Eブック版権をめぐるエージェントと出版社のバトル

2010年7月27日
posted by 大原ケイ

アメリカ人が出版関連の利権で訴訟を起こしたり、ボイコットしたりしているのは死闘のバトルをやっているんじゃなくて、お互いに納得のいく着地点を探してプロレスごっこしてるだけ、なーんてことを以前に書いたので、なんだかオオカミ少年になりつつある気もしないではないが、またしても電子書籍をめぐってバトルが始まった

今度はエージェントが大手出版社が抱える大物作家のEブック専門出版社を作り、アマゾンと専属契約を交わしてしまった、というニュース。報復措置として出版社側は、そのエージェントが担当する新人や新しい企画のボイコットをはじめた、というものだ。

電子化されるのは綺羅星のような名作ばかり

さて、このバトルで赤コーナーに立つのは、ICMやウィリアム・モリスと並ぶ大御所のアンドリュー・ワイリー・エージェンシー。クライアントの作家を思いつくまま挙げてみると、フィリップ・ロス、ソール・ベロウ、ノーマン・メイラー、サルマン・ラシュディー、マーティン・エイミス、オルハン・パムクなどなど、まさに綺羅星のような、そうそうたる顔ぶれだ。(リストを見ると大江健三郎や村上龍がはいっているが、これは日本のサカイ・エージェンシーと提携しているので、著作の一部を預かっているため)

このアンドリュー・ワイリー、業界では「ジャッカル」とか「ダース・ベーダー」とかあだ名される辣腕エージェント。つまり著者にとっては強ーい味方だが、出版社から搾り取れるだけ搾り取る、アグレッシブなやり方で有名な、いや、悪名高き御仁。でも、やっぱりいい作家とってるもんね。無視するわけにもいかない。

ワイリー卿(と呼ぶとしっくりくる。下のリンク先のインタビューの写真を参照)、つい最近まで電子書籍に関しては我関せずといったそぶりで、母校のハーバード大学の卒業生ロングインタビューでもキンドルについて訊かれて、「まだ売上げ全体の4%にしかならんものに、96%の時間を費やしてあれこれ言ってもしょうがない」ってなことを(しゃーしゃーと)答えていた。しかも「いちばん大衆的でくだらないベストセラーから電子化されるだろうね。ジェームズ・パターソンなんかEブックで十分じゃないの? 誰もそんなの書斎に飾っときたくないだろうし」なんて暴言まで吐いてるのだ。

オデッセイ社のウェブサイトはとてもシンプルで、求める作品の電子書籍がすぐに購入できる。

オデッセイ社のウェブサイトはシンプルで、求める作品の電子書籍がすぐに購入できる。

ワイリーのクライアントである作家の電子書籍版権は、アンタッチャブルというか、出版社側は紙の本を出すときにもちろんEブック版権も付けてくれ、と申し出るのだが、それはダメです、渡せません、と言われてなす術がなかっただけで、Eブック版を放っておいたわけではない。だが、ワイリー卿ときたら、本当に自分のところでEブック専門出版社を作って、しかもその販売をする権利を、2年間の期限付きでアマゾンだけに譲渡という暴挙に出た。「オデッセイ」と名付けられたその出版社、名前にふさわしく今後数々の至難が待ち受けているんだろうなぁ。

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電子書籍は波紋を生む「一石」となる

2010年7月20日
posted by 松永英明

2010年7月8日~11日に開催された第17回東京国際ブックフェア。同時開催としてデジタルパブリッシングフェア2010なども開かれた。わたしが前回、東京国際ブックフェアに行ったのは2005年のことだから、5年ぶりの参加となる。その間、電子書籍の動向も大きく変化したように感じた。

5年前と今の電子本

電子書籍化の流れは前世紀末から始まり、今世紀に入ってから加速した。当初は各社がΣBookのような電子ブックリーダーを独自に開発したり、独自フォーマットを開発して「蔵衛門」などの専用ソフトウェアを売る、という方向性だった。しかし、特に独自の機械を開発したところは、残念ながらいずれも頓挫していった。一方、KeyringPDFを採用したパピレスは、ある程度汎用的なフォーマットを採用することで生き延びていった。

2005年のブックフェアではボイジャー社の無料公開セミナーを聴講した。ここで画期的だと思ったのは、ボイジャーの路線変更だ。独自ソフトT-Timeを開発していたボイジャー社は、T-Time5.5で大きく方向転換し、「液晶画面でjpg画像を表示できる機械ならどれでも電子本を読める」ようにした。携帯でもデジカメでもPSPでも読めるということで、デバイスの制約を取り払ったのである。それは確かに正しい方向だった。

しかし、それから約5年、電子本はなかなか広まらなかった。それが2009年からのKindle、iPadの衝撃で大きな変化が訪れたといえる。独自の電子書籍ツール開発競争は、アマゾンとアップルの二大巨頭がほぼ制覇したといえよう。一般ユーザーにとってのパソコンのOSがWindowsかMacの二択となった状況に似ているといえる。それにより、電子書籍のフォーマットも選択肢が絞られてきた。

そんな状況で、果たして紙の本はなくなるのか、電子書籍という黒船にどう対応するのかという話が盛り上がっている。2010年のデジタルパブリッシングフェアは、非常に重要なターニングポイントに位置しているといっても過言ではない。そこで大きな期待を抱いて、会場に向かった。

東京国際ブックフェア2010の会場となった国際展示場

東京国際ブックフェア2010の会場となった国際展示場

「本の消費現場で何が起きているのか」

午前中はシンポジウム「本の消費現場で何が起きているのか?」を聞いた。「読むことに関する環境の変化、消費現場の変化をどうとらえるか」をテーマにしたパネルディスカッションである(登壇者は以下の各氏。敬称略)。

・樺山紘一(印刷博物館館長)
・太田克史(編集者・星海社副社長)
・草彅主税(丸善お茶の水店店長)
・司会:仲俣暁生(編集者・「マガジン航」編集人)

樺山さんは歴史家として、星海社の太田さんは出版社の立場として、丸善の草彅さんは販売店の立場としての発言となる。詳細な内容は来年のブックフェア開催時をめどに出版されるそうなので、ここでは手元のメモ(by ポメラ)をもとに、特に電子書籍化に絡む部分について簡単にまとめておくとしよう(他の部分も興味深いので、ぜひ出版時には全文をお読みいただきたい)。

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東京国際ブックフェア2010 講演レポート

2010年7月19日
posted by 仲俣暁生

7月8日~11日にかけて行われた東京国際ブックフェア2010において、ボイジャーが行った各種講演の映像が随時公開されています。また会期中に東京国際ブックフェア2010会場で配布したパンフレット、「そして船は行く」も下記リンクからダウンロードできます。

http://www.voyager.co.jp/sokuho/index.html

「マガジン航」でもご紹介したInternet Archiveのピーター・ブラントリー氏による講演「“OPDS–Open Publication Distribution System”について」にくわえ、ボイジャー代表取締役の萩野正昭氏による「越えるべきものは何なのか?」、ボイジャー開発担当執行役員の小池利明氏による「ePUBと日本語表示について」の映像がすでに公開されており、残りの講演も追って公開される予定です。

萩野氏と小池氏の講演のさわりを、「マガジン航」からも視聴できるようにしました。続きはぜひ、上記のリンクからご覧ください。また萩野氏の講演中で言及されている無料の電子書籍、津野海太郎『小さなメディアの必要』浜野保樹『極端に短いインターネットの歴史』は、それぞれ理想書店からダウンロードできます。


▲萩野正昭「越えるべきものは何なのか?」


▲小池利明「ePUBと日本語表示について」

文字と印刷にかたよったブックフェア極私的報告

2010年7月14日
posted by 雪 朱里

7月8日~11日まで東京ビッグサイトで開催された第17回東京国際ブックフェアは、過去最大の1000社が出展、来場者数も87,449人と過去最多だったという。実のところ毎年足しげく通っているわけではないブックフェアに、今年は足を運ぼうと思ったわけは、電子書籍関連の動きにともなってユーザーインターフェースとしてのフォントへの関心が高まっていることを、肌で感じていたからだ。

先日『文字をつくる 9人の書体デザイナー』(誠文堂新光社)という本を上梓した。タイトルどおり9人の書体デザイナーに、文字への思いや書体誕生の舞台裏について聞いたインタビュー集で、30歳~80歳代の各年代の人々に話を聞いたことで、金属活字から写植、デジタルフォントまでの流れを追うことができた。この本が、思った以上に反響をいただいている。それはどうやら、ちょうどiPadの登場で電子書籍への注目が高まった時期に出版が重なったことが関係しているようなのだ。この本自体では、電子書籍にふれていないにもかかわらず。

昨年のブックフェアの時期にはすでに、視認性、可読性の高いフォントが電子書籍に不可欠とのことから、UD(ユニバーサルデザイン)書体に注目が集まっていたが、今年のブースを見て回った感想としては、フォントへの関心だけでなく、そこからさらに一歩進んで、「いかに文字を読みやすく並べるか」という「組版」への関心が高まっているように感じた。

意識されはじめた「文字」

大日本印刷は紙の書籍からパソコン、携帯電話、スマートフォン、読書専用端末など、さまざまな表示端末に向けた出版コンテンツをワンストップで制作する体制を構築する「ハイブリッド出版ソリューション」を強化するとし、さらにはブックフェア開催にあわせ、今秋、国内最大級の電子書店を開設することを発表。オンライン書店「bk1」との連携に加え、DNPグループに加わった丸善、ジュンク堂、文教堂といったリアル書店との連携も進めて、生活者の欲しいコンテンツを、求める時に、求めるメディアやチャネルで提供していくという。

100年以上にわたり出版分野で愛用されてきた同社の伝統書体「秀英体」は、すでに発売中の秀英明朝Lに加え、M、B、初号明朝が今秋モリサワから発売予定となっているが、そのチラシ各数百部は初日にほぼなくなってしまったそうだ。これは例年にないスピードだという。

いっぽう凸版印刷も、「出版イノベーション2010」と題してプレゼンテーションを展開。やはり電子書籍・雑誌の制作・加工から配信までをワンストップでサポートする「コンテンツファクトリー」の制作フローなどを紹介していた。いずれも、これまで紙媒体の制作で培ってきた情報加工や表現のノウハウを活用しながら、紙媒体や電子書籍と人とを結びつける流れを示したものだった。

UDフォントを中心に展示を構成していたフォントベンダーのイワタでは、ポメラやパイオニアのテレビリモコン、iPhoneアプリの「角川類語新辞典」(物書堂)など、同社のフォントが搭載されたさまざまな端末を展示。「ヒラギノ」フォントの販売元、大日本スクリーン製造のブースでも、同書体がiPhone、iPadに標準搭載されていることから興味をもち、立ち寄る人が見られた。

モリサワのブースではMC BOOKSの展示が

モリサワのブースでは、電子書籍ソリューション「MC BOOKS」に注目が集まった。

フォント関連でもっともにぎわいを見せていたのは、フォントベンダー最大手のモリサワのブースだ。ブックフェア前日に発表した電子書籍ソリューション「MCBook」が注目を集めてのことで、同ソリューションによる電子書籍をインストールしたiPhoneやiPadなどのデモ機周辺に人が集まった。

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Internet ArchiveのP・ブラントリー氏が来日

2010年7月13日
posted by 仲俣暁生

7月8日から11日まで行われた東京国際ブックフェアに、アメリカの非営利組織Internet Archiveのピーター・ブラントリー氏が来日し、彼らが進めているBookServerプロジェクトと、その基礎をなす OPDS (Open Publication Distribution System) についてのプレゼンテーションと講演を行いました。

ブラントリー氏はこの BookServer プロジェクトの責任者であると同時に、電子書籍の規格であるEPUBの標準化を行っているIDPFのボードメンバーであり、グーグルの「ブック検索」集団訴訟の和解案に反対して組織された、Open Book Allianceの共同創設者でもあります。

BookServerの概念図。

BookServerの概念図

9日に行われたこの無料公開セミナーの映像が YouTube で公開されていますので、「マガジン航」でもさっそくご紹介します。(当日のプレゼンテーション資料はこちらからダウンロードできます)。

彼らが OPDS を用いて進めている Open Library については、東京国際ブックフェアでボイジャーが配布したカタログに掲載した「ePUB 世界の標準と日本語の調和」という記事(「マガジン航」にも転載済み)もご参照ください。

▲ピーター・ブラントリー氏講演(前編)

▲ピーター・ブラントリー氏講演(後編)

「マガジン航」では以前にも、Internet Archive の中心人物であるブルースター・ケール氏を訪問した際の映像を公開しています。この機会にあわせてごらんください。

peter_brantley

ブラントリー氏は翌10日にも、東京国際ブックフェアと同時開催されたデジタル・パブリッシングフェア2010のボイジャーブースに登場し、同様の講演を行った。

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