新型Kindleでアマゾンは次のステージへ

2012年9月7日
posted by 大原ケイ

今日は確かアマゾンの記者発表(下の埋め込み映像でも再生可)がある日だったな、と思っていつものように知人で行く人がいないか聞き回っていたら「今回は西海岸だよ」と指摘されてまず驚いた。アマゾンによるこの手のイベントは今まで出版業界の中心地である、このニューヨークで行われていたからである。

ということは……と改めて考えてみると、アマゾンにとってキンドルというビジネスがEブックを超えて自社が提供するエンタメサービスであることを世に知らしめる、という意図があるのだなと納得した。

アメリカではEブックは「3割の時代」を迎え、紙の本との共存が当たり前になっている。どのリーダー端末を買ってもそれで読める本については、セレクションにも値段にも大した違いはない。とりあえず、読みたい本はそこにあり、簡単に検索できて、安価で瞬時に手に入る。だから、今さら出版社が新しく加わりましたとか、自費出版の新しい試みが始まりました、という発表はないのだ。

つまりアマゾンは次のステージに行ってしまったわけ。それはそれでいい。先日、米出版社協会が発表した今春の書籍売上げの数字を見ても、各出版社の数字は期待を上回る伸びを見せている。Eブックも本なのだと受け入れることができてしまえば、出版業界の人間は今まで通り「本作り」に専念していればいいのだから。

ロサンゼルスで記者発表を行えば、ハードのスペックだの、コーディングだのにうるさいテクノ系のレポーターが集まることになる。アマゾンが準備していた一連の新キンドル機は、そのこだわりに充分対応できると判断してのものだろう。

自分で触りもしないで感想を書くのはためらわれるが、そのハードのスペックや機能がユーザーにとってはどういう改良として感じられるのかを想像して書いてみたい。ハードの比較表とか、各ガジェットの写真とか、その辺は日本のサイトでいくらでも既に出回っていると思うのでそちらを参考にしてから読んで下さい。

諸手を上げて歓迎する前に様子見を

まずは廉価版のキンドルが79ドルから69ドルに(広告付きモデルの場合)。これ、日本円に換算したら5000円を切ってるじゃない。紙じゃないもので「本」を読んだ感じを掴むためのお試しとしては充分かも。これを使ってみてやっぱりタブレットがいいな、とか、Eインクが読みやすいと感じるかどうかを判断することができる。その後ハードを買い換えても同じキンドルの本を読むことができるわけだし。

そして、新しいEインクリーダー、「ペーパーホワイト」。Eインクのリーダーは地味なグレー、という印象を一掃するぐらいコントラストが上がっているようだ。解像度やピクセルがどうのこうのというのは、西海岸組に任せよう。個人的にはどうせ白黒テレビなんだから、いくら表現を追求してもねぇ、という気がする。アルファベットの文章を読む分には、今の解像度とコントラストで何の問題もないのだが、日本語を読むに当たってはやはり読みやすさに違いが出るだろうから。

Kindleの新機種「ペーパーホワイト」。

フロントライト付けっぱなしで2ヶ月持つというのはすごいかも。でもそんなに暗がりで本を読むかねぇ? バーンズ&ノーブルのヌックにも付いている(し、コボの新機種「Kobo Glo」でも付いたと報告されていた)あのLEDっぽい青いライトは、個人的には好きじゃないのだが。

コンテンツサービスで特筆すべきは、ネット時代に合わせた短いコンテンツを「キンドル・シングル」として売り出したところ好評だったのを受けて、「キンドル・シリアル(シリーズ)」というコンセプトを打ち出しているところだろうか。要するに今日本で一部課金で成功しているメルマガと同じようなもの。日本ではEブックリーダーにこういうサービスが付いていないから馴染みがないかもしれないが、コンテンツプロバイダーがEPUB版も添付したりして工夫している、と考えてもいいだろう。

ただし、これも諸手を挙げて歓迎するまえに様子見が必要だろう。コンテンツのシリーズ化なんて昔からスティーブン・キングが自らやってコケているわけだし。何でも瞬時にポチって手に入れられるこの時代に、続きを待ってでも欲しいコンテンツを作りだすのはかなり難しい。日本のバラエティー番組を観ていると、知りたいところで延々とコマーシャルが入るんで、「そこまでして観たくもないわい」とスイッチを切ってしまうことが多かったのを思い出す。

もっとも、毎月のダイジェストが欲しくなるような、特化したトピックのアップデートなどには「キンドル・シリアル」は向いている。雑誌メディアは対応を迫られるだろうから、自分たちが作っているモノをこれからは「サービス」として届けることを考えておくべきだろう。

新型ファイアーはiPadとガチンコ勝負か?

今回の発表の目玉はやっぱり新ファイヤー2種。小さい方は旧型とあまり変わらない大きさで、Silkと呼ばれたブラウザがどれだけさらにサクサク動くようになっているかがカギ。でも基本はアンドロイドなので、アップル至上主義者に言わせればまだまだなんだろうけど。

8.9インチの高解像度画面を搭載したKindle Fire HD。

あらら、iPadにケンカ売ってるよ、と思ったのが大型のファイヤー。8.9インチと言われても手にしてみないとわからないけど、まもなく発表と噂されるアップルのiPadミニとガチンコ勝負を挑んでいるんだろうか? 初代ファイヤーがWiFi対応のみだったから、タブレットでは通信費まで面倒みないんだな、と思っていたんだけど、こちらは年間50ドルでAT&Tの4G LTE搭載可能。データの上限が月250MBじゃ、映画の1本もダウンロードできないよ、とITギーク系にはdisられてたけど、アマゾンのメッセージ、丸わかりじゃない。

つまり、アマゾンにしてみればタブレットは提供するから、これで映画みたりゲームやったりする人は自分で勝手にWiFiのネット環境整えていくらでもやってね、ただしEブックをダウンロードしたり、キンドル・シリアルを配送するぐらいはこっちでやってあげますよ、ということでしょ。つまりあくまでもキンドルのタブレットは「読者」「消費者」のことを考えているんですよ、っていう。

iPhone5やiPadミニというハードで勝負するアップルに真っ向から挑戦するほど、アマゾンもバカじゃない。というか、アマゾンはあくまでもこれで色々な商品を買ったり、Eブックを読んだりする人をサポートしていくという構えなわけ。動画や音楽で使い倒したい人の面倒まで見てられないよ、っていう。それはプレゼンの中でベゾスもはっきり言っている。「キンドルはサービス」、「ハードを買ってもらうことではなく、使ってもらうことで儲けていく」と。

そして最期っ屁としてTold you so(だから言ったでしょ)を一発かまさせてもらうと、日本でのキンドル・サービスについては一言もなし。日本のマスコミが元年元年と勝手に盛り上げるから、一向に始まらないことについてアマゾンに怒りをぶちまけ始めている人もいるみたいだが、まったくのお門違い。アマゾンのサイトに「近日発売」とあるからといって、明日にも日本で発売されると受け取る方のはどうかしてる。いくら「ラスボス」のアマゾンでも、日本側の状況がもう少し整わないと、参入しても何のメリットもない。それは日本語ローカライズの問題(自動読み上げや辞書など)と、電子版権の問題があるからだ。これらについてはいずれまた。

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「ブクログ」は本との新しい出会いの場をめざす

2012年9月4日
posted by まつもとあつし

2012年6月1日、GMOグループのpaperboy&co.(以下、ペパボと略)から、ユーザー数55万人以上(2012年8月30日現在)を擁するweb本棚サービス「ブクログ」と電子書籍作成・販売プラットフォーム「パブー」が独立事業となり、株式会社ブクログが設立された。

Webサービスを出自とするブクログは、出版社や電子書店、取次とも異なる展開を見せてきたが、分社化によってその動きを加速させようとしている。ブクログが運営する「パブー」はタイトルラインナップに苦慮する楽天koboへ、ユーザー投稿作品の提供も開始した。ヴァーチャル本棚サービスとユーザー投稿に加え、BookLiveのような外部サービスとの連携も積極化。電子出版において注目すべき存在になっている。

株式会社ブクログの代表取締役社長に就任した吉田健吾氏に、今後の戦略や展望を聞いた。

「パプー」と「ブクログ」を独立事業とし、株式会社ブクログが設立された。

「ブクログ」独立事業化の理由

――まず、今回の分社化・独立事業化の目的を聞かせてください。

吉田 これまでペパボのサービスは、レンタルサーバーなどいわゆるホスティング領域のものが大半で、徐々にECが伸びてきているという状況でした。ようするにストック型の部分に主な事業領域があり、継続率が非常に高いため、社内にもとくに営業担当を置いていないんですね。

一方、ブクログの売上は広告の占める割合が大きく、出版社さんに本をプロモーションする場所として使ってもらうために、営業的な活動が必然的に生じていました。ペパボもブクログも企業理念は共通なのですが、そういった役割の違いもあり、今年3月の株主総会のあたりから、佐藤健太郎(paperboy&co.代表取締役社長)との間で、「分社化したほうがいいいんじゃないか」という話になっていきました。

「ブクログ」に広告を出稿してくださる出版社から見たときに、もっと分かりやすい存在にしたかったのと、意思決定を早くしたいという理由から、「ブクログ」および「パブー」の事業を株式会社ブクログとして分社化しました。

株式会社ブクログの代表取締役社長、吉田健吾氏

――専任の従業員は何人ですか?

吉田 インフラ部分のスタッフや、経理や人事は親会社であるペパボと共有していますが、専任でブクログ所属になっている者は12人ですね。

――専任スタッフを抱えて別会社化した以上、本気で収益化を図るということでしょうか。

吉田 収益面でいうと、正直なところまだまだですが、「パブー」と「ブクログ」を比べると、「ブクログ」のほうが収益は出ています。「パブー」のほうは、電子書籍を書く人がそれほど増えていないので、まだ市場もできていないという状況です。こちらは先行投資の意味合いがより強いですね。

――「ブクログ」の場合、新刊キャンペーンなどの出版社から広告出稿が順調ということでしょうか。

吉田 そうですね。もともと「ブクログ」は、ペパボの創業者である家入(一真氏)が個人サービスとしてはじめたものです。そのときはアフィリエイト収入のみでやっていたのですが、現在ではその割合は下がっており、いわゆる純広告や、キャンペーン・タイアップのような広告が増えてきています。

――一方で、「パブー」は電子書籍のパブリッシャー的な役目も果たしています。出版社と向き合う中で、競合のように見られたりはしませんか。

吉田 「パブー」で電子書籍を出しているユーザーのほとんどはアマチュア領域の方ですので、出版社の方から、「自社と競合するので広告は出せません」といった話が出ることはありません。

――電子書籍はネットでの検索対象になりづらい、ということはありませんか。

吉田 「パブー」の場合、非公開や有料の電子書籍を除くと、PDF、ePub が生成されるのと同時に、Webのページも生成されて検索用にインデックスされるので、その問題はありません。また「ブクログ」では6月にBookLive、7月にはGALAPAGOS STORE との連携も実現しました。いまのところ、すでに紙で出版されている本が電子書籍化されることが多いので、紙の本のISBNコードを紐付けのキーにしています。具体的には、「ブクログ」の本棚に並べられている本のうち、これらの電子書籍ストアで取り扱いされている電子書籍には購入可能なリンクが付きます。honto や富士山マガジンサービスとも、同様の取り組みを進めているところです。

――ブクログがめざすのは、「(紙と電子の)蔵書を一元的に管理できるサービス」という理解でよいでしょうか。

吉田 そうしたユーザー向けサービスという面ももちろんありますし、電子書籍ストアなど事業者側にとっても、そういった場は必要です。とくに電子書籍にもレビュー(書評)が必要だ、というニーズが多いんですよ。ところがストア単位でレビューを集めようとすると、なかなか集まらない。それだけでなく、作品へのレビューではなくて、ストアやアプリに対する苦情が投稿されてしまうケースも多い。ようするに、「本」の中味にまで話がいかないんですね。「ブクログ」自身はストアでも書店でもないので、ここには作品に対する感想やメモが蓄積されていきます。それらを各電子書籍ストアと連携させていくほうが、レビューを目にする人にとっても、ストア側にとっても、いいんじゃないかなと判断しました。

――私自身の経験でも、「ブクログ」には、ちゃんと読んで頂いているな、と感じられるポジティブなレビューが多いです。Amazonの読者レビューのように炎上しないのは、ユーザーがそこを「自分の本棚」だと捉えているからだと思います。

吉田 そうですね。ユーザーにとっても、「自分の場所」感があるんだと思います。本屋さんに行って感想メモを残して帰ってくるのではなく、自分の部屋の本棚にメモを残しておく、という感覚ですね。ネガティブなレビューも皆無ではありませんが、それも「自分の本棚にあえて書いておきたい」という強い意図があるわけですから。

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Prime+Fire 2で次のステージを狙うアマゾン

2012年8月31日
posted by 鎌田博樹

サンタモニカでのKindle新製品の発表を9月6日(木)に控えたアマゾンは8月27日、同社のカスタマー戦略の中核となっているPrimeサービスについての若干の数字を明らかにした(→リリース)。Kindleの実数と同じく、会員数は秘中の秘だが、いくつかの興味深い「擬似情報」が示されている。他方、Kindle Touchの販売が停止され、米国では前面発光型製品への移行の前触れとして受け取られている。供給体制の不備でNook Glowlightの市場投入に失敗したB&Nにはダメージとなりそうだ。

米国のAmazonではPrimeは無料配送以外にも多彩なサービスが。

マーケティング・プラットフォームに成長した
Prime会員プログラム

アマゾン・プライムは、日本ではまだ年会費3,990円で「お急ぎ便」や「日時指定便」が無料配達になる配達オプションだが、米国のPrimeは年 79ドルで配送関連の特典だけでなく、Kindleオーナー向けサービスと結びつけて、動画ストリーミング(Prime Instant Video)、Kindleコンテンツ無料貸出(Kindle Owners’ Lending Library, KOLL)が提供されており、たんなる配達オプションを超えて、販促と顧客サービスを兼ねたユニークなサービス=マーケティング・プラットフォームとなっている。Prime会員はアマゾンでの物品とコンテンツの消費を最大化することが期待されており、コンテンツの無償ダウンロードは有力な手段だ。

Kindleコンテンツ無料貸出(KOLL)もPrimeサービスのひとつ。

このプラットフォームの実態(運用データ)は、最も知られたくないものなのだが、同時にそれこそが(配当を求める株主に対して)シェア至上主義路線を正当化する根拠なので、非公開を貫くと、事業の長期的収益性への疑念を高めることにもなる。そこで僅かな擬似情報(factoid)を少しづつ振り撒き、そのたびにアナリストが推定を行う。会員数について、ブルームバーグが300万~500万人の間と推定すれば、パイパー・ジェフリーのアナリストは1,000万人という具合で、まるでかけ離れている。前者によれば、苦戦となるし、後者によれば順調と理解される。Primeの消費拡大効果を疑問視する見方は聞いたことがないので、問題は会員規模が、他者に真似のできない――多額の投資を擁する――サービスの継続・拡大を可能とするほど順調に伸びているかということになる。アマゾンPrimeに関する今回の発表の要点は以下の通り。

  • Primeの翌日配達サービスの利用が、無料のSuper Saver配達(購入金額$25以上に適用)利用を件数で上回った。
  • KOLLコンテンツ(大半は自主出版本)は18万点(発足時5,000点)。1億ダウンロード達成。
  • 会費は7年前と同じ$79(これを強調することは値上げを考えていないということか)。
  • Primeの商品数は1,500万点。ヒット商品は、1位=Kindle Fire、2位=Kindleベーシック版($79)、3位=Kindleタッチ版、4位=官能小説『フィフティ・シェイズ・オブ・グレイ』

上記の「ヒント」の中で意味を持つのは、Primeが Super Saverを上回ったという点だろう。アマゾンは詳細な「達成指標」を設定しているので、売上が拡大する中でPrimeが主要な配送オブションとなったことを示す上記のヒントもそうしたマイルストーン(中間目標値)と思われる。つまりPrimeが消費のプラットフォームとして機能しているということだ。

21世紀のビジネス・プラットフォームとは
「顧客・サービス複合体」である

ここでかなり多様な意味を持つようになった「プラットフォーム」という言葉について解説しておきたい。「何かを載せたり飛ばしたりする土台あるいは機能」を意味するこの言葉は、IT業界がハードウェアやOSに使って以来、PCの普及もあって、一般にもコンピュータに絡むものと理解されてきた。だからE-Bookビジネスのプラットフォームといえば、KindleやiPadなどのデバイスとブラウザがそれにあたると考えられ、これらを模倣した「国産プラットフォーム」が構想された。

実際にはこれらはビジネスの土台にはならなかった。現在では総合的なサービス機能をWeb上で提供する「クラウド」がプラットフォームであると考えられている。これはE-Bookビジネスの必要条件だ。しかし十分だろうか。アマゾンはそう考えなかった。クラウドは(力さえあれば)誰でも構築できる。それに必要な力もどんどん小さくなっていく。そんなものはプラットフォームにはならない、というのが(最強のクラウドを持つ)アマゾンの発想だ。

アマゾンの発想するプラットフォームはITシステムを離れているのである。一言でいえば「顧客」だが、要は「顧客を(Webを通じて毎日)繋ぎ留めておく仕組み」である。雨あられのようなDMだけではない、配送料を意識させない(顧客から見てストレスフリーな)正確・迅速な配送サービスは、いまや一般小売業界にも脅威を与えているが、これこそ他社が対抗できない重要なプラットフォームなのだ。アマゾンのプラットフォームのパフォーマンスは、Webでのトランザクションの数。そしてインターネットや地上の配送センターを通じて届けられる商品の数、決済金額などでしか計測することはできない。出版社であろうと古書店であろうと、あるいはアップルのようなライバルであろうと、このアマゾンのプラットフォームを無視できないのはそのためであろう。配送サービスが買い物の主要な付加価値であることは、これまで見過ごされてきた。書店の没落の大きな原因の一つでもある。

アマゾンの設備投資の焦点は、一貫して配送センターとクラウド・サーバである。前者は配送商品を増やすことで効率を高め、後者は無料サービスによって消費を喚起する。そのバロメーターとなるのは、会員数と利用数だろう。Prime会員は80ドルを取り返すために無料配送を利用し、無料コンテンツを楽しみながら、購入窓口をアマゾンに集約する。アマゾンの投資は消費の増加によって回収される。来週発表されるKindle Fire 2は、1ヵ月トライアル・キャンペーンを含むのでPrimeを100万人単位で増やす機会となる。昨年のキャンペーンがどのくらいの新規会員を獲得したかは、ホリデーシーズン後の売上の数字に反映されるだろう。前年比30%台の増加なら順調。20%台前半以下ならやや問題あり、ということか。

アマゾンのプラットフォームが、Kindleでもクラウドでもなく、無数のサービスから成る「顧客を繋ぎ留める仕組み」なのだ、ということはもっと知られてよい。アマゾンの顧客は、本だけを買う存在ではないし、ましてE-Bookだけを買う存在でもない、生活し消費する存在だ。しかし不特定多数ではない。何億人になろうと、アマゾンの顧客は特定の具体的存在なのだ。コミュニケーションのベースが「匿名のnから特定のxへ」移行する21世紀にあっては、顧客が最も重要な価値の源泉となる。出版社であろうと書店であろうと、アマゾンとは別な独自の仕方で「顧客を繋ぎ留める仕組み」を構築することを考えるべきだろうと思う。

※この記事はEbook2.o Weekly Magazine で2012年8月30日に掲載された記事「Prime+Kindle Fire 2で次のステージを狙うアマゾン」を、著者に加筆いただき再編集のうえ転載したものです。

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楽天koboの奇妙な書棚

2012年8月18日
posted by 仲俣暁生

7月19日に電子書籍リーダー「コボタッチ」が発売されたのと同時に、楽天koboの電子書籍ストアがオープンしました。さっそく端末を手に入れ、何冊か本を買ってみようとしたのですが、読みたい本がなかなか見つかりません。サービス開始からちょうどひと月が経ちましたが、すでに報じられている品揃えの薄さだけでなく、「書棚」のジャンル分けにも大きな問題があるように感じます。

サービス開始からひと月を経た楽天koboの電子書籍ストアだが、まだまだ懸案も。

「小説」と「文学」と「マンガ」の奇妙な関係

電子書籍において市場の中心となるのは、マンガと小説です。長い歴史をもつこれらの表現分野には多くのサブジャンルがあり、実際の書店の書棚も、その実態を反映して構成されています。

たとえば、一足先にスタートしたソニーのリーダーストアの場合、小説は「文学」というジャンルのもとで、以下のような分類になっています。もっと細かく区分することもできるでしょうが、まずは妥当なジャンル分けだと思います。

大分類が「文学」で、その下に各種の小説がサブジャンルとして並ぶ。

一方、楽天koboの電子書籍ストアでは、次のようなジャンル分けになっています。ここだけをみると、とくに問題はなさそうに思えます。

楽天koboの電子書籍ストアにおけるジャンル分類。

では、実際にどんな本が売られているのかを見てみましょう。一般的な分野ということで、ここでも「小説」を見てみると、まず大分類のなかに「小説・文学」があることがわかります(それとは別に、なぜか「小説(若者向け)」という大分類もあります)。これはさらに細かく、以下のサブジャンルにわかれています(クリックすると楽天koboのサイトに飛びます)。

ここから「小説」というコーナーを選び、さらに「もっと見る」もクリックしてすべてのサブジャンルを表示させたのが下の画面です。コンテンツの数は162447となっています(2012年8月18日現在)が、これはすべての言語のコンテンツを合わせた数です。

楽天koboの電子書籍ストアでは「小説」のコーナーにマンガ作品が混在。

このジャンル分けの最大の特徴は、ヤマザキ マリの『テルマエ・ロマエ』や岡崎京子の『ヘルタースケルター』といったマンガ作品(「グラフィック・ノベル」と呼ばれる大人向けの物語作品)が、「小説」というジャンルのなかに含まれていることです。

「文学的なマンガ」が存在することは誰しもが認めることでしょうが、「小説」と「マンガ」とは本来は別の表現分野ですから、書店でも別の売場に置かれることがほとんどです。またマンガは巻数が多く、しかも売上の上位を占めることが予想されるため、同じ「書棚」に置くと純然たる「小説」が埋もれてしまい、読者がもとめる本を探すことが困難になりかねません。

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コボタッチ日本投入は楽天の勇み足!?

2012年8月14日
posted by 大原ケイ

楽天さんから「コボタッチ」が届いたので少しいじってみた。初めてEインクリーダーを使った人とはまったく違う「すれた」レビューかもしれないが、出版エージェントという供給側の立場から、少し「たられば」論を述べてみたい。

全体としては残念ながら「急いては事をし損じる」の具体例A、という印象で「やっちまったな」感が否めない。もっとも、リリースを急いだ楽天の気持ちも分からないではない。アマゾンのキンドルに先駆けて日本で華々しくスタートを切り、世間様の話題もさらって一挙に端末を売ってなるべく多くのユーザーを囲い込んでしまいたい、そんなところだろう。

「7980円」では安すぎた?

意気込みは買うが、以前から楽天の「打倒アマゾン」には、「向いている方向が違うだろ?」という気はしていた。

前から何度も指摘しているとおり、電子書籍はブームや流行りでワッと売れて終わる類のトレンドではないし、企業間の競争の道具に使われるだけのものであってはならない。つねに著者と読者のことを考えてサービスを提供して欲しいと思っている。なにしろグーテンベルクの活版印刷術以来の大きな変革が起ころうとしているわけで、長引く不況で足腰の弱っている日本の出版業界を考えると、もう少し慎重にやって欲しかった。

まずはお値段。今でこそ米アマゾンのいちばん廉価なキンドルが79ドルだが、これはカーソルをプチプチと動かすモデルで、タッチパネルではない。「コボタッチ」のようなタッチスクリーンモデルで、3Gなし、広告の入らない型だと139ドル(約1万1000円)、広告が入っているもので99ドルと、値段的には「コボタッチ」日本版と変わらない感じ。バーンズ&ノーブルのヌックと値段を比較してもSimple Touchというモデルが99ドル。となると、7980円というのも妥当な値段のように思いがち。でも私は「安すぎた」と思う。

というのも、今まで紙の本に慣れ親しんできた人であればあるほど、電子書籍の到来を前に、ひとつの大きな選択をすることになるから。「このガジェットを買うお金で、紙の本が何冊買えるか? このガジェットに投資した分、ちゃんと元が取れるほど本が読めるのか?」という吟味をした上での選択を。

アマゾンのキンドルだって2007年に売り出したとき(上の映像を参照)は400ドルもしたし、ヌックもデビュー当時は200ドルしていた。顧客側は、このガジェットを買ってEブックを読んだ場合、果たしてどのぐらいで元が取れるのかを考える。キンドルの初代モデルの場合、20ドルのハードカバー20冊分を投資してまで試してみる価値があるだろうか、自分が読みたい本がキンドルで読めて、紙よりも安いとして、どのぐらいで減価償却して、その後のオトク感があるだろうか、と。

キンドルも発売当初は店頭売りはしてなかったので、実際に触って買ってもらうことはできなかった。アマゾンの方でも最初の客は厳選して、すでにアマゾンでたくさん本を買っている人を優先してメールでお知らせをし、それでも最初に用意した台数は売り切れた。その上で、キンドルの使い心地やセレクションに納得した本好きの人たちがブログやアマゾンレビューやクチコミで宣伝していった。つまりアーリーアダプター層を厳選して、そこから地道にユーザーを獲得していったのだ。

一方、7980円という大出血価格で「コボタッチ」を売り出すというのは、普段本なんてたいして読まないような人でも「なんか話題になっているから」とポチれる値段にするということだ。初代キンドルがもし400ドルも出させて「初期設定ができない、ウェブサイトに繋がらない」などという事態になったら、ユーザーはアマゾンのレビューに☆1つをつけるどころではすまない。アマゾンは株価がガタ落ちしてネット産業界の笑いものとなっただろう。だからこそアーリーアダプターは選ぶべきなのだ。

それをいきなり「10万台」販売などと、数字で華々しさをアピールしようとするからコケる。Eインク(電子ペーパー)がどういうものかという予備知識もなく、パソコンも持たないまま購入できてしまうようでは、かえって消費者を大事にしているとは言えない。

ハードは同じでもサービスは別モノ

「コボタッチ」のハードウェアそのものに対しては何ら不満はない。ガジェットとしての「コボタッチ」はすでに英語圏マーケットを中心に世界中で売られていて、キンドルやヌックにも劣らない使い心地と評価されている。

しかし、日本語ローカライズとなると非ヨーロッパ言語特有の壁が立ちはだかることになり、まったくの別問題だ。もし、この後にいわゆる「黒船」が日本の電子書籍マーケットに名乗りを挙げてくるのであれば、コボの強みは楽天と組んだことによる「日本語表示がちゃんとしていること」であって然るべきだった。しかも英語公用語化が成功しました、って言ってる楽天なんだから、コボのカナダチームと上手く意思疎通ができてませんでした、では済まされない。

ああ、でも悲しきかな。結局まだまだ品揃えがショボいということに尽きる。当初は3万タイトルと威勢のいいことも言っていたが、達成できていないのであれば「コボタッチ」を購入する前に明示するか、サイトを先に公開して、実際にどんな本があるのかを読者に確かめてもらった上で「コボタッチ」を購入するかどうか決めてもらうべきだった。

コンテンツ数はいつの間にか努力目標に。

今後もどんどん増える、ってまた強弁を重ねるのも問題だが、この点については非は楽天だけにあるのではない。コンテンツを提供しないでいる出版社、そしてまったくオトク感の感じられない値段設定でごまかそうとしている出版社もいけない。

なぜアマゾンが度重なる新聞の飛ばし記事にも応じず、沈黙しているのか。楽天の挑発にも乗らず、急いでスタートさせていないのか。それはタイトル数を揃えないことには、なんの意味も無いことがわかっているから。電子書籍とは「モノ」ではなくて「サービス」なのである。しかもそのサービスを納得のいくものにするためには、出版社と交渉し、なるべく多くのタイトル数を手頃な値段で提供してもらわなくてはならない。

海外からアクセスしたkoboのサイトには「楽天」のロゴもない。

結局のところ、私の手元の「コボタッチ」は日本で発行されたクレジットカードと日本からアクセスしているというIPアドレスがなければ、日本語のタイトルは何も買えない。タイトル提供やサービスの部分では、現状では海外とはまったく別モノだということがわかった。それだけでなく、「楽天ブックス」や「ラブー」を見る限り、こちらとコボのサービスを統合することも、すぐには期待できなさそうだ。となると「コボタッチ」日本版の発売は完全な勇み足といっていい。

それでなくともサービス開始を急いだあまり、優先させなければならない作業も山積みだろうに、これからもタイトル数を増やし、ソフトのバグを直し、検索機能を向上させ、カテゴリー分けをまともなモノにするためにさらに切磋琢磨が必要な状況となっている。

でもね、そうやってガンバって「コボタッチ」を10万台も売って客を囲ったつもりになっても、アマゾン他の日本の電子書籍サービスがもっと豊富なタイトルを揃えて、使いやすいサービスで攻めてきたら太刀打ちできるのだろうか。「コボタッチ」を売って囲い込んだつもりでも、すでに持っているパソコンやスマホで使える電子書籍サービスを打ち出してきたら、何の意味もないのに。

ということで、「コボタッチ」は買いか否かという話なら、買ってEインクに慣れておくのもいいんじゃないですか。ソフトはバージョンアップ、ストアは改善されるという大前提で。

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