今週にもチャプター11(日本で言うところの会社更生法)申請が発表されるともっぱらの噂のボーダーズ。数年前までは年商35億ドルもあった全米第2位の書籍チェーン店だ。
おそらく日本のマスコミが書くように、全てを「電子書籍のせいだ」のひとことで片付けてしまえる問題ではない。他にもあった原因が積もり積もってこうなってしまった、と言わざるを得ない。(業界第1位のバーンズ&ノーブルについては、しばらく前に沿革やボーダーズとの確執を含めて詳しく書いたので、そちらもどーぞ。)
実はボーダーズもルーツを辿ればバーンズ&ノーブルと同様に、ルイスとトムのボーダー兄弟が自分たちの住む大学街、ミシガン州のアナーバーで本屋さんを開いたのが沿革の端緒である。
その元々のきっかけは、兄弟が作ったソフトウェア。学生が多い自分たちの街の本屋にも、もっと面白い本がたくさんあればいいのにな、という気持ちから、新刊の中からどんな本が売れそうかをはじき出すソフトを作り、それをインディペンデント系と呼ばれる小さな本屋さんに売ろうとしたのだが、仕入れに関しては「本の目利き」を自負するインディペンデント系のオーナーたちの反応は冷たかった。そこで自分たちで古書店を出すことになったのだ。
アメリカでいちばん村上春樹を売った書店チェーン
ボーダーズがいったいどんな店なのか、少し説明してみたい。ボーダーズもバーンズ&ノーブルも、大学街の生協みたいな本屋さんから出発したのは同じだ。バーンズ&ノーブルは早々に教科書や参考書を扱う生協店と、一般書を扱う店舗を分けてきたのに対し、ボーダーズは大型店を何百も展開するまでに成長しても、どこか生協時代の「野暮ったさ」を残した店作りだ。おそらく故意に。
具体的に言えば、棚の横に収まりきれなかった本を床に積み上げているようなディスプレイや、雑然とした印象の陳列、大学生が好きそうなポップ音楽のCDや、ちょっと通の人にしかウケないようなジャズやクラシックのCDを並べた音楽コーナー。
本にしても長年のファンがいるような作家のハードカバーよりは、翻訳ものを含めたちょっとマイナーな作家のトレード・ペーパーバックを中心に(アメリカでいちばん多く村上春樹を売ったのはバーンズ&ノーブルじゃなくてボーダーズ)。そして近年は、マンガの棚がいちばん面白くて充実していたのも実はボーダーズだった。
これが若い人にとっては、お客様に媚びていない感じや、僕らの好きなものを売っている、という感覚につながった。80年代に次々と店舗を増やしていった時も、アトランタやインディアナポリスといった、大都市じゃないんだけど、そこそこ人もいるのに小さい本屋さんしかない大学街を中心に展開していった。いわゆるメガストア台頭の時代である。
今もトップとしてバーンズ&ノーブルに君臨するリジオ兄弟とは裏腹に、ボーダーズ兄弟は92年に、全国に巨大スーパーマーケットを展開していたKマートにチェーン店を売った。Kマートは他にもモール(ショッピングセンター)に入っているウォルデン・ブックスというチェーンと合わせて拡大していった。そして95年にボーダーズ・グループとしてKマートを離れて上場。
そこに現れたのがアマゾンを始めとするオンライン書店だ。パソコンで瞬時に検索すれば欲しい本が出てくる。広い店内をあちこち歩き回る必要がない。オーダーボタンを押せば数日で家に届く。わざわざ車を出して出かけていく必要がない。何十万タイトルというバーチャルな在庫にはどんなに広い店舗でも太刀打ちできない。
対抗策としてバーンズ&ノーブルは即座にBN.comを立ち上げ、アマゾンの値下げ率にも負けないディスカウントをつけてオンラインで本を売り出したが、出遅れたボーダーズは、結局しばらく後になってそのアマゾンと組んでオンライン書店を始めることになった。
「電子書籍が普及したせいでつぶれた」のではない
思えばその頃からボーダーズは何につけても一歩出遅れた感があった。メンバーシップ制でディスカウントをつけるのにも、店内にカフェを併設したり無料WiFiを巡らせるのも、Eブックを販売するのも、バーンズ&ノーブルの後に続いて慌ててやっている感じだった。
一方で、バーンズ&ノーブルがやらなかったけれど、ボーダーズがやったことといえば、海外進出。シンガポールやオーストラリアといった英語圏にも店を出したが、当座のターゲットはイギリスだった。海外進出と言えばかっこいいし、順風満帆のように聞こえるが、当時イギリスでは97年に正式に再販制度が崩れ、熾烈なディスカウント競争が始まっていた。そんな状況で40近い店舗を出したところで、収益などそうそう見込めない。09年にあえなく撤退している。
そして電子書籍に対する取り組みも出遅れたかっこうとなった。バーンズ&ノーブルのように自社でタブレットを開発するという、コストとリスクの高い方法ではなく、Kobo(コーボー)という、タブレットとEブックを展開しているカナダの会社と組んだ。コーボーはあまり日本で知られていないが、最初から廉価でシンプルなEインクのタブレットと、世界版権ベースのEブック(世界中どこからでも買える)で世界中の英語圏をターゲットに成長している。
昨年、バーンズ&ノーブルが株買い占め攻撃に晒され、これに対応する措置として、オーナーが投資家グループを捜したことがあった。これがなぜか「身売り」と報道されたが、実は同じ頃、同じようにボーダーズの株を買い漁っている人物がいた。こちらはベネット・ルボウなる御仁で、タバコで財を成したという。
本のことなどおそらく何も知らないせいだろう、次々とトップ陣のクビをすげ替えたり、リストラで書店員を大勢減らしてみたり、挙げ句の果てには「バーンズ&ノーブルを買収しちまえばいいんじゃない?」という寝ぼけたことまで言い出す始末。
個人的には、ボーダーズは電子書籍などが出始めるずっと前から、自分たちが得意だったことを見失ってしまったのが敗因だと思う。それはつまり、大学生のような若い世代が何に興味を持ち、何にお金を使い、どういうライフスタイルを送っているかを理解した上で、彼らが望む「場」を作る、ということだ。
確かに彼らは本を読まなくなり、学費や生活費が高くなった分、娯楽にまわすお金がなくなったかもしれない。ソーシャルネットワークの発達によって、本屋という「箱」がなくても本や人と出会う方法を知ってしまったかもしれない。それでも知的好奇心がなくなったわけでもなければ、面白い読み物が欲しくなくなったわけでも、感動させてくれる何かが要らなくなったわけではないだろう。今回の倒産劇は、ボーダーズ兄弟がかつて持っていた感度の良いアンテナを失ってしまったからだとしか思えないのだ。
チャプター11というのは会社更生法なので、これでボーダーズの倒産が決まったというわけではない。立て直しに向けてもう一度チャンスがもらえるということだ。出版社の中には中堅のワイリーのように、ボーダーズに見切りをつけて出荷を停止し、在庫分を損失として早々と見限った版元もあるが、ボーダーズは今も全米で第2位、つまりは出版社にとって総売上の7~8%を占めるお得意さんであることに変わりはない。全国に500店近いメガストアの売り場もなくなってしまっては大打撃だ。
現実的なところでは、優良店のいくつかをバーンズ&ノーブルが買い取り、売上げが賃貸料に見合わない店舗は閉めざるを得ないだろう。手っ取り早く現金を確保するためにはKobo部門を売り出すことも考えられる。
ボーダーズは電子書籍が普及したせいでつぶれた、と言うのは簡単だ。だがそんな短絡的な言い方をしてしまっては「本を売る」ということの難しさは永遠に伝わらない。
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執筆者紹介
- 文芸エージェント。講談社アメリカやランダムハウス講談社を経て独立し、ニューヨークでLingual Literary Agencyとして日本の著者・著作を海外に広めるべく活動。アメリカ出版界の裏事情や電子書籍の動向を個人ブログ「本とマンハッタン Books and the City」などで継続的にレポートしている。著書 『ルポ 電子書籍大国アメリカ』(アスキー新書)、共著『世界の夢の本屋さん』(エクスナレッジ)、『コルクを抜く』(ボイジャー、電子書籍のみ)、『日本の作家よ、世界に羽ばたけ!』(ボイジャー、小冊子と電子書籍)、共訳書にクレイグ・モド『ぼくらの時代の本』(ボイジャー)がある。
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