3月末に「自分だけの部屋」に引っ越してからというもの、仕事のための環境はどんどん整っていった。幅180センチのワイドデスクの真ん中にはキーボードとディスプレイを置き、右にはプリンターやスキャン専用機、左には連載の取材の際に拝見した大野更紗さんの机を真似て、小さな本棚を置いている。机の下には、ずらりと本を並べた棚があり、まだそこはあまり埋まっていないが、引っ越し後も着々と本は増えている。
自炊代行業者に送った約1200冊もの書籍のうち、スキャンデータとして納品されたのは500冊あまり。一冊150円の「5営業日納品スキャン」というコースに出した本は送って一ヶ月ほどでPDFデータに変換され、サーバーにアップする形で納品された。一冊100円の「のんびり納品スキャン」というコースの方は半年たった今もまだ大半が納品されていないが、すぐに使うものでもないのでコース名が示すようにのんびり待ちたいと思う。
連載の最終回で示したように、スキャンに出した本の中には一ページがA4という大判サイズのものもある。たとえばシリーズ物の図鑑がそうだ。
電子本を読むために購入したiPad 2の画面はB5判よりも小さい。電子化された図鑑を表示してみたところ、見開きはおろか、一ページだけの表示すら厳しかった。それどころか普段、執筆用のディスプレイとして使っているNANAOの17インチでも、A4判の図鑑を見開きで表示するのは厳しい。執筆時は参考資料となる本や画面をしばしば参照することになるが、電子本を読む際に、ディスプレイをいちいち切り替えたくない。
スキャンし納品された電子本をうまく使いこなすため、解決法を考えてみた。別の画面に映し出すのがよかろうということで、僕は、とある20インチ以上の大画面タブレットに白羽の矢を立てた。それはヒューレット・パッカード社のSlate21という21.5インチのAndroidタブレットであった。パソコンにしなかったのは、あくまで電子本やテレビの閲覧用としての利用しか考えていなかったからだ。値段も安く、春に最安値だった26000円ぐらいの値段で晩夏の時期に、ヤフオクで購入した。
部屋に届くとさっそく箱から出し、コンセントをつないだ。そして電源を入れた後、カスタマイズし使えるようにした。読書用にはiPad 2でも使った「i文庫」という読書用アプリのAndriod版を、そしてネット上の外部ストレージとしてDropboxをインストールした。
「i文庫 for Android」で自炊済みの本を開いてみることにした。PCのハードディスクに格納されているOCR済みの電子本データをDropboxにアップロードし、Slate21にインストールされたDropboxアプリ経由で開こうとしたのだ。すると、さすが21.5インチ。PDF化したA4判の『昭和 二万日の全記録』などを見開きで快適に見られるようになった。ハードカバー本も見やすい。文庫本は逆に画面が大きすぎてやや見づらかった。
Dropboxを使ってわかったのは、8GBしかない内部ストレージにいったんPDFをダウンロードしなければ読めない、ということだ。そこで、いつもはPCにつないでいる3TBの外付けHDDをSlate21にUSBケーブルでつないでみた。するとちゃんと認識し、こんどは内部ストレージにファイルを移すことなく、PDFを「i文庫 for Android」から開くことができた。
これで記憶容量の問題はクリアできた。今後は8GBしかないSlate21の内部ストレージに頼ることなく、数百、いや数千という電子本のデータからなる個人蔵書を簡単に閲覧できる、ということだ。これは画期的かも知れない。思わず胸が躍った。
しかも本棚登録や単語の検索もできたから申し分がない。一冊ごとに本棚へ登録する手間がかかったり、写真や文字の配置が複雑なレイアウトな図鑑や雑誌だと単語の検索がうまくできなかったりという改善点はあるが、十分及第点だ。
このようにAndroid版巨大タブレットと電子本の相性はなかなかに良い。書影が出なかったり、検索ができなかったり、タブレット自体が大きすぎて、外へ持ち出せないという問題はある。それでも、大量の電子本蔵書を抱える人や大量の本の電子化を検討している人には、朗報といえる解決法なのではないか。
僕自身、資料を参照しながら書くという態勢がこれでようやく整ったと思えるようになった。自分だけの部屋として、使いやすさが格段に上がった。このサイズのタブレットはあまり売れていないようだが、大量に自炊した人にこそ向いている製品だと思う。個人の電子図書館として利用するにはまだ少々難はあるが、僕が人柱となって使い心地を改善していきたいと思う。
※西牟田靖さんの「床抜けシリーズ」の本連載は終了しましたが、今回は番外編としてお届けしました。なお、同連載は来年、本の雑誌社より単行本化される予定です。
執筆者紹介
- ノンフィクション作家。日本の旧領土や国境の島々を取材した一連の作品で知られる。「マガジン航」の連載をまとめた『本で床は抜けるのか』(本の雑誌社)をはじめ、著書に『僕の見た「大日本帝国」』(カドカワ)、『誰も国境を知らない』(朝日文庫)、『ニッポンの穴紀行〜近代史を彩る光と影』『ニッポンの国境』(光文社新書)、『〈日本國〉から来た日本人』などがある。
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