ロンドン・ブックフェア2011報告

2011年4月15日
posted by 大原ケイ

昨年のロンドン・ブックフェアは折悪しくアイスランドの火山が爆発し、火山灰がヒースロー空港まで到達するという天変地異のため、多くの出版業界関連者がロンドンにたどり着けず(私もその一人)、ブックフェアの会場は閑散としていたらしい。ところが今年は打って変わっての盛況ぶり。

ロンドン・ブックフェア会場1階の出版社ブースを上から見下ろす。

ロンドン・ブックフェア会場1階の出版社ブースを上から見下ろす。

1階のブースの通路は大混雑して通り抜けるのにも時間がかかる大賑わい。2階のライツセンター(エージェントと、企画を買う編集者でがミーティングをする)は用意した575テーブルが全て満席、これを聞いたフランクフルト・ブックフェアが「うちも広げるか」ってんで拡張することになったとか。

会場2階のエージェント・センターのテーブル群。

会場2階のエージェント・センターのテーブル群。

そして話を聞く限り、アメリカの出版社は特にアドバンス(印税の前払い料金)をケチることもなく積極的に新しい企画を物色しているようだ。こういったフェアでいちばん人々が喧しくとりあげ、破格のアドバンスを出して競り落とそうとする企画を「ビッグ・ブック」と呼ぶのだが、今回はエジプトの民主運動をフェースブックのページで支援したグーグル幹部のWael Ghonimが執筆中のRevolution 2.0だろうか。企画を握っているエージェントが著者を連れて自ら売り込みをさせているのがアメリカだなぁ、と納得。

英国では電子書籍の本格的普及はこれから

日本の人にいつも私が訊かれるのが「電子書籍はどんな感じ?」という質問なのだが、今のところヨーロッパではまだアメリカほどEブックは普及していないのが実情だ。イギリスはアメリカと同じ英語圏なので、アマゾンもキンドルを売り込もうと一生懸命なのだが、本格的な普及はこれから、といったところだろうか。会場内ではiPadを持ち歩いている人が多いように感じられた。プレゼンツールには最適だし、こういうコンベンション会場のような場所では長々とタイピングする用事よりも、ちゃっちゃとメールの返事さえ書ければいいので、タブレットは本当に便利。

電子書籍系のサービスを請け負うIT企業も、ヨーロッパ勢が中心のロンドン・ブックフェアよりも、世界中の出版関連の人が毎秋集まるフランクフルトで行われるブックフェアの方に力を入れているようだ。ブックフェア会場内の「デジタル・ゾーン」は隅っこに追いやられている感じ。

ブースの展示もこれからEブックに取り組む人たちではなく、既にEブックを出している人に向かってのさらなるサービスが中心。ePub関連の最新アプリとか、海賊版対策とか。ガジェットは全く見当たらず。ギャラクシータブとか、レックスとか、あれは一体なんだったんだろうね、ラスベガスで幻でも見たんだろうか、というレベル。グーグル和解案は却下されちゃったし、今まで喧々囂々と議論されていたEブックの適正印税もだいぶ落ち着いたし。

デジタル・ゾーンでのセミナーの様子。

デジタル・ゾーンでのセミナーの様子。

唯一、ヨーロッパ勢で話題になっていたのがKoboのローカライズEブック発売のニュース。Koboはカナダに本社を置くEブックタブレット&Eブック販売の会社。ここの強みは、電子書籍版権を世界レベルでとるようにしていたので、キンドルみたいにアメリカ国内と国外で買える英語の本のタイトル数が全然違う、ということがないことだ。だから英語が読めるヨーロッパの人にとっては魅力ある商品だった。そこがいち早くヨーロッパ市場に食い込んでいくことになるのだろうか。

日本は出版コンテンツにおいても「情報後進国」

今秋発売予定の『1Q84』英国版。

今秋発売予定の『1Q84』英国版。

それより、気になるのは相変わらずの出版不況が伺える日本。どの版権担当者に、どの本のことを問い合わせても「えーとね、中国と韓国の版権は売れちゃってる(=既に翻訳されて刊行される予定がある)けど、日本語版権は空いてるわよー」という返事が返ってくる。これは純文学系のフィクションでも、最新のコンピューター専門書でも同じ。

もう何年もこういう状況が続いているわけだが、これはあまりにも情けない。というか、世界レベルで普及しているコンテンツが日本にだけ入ってきていないわけである。これは今回の原発騒ぎでも明らかになったことと同じではないのか? 情報後進国ニッポン。

ブックフェア開催中にも耳に入ってくる大きな余震と放射性物質レベルのニュースに、時折り心が痛む。どの国の人もそれなりに日本に対する同情は示してくれて、ありがたいのだが、それと本のビジネスは別。これからも出すべき本を淡々と作っていく世界の出版人に置いていかれるわけにはいかない。

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執筆者紹介

大原ケイ
文芸エージェント。講談社アメリカやランダムハウス講談社を経て独立し、ニューヨークでLingual Literary Agencyとして日本の著者・著作を海外に広めるべく活動。アメリカ出版界の裏事情や電子書籍の動向を個人ブログ「本とマンハッタン Books and the City」などで継続的にレポートしている。著書 『ルポ 電子書籍大国アメリカ』(アスキー新書)、共著『世界の夢の本屋さん』(エクスナレッジ)、『コルクを抜く』(ボイジャー、電子書籍のみ)、『日本の作家よ、世界に羽ばたけ!』(ボイジャー、小冊子と電子書籍)、共訳書にクレイグ・モド『ぼくらの時代の本』(ボイジャー)がある。