「一匹狼」フリーランス編集者たちの互助組織

2016年12月15日
posted by 大原ケイ

先々月、たまたまボストンで一晩だけポコっと時間が空いたときに目についた「Working with Independent Authors」という集まりを覗いてみたので報告します。

ボストンの書店風景。

フリーランス編集者協会のセミナーに参加してみた

ボストンの中心部にほど近い、羽振りの良さそうな若者だらけのIT企業の会議室をアフター5に借りて行われたそのイベントは、全米組織のEditorial Freelancers Association(フリーランス編集者協会)のボストン支部が自主的に開いたネットワーキングとセミナー。協会メンバーのベテランが2人、これからインディー(自己出版)作家と仕事をしていく上でのコツを伝授するという内容でした。

各自が自分の飲み物と、みんなでつまめるおやつを一品持ち寄る「ポトラック」スタイルでカジュアルな雰囲気。集まったフリーランス編集者がたった一人の年配男性を除いて、みんな様々な年齢の女性、というのは私が知るアメリカの出版業界のデモグラフィック(人口構成)と酷似している。これは別に男性をdisって言ってるんじゃなくて、編集こそ男女で能力に差のないスキルだし、在宅でやれるフリーランス編集者という仕事は、子育てや家庭のパートナーの都合などと合わせやすい、というのもあるかと思います。

自己紹介で、ニューヨークから、というより日本から飛び入り参加です、日本でも日本独立作家同盟という非営利団体の理事をしてます、と言うと「わお、ウェルカム!」という反応。他の皆さんも、もともと出版社で編集者をやっていたけれど、なんらかの理由で会社を辞めてフリーになった人がほとんどのようでした。

会議前の風景。女性が多く、和やかな雰囲気。

その日の講師はスーザン・マティソン、ターニャ・ゴールドという30〜40代の女性2人。マティソンさんはノンフィクションの仕事が多く、ゴールドさんはどちらかというとフィクションの「お直し」(キャラクター設定、プロットの穴埋め、gender neutralな言い回しに変えるなど)が専門とか。2人とも出版社に勤めた経験あり。これまでそういった出版社を通して編集の仕事をもらっていたが、最近はインディー作家からの依頼で仕事をすることが増え、相手が業界については素人であることも多いため、一緒に仕事をする上で留意すべき点などを自身の経験から紹介してくれました。

フリーランス編集者のための十二カ条

その日のセミナーで話されたことの中で、ふ〜ん、なるほどと思った点をいくつか箇条書きにしてみます。

  • 出版社を通した仕事と比べると、インディー作家の場合、書き手の思いがこもった原稿を直接扱う機会が多い。そのことによるメリットとデメリットがある。まずメリットは、出版社を通した仕事だとその出版社の歯車のひとつに過ぎないと感じたり、臨時雇いの便利屋の一人になってしまうが、インディー作家相手だと、よりやりがいがある。
  • デメリットとしては、実際の仕事は「編集」というよりも、素人著者相手の「コーチング」になりがち。公私にわたるインディー作家のお守り役になってしまわないよう、対策が必要。
  • 自分ができる仕事のジャンルや種類は、思っているよりも幅広い。そのために門戸を広く掲げ、どんな仕事に対してもどういうことができて、どういうことはできないのか、あらかじめポイントを押さえた対応が望ましい。
  • 出版社から受注してする仕事ではないので、著者には出版社を紹介する仲介業ではないことを明確にしておく。
  • 「口コミ」の力はバカにできない。ツテによる推薦(referral)は大事。一度でも一緒に仕事した人からは、推薦の言葉をもらうのを忘れないようにする。
  • 依頼人からの突然の電話や、メールでの問い合わせにどこまで対応するかは、自分で事前に線引きしないと際限がない。そのためにも、仕事内容や条件などは口頭ではなく、ウェブサイトなどにあらかじめ細かく書いておくとよい。
  • 依頼仕事のたびに同じことをやるところはなるべくそのプロセスを、アプリやソフトを使い、自動メール返信や、書式のテンプレートを用意するなどしてオートマ化する。
  • Red Flag(危険人物)の見分け方
    ・やたら値切る人、やたら急ぐ人(一回の対応では終わらないことが多い)。
    ・他の人の悪口を言う人(その後、必ず言われる立場になる)。
    ・Exit Strategy(出口戦略。どこでやめても、支払いが生じるように契約しておくなど)を決めておく。
    ・追加料金が発生する時点をきちんと伝え、依頼人の決断を仰ぐ。
  • 契約書を交わすのは、依頼人にとってもプラス(プロの作家としての自信につながるようだ)。
  • 支払いは、予約(=時間的拘束)が生じた時点で前払いを要求する(50%を契約時に、50%を仕上げ時に、など)。
  • 直した原稿を依頼人に戻すだけでなく、Editorial Letterをつけるといい(直したのはどこか、だけでなく、編集を通してどういうことをやったのかを書く)。そのほうが赤字だらけの原稿よりポジティブ。中には真っ赤に直されたプルーフを見ると萎える著者もいるので、クリーンなプルーフも合わせて送ると喜ばれる。
  • プルーフを戻すときに請求書もつけちゃう!

やはり皆さん、自分が遭遇した困ったシチュエーションの相談をしたいらしく、質疑応答も活発。自分のの体験を話しつつ、他の人の話も聞けるのが良かったようです。ふだん一人で黙々と仕事をしている分、同業者と繋がりたい気持ちもあるのでしょうね。

フリーランスのいる業種には必ず「互助組織」あり

さて、このイベントを主催したEditorial Freelancers Association(EFA)についても少し説明します。

  • ニューヨークに(いちおう)本部を置く非営利団体で、1971年設立。ただし、メンバーの4分の3はニューヨークエリア以外に住んでいて、海外にいるメンバーもいる。活動はほとんどメンバーのボランティアによって運営されている。会合はテレビ会議を使い、地方でのイベントをやったりと、基本的にオンラインで活動。2ヶ月に1回発行のニュースレターや、SNSを通してメンバーと連絡を取っている。使用しているオンライン会議室はなぜかYahoo! グループ(始めた時期が時期だからでしょうか)。
  • 運営スタッフは会を代表するエグゼクティブ・ディレクターが2人、秘書、経理担当のみ。有償で雇われているのはニューヨーク・オフィスで事務処理と電話番をするアドミニストレーター(総務係)が1人だけ。
  • メンバーになるには編集者としての経験が必要で、年間15,000円相当の会員費を支払う。慢性的に資金不足なのか、会員の申し込みページに「協会運営上、緊急に何かしらの理由で資金が必要になって会員から寄付を募る場合、コンタクトしていいですか?(寄付をお願いしてもいいですか?)」という項目がある。メンバーになると会員名簿にアクセスできる。
  • EFAの「仕事リスト」には、外部の誰もが無料で仕事を頼みたいときに告知できる。告知が載ると、全メンバーに通知がいく。メンバーは現在約2,000人。職種はリライター、編集者、校正者、コピーエディター、インデックス(索引)作成者、リサーチャーと幅広く、どんなジャンルにも対応できる。企業として人材を探しているところも、ここで募集できる。
  • Rate Chart(こういう仕事の相場はこのぐらい、という詳しいガイドライン)を明確にしていて、仕事を頼む側も、引き受ける側も参考にできる。これはEFA会員のギャランティや、業界での実際のレートを参考にしている。日本のそれより数段高い金額がスタンダードである。
  • 契約書のサンプルや、請求書のヒナ型なども用意されており、メンバーがそれぞれ加工して自由に使える。
  • 会員が守るべきスタンダードや、仕事の質に関するガイドライン、不文律の禁止事項などモラルハザードを避けるための、Code of Fair Practiceという決まりごとを提言している。

アメリカではどんな分野に仕事でも、フリーランスの人たちで結成するこういったTrade Association(いわゆる互助組織)がある。EFAはかなり小規模なほうで、恥ずかしながら私もその存在を知りませんでした。

こういった互助組織があれば、おたがいにギャラを報告してブラック企業をリストアップしたり、皆でボイコットするなり、公表するなりできるだろうし、仕事をお願いする側にしても、ギャラの相場がすぐに検索できれば、安く買い叩くことを躊躇するようになると思うわけです。

あるいはスケジュール的、技術的に自分には無理そうな仕事を協会のメンバーに振るとか、こんなアプリやソフトが便利だよ!と紹介するとか、Give & Takeのいい関係を作ることがこういう互助会の秘訣でしょうね。私もこのセミナーに飛び入り参加させてもらって面白い話を聞けたので、「文中に日本語のフレーズが出てきた場合は手伝うよ!」とメンバーが見られるフォーラムに一言入れてもらいました。

日本だと、正社員の人だけが労働組合に入っていて、契約社員は正社員より過酷な労働条件でガマンしているように見受けられますが、契約社員やフリーランスの人たちこそ、労働者としての権利を守る組合や互助会が必要だと思うのです。

執筆者紹介

大原ケイ
文芸エージェント。講談社アメリカやランダムハウス講談社を経て独立し、ニューヨークでLingual Literary Agencyとして日本の著者・著作を海外に広めるべく活動。アメリカ出版界の裏事情や電子書籍の動向を個人ブログ「本とマンハッタン Books and the City」などで継続的にレポートしている。著書 『ルポ 電子書籍大国アメリカ』(アスキー新書)、共著『世界の夢の本屋さん』(エクスナレッジ)、『コルクを抜く』(ボイジャー、電子書籍のみ)、『日本の作家よ、世界に羽ばたけ!』(ボイジャー、小冊子と電子書籍)、共訳書にクレイグ・モド『ぼくらの時代の本』(ボイジャー)がある。