしてhon.jpの販売サイトへ飛ぶのだが、その連携が悪くて文字化けで検索できない状態だった。しかも、検索し直しても「検索結果は0件でした」の表示。「人気の本を早く読みたければ買え」というのはいいのだが、それは「買いたければ必ずどこかで買える」というのが前提でなければならない。

PDFタイプの電子書籍を読む

さて、実際に電子書籍を読んでみよう。ということで「読む」をクリックすると、WBOOKビューワのダウンロード/インストールが必要になった。事前にインストールしてから本を選ぶべきだったが、このあたりでつっかえるユーザーは多いかもしれない。

最初に選んだのは古典籍に入ると思われる『江戸見物四日めぐり』。馬喰町を起点にして江戸を4日間で見物するためのガイドマップだが、これは1枚ものだったのでほとんど既存の「デジタルライブラリー」と変わりがない。

次に、東京市が1914年に発行した『東京概観』その1。これは古い本をそのままスキャンしてPDF本にしたもののようで、WBOOKビューワのマーキング機能なども充分には使えない。ただ、コメントを書き込んだりすることは可能である。

ちなみにこの本はもともと1冊のものを3分割して電子書籍化してある。目次の後半に興味深い部分があれば、別途後半部分を「貸出」して閲覧しなければならない。

よくある質問で「紙の本では一冊のタイトルであるものが、何冊にも分冊されているのはどうしてですか。」に対して、「ネットワーク環境を考慮して、一度にダウンロードするファイルの容量を制限しています。そのため、容量の大きいファイルについては分割することでダウンロードしやすくしています。そのために、分冊として提供しています。」と回答されている。

余計なお世話である。むしろ、『古事類苑』全巻を一気にダウンロードして全文検索して関連項目を次々読める、といった使い方ができるのが電子書籍のいいところではないのだろうか。しかも「貸出」制限3冊ということなのに、『里見八犬伝』が4分冊になっているというのは不便な話である。

これ以外にPDF版としては、日比谷図書館の広報誌「ひびや」のバックナンバーが用意されていた。ところが、これはスキャンが薄くて読みづらい。オリジナルの冊子の雰囲気は確かによく伝わるのだが、もう少しコントラストを上げてもらわなければ読めたものではない。

XML形式の電子書籍を読む

ここまでPDF(というよりスキャン画像による電子書籍)を見てきたので、次にXML形式の書籍を探してみることにした。そこで適当に選んだのが『上方落語100選』である。これも4分冊。

XML形式のものは縦書き「も」可能である。そこで縦横を入れ替えてみたが、その表示があまり洗練されていないように思われる。ただ文字列が表示されているというレベルであって、読みやすさなどはまだまだだ。さらに、この会社の作った電子書籍はルビがカッコに入っている状態で、さらに可読性を損なう。

音声読み上げ機能も一応は動いているが、上方落語を読ませてもまるでダメである。一応画面で読めますよ、という以上の意味合いはない(つまり「読書体験」とはとても言えない)と感じた。

青空文庫の本も入っているので、幸田露伴『旅行の今昔』を開いてみた。アンダーラインやマーカーを引くことも可能なところは便利だが、こういうのはむしろ教科書的なものに必要な機能であって、文芸的なもの(読みもの)には必要なかろう。

というわけで蛭川幹夫『専門基礎ライブラリー 基本簿記』を開いてみた。大学での簿記の授業のためのテキストである。これでアンダーラインが引けたら……と思って見てみたら、これは単に版面データをそのままPDFにしただけであって、範囲選択してマーカーを引く作業がまったくできない(図形として線を引くことはできるが、少しずれると文字が読めなくなるため、まったく実用的ではない)。メモは残せるが、必要なところをマーキングできないというのでは、電子教材としては非常に「残念」と言わざるをえない。

このほか、音声データの電子書籍(『iPodでとにかく使える中国語』)を「読んで」みたが、これはWindows Media Playerを使って音声データを再現しているだけの話。もっとも、それも「貸出されたデータを期間内だけ利用できる」という仕組みのための試みということなのだろう。

PDF+文字データタイプが閲覧しやすい

こうしていろいろな書籍を閲覧してみたが、いくつか非常に読みやすいものがあった。

それは、丸善やインプレスなどが提供している電子書籍である。いずれも実際の書籍のレイアウト済み版面データをPDF化しているのだが、本文を選択したりマーカーを引いたりすることができる。おそらくInDesignなどのDTPソフトから出力したもので、画面に表示された文字と文字データがリンクされている状態なのだろう。

たとえば丸善の藤原鎮男『共生の思想』を読んでみた。この状態のPDFであれば、マーキングもやりやすく、レイアウト的にもXML形式のものをただ表示させたものよりはるかに美しくて読みやすい。PCで読む分には、このレベルのものが提供されていれば充分といえる。

インプレスの電子書籍は人気で「貸出中」のもの、予約待ち多数の本が多かった。その中でプロジェクトA『標準HTML、CSS&javascript辞典』を読んでみた。先ほどの簿記テキストもこのレベルで作られていればまったく文句はなかったのだが……。

法研の『介護保険10月号』は大判の雑誌だが、これもマーキングが可能だった。私自身は普段マーキングしない、書き込みしない人間なのだが、透過光であるがゆえに集中力の落ちるPCモニター画面で読むときには重要箇所をきっちりマーキングしておきたいと感じる。

電子書籍側、図書館側の双方に課題は多い

今回の試み自体は非常に意欲的で歓迎したい。ただ、そこには多くの課題が残されていることも事実だ。それは、電子書籍データの方にも課題があるし、図書館側にも課題がある。

まず電子書籍データである。読みやすかったのは、文字データだけを表示しているXMLタイプでもなく、版面の画像データだけをまとめたPDFタイプでもなく(写真集や絵本は除く)、文字選択可能なPDFタイプの電子書籍であった。

やはり紙印刷を前提としたレイアウトは「読みやすさ」において抜群であるが、電子書籍として文字データを扱うことも可能であることが必要だ。一方、小説などの読み物にマーキングの必要性はないのだが、XMLタイプではまだまだ表示が弱い。ePubでもそうなのだが、レイアウトを二の次として文字データをどのような機器でも表示できることを目指した電子書籍を見るたびに、レイアウトの重要さがかえって浮き彫りになるように思われる。

青空文庫を流し込めば「表示」はできるが、それはまだ「書籍」レベルに達していない。単なるデータベース資料に過ぎない。電子書籍が読みやすくなるためには、これまで紙の本で培われたレイアウトのノウハウが必要不可欠である。

一方、図書館側も、今のリアルの図書館におけるサービスをそのまま電子に持ち込むという発想ではうまく行かないように思われる。特に「貸出中書籍は他のユーザーが借りられない」という仕組みは、電子図書館の利便性を壊滅的に損なうように思われる。電子図書館が「読みにくかった本が読めるようになる」という要素を捨ててしまっては何にもならない。

すでに述べたとおり、新刊書籍の売り上げを守るという趣旨ならば、発売後一定期間は蔵書に加えないというルールを作り、借りた電子書籍も一定期間で「返却」することになる、という仕組みを備えておくことで充分に対応できる。また、印刷したければ有料(コピー代に準じた価格)ということにすれば、「自分で買った方が安い」という場合も多々あるだろう。

私は国会図書館のウェブサイトで雑誌記事などを検索し、必要な記事のコピーをネットで注文して送ってもらうという仕組みをよく使っている。これが仮に電子で閲覧できるとしても、閲覧期間限定なのであれば、手元に資料として残すために有料でのプリントアウトもしくはコピーされたものを発送してもらうことを選ぶ可能性は極めて高い。むしろ、中身を確認して注文できるのであれば、外れを恐れて注文していないものも多々あるため、逆に依頼数は(私の場合)増えることになると思う。

いずれにしても、今の仕組みは「電子図書館」として、図書館側にも蔵書側にも課題は多い。しかし、大きな一歩を踏み出されたことについては大きく評価したい。そして今後、電子書籍の本質を踏まえた上で、新しい図書館が生まれることを期待している。

【今回モニターとして閲覧してみた電子書籍・雑誌の一覧】
・『江戸見物四日めぐり』江戸通油町鶴屋喜右衛門
・『東京概観』(東京市)
・日比谷図書館広報誌「ひびや」
・『上方落語100選』 (デジタル書店グーテンベルク21)
・幸田露伴『旅行の今昔』 (青空文庫)
・蛭川幹夫『基本簿記 (専門基礎ライブラリー)』(実教出版)
・『iPodでとにかく使える中国語』(情報センター出版局)
・藤原鎮男『共生の思想』(丸善)
・プロジェクトA 『標準HTML、CSS&JavaScript辞典』(インプレス)
・「介護保険10月号」(法研)

執筆者紹介

松永英明
(文士・事物起源探究家、絵文録ことのは)