東日本大震災から7年、私自身が横浜から福島県に移住してから4年が経つ。偶然と縁がこれだけ重なると、必然だったのかもしれないとも思う。
いま私は、芥川賞作家の柳美里さんが、福島県南相馬市小高区の自宅をリノベーションして、2018年4月9日に開店した本屋「フルハウス」の、主にイベント運営のお手伝いをしている。
[フルハウスの店内風景]
最初のきっかけは、私が2016年に受講していた、福島県の起業家育成支援「ふくしま復興塾」の代表をしている加藤博敏さんの塾生に対しての呼び掛けだった。曰く、「芥川賞作家の柳美里が南相馬市に本屋と劇場をつくろうとしている。著名な人が多く関わる一大プロジェクトになる。クリスマスイブにキックオフイベントが開催されるので手伝いを募集する。関わって絶対損はない」。
柳美里さんのことは、もちろん知っていた。そして私自身、中学生の頃小説家になりたかったとか、中学・高校は演劇部だったというバックボーンから興味がわいた。なにより、2年前まで避難指示が出されほとんどの市民が避難していた、福島県南相馬市小高区で新しく始まるプロジェクトということで、とても関わりたい気持ちになった。しかし私には実はそのクリスマスイブには、既に予定があった。25年来ファンであるミュージシャンが新潟県の苗場で二夜連続のライブを行う、そこに友人たちと申込済みだったのだ。
「当日は手伝えないけど、その後でも何かできることがあれば手伝わせてください」
想いだけは書き込んでおいた。
[きっかけとなった南相馬市小高の小劇場「LaMaMa ODAKA」プレオープンイベント]
さまざまな縁がつながりあう
その後少し経って、横浜時代の友人で、元NHK横浜放送局のキャスター・船本由佳さんのFacebook投稿が目に留まった。「横浜放送局の先輩で、いまは福島放送局にいる吾妻謙アナウンサーが、NHKラジオ深夜便を担当するのでぜひ聴いて欲しい」と。後から聞いてみたところ、その投稿は公開投稿ではあったけれど、福島に移住している私を意識して書いてくれたとのことだった。しっかり届いたことも、偶然ではなかったのかもしれない。
そのラジオ深夜便で、柳美里さんが書き下ろした『窓の外の結婚式』というラジオドラマが流れた。吾妻キャスターを始めとするNHKキャスターに当て書きをした、柳美里さんにとっては随分と久しぶりのシナリオ執筆だったという。
そのシナリオは、南相馬市で家族を津波で流された妙齢の女性と、その女性と再婚した県外出身の男性の、モノローグと会話で構成されていた。
再婚して夫婦になってはいたが、女性はまだ津波で流された伴侶や家族のことをずっと胸に抱えており、男性もそのことをわかっているから、深くは触れずに、でもなんとか支えようとして暮らしている。物語の最後は、それでもお互いを認め合いながら散歩に出かけていく、というように締めくくられていたと記憶している。
その物語は、南相馬市臨時災害放送局「南相馬ひばりFM」(2018年3月25日で閉局)で週に1回パーソナリティを務め、南相馬市やこの地に関わる人の話に真摯に耳を傾けてきた、そして鎌倉市の自宅を売却して南相馬市に移住してまで、この地の人々のことを知ろうとし続けてきた柳美里さんだからこそ書けた、リアルなものだと感じて聴き入ってしまった。
私が柳美里さんの想いを意識したもう一つの出来事は、私が福島県いわき市で2015年から運営として参加している対話の場「未来会議」で、柳美里さんをゲストに招いたときのことだった。福島県への移住者である柳美里さんと地元いわき市勿来 在住の室井潤さんをゲストに、「それぞれのふるさと」というテーマでトークを展開してもらった。
そのときにも、柳美里さんの、福島県浜通りに対する真摯な姿勢や鋭い洞察、そして愛情を感じて、この人著名人なのに、いやだからこそすごいな、と感じていた。そしていまにして思えば、そのときも私はイベント司会をしていた。
そんなことが続いて、やっぱり私、クリスマスイブの柳美里さんのイベントを手伝いたい、という気持ちが募っていった。
でも友人との約束のライブもある、かなり高額な支払いも済ませている。くだらない悩みだと思う人もいようが、ライブが生き甲斐の私にとってはいたって真剣な悩みである。
そんななか届いたクリスマスイブのチケットが、かなりの良席だった。これなら譲渡できると、イブ前日だけしか一緒にいられない友人には平謝りし、イブのチケットはファンに円滑に譲渡し、きちんと資金は取り返した上で、私は柳美里さんのイベントに参加できることになった。
当日に突然、司会をおおせつかる
前日の晩にはしっかりライブを楽しんだ後、クリスマスイブの早朝5時に新潟県の苗場を出て南相馬市小高区に向かう。新幹線を二つ乗り継ぎ、仙台からJR常磐線で福島県に南下する。その時間、6時間!
しかもその日は強風だか大雪だかで、軒並み新幹線が運休したり、大幅に遅れていたりした。「せっかくライブ返上で来たけど、間に合わないかもしれない。まぁそうだったらきっとこのプロジェクトには縁がないんだな」。そう思って、駅員さんに聞いてみた。「この切符で小高まで最短で行こうとしたらどうすればいいですか?」駅員さんの返事は、「あ、その新幹線だけ、時間通りに動いてます。そのまま乗車してください」だった。
かくして時間通り、お昼前には小高駅に降り立つことができた。
プロの仕事で、柳美里さんの自宅倉庫は、既に「劇場」になっていた。
[柳美里さんの自宅倉庫を改装した小劇場「LaMaMa ODAKA」はフルハウスの裏手にある]
客入れをする前に、レンタルで入れた100脚以上の椅子を拭いたり、見えやすいように並べ替えたり、導線を作ったり、掃除したり、やることはいろいろあったが、横浜時代からイベント運営だけは数をこなして来たから、裏方がやるべきことはすぐにわかる。
黙々とこなしながら、一段落したところでちょっと休憩して来ますーと、同じふくしま復興塾から駆り出されたメンバーと小高駅前の移動コーヒースタンド「オムスビ」で一休みしていたところに着信。このイベントに声掛けした、ふくしま復興塾代表の加藤さんだった。
「山根、お前総合司会、やれ。」「え? え、今日のですか?」「出来るだろ、すぐ戻って来い。」たしかに私は、ふくしま復興塾の発表会で司会をさせて欲しいと加藤さんに頼んではいたが、今日みたいな一大イベント、私でいいのか? と思ったのは一瞬。「はい、わかりました。やります。すぐ戻ります!」こんなチャンス、逃すわけない。
渡されたのは進行表というよりタイムテーブル。イベント開催時に、最低限観客の皆さんに伝えなければならないこと、出演者の名前の読み方、どこで柳美里さんに振るのか、その場で疑問に思ったことは全部リストアップして聞いた。柳美里さんが、「基本的に山根さんにお任せするので」と一任してくださったのと、演出や照明の責任者である、照明家・海藤春樹さんが横についてサポートしてくださったこともあり、楽しみながら進行ができたうえ、ステージ横のいちばん近いところからすべての演目を観ることができ、役得とすら感じたサポートだった。
[これも偶然か必然か、この日のメインプログラムである、柳美里さん作『ねこのおうち』の朗読劇のキャストも吾妻キャスターだった]
なんとかつつがなく司会がこなせたのは、私が司会業を横浜時代から、そしていわきに来てからも何回も経験させてもらっていたからなのだが、その私の度胸と進行を柳美里さんが気に入ってくださったようで、今後も手伝って欲しいとお声かけいただくことになった。沢山の人とのつながりからいただいた依頼、断る理由は何もない。
まずは劇場のプレオープンイベントを行ったが、劇場のオープンは秋。先にオープンするのは本屋だと決まっていた。オープン日は4月。クリスマスイブの段階では、まだその場は手つかず。内心、大丈夫かなと思ってはいたが、年明けになると、福島県の地方紙や東北地方のブロック紙などで、どうやら本屋の準備は着々と進んでいるらしいということは伝わって来ていた。
ついに「フルハウス」正式オープン
そんな3月中旬に、柳美里さんから連絡があった。本屋のオープンが4月9日(月)に決まったので、直前準備と、またセレモニーの司会をお願いしたいと。実は私は週5フルタイムで勤務しているので、直ちに有給休暇を申請したのは言うまでもない。
[フルハウスの開店チラシ]
私は、新卒で入ったドン・キホーテという会社で、2軒店舗の立ち上げに関わっていた。だから開店前のバタバタと、そして開店の時期にしか味わえない、ゼロからお店を生み出す、なんとも言えない充実感を、身をもって知っている。なので、オールボランティアであっても、喜んで手伝いたいと心から思えた。絶対に得難い経験ができるとわかっていたから。
しかし、それにはどう考えても人手が足りない。いまでもだが、本屋「フルハウス」は、柳美里さんと伴侶の柳朝晴さんと2人だけで運営している。ボランティアを募るにも、移住者の私が広域に声かけしても効果は薄いだろう……と、ふくしま復興塾の代表・加藤さんに頼んで声かけしてもらったり、気心の知れている仲間たちに一本釣りでお願いしたりして、信頼できるボランティアだけを集め、開店準備と当日に臨むこととした。
[開店ボランティアにかけつけてくれた筆者の友人と、柳美里さんの友人たち。下の写真左端が筆者]
なぜ私がそこまでするのか。これは想像に過ぎないのだが、いくら柳美里さんが著名な作家だとは言え、震災後に移住してまだ数年。おそらく気軽に頼める近所の人は多くはないのだろうということ。また柳美里さんの本業は作家であり、いい意味でも悪い意味でも、純粋で浮世離れした部分がある。私が語るのも僭越な話だが、やはり天才には天才の仕事があり、それをサポートするのが凡才の役目だと思っている。
また何より、私自身がこの、福島県浜通りの、津波と原発事故で沢山の人が離れざるを得なかったこの場所・福島県南相馬市小高区に、本屋と劇場をつくるというプロジェクトに可能性を感じ、応援したい、絶対潰したくないと心から思っているからに他ならない。
毎週末のトークイベントと「24人の20冊」
いろいろなバタバタは沢山あったものの、無事にオープンし、本日まで定休日以外は休みなく、沢山のお客様に来ていただけている、本屋「フルハウス」。そして私は、開店から毎週土曜日にフルハウスで開催されているイベントで、毎回司会としてお手伝いをさせてもらっている。
[4月28日に行われた、芥川賞作家・中村文則さんをゲストに迎えての朗読会とトークイベント]
それからオマケとして、フルハウスのFacebookページの運営もしている。
これも、横浜時代から何件ものFacebookページの管理をして来た私にとっては、苦にならずにできることだ。とくに柳美里さんはTwitter発信がメインで、Facebookにはなかなか情報が流れないのでちょうどいいとも思っている。こんなところでも経験が生きるとは。
この記事で、フルハウスに興味を持ってくれたのなら、ぜひ福島県南相馬市小高区まで足を運んで、本を買って欲しいと切に願います。いくら社会的に評価されるプロジェクトであろうとも、売上が伴わなければ続けられない。ここ数年、資金難で継続ができなくなってしまったプロジェクトをいくつも見てきたので、ここは声を大にして伝えたい。
[店内には柳美里さんとその友人24人が選んだ本だけが並んでいる]
フルハウスは本のセレクトショップと呼ぶのがふさわしい店だ。柳美里さんと、作家や演劇関係者など柳美里さんの友人たち24人が選書した本だけが蔵書されているからだ。そのラインナップを見るだけでも、小高まで来る価値はある。
ご来店、お待ちしております!
[柳美里さんの本は、すべて直筆サイン入りで販売]
フルハウス:〒979-2121 南相馬市福島県南相馬市小高区東町1-10
営業時間:火曜~金曜 13:00~18:00、19:30~21:20
土曜 12:00~18:00
日曜、月曜 定休日
※はてなブログ「やまねぇの東北応援日記」2018年5月5日のエントリーを加筆・修正して転載しました。
執筆者紹介
- 福島県浜通り移住ライター。2014年にいわき市に移住。横浜市出身。いわき経済新聞ライター兼デスク。ほかに70seeds、福島TRIPなどで執筆。高校生の頃にライターを志すも、東日本大震災までは接客業に従事。震災を機に情報発信に目覚め、気づいたら記事を書くように。移住して出会った、福島県浜通りの素敵な人・ことを伝えていきたいです。
Facebook:https://www.facebook.com/belovingmaikoyamane
いわき経済新聞:https://iwaki.keizai.biz/
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