ソニーが北米のeリーダーストアをたたんでKoboに譲渡するというニュース。日本ではそれなりに騒ぎになっているようですが、アメリカ人は「モノ作り」とか、ソニーブランドに対する愛着などというものは全く持ち合わせていないので、eリーダーの持ち主も、「あっそう、これからは本を買うときはKoboになるのかぁ」ぐらいのクールな感想かと思います。カナダ人に至っては、あらら、ますますKoboの寡占状態(注:2012年の端末市場のシェアではKoboが46%、ソニーが18%。アマゾンは24%)かぁ、という程度の反応でしょうか。
Koboに移行することになるeReaderユーザーの蔵書にしても、もともとeリーダーストアのセレクションがKoboよりも少なかったおかげで、読めなくなってしまうものはそんなにないし、仮にあったとしても、3月末までに端末にダウンロードしておけば、その後も読むことはできるそうなので、大騒ぎにはなっていないのです。既に買ったEブックに付けてあったブックマークや下線は消えてしまうそうだけど、それも「既に読んじゃった本」なので、これからまた何回も何回も読み返したいタイトルはないだろうし、そんなに何度も読みたい本は、また買えばいいじゃない、ぐらいの話かなぁ。
「ガジェット屋」に徹すればよかったソニー
結局、ソニーは「ガジェット屋」で、Eブックというコンテンツを売るビジネスなんてそもそもムリだった、ということに尽きると思います。
思えば今は昔、MITメディアラボで開発されたEインク技術を使って最初に商品化したのは、ソニーのリブリエだったんですよね。でも、日本の出版社に「Eブック版売ってやるからコンテンツよこせ」という強気の姿勢に出ることも叶わず、リブリエで“買った”電子書籍は60日で消えてしまうという、「そんなモン誰が欲しいかよ」というサービス内容で、しかも端末のお値段は4万円。実に食指の動かない代物でありました。
一方で、ブラッド・ストーンの『ジェフ・ベゾス 果てなき野望』を読めばわかりますが、アマゾンは紙の本を既にガンガン売りまくっていたからこそ、アメリカの出版社を騙したり、脅したりしてコンテンツを集められたわけです。でもね、日本ではリブリエは失敗したけれど、その後ソニーは北米市場に向けてeReaderを発売した。つまりキンドル登場以前の時代に、数年間、Eブックを読むガジェットといえばアメリカではソニーeReaderぐらいしかない、という時代もあったわけで。
出回っているEブックのタイトルが少ないということもあって、私が知る限り、その頃のeReaderは「少しでも紙を減らすために、書類を読むためのガジェット」として一定数、アメリカの出版業界に出回っていた。私自身、4〜5年前に編集者に配られていた古いeReaderを使ったことがあるけれど、最初からパソコンにつないで使うモノ、という感じだった。
編集者がエージェントから受け取るゲラが既にPDFファイルになっていた時代なので、ランダムハウス内のいくつかのインプリントでは、編集者にeReaderが配られてたりもした。それまでもゲラはEメールで送られてきたPDFをパソコンで読むか、プリントアウトして読んでいたので、そこにeReaderが加わったという感じで、Wi-Fiや3G接続があるかどうかは大した問題ではなかった。
出版業界以外でも、弁護士とか、飛行機の整備士とか、「職業上、大量の書類を抱えながら仕事をする人たち」の間では、eReaderはよく使われていた。ソニーはその路線で、自分たちのEブックストアを維持しようなんて考えずに、DRMフリーのEブックや、書類を読むためのガジェットに徹するとか、グーグルやScribdなど、どこか他のところと組んで、ガジェットはうちが提供しまっせ、というビジネスのままでよかったんだと思う。
Koboはハイエナにあらず
一方で、ソニーのeReaderの顧客を引き受けただけだけでなく、今までもボーダーズのEブックや、グーグルに代わってアメリカのインディペンデント系書店の指定Eブック屋として手を広げているKoboを、「ハイエナ」呼ばわりするのは間違っている。これは単に、これまでもボーダーズ倒産時にその電子書籍部門を引き継いだように、Koboが提供するサービスの仕組みがシンプルで、色々なものを引き受けやすいのと、アマゾンは他人様の手垢の付いたコンテンツなど見向きもしないせい。これからの流れでDRMが見直されていくとしたら、真っ先にDRMを外してくるのがKoboだという気もします。
いずれにしろ、アマゾンがやらない分野や、アマゾンにできないことをつねに意識しないと、出版業界に限らず、この先リテール業界や製造業で生き残っていくのは難しいでしょう。
[編集部より]
なおソニーは2月7日に日本での電子書籍事業について、「今後ご提供予定のサービスのほんの一部をご案内」というロードマップを発表し、2014年春以後もサービスを継続することを表明しています。
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執筆者紹介
- 文芸エージェント。講談社アメリカやランダムハウス講談社を経て独立し、ニューヨークでLingual Literary Agencyとして日本の著者・著作を海外に広めるべく活動。アメリカ出版界の裏事情や電子書籍の動向を個人ブログ「本とマンハッタン Books and the City」などで継続的にレポートしている。著書 『ルポ 電子書籍大国アメリカ』(アスキー新書)、共著『世界の夢の本屋さん』(エクスナレッジ)、『コルクを抜く』(ボイジャー、電子書籍のみ)、『日本の作家よ、世界に羽ばたけ!』(ボイジャー、小冊子と電子書籍)、共訳書にクレイグ・モド『ぼくらの時代の本』(ボイジャー)がある。
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