記述言語とマーク付け
電子書籍に限らず、文書などの構造をもつデータの交換フォーマットには、ASN.1、SGML、XMLなどの記述言語が用いられてきた。
記述言語は文書構造記述などの特定目的のデータの記述とアクセスを指示する言語であり、指示要素の組合せによってコンピュータの多様な動作を規定するプログラム言語と比較するとき、データがテキスト形式で扱われ、制御変数をもたないことが多いなどの特徴をもつ。目的によって表1のように分類される。
マーク付けの一般化
文書処理の電子化は植字機(タイプセッタ)において開始され、印刷指示がタグとして文書データの中に埋め込まれた。タグは機器に依存していたため、それが埋め込まれた文書データの交換性は極めて限定されていた。
そこで文書中に印刷指示を書くのではなく、次のように文書を構成する意味的なまとまり(論理的要素)を示すタグを文書データの中に埋め込む(マーク付けする)ようになった。
<header> 環境保全の強調
<paragraph> パリで開かれていた国際環境保全会議…
その結果、
◇マーク付けを機器非依存にできる。
◇マーク付けに用いるタグの可読性が高く、しかも印刷の専門技術に関係しない。
◇したがって文書内容の作成者は意味内容の記述に専念できる。
ことになった。
マーク付けはさらに、ある文書クラスに共通する論理的要素とその構造を識別するようなタグ集合へと一般化され、共通マーク付け(generic markup)と呼ばれた。要素に関する属性記述をもタグに含めて、多様なアプリケーションに対応できるようにしたマーク付けも行われて、一般化マーク付け(generalized markup)となった。
このようなタグ集合の定義方法を国際的に取り決め、言語として体系付けたものが ISO(国際標準化機構)によって承認され、SGML(Standard Generalized Markup Language:標準一般化マーク付け言語)として制定された。これを用いれば、いわゆる文書に限定せず、さまざまなタイプのデータ集合(アプリケーション)に対して、一般化マーク付けを定義でき、さらに各種の補助機能によってさらにマーク付けを扱うさいの利便性の向上が図られた。
なお、SGMLのいくつかの追加機能は、処理系の進歩によって不要になり、その後開発されたXMLでは簡素化が施された。
スタイル指定
論理構造(論理的要素とその構造)のマーク付けを施された文書データは、表示メディア上にフォーマット付けされて展開される必要があり、そのため論理的要素をどのようにフォーマット付けするかの指示(スタイル指定)を受ける必要がある。
なお、本稿では“フォーマット”を異なる2つの意味で用いる。“文書・書籍の交換フォーマット”という文脈におけるフォーマットは、交換対象データを扱う送り手と受け手との間の交換対象データに関する表記方法の取り決めであり、JISなどでは交換様式と書かれることが多い。
もう一方の表示メディア上での“文書データのフォーマット付け”という文脈におけるフォーマットは、文書データを構成する文字列等のまとまりを視覚的に見やすく表示メディア上にマッピングすることである。組版、レイアウト、スタイル付け、ページ展開などが、類似の意味をもつ。
表示機能を大きく異にする装置間での文書交換では、スタイル指定はローカルに設定しなくてはならず、交換の対象は論理的要素とその構造に限定される。しかし、充分なフォーマット付け機能と表示機能をもつ環境では、再編集の可能性を維持したまま交換による版面の一致または最適近似が要求されることが多い。その場合には、文書の論理構造に加えて、論理的要素に対するスタイル指定が交換の対象となる。
CERN(欧州原子核研究機構)における技術文書の交換から始まったHTMLは、それが扱う要素型を極端に限定し、それらに対応するスタイル指定をもある程度規定して、SGML 宣言、文書型定義、スタイル指定の交換を不要にすることで、当時の処理系においても、ウェブ環境での軽快なナビゲーション(文書間のたどり)を可能にしてインターネットの普及に貢献した。しかしこの限定された仕様が、とくにフォーマット付けに関する要素型および属性の独自拡張を呼び、交換性が失われることが目立った。World Wide Web Consortium(W3C)は禁欲的なまでにHTMLでのフォーマット付け機能を制限し、充実したフォーマット付けに関するユーザー要求はスタイル指定言語CSSを併用することで充足した。
この戦略によって、SGMLの時代から提唱されていた電子化文書、とくにウェブ文書を論理構造とスタイル指定とに分離して記述することが社会に定着していった。
XML とスキーマ
HTMLの大普及の結果、当初のHTMLのスコープ(適用範囲)を越えた複雑な文書までを、HTMLと同様の簡便さで交換したいという要求が現れた。この要求を満たすため、SGMLのサブセットに整形式のコンセプトを導入したXMLが開発された。
SGMLにおいては、共通する論理的要素とその構造を定義するスキーマ言語としてDTDだけが使われていたが、XMLの普及と共にXMLの構文を使ったスキーマ言語(W3C XML Schema、RELAX NG XML syntax)が利用可能になり、さらに簡素な記述を可能にするRELAX NG compact syntax がISO/IEC 19757-2 として制定された。図1~3にそれぞれXML DTD、RELAX NG XML syntax、RELAX NG compact syntax による論理構造の記述例を、その入れ子構造を図4に示す。データ型の規定、XML名前空間なども次々と開発されて、XMLはいわゆる文書だけでなく、一般的なデータの構造を記述する言語として、プロトコルの記述などにも広く利用されている。
電子化文書を論理構造とスタイル指定とに分けて記述することは、XMLの利用においても同様であり、CSSをさらに拡張してXMLの構文で表記したXSLが開発されて、印刷・出版の文化の中で発達してきた多くのフォーマット付け・組版技術の要素(文書スタイルオブジェクト)がサポートされるに至っている。
IEC TC100 における電子書籍規格の扱い
電子書籍においては、文書としての論理構造とそのコンテンツ(文字列、画像など)だけでなく、フォーマット付けされたページイメージに対しても著作物としての扱いを受けることが多い。そこで電子書籍モデルを示す前にとくにフォーマット付けを論じる。
電子書籍におけるフォーマット付け
人の思いは通常、ことばによって表現され、文字列を使って記述されることが多い。人の思いを時間的に固定して、文字列およびその他の補助データで表現したものが文書であり、他の人(または自分自身)にその思いを伝えることを目的とする。
ことばによって表現される思いには、必ずしも明示的ではないこともあり得るが、意味的な区分(論理構造)があり、その構造を適切に示すことによって思いの伝達が明確になる。思いを文字列で記述するとき、その論理構造をなるべくわかりやすく伝達するために、文字列を展開する表示メディア(紙など)の上で文字列を幾つものブロック(見出し、段落、注釈など)にまとめ、ブロックの境界を空白等で明らかにし、さらにブロックの中での文字の並び方、フォントなどで他のブロックと区別するというフォーマット付けが印刷・出版技術とともに発達した。
著者や編集者は彼らの思いを表示メディアの制約の範囲でなるべく適切に表現できるスタイルオブジェクトを用いて文字列を展開し、読者は紙面に展開された文字列のブロックから著者や編集者の思いをより明確に把握する。紙などのハードコピーによる文書交換においては、表示メディアに展開された文字列のブロックという著者や編集者が意図する論理構造のインスタンス(論理構造に基づく実際の値としてのデータ)があるだけであり、表示メディアの制約の変化への柔軟な対応は困難である。
文書が文字コードの列として表示メディアから独立してはじめて、その文字列に対して記述言語などを用いて論理構造の指定が可能になり、電子化された情報として論理構造が交換可能になる。
電子書籍モデル
文書の論理構造を読者に視覚的に示す技術としてフォーマット付け・組版技術があり、それは前述のとおり表示メディアに依存する。eBook(電子的な書籍)流通系の中では、多様な表示メディアの存在を許容する必要があり、表示メディアに依存しないgeneric formatと表示メディアに依存するreader’s formatとを用意することが必要である。
そこでIEC 62229(マルチメディア電子出版の概念モデル)が示すTC100 のe-Publishingモデルでは、Data preparer(電子書籍を作成する組織または人。たとえば編集者)とPublisher(電子書籍を発行し、配付する組織または人)との間の交換様式としてgeneric formatを規定し、Publisher とReader(読者)との間の交換様式としてreader’s format を規定することを推奨している。generic formatにおいては、論理構造を含むだけでなく、reader’s formatへの変換に際してのヒント情報としてのスタイル指定を含む必要がある。
reader’s formatにおいては、Readerにおける表示メディアに依存したスタイル指定が含まれる。そのスタイル指定をフォーマッタ(文章の整形を行うアプリケーション)によって実行した結果をreader’s formatとすることも可能である。
Author(著者)とData preparerとの間の交換様式としてIEC/TS 62229のモデルに含めたsubmission formatにおいては、Authorがとくに指定することを要求するスタイル指定を含むとともに、Data preparerとの間のproofreading(文書校正処理)交換のサポートが望まれる。
IEC 62448 の基本構造
IEC/TC100(国際電気標準会議のマルチメディアシステム及び機器に関する技術委員会)のe-Publishingモデルに基づくgeneric formatとして、すでにIEC 62448が発行されている。これは我が国がTC100固有の加速化手続きを用いて提案した規格であり、当時のe-Publishingの国際マーケットを考慮すると「統一フォーマットの国際的議論が困難である」との判断に基づき、マーケットを拡大しつつあったBBeB XylogとXMDFのフォーマットを追認するとともに、極めて簡素なe-Bookを考慮したg-coreというフォーマットを規定している。g-coreにおいては、vocaburary(要素と属性)のセマンティック(データの意味)の厳密な規定は示されておらず、スタイル指定も行っていない。
なお、最近ではISO とIECの各種手続きが統一化される方向にあり、そのための検討が続けられているが、IEC/TC100ではISO やISO/IEC JTC1(ISO/IEC合同技術委員会)とは異なる標準化手続きが認められており、加速化手続きにもTC100固有の手続きが用意されて、新規分野の国際規格開発の効率化が図られている。
これらの規定の構文には、RELAX NG compact syntaxが用いられ、RELAX NG記述の先頭部分で図5のような、g-core、BBeB、XMDFの選択が行われる。今後、国際的に合意されたフォーマットもこの機構を用いて(この選択肢の追加によって)IEC 62448(電子出版の共通フォーマット)の中に導入することが可能である。
※本稿は「印刷雑誌」2010年9月号(Vol.93)の特集「電子書籍規格の必要性」に掲載された記事を、著者の了解を得て転載したものです。