北欧から見たヨーロッパ電子書籍事情

2010年8月16日
posted by アカネ・エンストロム

欧州北部の僻地からネット上の電子書籍や電子出版に関する記事を追っていて、アメリカや日本とは違う温度差をいつも感じていた。

ヨーロッパの電子書籍販売に関するブログ FUTUREeBOOK で、欧州の電子書籍マーケットの動きがアメリカにくらべて鈍い理由として、①ヨーロッパの多様な言語の電子書籍を一箇所で買えるような共通プラットホームがないこと、②電子書籍にかかる付加価値税 (VAT) が紙の本にかかる付加価値税より高いこと、③電子書籍を出版するために翻訳料などのコストがかかり利益率が薄いので出版社が手を出さないこと、などが挙げられていた。その結果、多くの読者が安価な英語の電子書籍を海外サイトから直接買い寄せるようになっているということだった。

スウェーデンの電子書籍事情もだいたいそのようなものだと思ったが、まずは電子書籍の制作流通会社であるELib社に連絡をとってスウェーデンや他の北欧諸国、EUの現状を聞いてみることにした。いきなりツイッター上でインタビューを申し込んだところ、社長のJohan Greiff氏から快く承諾の返事をもらった。

アメリカに比べれば数年遅れ

「英国の電子書籍の流通はアメリカの約2年遅れ、スウェーデンは英国からさらに2年遅れぐらいと考えていいと思います。」と、インタビューに同席してくれた制作担当のBjörn Waller氏は言う。

社長のJohan Greiff氏とプロダクション担当のBjörn Waller氏(右)

社長のJohan Greiff氏とプロダクション担当のBjörn Waller氏(右)

同じ英語圏の英国では1998年にAmazon UK がオープンし、2010年5月にアップルのiBookstoreが、また2010年8月5日には40万タイトルが購入可能なAmazonキンドルストアーがオープンした。ただ今のところ予約のみで、実際は新しいKindle2機種が発売される8月27日まで待たなければならない。

英語がよく通じる北欧では、英語のベストセラーをわざわざ北欧各国語に翻訳しなくても、たいていの人が英語の本を直接読めるのではと聞いてみたところ、
「スウェーデン人は自分たちが思っているほど実際には英語は上手くないですよ」とWaller氏が笑って言う。やはり読書は母国語でするのが一番楽、だから母国語教育は大切だ。ベストセラーの多くが英語だが、それを例えばスウェーデン語に翻訳して電子書籍にしても、25%の付加価値税を加えると読者には高い買い物になる。

スウェーデンでは2002年に紙の書籍にかかる付加価値税 (VAT) が25%から6%に下げられたので、2007年頃まではそれが紙の書籍の売上増に貢献していたが、それもここ数年頭打ちになっている。付加価値税の値下げは電子書籍には適用されていない。税の問題ではなく、本の買い方や読書のスタイルが根本的に変化してきているのだろう。(参考資料: EU諸国の付加価値税VATリスト

北欧ではiPadもまだ発売されず

電子書籍の読書用端末はソニーをはじめ北欧市場でも何種類か販売されているが iPadはまだ販売されていない。デンマークやスウェーデンでは普及させるため電子書籍と抱合せで一部端末が販売されたりしている。実際にはそれらが十分普及する前にスマートフォン、iPhone、 iPad、あるいはその後の段階へ一足飛びに発展していくのではないかとWaller氏は予測している。

英国Kindleストアーをはじめ、ドイツの電子書籍ポータルでも、ベストセラートップ10には、現在スウェーデンのスティーグ・ラーソン(Stieg Larsson)の作品が3冊並んでいる。一作目 “The Girl With the Dragon Tattoo” (邦訳タイトルは『ミレニアム1 ドラゴン・タトゥーの女』)は、キンドルによるミリオンセラーの最初の本になったので、逆にスウェーデン語の本をもっと英語や他の外国語に翻訳して売り出せばと言ったら、

「スティーグ・ラーソンは例外中の例外で、その後に続くものがずーっとなくて、後ろの方にやっと児童文学のアストリッド・リンドグレーンが入るぐらいですよ。英語圏では特に翻訳本は売れないというのが相場です」とWaller氏。それでもスティーグ・ラーソンのお陰で、翻訳本を読まなかった読者層が北欧の他のミステリー作家の作品に興味を示すようになったことは喜ばしい。(WSJ日本語記事参照

電子書籍の価格は?

アメリカ同様、こちらのメディアでよく取り上げられているのが電子書籍の価格の問題である。社長のJohan Greiffがスウェーデンの電子書籍の流通過程でどのように価格が付けられてゆくかを図で説明してくれた。

ELib社はスウェーデンの大手出版社4社が出資して設立された電子書籍の制作会社で、出版元が決めた「F価格」と呼ばれる価格に制作費を上乗せして、国内にある240ヶ所の図書館とAdlibris (Bonniersメディアグループが最大株主) やBokus (書店最大手Akademibokhandelnと2008年合併) に代表されるオンラインストアー30社に配本しているということだった。公共サービスの図書館が大事な顧客というところがスウェーデンらしい。電子書籍の価格を誰が決めるのかについては、販売元モデル、代理店モデル、直販モデル、その他これまで議論の対象になったモデルがここに詳しく解説されているので参考になる。

キャプション入れる

Johan Greiff 社長が説明してくれた電子書籍の流通経路と料金設定の図

ELib社は世界で初めてDRMフリーの電子書籍を販売した会社でもある。メーカー毎に異なるDRMを廃し、もっとソーシャルな電子透かし (Digital Watermarking) を導入したとWaller氏。同じようにこれを採用したドイツでもこれまで違法コピーされたケースは出ておらず役に立っているという話だった。

北欧は四カ国の人口を合わせても2500万ほどの小さいマーケットだが、電子書籍の売上は毎年倍々に増えている。今はそれでもまだ夜明け前といったところだ。

■関連記事
スウェーデンの電子書籍を図書館で借りてみた
米ミステリー界へ海外から新たな旋風(ウォール・ストリート・ジャーナル日本版)