すべての出版物をデジタルに

2011年9月27日
posted by 沢辺 均

出版デジタル機構はなぜ必要なのか

ポット出版では2010年年明けから、紙の本の新刊発行と同時に.book形式の電子書籍の販売をボイジャーストアで始めた。だけど、結果はカンバシくない。だいたい二桁の実売だ。まあ予想通りではある。負け惜しみでもある。

なにがたりないのか? 電子書籍のタイトルが少なすぎるということにつきると思う。これまでも何度か書いてきたように、数十万のタイトルが必要だ。ジュンク堂なみの品揃えがあって、はじめて読者は電子書籍を一つの本のカタチとして受け入れるのだろうと思う。だからまず自社から取組みを開始したし、仲間たちと一緒にやってきた版元ドットコムでも取組みはじめた。

とはいえ、出版界の大手から零細までの出版社の既刊本を電子化しなければジュンク堂なみにはならない。ちなみに、一年間に発行される本のタイトル数は1位が講談社で千と数百、1000位の出版社で年間10タイトルくらい(ポット出版は12~16タイトル)。実に多くの出版社が出版活動をしているのだ。こうした多彩な出版社が足並みを揃えるためにも「出版デジタル機構(仮称)」という組織が必要だったのだ。

「出版デジタル機構(仮称)設立準備連絡会設立」のお知らせ

設立には20社(インプレスホールディングス・勁草書房・講談社・光文社・集英社・小学館・新潮社・筑摩書房・東京大学出版会・東京電機大学出版局・版元ドットコム[代表:ポット出版・ほか6 社]・文藝春秋・平凡社・有斐閣[五十音順])が名を連ねた。今年の春から、さまざまな出版社が取組んできて、やっとプレスリリースまでこぎ着けた。もう何日かで設立準備室を開いて日々具体的な準備をはじめる予定だ(プレスリリースなどはこちら)。

「株式会社」であることの可能性

この出版デジタル機構は「すべての出版物のデジタル化」を目標にしている。具体的には、出版社による電子書籍の制作・販売などのサポート、図書館への販売、著作権者への収益配分の代行などだが、それらと同時に「国内で出版されたあらゆる出版物の全文検索を可能にする」も目的の一つとした。

出版デジタル機構は、本当にこうした目的を達成できるのだろうか? 困難も山ほどあるけど、可能性も充分あると思っている。発表後には「いくつ団体をつくれば気がすむのか?」のようなツイートもあった。たしかに去年の電子書籍の大流行の際には、いくつもの業界団体ができた。それらと決定的にちがうのは、株式会社を設立する、ということだ。

業界団体の多くは、会員から徴収した会費収入で運営されている。専従のスタッフもいるけど、出版社の社員がその出版社の仕事として業界団体の仕事をしていたり、最大手の講談社や小学館などは、社員をなかば専従のように「派遣」していたりして、見えない寄付のように機能している。業界団体は自立できていないのだ。したがって、意見の食い違うことは実行できないし、どんなことを決めても参加出版社には取組む義務がないことが多い。

こんどの出版デジタル機構を株式会社として設立することの大きな意味は、ここにある。これまでのように、「なんとなく合意できることを決める」というのではない。株式会社である以上、単独でお金が回っていかなければやがて倒産だ。参加するすべての出版社の合意がなくとも事業方針を決定できるかわり、多くの出版社に利用されるように営業に回らなくてはならない。このことを、少なくともこのプレスリリースに名を連ねた20社は共有したのだ。

「すべての出版物のデジタル化」の先に見えるもの

出版デジタル機構は、なにをするのか? もう少し具体的なイメージを紹介しよう。といっても、以下は少々ボクの妄想が混じり込んでいる。全体の合意にまではなっていない。

すべての出版物をデジタル化すれば、まず第一に「ジャパニーズ・ブックダム=全文検索一部表示」が可能になる。このことはすでにプレスリリースでも公表されている。出版デジタル機構が独自にこのサービスをするのか、国立国会図書館などと共同でおこなうかなどはこれからの課題だけれど、その前進に具体的な一歩を踏み出した。

第二に、これはかなりボクの先走りだけれども、いま読者が紙の本で持っている本のデジタルデータを提供することを考えたいと思っている。たとえば、自炊代行業者に宅配便で本を送るのと同じように、出版デジタル機構に送ってもらえれば、そのデジタルデータか閲覧権を提供する。読者からみれば、持っている本の記録と検索性が高まる。出版社からみれば、読者の本棚に空きが出て、思う存分本を買ってもらうことができるのではないだろうか?

第三に、著作権者のデータベース化が進み、利用度合いに見合った使用料で著作物の利用を可能にすることができそうだ。

これらはボクの妄想の度合いが強い。またほかにもアイデアはどんどん湧いてくると思う。こうした環境が整えば、その環境を利用したあたらしい商売を生み出す、あたらしい人たちが出てきてくれる可能性がひろがるとも思う。

このプロジェクトを一緒に育ててほしい

そこで読者(出版社を除く)にお願いです。よく「お客が店を育てる」って言うじゃないですか? みなさんにぜひ、「すべての出版物のデジタル化」というプロジェクトを育てていただきたい。その活用を育てていただきたい。どうするって? デジタル化されたすべての出版物を使ったあたらしいサービスのアイデアを考えて、それに取組んでほしい。

来週、10月3日(月)19時から新宿ロフトプラスワンで「出版社が電子書籍に取組む方法(実務編)──中小出版社の電子書籍戦略と出版デジタル機構」を開きます。出版デジタル機構の最新情報も報告し質疑を積極的にしたいと思います。電子書籍と出版デジタル機構についてのさまざまな意見を聞かせてほしい。

版元ドットコムpresents
出版社が電子書籍に取組む方法(実務編)──中小出版社の電子書籍戦略と出版デジタル機構

【主な内容】
・電子書籍はどうなっていて、どうつくるのか?
・版元ドットコムストアを突破口に電子書籍に習熟する
・出版デジタル機構で版元ドットコムはなにをしようとしているのか?

●日時 2011年10月3日(月) Open 18:00 / Start 19:00
●場所 ロフトプラスワン(地図はこちら)
新宿区歌舞伎町1-14-7林ビルB2 TEL 03-3205-6864
●出演 沢辺均(ポット出版)/萩野正昭(ボイジャー)/鎌田純子(ボイジャー)/仲俣暁生(マガジン航) そのほか現在交渉中
●料金 ¥1000(+飲食代)
●申し込み ロフトプラスワン(予約フォーム)

出版デジタル機構設立準備連絡会が発足して、出版界が既刊本の電子化に本格的に取組む第一歩が踏み出されました。一方、中小出版社でネットワーク対応を強化するなどの取組みを行ってきた版元ドットコムは、機構に参加しながらも、電子書籍市場の確立に自立して取組んでいこうと思っています。

9月には.bookを開発したボイジャーと共同して版元ドットコムストアもオープンさせました。しかし現実の電子書籍の制作や流通は過渡期であるために、日々変化しています。最新の状況を共有すると同時に、電子書籍を実際につくるにはどう考えてなにをするのか、実務的にも掘り下げて提起します。

電子書籍の取組みを本格化させようという中小出版社向けのイベントですが、電子書籍や出版に関心をもっていただける方とも一緒にオープンな議論をしたいと思います。10月3日に直接お会いしましょう。

*この記事はクリエイターのためのメールマガジン「デジタル・クリエイターズ」での連載「電子書籍に前向きになろうと考える出版社」の第13回を再編集し転載したものです(「マガジン航」編集部)。

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