韓国における電子書籍の最新事情

2010年4月16日
posted by 安 天

まずはじめに、電子書籍に対する筆者の立場を表明するのが公正であろう。韓国の本を切実に読みたいと願う、外国に住む一人の潜在的消費者=読書家として、電子書籍化は大いなる恵みであるーーというのが私の立場だ。このような視点のもと、韓国から入ってくる様々なニュースに基づいて書いたのが、以下の文章であることをご理解の上、読み進めてくださればありがたい。

ウィンドウズ一辺倒を揺るがすiPhoneブーム

韓国の出版界でも電子書籍は、大きな話題になるだけでなく、避けられない未来として認識されている。以前からも出版界は電子書籍の流れを無視してはいなかった。いずれ、この流れに乗らざるを得ないとは思っていた。しかし、「いずれ」の時期を積極的に自分たちでもたらそうとはしなかった。

最初にその「いずれ」が近づいてきたことを韓国に告げたのは、海の向こうでアマゾンのキンドルが大ヒットしたことだった。しかし、それと同時に、日本と同じく独自の言語と文字で出版市場を成り立たせている韓国にとって、(ハッキングしないかぎり)欧米文字にだけ対応するキンドルが直接的な脅威になることはないことも知っていた。なにしろ韓国にはアマゾンさえ存在しないのだ。

しかし、時間は確実に前に向かって進むし、その動きに誰も逆らえない。韓国も例外ではないのを強烈に知らしめたのは昨年11月28日から韓国で発売されたiPhone。発売から4ヶ月で50万台が売れた。韓国の約2.5倍の人口を抱えている日本で50万台売るのに7ヶ月かかったのを考えれば、驚異的な売れ行きである(「東亜エコノミー」の記事〔韓国語〕を参照)。

Ridi booksというiPhone=iPod touch用アプリ。

Ridi booksというiPhone=iPod touch用アプリ。

iPhoneは、いま韓国のネット社会に大きな揺さぶりをかけている。韓国のホームページは、そのほとんどがWindows Internet Explorer 6(IE6)に依存した環境を前提にして作られており、それらのホームページには、今は当のマイクロソフト社も安全性の問題のため利用を推奨しないActive-Xがふんだんに組み込まれている。IE利用者でないと、ネットを利用した決済もできないほどだ。政府や学校、図書館のサービスも同じ状況である。

NPO団体などが10年前からこの問題の改善を要求してきたが、昨年韓国の裁判所は、IE利用を前提にインターネット・サービスを構築するのは、非IE利用者の権利を侵害するものではないという判決を下し、お墨付きまで政府や銀行に与えた。マック利用者? 高く見積もって2%だろう。

この強固な閉鎖的状況を変えつつあるのがiPhoneである。iPhone利用者の急増は非IE利用者の急増をも意味し、自然と不便を訴える輿論も高まり、インターネット・サービス環境に対する全面的な見直しが社会的な議題として浮上しつつある。しかし、これは電子書籍とはまた別の話だ。

韓国の書籍出版の界隈にいる人々も、iPhoneがこの4ヶ月間に韓国社会にもたらした変化から、自分たちが無関係でいられるとは思っていないだろう。当然、iPhoneアプリのなかには電子書籍アプリもある。個人的にはiPhoneの小さい画面に対して大きな不満があるが、にもかかわらず、読書をめぐる行為のイメージを変えるには十分な威力を持つツールと確信している。持ち歩きやすさ、手軽にできるコンテンツ購入、レイアウトのカスタマイズ、既成概念を覆す所有の非物理化ーーこのような新しい読書体験の可能性が急激に広がっている。

韓国では以前から、電子書籍を図書館で借りるシステムができているが、今まではあくまでウィンドウズ環境のパソコン利用者だけが享受できるサービスだった。これがiPhoneアプリでも利用可能になりつつある。XDF Readerというアプリがそれで、今のところ一部の大学図書館の電子書籍を借りることができる。現在、当該大学に籍がない人には無縁のアプリだが、アプリの製作者側は今年度中に地域図書館にも対応するとうたっている。

このような流れの中、業界だけでなく政府も動き出し、電子書籍フォーマットの標準化を進めようとしている。iPhoneよりずっと読書に適した端末もすでにいくつか市販されている。その一方で、最大の懸案といえるコンテンツの量的、質的な確保の面ではまだ足踏み状態だ。

以下では韓国の電子書籍世界の現状を、「読書用端末」、(コンテンツの)「フォーマット」、「コンテンツ」という三つの要素にわけて、より詳しく説明したい。読めもしないハングルが表示される端末には興味がない、という方は「読書用端末」の項目は飛ばして読んでもらってもかまわない。

読書用端末:新型が続々と登場

去年の『マガジン航』の記事で紹介したように、電子書籍の読書用端末はすでにいくつか出ており、とくに今年2月以後は、毎月新しい機種が出てくる盛況ぶりだ。

①サムスンのSNE-60

サムスン電子が今年の2月発売したのがSNE-60である。型番からしてサムスンが昨年出したSNE-50Kのアップグレード・ヴァージョンといえなくはないが、その外観は随分違うものになっている。SNE-50Kは白い板の形をしていたが、SNE-60はスライド型携帯を連想させる形だ。

画面の大きさと解像度は6インチの600×800ピクセルで、機器全体の大きさは119.5 × 171 × 16.3mm、重さは315g、内蔵メモリ2GBとなっている。利用可能フォーマットとしてはePub, pdf, txtなどの文書ファイルはもちろん、イメージファイルにも対応し漫画が読める仕様になっている。また、電子書籍を音声で読み上げてくれる機能もある。価格は37万9千ウォン。

SNE-60のウリは二つある。一つはWi-Fi対応で自動的に新聞などをダウンロードしてくれる機能、もう一つは専用のタッチペンを利用した様々なメモ機能。Wi-Fiの自動ダウンロードだが、今のところ六つの新聞と七つの雑誌が利用できる。専用ペンでのメモは、メモだけでも使えるし、本や新聞を読む途中、気になったところに付箋を貼る感覚でのメモはもちろん、画面自体に書き入れることもできる。加えて、ヴァーチャル・プリンター機能があり、プリントアウトした紙を持ち歩くのと同じ感覚で、機器にイメージファイルを保存しておいて、必要なとき見ることができる。

肝心の利用可能なコンテンツだが、今までサムスンは韓国の大型老舗書店のキョボ(教保)文庫と手を組んで電子書籍コンテンツを提供してきた。これに加えて5月からは「韓国ePub」からもコンテンツを入手できるようになる(韓国ePubの動きについては、のちほど詳しく説明する)。

②インターパークのBISCUIT

サムスンが出したのにLGが黙って見ているわけがない。ネット通販・ネット書店を手がけているインターパークは、LG電子と組んでビスケット(BISCUIT)を3月に発売した(紹介ページで動画がみられる〔説明は韓国語のみ〕)。

基本スペックは、重さ300g、厚さ10mm、内蔵メモリは4GBで、約3000冊まで保存できる。また、1回の充電で約7000ページ読めるらしい。メモと下線を引く機能の他に、音声読み上げ機能があり、韓国語と英語に対応している。また、MP3プレーヤー機能もある。価格は39万8千ウォン。対応フォーマットはePub, pdf, ppt, doc, txt, hwp(日本の『一太郎』のようなオフィスソフトのファイル)で、電子書籍の製作を容易にする「ビスケットメーカー」というソリューションを無料配布する予定である。

しかし、なによりビスケットの目玉となるのは、3Gネットワークを利用した無料ダウンロードだろう。周知のようにアマゾンのキンドルが実現した機能だが、韓国にはアマゾン自体が進出していないので、韓国で初めて3G接続機能を実現した端末になる。LGデイコム(韓国で三番手の移動通信会社)の通信網を利用する。

③ネクスト・パピルスのPAGEone

SNE-60とビスケットは、両方とも価格が40万ウォン弱(日本円で4万円弱)のところで設定されており、決して安くない。なにしろiPadでさえ500ドル弱だ。そこで、フトコロ事情にも目線を合わせた20万ウォン(日本円で2万円)台の端末が今年の4月に出てきた。

その名からなにげに気概の感じられる、ネクスト・パピルスという会社が作ったページワン(PAGEone)という機器で、200gと非常に軽く、大きさも125×157×84mmと薄さが目を惹く。内蔵メモリは2GBだが、外部メモリとしてmicroSDが使える。利用できるフォーマットはePub, pdf, rtf, txtなどに加えて、jpg, gif, bmp, pngなどのイメージファイル、そしてmp3, wav, wmaなどの音声ファイルに対応している。

価格設定から予想されるように――他の二つの機器にはある――メモ機能は備えられていない。個人的にはメモ機能にさほどこだわらないので、これはいけるかもと思ったのだが、決定的な短所がある。この機器の最も残念なところは無線ネットワークが使えない点だ。SNE-60がWi-Fi対応、ビスケットが3G対応と、どちらも無線ネットワークが使える仕様になっているのに、ページワンはパソコンに繋げてダウンロードするわずらわしさからユーザーを解放してくれない。iPhoneなどを通して無線ダウンロードの利便性を味わった人は、パソコンにケーブルをつなげてダウンロードする一連の作業に、抵抗感まではいかないとしても、うっとうしさを感じるだろう。

キンドルどころかアマゾン自体がまだ進出しておらず、アップルのiPadもいつ発売されるか決まっていないが、以上のように、韓国市場に電子書籍の読書用端末はそれなりに揃っている。

フォーマット:国を挙げて「オープン型」へ

日本では、今年の3月24日、大手出版社を中心とする日本電子書籍出版社協会(EBPAJ、略称・電書協)の発足があり、旧来からの日本電子出版協会(JEPA)も4月7日、ePubの日本語要求仕様案を電子出版業界関係者に説明するセミナーを開催するなど、最近動きが活発になっている。

同様に、韓国でも電子出版をめぐり出版業界の動きが活発化している。大きな動きの一つが「(株)韓国ePub」の設立だ。老舗書店とネット書店の5社、主要出版社、そして新聞社の中央日報社が共同出資して作った会社で、韓国初の「オープン型フォーマット」として既成のサービスとの差別化を図っている。

韓国の電子書籍市場は、端末機器のメーカーと書店が提携するかたちになっているので、タコツボのように相互排除的な「囲い込み型」が現状である。例えば、Zという端末ではA書店のコンテンツは利用できても、B書店のは利用できないという具合だ。

韓国ePubが目指す「オープン型フォーマット」とは、一つのコンテンツを様々な端末で利用可能にすることを意味する。4月からBETAサービスを開始し、5月からは本格的なサービスを展開する。今のところ5種類の端末で利用可能になっている。また、5月までには、iPhoneやアンドロイドフォンなどのスマートフォンにも対応するとしている。コンテンツの面でも、今までほとんど電子書籍化されなかったベストセラーやロングセラーも電子書籍化したいと意欲を示している(Newswireの記事〔韓国語〕を参照)。

もう一つ注目に値するのが韓国政府の動きだ。4月8日、知識経済部(「部」は日本の「省」にあたる)傘下の技術標準院は「電子出版物標準化フォーラム」の発起人大会を開催した。各種業界・機関の関係者が参加するこのフォーラムが掲げているのも、「オープン型の電子出版物の流通環境の構築」であり、段階的に国家標準体系の確立を目指すとしている。

これらの「オープン型」をめぐる動きからは、今の「囲い込み型」では前に進めない、という危機感がジワリと伝わってくる。今年1月に発表されたハンファ証券リサーチセンターによる韓国電子書籍の市場報告書によると、単行本・新聞・端末を合わせた電子書籍の市場規模は、今年が845億ウォン、2011年は2233億ウォン、2012年は4192億ウォン規模と、急激な成長が予想される。韓国は独自の言語と文字をもつため、キンドルやiPadに今すぐ市場が独占されることはないとしても、市場の様相が近いうちに先手必勝の構図になる可能性が高い。そうなったとき、フォーマットの標準化は勝負を決し得る先手になるはずだ。

コンテンツ:圧倒的にまだまだ不足

最後に、電子書籍の中身そのものでありながら、電子書籍市場の足を引っ張っているともいえる、コンテンツについて見てみたい。紙の本のどの程度が電子書籍化されているのか垣間見られる例を、ひとつ挙げよう。

大型老舗書店のキョボ文庫は、6万7000タイトルの電子書籍をすでに同社専用の読書用端末に提供している。しかし、キョボ文庫がオフライン書店で扱っている本は680万タイトルにのぼるので、電子書籍化されているのは全体の100分の1程度でしかない。加えて、売れ行きが良い本ほど、まだ電子書籍化されていない。読みたい本の5%――これはあらんかぎりの寛容さをもって見積もった数字だ――しか読めないのでは、どれほど端末自体が優れていようと、消費者に電子書籍を購入する気にさせる代物とはとてもいえない。

どうして電子化された書籍コンテンツがこれほどまで乏しいのか。ひとことで言えば、出版社がデジタル版権の提供に消極的だからだ。出版社が消極的にならざるを得ない最大の理由は、おそらく「不法コピーへの懸念」だろう。各出版社には、過去に電子書籍市場の初期段階に参入し不法コピーで損害を被った苦い経験がある。不法コピーの懸念が払拭されない限り、リスクを背負ってまで電子書籍市場に積極的に入ろうとしないのは当然ともいえる。過去に比べて大きく改善されたとはいえ、日本と比べて、不法コピーが広範囲で流通している韓国の現状を鑑みる必要がある。

そのため、フォーマットの標準化を目指す韓国ePubは、3段階(製作されたコンテンツ、購入が行われるウェブ書店、ダウンロードされる端末)のコンテンツ著作権保護対策(DRM)を打ち出し、出版社の信頼を得ようとしている。実際、いくつかの大手出版社が韓国ePubに出資しているので、不法コピーの懸念が和らげば書籍コンテンツは間違いなく増えていくだろう。

出版社を身動きできなくしているもう一つの大きな障害は、「出版をめぐる諸権利の問題」だ。出版にかかわる行為者(出版社と著者、流通業者)の間に、電子書籍の出版で生じる二次著作権や印税などの問題を一律的に処理できる方法がまだないため、意見調整の段階で足踏みしている状況である。アマゾンのキンドルやアップルのiPadのように容赦なくバサッと自身の意思を貫徹させるルールメイカー的存在が登場しない限り、解決は困難かもしれない。

さらに問題を複雑にしているのが、翻訳書籍の存在だ。韓国の場合、いわゆる売れる本のなかで翻訳本が占める割合は非常に大きい。しかし、これまでに翻訳された本のほとんどは、二次著作権の権利問題をスルーした契約のもとで出版されている。これらをデジタル化するためには、原則として、該当著作の原著者と契約しなおす必要がある。出版社としては頭を抱えざるをえないだろう(『ファイナンシャル・ニュース』〔韓国語〕の記事を参照)。

決して明るい現状ではないが、それでも、将来的にコンテンツを豊富化するための努力もなされている。韓国電子出版協会は「年間10万種の電子書籍を出版すること」を目標にかかげ、その実現にむけた努力の一環として、4月からソウル近郊のパジュ出版都市にある電子出版教育センターで、実績のない出版社や個人出版社、著者、作家などを対象に「電子書籍の製作・流通に関する教育」を無償で実施している。教育内容は国内外の電子書籍産業の概要紹介、ePub, xml, pdf, html など各種フォーマットの作り方、ビジネス起業モデルの教育などになっている。この課程を修了した出版社や著者が、国内にある約40の流通チャンネルと契約できるようにするバックアップ体制も整えている。

以上の内容をまとめてみよう。流通部門はかなり積極的に動き出している。一部の書店は、まだ発売日も決まっていないiPadの韓国発売を見込んで、iPad対応のアプリを用意しているところだ。読書用端末もたくさん出ており、Wi-Fiはもちろん3Gネットワークまで利用可能になっている。フォーマットの標準化が実現すれば、コンテンツ以外の環境はほぼでき上がる。韓国の電子書籍の未来は、今後、出版社がどこまで本腰を入れて動き出すかにかかっていると見てよいだろう。

一日も早く、日本で韓国の電子書籍を読書用端末でポチる日が来ることを夢見ている私だが、同様に、海外で日本の電子書籍を購入できることを切に待ち望んでいる人も大勢いるはずだ。

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執筆者紹介

安 天
(東京大学大学院 総合文化研究科 博士課程)