ロービジョンにもっと本を!

2012年12月28日
posted by 伊敷政英

みなさんはじめまして。伊敷政英と申します。今回ご縁があって、「マガジン航」に文章を書かせていただくことになりました。

僕は生まれつきのロービジョンです。これまで読んできた本と言えば、学生時代に勉強していた数学の専門書か、ビジネス書、現在仕事にしているウェブデザインやアクセシビリティ関連のものが多く、小説やエッセイなどを気軽に読むという経験は正直ほとんどしてきませんでした。

しかし、電子書籍の登場によってロービジョンの人でも気軽に読書を楽しめるのではないかと期待を膨らませています。

今年はKobo touchやKindle、Lideoなど端末を含め電子書籍サービスが数多く登場し、コンテンツも増えてきて、いよいよ電子書籍が普及してきたと感じられます。そこで、僕が電子書籍を使ってみて感じたこと、今後の電子書籍に期待することなどをお話したいと思います。

ロービジョンと読書

くりかえしになりますが、僕は生まれつきのロービジョンです。現在の視力は矯正して0.02か0.03。どんなに分厚いメガネをかけても、どんな最先端のコンタクトレンズを入れても、視力はこれ以上上がりません。

普段、外出するときは白杖(はくじょう)を持って歩いています。本や書類を読むときには、拡大読書器という機械を使い、文字を拡大したうえで色を反転して読みます。パソコンは、Windowsに搭載されている「拡大鏡」などの画面拡大ソフトを使って、やはり拡大と色反転機能を用いて操作します。

ロービジョンの人が読書につかう「拡大読書機」。

ロービジョンの人が読書につかう「拡大読書機」。

Windowsに標準搭載されている「拡大鏡」で色を反転させたときの「マガジン航」のロゴ。ロービジョンの人の中には反転しているほうが読みやすい人もいる。

「視覚障害者=全盲」ではない

ロービジョンとは、「メガネやコンタクトレンズで矯正しても十分な視力が得られず、生活や学習、仕事で不便を感じる状態」を指す言葉です。視覚障害の1種です。「視覚障害者=全盲、つまりまったく目が見えない人」というのは大きな誤解です。

実は、日本にはロービジョンの人がたくさんいます。「平成18年身体障害児・者実態調査(厚生労働省)」によると、視覚障害者31万人のうち、6割強にあたるおよそ19万人がロービジョンとされています(障害等級のうち全盲を表す1級以外の人の数を合計したものです。1級でロービジョンの方もいますので、一番少なく見積もって19万人ということになります)。[出典:「平成18年身体障害児・者実態調査」(厚生労働省)]

また、日本眼科医会の調査によると、「よい方の矯正視力が0.1以上0.5以下」の人は144万9千人、「よい方の矯正視力が0.1以下」の人は18万8千人となっており、合計するとおよそ164万人が、見ることになんらかの不便を感じていることになります。[出典:報道用資料「視覚障害がもたらす社会損失額、8.8兆円!!」(平成21年9月17日、日本眼科医会)]

電子書籍への期待

前置きが長くなりました。本題に入りましょう。

電子書籍との出会いは約2年前。当時出始めだったiPadがロービジョンの人にとってどの程度使えるのか試していた時でした。iBooksやi文庫HDといった電子書籍アプリを使ってみると、寝転がって本を読むことができました。これはとてもびっくりしました。前にも書いたように、僕は拡大読書器を使って本を読みます。

しかしどうも仕事や勉強をしているような気分になってしまって、小説やエッセイをリラックスして読むというのがなかなかできませんでした。それが電子書籍を使うことによって、これまでよりも手軽に、そして気軽に本の世界を楽しめるようになったのです。衝撃的でした。電子書籍を使うようになってから小説や文学作品、図鑑などを楽しむようになりました。

このように手軽に、気軽に本を読む。ゆったりとソファにすわって、あるいは寝転がって。カフェや電車の中で。旅行先にも持っていける。皆さんにとっては当たり前のことかもしれませんが、僕たちロービジョンの人は、今までこういったことが難しい状況でした。それが電子書籍の登場により、確実に変わりつつあります。

「ゴシック、横書き」のほうが読みやすい人もいる

また、電子書籍アプリには文字の大きさやフォント、文字色と背景色の組み合わせ、縦書き/横書きなどを設定して、ユーザーが一番読みやすい環境で読書を楽しめるような機能を持っているものがたくさんあります。僕の場合、明朝系フォントよりも、線の太さが均一なゴシック系フォントのほうが読みやすく、また縦書きよりも横書きのほうが読みやすいので、そのように設定してアプリを使っています。

i文庫HDの表示画面。フォントをゴシック体にし、さらに横書きに設定しています。

このようにユーザーが読みやすい環境で読書を楽しめるというのも、電子書籍ならではの魅力だと思います。ロービジョンの人の見え方は個人差が大きく、また一人のロービジョン者でも目の調子や部屋の照明などによって見え方は変化するので、読書環境をカスタマイズできることは非常に大切なことです。そしてこれはロービジョン者だけでなく、加齢によって文字を読みにくくなり読書から遠のいてしまっている方々にも有効だと思います。

以前、あるご老人から「若いころはたくさん読んでいたけれど、老眼になって字が読みにくくなってからは本そのものを読まなくなった。本棚に眠っている1000冊以上の本をまた読みたいんだけどなあ…」というお話を伺ったことがあります。電子書籍であればこのようなニーズにもこたえることができるでしょう。

すべての電子書籍アプリに、読書環境をカスタマイズする機能が標準で搭載されるようになることを切望しています。

端末やストアにもアクセシビリティを

ここまで、本そのものを読みやすくする機能についてお話しましたが、電子書籍のアクセシビリティを考えるとき、これだけでは不十分です。

先日発売されたKindleを見に行った時のことです。色の反転はできないものの、画面は明るく文字の大きさも十分拡大できるし、フォントも変更でき、「これはかなり期待できるな」と思っていました。しかし読みたい本を選択するホーム画面や、自分が読みやすいように設定を行うためのメニュー画面の文字が拡大できないのです。これでは本を選ぶことも、読書環境を自分好みにカスタマイズすることもできません。

電子書籍のアクセシビリティは、コンテンツだけではなく端末やストアのアクセシビリティも含め、トータルに考えなければなりません。

デジタル教科書への期待

電子書籍関連でもう一つ、大きな期待を寄せている分野があります。それはデジタル教科書です。

子どもの頃、僕は弱視学級に通っていました。弱視学級とはさまざまな学校に通うロービジョンの子供たちが週に何度か通って、単眼鏡やルーペなどの補助具の使い方を習得したり、遅れている教科の勉強をしたりするところです。

当時、弱視学級の担任の先生が、国語と算数の教科書を拡大コピーして自前の拡大教科書を作ってくださいました。僕はそれを22倍に拡大できるルーペで読んでいました。しかし理科の教科書に出てくる植物や動物の写真、社会科で扱う地図や人物写真などを見るのは難しく、授業についていくのが大変でした。

そこで、デジタル教科書の普及にはとても大きな期待を寄せています。ロービジョンの子供たちがスムーズに勉強できる環境を作り、興味や好奇心を促していくことができたら、きっととても楽しいと思うのです。僕は子供のころほとんど見ることができなかった宇宙の図鑑などを、今になってよく眺めています。

最後に

これまで書いてきたように、電子書籍はとても大きな可能性を秘めています。僕自身の読書環境もガラッと変わりました。今後は、今までまったく読むことができなかった漫画や雑誌を読めるようになることを期待しています。誰でも気軽に読書を楽しめる日が来ることを願うとともに、僕自身も障害当事者として貢献していきたいと思います。

Cocktailz(カクテルズ)では、自治体や企業のウェブサイトにおけるアクセシビリティのコンサルティング、講演・執筆などを行っています。またスマートフォンやタブレットといったICT機器やそれらを用いたアプリやサービスなどのアクセシビリティについても、情報収集・発信しています。

ロービジョンについて、アクセシビリティについて、質問や相談などありましたら、気軽に話しかけてください。なんでも、いくらでもお話します。

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