IoT×BookShopハッカソンに散った、書店を地域コミュニティにするアプリの話

2017年3月8日
posted by スガタカシ

2009年にiPhoneのARアプリ「セカイカメラ」が流行った頃、書店で働いていたぼくが夢想したことがある。書店に置かれる手書きのPOPが将来、書店員はもちろん、客も書き込むことができるARのタグに置き換われば、書店で本と出会う体験は、もっとワクワクする体験になるかもしれない――。

意気込んでプレゼンテーションに臨んだ筆者。

去る1月28日、日本出版販売(日販)とデジタルハリウッドの主催で開催された「IoT×BookShopハッカソン」に参加してきた。2日間のあいだ、チームに分かれ書店体験を変えるIoTプロダクトを開発し、優勝を競い合うハッカソンだ。

書店勤務、フリー編集者を経て、いまは2016年4月に「すごい旅人求人サイト SAGOJO」というWebサービスを提供するスタートアップをやっている。書店を離れて久しいにもかかわらず、参加を決めたのは、「セカイカメラ」流行時に抱いた妄想がどこかに残っていたせいかもしれない。紙の本も書店も好きだけど、テクノロジーの可能性も信じてる。縮みゆく書店よりも、テクノロジーで変わる書店の新しい姿を見たい。書店を退職して5年が経ついまに至るまで、そんな思いを抱いてからだ。どうせなら、狙うは賞金10万円が出る優勝。そう意気込んで、同じ会社で働くエンジニア2人を誘って申し込んだ。

最優秀賞の賞金10万円を狙ったが……。

結論は、惨敗だった。あとには泊まり込みで開発したプロダクトが残っただけだ。しかし機会をいただいたので、2日間熱中して開発したプロダクトについて、書いてみたい。もしかしたら僕たちが考え、作ったものが、どこかのだれかの参考になるかもしれない。そう願って。

書店を「地域コミュニティ」として再定義する

ハッカソンではチームに分かれて、制限時間内にプロダクトを企画、開発して競い合う。ぼくたちが作ったのは「本とつながる、街とつながる」と銘打った、書店を街のコミュニティにするアプリ。Honyan(ほんやん)と名付けた。

プロダクトを作りはじめる前に行ったブレインストーミングで。模造紙に、付箋に書いたアイデアを貼り付けていき、近いアイデアをグルーピングしていった。

ご存じのとおり、書店は街によって、その性格を大きく異にする。立地によって、客層も売れる本も違うからだ。荻窪の文禄堂と郊外の国道沿いのTSUTAYAとでは、ベストセラーもまったく違う。その書店の品揃えと客層には、「その街らしさ」があらわれる。書店は地域の文化をうつすもの。であれば地域文化のハブとして機能させてもいいんじゃないか。そうして考えたのが、書店を「地域の人やお店のコミュニティ」として再定義するというアイデアだった。

書店は本を売ることで商売をしてきた。でも娯楽が多様化すれば本に費やす時間は減り、本が売れなくなる。本の購入がインターネットでも可能になれば、その分、書店に足を運ぶ人は減り、売れなくなる。書店が困るのは当然の流れだ。

でももともと、書店が扱っている本は情報の束。書店が提供するものを商品としての本に限定する必要は、どこまであるだろうか。書店が立地する地域に関する本や、その土地に縁のある作家の本はそうでない本に比べてよく売れる。では本だけでなく、その街の情報や、その地域の人とのつながりが、書店で得られるようになったらどうだろう。

書店に行くと、本だけでなく、その街や、人とつながることができる。その時、街に1軒しか残っていない本屋が、地域の未来を担うおもしろい人のコミュニティになるかもしれない。

書店を街のコミュニティにする。その世界観はここに書いたようなものだ。でもハッカソンなので、開発したプロダクトで勝負しなければいけない。

高級そうなお弁当が支給され、満足げなエンジニア。

LINE Beacon を利用した「待ち合わせ場所を書店にしたくなる」アプリ

「書店を街のコミュニティにする」というビジョンを現実に落とし込むため、プロダクトは「待ち合わせ場所を書店にしたくなるアプリ」というコンセプトで考えることにした。もともと書店は時間を潰すにはうってつけで、昔から「待ち合わせ場所」に利用されることはすくなくない(待ち合わせ場所を書店にすれば、相手の多少の遅れも気にならない)。書店を待ち合わせ場所としての書店利用を促進することで、書店に立ち寄る人を増やすことができる。

企画コンセプトと実装する機能が決まったら、デザイナーが画面構成のラフを描く。

今回のハッカソンのテーマであるIoT要素としては、会場で無償提供されたLINE Beaconを使う。Beaconというのは英語で信号灯やのろし、標識を意味するもので、既に普及している例としては高速道路にせり出していて、混雑状況などを知らせてくれるアレなんかがある。

会場で無料で支給されたLINE Beacon。今も手元にあります。

LINE Beaconでは、この端末から一定距離内に入った/出た時にBeaconと連携したアプリやLINEアカウントにイベントを発生させることができる。このLINE Beaconを使って、書店に近づいた時と離れた時に、イベントが発生するアプリを作る。

来店時イベント:書店利用者同士がつながるレコメンドを配信

まず、書店に訪れることでしか起きないイベントを用意することで「書店で待ち合わせ」したい人を増やすことを考える。あらゆる場面に「おすすめ」があふれるなかで、リアル書店だからできる、まだやっていない、利用者がうれしいおすすめのかたちとはなんだろうか。

考えたポイントは3点。

・本がおすすめされるのは、書店に近づいた時だけ
・本のおすすめとともに、おすすめしている人の人柄が見える
・おすすめされた本はお店のどこにあるかがわかって、すぐ手に取れる

もちろん書店内ではこれまでも、POPや陳列などで本がおすすめされてきた。そこに、同じ街の同じ書店を利用する、読書傾向の近い人の好きな本のおすすめが加わることで、本とつながるだけでなく、人とつながるという要素を加える。書店を核に、読者によるサロンが形成されるイメージだ。

実装するのはこんな機能。あらかじめアプリをダウンロードしておくと、LINE Beaconで、書店に近づいたユーザーを検知する。入店前にその書店を利用するユーザーのお気に入りの3冊(ユーザー登録後にプロフィールに入力してもらう)が、おすすめのコメントともにプッシュされる。おすすめされた本は、店内の棚番号が表示され、そのままお気に入りすることもできるし、入店後、すぐに手に取ることができる。

栄養ドリンクでドーピングしつつ、制限時間ギリギリまでコーディングするエンジニア陣と筆者(左端)。

書店内:リアル書店におけるブックマークのあり方

「書店で待ち合わせ」というシーンで来店する場合、荷物になるし、書店内にいられる時間も限られる。手に取った本を、必ずしもその日に買うとは限らない。

でも書店の品揃えや陳列は日々変わる。一度買い逃した本と再会するのには結構な手間がかかる。配達でもいいし、取り置きでもいいし、書店でもう一度手にとって吟味してから買いたい、と思うこともある。

その場で買えなくても、気になった本はとりあえずブックマークすれば、後でスムーズに買えるようになって欲しい。リアル書店がブックマーク機能をつけない間に、「あとで買おう」の少なくない割合が、かつて職場の同僚が「家庭用書籍検索機」と呼んだAmazonに流れているのが現実だろう。そこで実装するのはこんな機能だ。

・書店内で気に入った本はスマホをバーコードにかざすことで、一発でお気に入りに保存
・ブックマークした本は棚番号の表示に対応。できればレジでの取置や宅配購入も可能に

退店時イベント:書店を街の案内所に

「書店で待ち合わせ」した人は、いずれ街に戻っていく。そこで、書店から離れようとすると、ユーザーが購入したりブックマークした本の好みに合わせて、店の書店員が、街のお気に入りのお店やスポットをおすすめしてくれる機能を実装する。

本の好みにはその人の志向が強く反映される。本に紐付いた、街のスポットのおすすめ。書店が街の案内所になる、という発想だ。

ただ、お店のファンを増やすことを考えて書店員をここで登場させはしたものの、ただでさえ忙しい書店員が街のお店を紹介するのはハードルが高いかも、と悩むところではあった。もしかすると書店員ではなく、その書店に通う人が、本に紐付いた近隣のおすすめのスポットやお店を設定できるようにするのがいいかもしれない。

いま振り返ってみて

と、こんな機能を盛り込んだiPhoneアプリ「Honyan」、プレゼンやデモで興味を持ってくれる人は多かった。「地域に残った数少ない本屋に通うのが楽しくなりそう」「本屋だけじゃなく図書館にも使えそう」という声もあったのは、うれしかった。

ただ、お店に行った時・店内・お店を出る時。三つのシーンで機能を考えたが、いま振り返ってみると、アイデアを盛り込み過ぎて、散漫な印象は否めない。チームのエンジニアやデザイナーのみんなは頑張って、主要な機能をデモできるレベルに実装してくれた。でも2日間という限られた期間で実装するにはオーバースペックで、結果としてプロダクトの完成度がいまひとつになってしまったところはあるかもしれない。そしてIoTハッカソンとしては、VRなどもっと視覚的にわかりやすいプロダクトの方がよかったかも、とも思う。(優勝したプロダクトは、書店の手書きPOPをVR化する、というとても視覚的にわかりやすいものだった)

それでも、書店を地域のコミュニティとして再定義する、という発想は、我ながらアリなんじゃ、と思う。この記事が、どこかの誰かの参考になればうれしい。

深夜、疲れて眠るエンジニア。

今回の参加者40名程度のうち、ほとんどがエンジニアとデザイナーで、出版や書店に関わった経験のある人間はぼくを含め2、3人だった。イベントの参加者受付では「プランナー枠」として出版や書店に関わった経験のある人間が募集されていたにも関わらず。

書店の現場はとても忙しいので、きっとこのイベントを知ってはいても、参加できなかった人がいるかもしれない。でも、実際にこうした場に出るとたくさんのアイデアが出るし、他人のアイデアにも触れることができる。そしてなにより、自分が可能性を感じたアイデアを短期間で形にしていくのは、とても楽しく、夢中になって作った。もしかしたら将来、一緒に何かができるかもしれない人と、新たに出会えるのも魅力だ。書店×IoTハッカソン、またの開催と、次は書店や現場にいる人達がもっと参加するといい、と願っている。

執筆者紹介

スガタカシ
一橋大学卒業後、紀伊國屋書店に勤務。Webサイトのリニューアルやイベントの企画・運営を行う。退職後、海外25ヶ国で50人以上の若者のくらしを取材する「Biotope Journal」プロジェクトを敢行。帰国後はフリー編集者を経て、SAGOJOを共同で創業。事業開発などビジネスサイドを担当。