楽天さんから「コボタッチ」が届いたので少しいじってみた。初めてEインクリーダーを使った人とはまったく違う「すれた」レビューかもしれないが、出版エージェントという供給側の立場から、少し「たられば」論を述べてみたい。
全体としては残念ながら「急いては事をし損じる」の具体例A、という印象で「やっちまったな」感が否めない。もっとも、リリースを急いだ楽天の気持ちも分からないではない。アマゾンのキンドルに先駆けて日本で華々しくスタートを切り、世間様の話題もさらって一挙に端末を売ってなるべく多くのユーザーを囲い込んでしまいたい、そんなところだろう。
「7980円」では安すぎた?
意気込みは買うが、以前から楽天の「打倒アマゾン」には、「向いている方向が違うだろ?」という気はしていた。
前から何度も指摘しているとおり、電子書籍はブームや流行りでワッと売れて終わる類のトレンドではないし、企業間の競争の道具に使われるだけのものであってはならない。つねに著者と読者のことを考えてサービスを提供して欲しいと思っている。なにしろグーテンベルクの活版印刷術以来の大きな変革が起ころうとしているわけで、長引く不況で足腰の弱っている日本の出版業界を考えると、もう少し慎重にやって欲しかった。
まずはお値段。今でこそ米アマゾンのいちばん廉価なキンドルが79ドルだが、これはカーソルをプチプチと動かすモデルで、タッチパネルではない。「コボタッチ」のようなタッチスクリーンモデルで、3Gなし、広告の入らない型だと139ドル(約1万1000円)、広告が入っているもので99ドルと、値段的には「コボタッチ」日本版と変わらない感じ。バーンズ&ノーブルのヌックと値段を比較してもSimple Touchというモデルが99ドル。となると、7980円というのも妥当な値段のように思いがち。でも私は「安すぎた」と思う。
というのも、今まで紙の本に慣れ親しんできた人であればあるほど、電子書籍の到来を前に、ひとつの大きな選択をすることになるから。「このガジェットを買うお金で、紙の本が何冊買えるか? このガジェットに投資した分、ちゃんと元が取れるほど本が読めるのか?」という吟味をした上での選択を。
アマゾンのキンドルだって2007年に売り出したとき(上の映像を参照)は400ドルもしたし、ヌックもデビュー当時は200ドルしていた。顧客側は、このガジェットを買ってEブックを読んだ場合、果たしてどのぐらいで元が取れるのかを考える。キンドルの初代モデルの場合、20ドルのハードカバー20冊分を投資してまで試してみる価値があるだろうか、自分が読みたい本がキンドルで読めて、紙よりも安いとして、どのぐらいで減価償却して、その後のオトク感があるだろうか、と。
キンドルも発売当初は店頭売りはしてなかったので、実際に触って買ってもらうことはできなかった。アマゾンの方でも最初の客は厳選して、すでにアマゾンでたくさん本を買っている人を優先してメールでお知らせをし、それでも最初に用意した台数は売り切れた。その上で、キンドルの使い心地やセレクションに納得した本好きの人たちがブログやアマゾンレビューやクチコミで宣伝していった。つまりアーリーアダプター層を厳選して、そこから地道にユーザーを獲得していったのだ。
一方、7980円という大出血価格で「コボタッチ」を売り出すというのは、普段本なんてたいして読まないような人でも「なんか話題になっているから」とポチれる値段にするということだ。初代キンドルがもし400ドルも出させて「初期設定ができない、ウェブサイトに繋がらない」などという事態になったら、ユーザーはアマゾンのレビューに☆1つをつけるどころではすまない。アマゾンは株価がガタ落ちしてネット産業界の笑いものとなっただろう。だからこそアーリーアダプターは選ぶべきなのだ。
それをいきなり「10万台」販売などと、数字で華々しさをアピールしようとするからコケる。Eインク(電子ペーパー)がどういうものかという予備知識もなく、パソコンも持たないまま購入できてしまうようでは、かえって消費者を大事にしているとは言えない。
ハードは同じでもサービスは別モノ
「コボタッチ」のハードウェアそのものに対しては何ら不満はない。ガジェットとしての「コボタッチ」はすでに英語圏マーケットを中心に世界中で売られていて、キンドルやヌックにも劣らない使い心地と評価されている。
しかし、日本語ローカライズとなると非ヨーロッパ言語特有の壁が立ちはだかることになり、まったくの別問題だ。もし、この後にいわゆる「黒船」が日本の電子書籍マーケットに名乗りを挙げてくるのであれば、コボの強みは楽天と組んだことによる「日本語表示がちゃんとしていること」であって然るべきだった。しかも英語公用語化が成功しました、って言ってる楽天なんだから、コボのカナダチームと上手く意思疎通ができてませんでした、では済まされない。
ああ、でも悲しきかな。結局まだまだ品揃えがショボいということに尽きる。当初は3万タイトルと威勢のいいことも言っていたが、達成できていないのであれば「コボタッチ」を購入する前に明示するか、サイトを先に公開して、実際にどんな本があるのかを読者に確かめてもらった上で「コボタッチ」を購入するかどうか決めてもらうべきだった。
今後もどんどん増える、ってまた強弁を重ねるのも問題だが、この点については非は楽天だけにあるのではない。コンテンツを提供しないでいる出版社、そしてまったくオトク感の感じられない値段設定でごまかそうとしている出版社もいけない。
なぜアマゾンが度重なる新聞の飛ばし記事にも応じず、沈黙しているのか。楽天の挑発にも乗らず、急いでスタートさせていないのか。それはタイトル数を揃えないことには、なんの意味も無いことがわかっているから。電子書籍とは「モノ」ではなくて「サービス」なのである。しかもそのサービスを納得のいくものにするためには、出版社と交渉し、なるべく多くのタイトル数を手頃な値段で提供してもらわなくてはならない。
結局のところ、私の手元の「コボタッチ」は日本で発行されたクレジットカードと日本からアクセスしているというIPアドレスがなければ、日本語のタイトルは何も買えない。タイトル提供やサービスの部分では、現状では海外とはまったく別モノだということがわかった。それだけでなく、「楽天ブックス」や「ラブー」を見る限り、こちらとコボのサービスを統合することも、すぐには期待できなさそうだ。となると「コボタッチ」日本版の発売は完全な勇み足といっていい。
それでなくともサービス開始を急いだあまり、優先させなければならない作業も山積みだろうに、これからもタイトル数を増やし、ソフトのバグを直し、検索機能を向上させ、カテゴリー分けをまともなモノにするためにさらに切磋琢磨が必要な状況となっている。
でもね、そうやってガンバって「コボタッチ」を10万台も売って客を囲ったつもりになっても、アマゾン他の日本の電子書籍サービスがもっと豊富なタイトルを揃えて、使いやすいサービスで攻めてきたら太刀打ちできるのだろうか。「コボタッチ」を売って囲い込んだつもりでも、すでに持っているパソコンやスマホで使える電子書籍サービスを打ち出してきたら、何の意味もないのに。
ということで、「コボタッチ」は買いか否かという話なら、買ってEインクに慣れておくのもいいんじゃないですか。ソフトはバージョンアップ、ストアは改善されるという大前提で。
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執筆者紹介
- 文芸エージェント。講談社アメリカやランダムハウス講談社を経て独立し、ニューヨークでLingual Literary Agencyとして日本の著者・著作を海外に広めるべく活動。アメリカ出版界の裏事情や電子書籍の動向を個人ブログ「本とマンハッタン Books and the City」などで継続的にレポートしている。著書 『ルポ 電子書籍大国アメリカ』(アスキー新書)、共著『世界の夢の本屋さん』(エクスナレッジ)、『コルクを抜く』(ボイジャー、電子書籍のみ)、『日本の作家よ、世界に羽ばたけ!』(ボイジャー、小冊子と電子書籍)、共訳書にクレイグ・モド『ぼくらの時代の本』(ボイジャー)がある。
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