キンドル・アンリミテッド登場は何を意味するか

2014年7月30日
posted by 大原ケイ

米アマゾンが定額読み放題サービス、「キンドル・アンリミテッド」を始めた。OysterScribdといった他の定額Eブック読み放題サービスも既に始まり、TxtrBlloonといった、どこの誰がやっているのかわからない同様の新参サービスもできはじめている。

本も「定額読み放題サービスが主流」になるのか?

デジタル時代に音楽配信がiTunesやMP3ファイルのダウンロードから、PandoraやSpotifyなどに代表されるストリーミングサービスに代わり、映画やTV番組がオンデマンドのケーブルサービスからNetflixやGoogle Playなどのストリーミングサービスに代わってきつつあるのを目の当たりにすると、本も当然、定額読み放題サービスが主流になっていく、と論じる者がいてもおかしくはない。

だが、本当にそうだろうか。

いまのところ、キンドル・アンリミテッドが提供する60万タイトルのうち、50万タイトルは「KDPセレクト」のものだ。これはKDPの自己出版か、アマゾン出版によるEブックで、いわゆるアマゾンがすでに自ら構築したコンテンツで成り立ったエコシステムということができるだろう。

キンドル・アンリミテッドで読める本を見てみると、ビッグ5、いわゆる既存大手出版のタイトルは含まれていない。目玉商品としてプロモーションに使われているベストセラーは「ハリー・ポッター」シリーズ(著者のJ・K・ローリング自身がやっているサイト「ポッターモア」ならばDRMなし版が買える)、「ハンガーゲーム」シリーズ(児童書最大手スカラスティックの作品で映画化もされ、ブームに)の本など、ひと昔前のベストセラー、つまり、お金を払って読もうという人はもう読んでいる、という前提の本だったりする。

ちなみにスカラスティックはアンリミテッドのサービスについて、「(契約すると自動的に)含まれるから」と一方的に通達を受けたそうだ。これはキンドル端末限定の「図書館サービス」のときと状況が似ていて、10%ミニマムではなく、ダウンロードされた時点で「売上」となり、印税が支払われる。

他にもトールキンの「指輪物語」といったモダンクラシックス(今でこそ著作権管理者がいるが、アメリカでの著作権の所在が不明瞭だった過去がある)や、最近のベストセラーではマイケル・ルイスの『フラッシュ・ボーイズ』(版元は中堅のノートン)が入っているが、どうやらアマゾン側が出版社側の了解を取り付けた上で入れたのではなく、オプトアウトしない限り自動的に含まれるという理解で入っている作品があるようだ。

ワシントン・ポスト紙(オーナーがジェフ・ベゾス)のヘイリー・ツカヤマ記者は、アメリカ人が1年間で読む平均冊数(5)を考えると月10ドルは高い、と言っている

つまりキンドル・アンリミテッドはいろいろな本を「読み散らす」のが好きな人にとっては価値のあるサービスだろう。ただし、それは今まで以上に「どの本をどこまで読んでいるか」といった読書パターン=個人情報をアマゾンに明け渡す、という条件付きなわけだが。

問題は、著者に対する支払いをどうするか、ひいては他の出版社がどう対応するかだろう。

アマゾンは、キンドル・アンリミテッドの会員が、ある作品の10%以上(「なか見!検索(Look Inside)」で出てくる分ぐらい)を読めば、それを「売上」として認識し、著者に印税を支払うという。だがその額はあらかじめアマゾンが(一方的に)決めた予算の中から支払われる。今回のアンリミテッドには1ヶ月分として200万ドルを用意しているという。

だが問題は、この予算枠が今後アンリミテッド会員が増えるに従って増額されるとしても、それがいくらになるのかはアマゾンの胸三寸、という点だ。キンドルセレクトの自己出版著者にはアシェットのようにアマゾンと交渉するオプションさえない。結局は数多ある作品の中でも、何かをきっかけにバズった一握りのタイトルだけが恩恵に預かり、その他大勢は10%も読まれずに終わってしまうだろう。

アマゾンが構築しているのは何か

アンリミテッドの発表と裏腹に、これまで「貸出し」サービスとしてキンドルデバイス保有者にのみ1冊提供していた「キンドル・レンディング・ライブラリー」はこのままひっそりと終了させるつもりかもしれない。

いずれにしても、アシェットとの交渉でも一歩も引く気を見せないアマゾンは、そもそもこのアンリミテッドのサービスにビッグ5の本を入れる気はないだろう。ということは、アマゾン出版と、アマゾンセレクトを合わせた、アマゾンオンリーのタイトルを中心としたコンテンツによる「囲い込み」をやろうとしていると考えていい。

「他の本を読みたければ、そちらへどうぞ。ただしお値段が張りますよ」というスタンスだ。

私はどうしても既存の出版社の立場から見てしまいがちだが、今回も「キンドル・アンリミテッド」を諸手を挙げて歓迎する気持ちはまったくない。ビッグ5の出版社にしてみれば、この「9.99ドル」という値段にまず拒否反応を起こす。キンドルが最初に登場したとき、アマゾンが勝手に新刊本Eブックに付けた値段だからだ。

すでに大手も他のScribdやOysterといった定額サービスにタイトルを提供しているが、とはいってもごくごく限られた冊数だし、利用者数やタイトル数を理解した上で納得できる金額でバックリストの本を提供するという次元に留まっている。

だがアマゾンとなったらそうはいかない。これからアンリミテッドにタイトルをよこせ、と迫ってくるのはわかっている。きつい条件でギリギリと締め付けてくる。今、出版社のエグゼクティブは自らの保身ではなく、もっと大きなスケールで「出版」そのものがどう変化していくのか、これこそ産業構造がひっくり返るようなビジネスモデルではないのか、そうなった場合にどうやって著者の利益を守ることができるのか、どうしたら出版という文化を担ってきた責任をこれからも果たせるのか、頭が痛くなるほど考えているはずである。

考えなしに飛びついたら出版社の負け

これからのことを予測するとすれば、アンリミテッドのコンテンツはしばらくの間、これ以上急速に増えることはないだろう。大手が足並み揃えて作品を提供すればまた「談合した」と言われるだけだし、いまアマゾンとアシェットが揉めている以上に細心の注意を払いながら契約内容を詰めないと、本が売れない状況を自ら作り出すことになるからだ。

その間に「読み散らした」読者が「自己出版の本ばかりでつまらない」と不満を漏らし始めたらアマゾンの負けだと思うし、考えなしにアンリミテッドに飛びついたら出版社の負けになる。

勝ち負けは別にしても、ここでビッグ5が今まで通り、本は単品で選び、それ相応のお金を出せば読む価値のある娯楽が手に入る、という付加価値を示せるのならば、音楽業界の二の舞にはならないだろう。むしろ映画業界のように、それを享受する側が、公開時に劇場に足を運んででも観たい作品と、定額ストリーミングサービスにそれがあればスキマ時間に楽しめばいい作品とを、各自が線引きするようになるのではないかと、個人的には予測している。

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執筆者紹介

大原ケイ
文芸エージェント。講談社アメリカやランダムハウス講談社を経て独立し、ニューヨークでLingual Literary Agencyとして日本の著者・著作を海外に広めるべく活動。アメリカ出版界の裏事情や電子書籍の動向を個人ブログ「本とマンハッタン Books and the City」などで継続的にレポートしている。著書 『ルポ 電子書籍大国アメリカ』(アスキー新書)、共著『世界の夢の本屋さん』(エクスナレッジ)、『コルクを抜く』(ボイジャー、電子書籍のみ)、『日本の作家よ、世界に羽ばたけ!』(ボイジャー、小冊子と電子書籍)、共訳書にクレイグ・モド『ぼくらの時代の本』(ボイジャー)がある。