ソーシャルメディア時代に言説のハブを作る

2010年5月9日
posted by 西田亮介

「project.review」という企画が、出版業界の片隅で活発に活動を行っている。「.review」は、「ドットレビュー」と発音する。「review」とは「見直し」や「批評」という意味。「インターネット」を意味する「.」(ドット)と相まって、2010年代の新しい情報環境を駆使して言論活動を行う、僕が主催するプロジェクトだ。

最初に、ごく簡潔に自己紹介させていただくと、僕は地域社会論、非営利組織論と周辺の政策を専門にしていて、慶應義塾大学政策・メディア研究科の博士課程に籍を置きながら、独立行政法人中小企業基盤整備機構経営支援情報センターのリサーチャー(ここでは、大学発ベンチャー起業促進や、中小企業向けソーシャルメディアマーケティングの調査研究をやっています)や、東洋大学で非常勤講師の仕事をしている。そして、縁あって、専門分野に加えて、教育論、電子メディア論などについて、商業媒体や行政などでも仕事をさせていただいている。

ウェブやtwitterで募った論文のアブストラクトが多数アーカイブされている。

ウェブやtwitterで募った論文のアブストラクトが多数アーカイブされている。

.reviewに話を戻すと、このプロジェクトは、昨年9月に立ち上げた「現代のコミュニティ研究会」がきっかけになっている。この研究会は、いろいろな大学で、多様なバックグラウンドをもつ博士院生〜学部学生たちを集めて、「コミュニティ」を考えることで、コミュニティを作ることを目的としている。要は、20代で研究者や物書きを目指している人間たちが広く緩やかに集まっているというわけだ。この研究会で、2010年代の情報環境にふさわしいアウトプットの形を考えていくなかで、昨年末にproject.reviewははじまった。

.reviewは、2つのミッションを掲げている。ひとつが、「研究者と書き手、それぞれの予備軍の社会的認知のきっかけをつくる」で、もうひとつが「あらゆる知を媒介する新しいハブとなる」だ。

今さら注釈を添えるまでもないが、出版業界は未曾有の不況に襲われ、ここ数年廃刊・休刊が相次ぎ、長い伝統を誇る媒体でさえ存続が危ぶまれている。その結果、これまで若手の研究者や書き手の登竜門となってきた媒体も次々と姿を消していった。

また、僕たちを取り巻く環境に目を向ければ、博士課程修了者の就職率はおよそ6割。専任非常勤、不明瞭な「国際水準」を巡って右往左往する文部科学行政など、不透明で雲行きの怪しい要素をあげれば枚挙に暇がない。

twitterからリアル書店までを使った展開

もちろん、社会状況や出版社に文句をいうことは容易い。だが、それだけでは状況は何も改善しない。このような状況のなかで、若手が自らそのような契機を作り出していこう、というのが.reviewの狙いだ。そして、1月にtwitter上で、500字のアブストラクトの募集を行ったのだが、いろいろな方にRTいただき、さまざまな分野からおよそ140本のアブストラクトが送られてきて、僕らは予想以上の反響に驚くことになった。というよりも、これほどまでに、いまの世の中に「何かを考えて発信したい」という同世代の若い人達がいるのかということを知って嬉しくなった。

そして、目下5月23日の文学フリマに初の紙媒体の同人誌『.review 001』を抱えて参戦すべく、その準備に追われている。具体的には、これまでに以下のような企画に取り組んできた。

  1. オンラインでの原稿募集、相互編集→公開企画。主にtwitterを介し、評論、音楽、建築、政策学、教育、批評など分野を越えて約140本の原稿を受付け、現在約20本を約1万字の論考の形式で公開。
  2. .reviewの論考にハッシュタグを設け、ディスカッションの契機をつくっている。また、プロジェクト全体に関するあらゆる告知や情報共有を「#commu2010」に統一していて、随時企画案や書き手、ウォッチャーとコミュニケーションを行っている。そこでの話題は「新しい公共」から批評、企画会議まであらゆる情報が飛び交い、さながら新しい情報環境における雑誌といった様子になっている。
  3. ジュンク堂池袋本店における、オンラインの盛り上がりをリアル書店に実装することを目的に、TBS文化系トークラジオLife、<ミニコミ2.0>『界遊』、表彰文化論学会2009共感覚パネル登壇者、ブックサロンオメガ等の協力を得ての選書フェアを実施。
  4. TSUTAYA TOKYO ROPPONGIにて、研究者から実務家まで幅広いゲストを招く、連続トークイベント「コミュニティの過去・現在・未来」を毎月第4木曜日20時から実施。
  5. 文学フリマにて、初の紙媒体の同人誌即売会に『界遊』とのコラボレーションで参戦。同日同会場には、市川真人氏と西田の電子書籍についてのトークイベントを開催。
  6. 電子書籍の販売プラットフォームを現在準備中。
ジュンク堂新宿店で行われた選書フェアの風景。

ジュンク堂池袋本店で行われた選書フェアの風景。

また、取り組みの成果としては、.reviewの公式サイトについての指標がひとつの参考になるだろう。現在、.reviewのウェブサイト(http://dotreview.jp/)は、月間でおよそ15000セッション、ユニークユーザーでいえば、3800人、平均サイト滞在時間2分半といったあたりで推移している。

もちろん、この数字はウェブ上では巨大な数字だということはできない。それでも、専門書の初版2000部~3000部、あるいは、一般的な個人ブログのpvと比較すると、それなりのプレゼンスを獲得しているということもできる。

加えて、最近メンバーの一人(フーコー研究者の塚越健司)が.reviewがきっかけとなって、初めて商業媒体で仕事をする機会にも恵まれた。これもある意味ではこのプロジェクトのミッションにかなうものである。個々の院生が社会的に認知されることは稀有だが、このようなプロジェクトのもとに結束し、社会的価値を創出することで、商業媒体での仕事のきっかけに繋がったといえよう。

このように.reviewは、2010年の情報環境を駆使した数々の企画に取り組んでいるのだが、その過程において若手と既存の論者を同時にフィーチャーすることで、冒頭に述べた2つのミッションの実現を目指しているのである。

将来は事業化も

ところで、.reviewの企画が、筆者を含め、人文社会科学系専門の5人の若手研究者(博士課程~修士院生含む)を中心に、twitterやブログ等を介した多くの方々の協力を受けて、実現しているところも特筆すべきだろう。

というのも、僕たちは、.reviewの将来的な事業化を念頭においているわけだが、寡聞にして人文系院生たちが中心になった事業体の例はほとんど耳にしない。もしかすると、このような企画を実現しようと思うと莫大なコストがかかったことも一因なのかもしれない。だが、その意味では現在の情報環境は恵まれていて、十分に現実的な金額で行うことができる。

具体的に「.review」でかかった経費を実費で振り返ってみれば、サーバーを契約し、ドメインをとって年間2万円、ウェブ作成の書籍やDTPソフトを購入して5万円といったところである。ただし、紙媒体の同人誌の出版にあたって追加で20万円程度の出費が必要になるようだ。とはいえ、この程度の金額であれば、学生でもアルバイトなどで十分捻出できる金額といっていいだろう。

最近、さまざまな媒体の取材なども受けている「.review」だが(たとえば『編集会議』誌や、「ソフトバンクビジネス+IT」など)、今後はどこへ向かい、どのような企画を手がけることになるのだろうか。

正直なところ、それは僕たちにもわからない。「若手の社会的認知向上」と「新しい知のハブをつくる」というミッションにかなう、おもしろい企画ならば、僕らが想定していないような企画でも、どんどん取り入れていきたい。もちろん、コアコンピタンス不在という批判もできなくはないが、このような偶有性に身をゆだねることができることが、インターネットの可能性ともいえるのではないだろうか。

実際、このプロジェクトがうまくいくのか、長く続くのかということは、僕たち自身にもよくは分かっていはいない。一ついえることは、当の僕たち自身は面白さを感じているということだ。例えば僕は、これまで深い付き合いのなかった哲学をバックグラウンドにする人たちの実務能力の高さ(特に、几帳面さや事務能力)や思考に刺激をうけたし、彼らもきっと何か感じ取ってくれているのではないだろうか。

なお、持ち込み企画の相談も随時募集中。僕たちは僕たちで、まだ明らかにしていない企画をいくつか抱えているけれど、『マガジン航』の読者の方からの、思いもかけない斬新な企画が舞い込むことを楽しみにしております!

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執筆者紹介

西田亮介
(.review代表)