日本産アニメ・マンガの違法流通について考える

2010年1月21日
posted by 椎名ゆかり

「電子書籍元年」とも言われる今年、年頭から電子書籍をめぐっていろいろとニュースが舞い込んでいる。たとえば「電子書籍へ大手が大同団結」(Asahi.com)は、キンドルに代表される読書専用端末の到来による市場変化を見越した大手出版社の「日本電子書籍出版社協会」(仮称)設立の動きを伝えたものだ。

わたしはマンガ専門の出版エージェントや翻訳をしている仕事柄、電子書籍には人並み以上の関心をもっている。しかし電子書籍を(たとえ専用端末上であっても)消費者にお金を出して積極的に購入してもらうには、ネット上に流通している「著作権者に無断でアップロードされ、その気になれば誰にでも無料で手に入る違法コンテンツ」がなくなることも同様に大事だと考えている。

監視団体による調査報告

ここにアトリビューター(Attributor)というネット上の違法コンテンツを監視する団体が1月14日付で発表した、ネット上の違法コンテンツの流通に関する調査結果がある。2009年の第4四半期にアメリカで流通していた14ジャンルの913の書籍について行われたものだ。

調査の簡単なまとめは以下の通り。

・同団体が調査した25のウェブサイトから900万回を超える違法ダウンロードが確認された。

・4つの無料ファイル共有サイトからはおよそ300万回の違法ダウンロードが認められ、この4つのサイトだけみても全体の違法流通コンテンツの3分の1に及ぶ。

・900万回の違法ダウンロードを小売価格で計算すると、ほぼ3億8千万ドルに相当する。

・調査対象となった本の市場での占有率から違法ダウンロード全体の小売価格を推定すると28億5千万ドルから30億ドルとなる。

・上記の金額はアメリカの出版売上のほぼ10%を占める。

・平均するとおよそ1つの本につき1万冊が違法に読まれている計算となる。

・本のジャンルと違法ダウンロードされる回数には相関関係が見られる。いちばん多くダウンロードされているジャンルは「ビジネスと投資」で平均1冊につき1万3千回。「フィクション」は調査されたジャンルの中ではいちばんダウンロード数が少なく、平均1冊につき2千回。

(上記調査のジャンル、小売価格は共にアマゾンを参考にしている。調査対象となった913冊は同四半期における出版市場の13.5%を占める)

『パブリッシャーズ・ウィークリー』のインタビューを受けて、アトリビューターは「1年前に調査を始めたときよりも状況は悪化している」と答えた。

アトリビューターのウェブサイト

アトリビューターのウェブサイト

さらに調査結果のまとめの中で、この結果は「違法ダウンロードがどのくらい業界に損失を与えているかを示す」ものではない、としている。つまりこの調査結果は「違法ダウンロードがなかったらどのくらい本が購入されていたか?」の質問の答えにはならず、違法ダウンロードが無ければその分の本が実際に購入されていたと考えるのは安易だ、と警告する。

一方で違法ダウンロードが売上に与えた損害額を推定するデータもある。対象が本ではないものの、ある調査ではiPhone用アプリを違法でダウンロードした人の10%は違法に流通するアプリがなければ正規品を購入したと見積もり、アップルが違法ダウンロードによって4億5千万ドルにのぼる損害を受けたと試算した

出版専門コンサルタント会社マゼラン・メディア(Magellan Media)は、違法ダウンロードが本の売上に与える影響について調べ(2009年10月公表)、上記ふたつの調査とは別の意見を述べている。

同社は本が出版されてからファイル共有サイト等に本がアップロードされ、違法にダウンロードされるまでを追い、アップロードされる前と後の本の売上の推移を調査。その結果から、違法ダウンロードが本の売上にダメージを与えていると結論付けるのは早計としている。違法データが発売日からしばらくして(平均19週間後)流通することによって、下降を示していた本の売上が再度上がるケースが見られたからだ。

マゼラン・メディアは違法ダウンロードが本の売上を促進するケースとそうでないケースがあり、違法ダウンロードのすべてが損害を与えるとは言えない、と結論づける

「ファンサブ」と「スキャンレーション」

アトリビューターが指摘するまでもなく、違法ダウンロードに関する調査結果から、その流通がどれほどコンテンツの権利者に被害を与えているのか(または、与えていないのか)を正確に算出するのは不可能だ。しかしだからと言って調査が無駄だというわけではない。むしろ逆である。

いままで取り上げたのはアメリカにおける調査だが、日本産のコンテンツに目を向けると、ネット上で日本のアニメ・マンガが、著作権者の許可なく大量にネット上にアップロードされ、世界中で視聴され読まれているのは多くの人の知るところである。

著作権者の許可なく、ファンによって勝手にネット上にアップロードされたアニメは「ファンサブ fansub」(ファンによる字幕 subtitles が付けられていることによる造語)、マンガの場合は「スキャンレーション scanlation 」(スキャンとトランスレーションを組み合わせた造語)と呼ばれ、現在海外のファンが日本産アニメ・マンガに最初に触れるのはファンサブ、スキャンレーションを通して、という場合が多いと言われる。

経済産業省は「模倣品被害の実態」の報告書を毎年発表し、その報告書でネット上に流通する「模倣品」についても言及しているが、いくつもの種類の「模倣品」(例えば、商標など)が同時に調査されているため、「アニメ」なら「アニメ」、「マンガ」なら「マンガ」の違法コンテンツ流通の実態は、その報告書の細かさにも関わらず見えにくい。

しかし日本産アニメ・マンガのファンサブとスキャンレーションがかなりの勢いで違法にアップロードされているのは間違いがない。そもそもファンサブとスキャンレーションがここまでネット上に流通するようになったのは、ファン側にお金を取って海賊版を売る海賊版業者と自分たちを区別し、その“正当性を信じる根拠”があったからだ。

その主張を以下の2点にまとめてみる。

・正規品の発売が途中で中止されたり、作品の古さや人気の点で発売される見込みがない場合、ファンはその作品の続きもしくは、その作品を見る機会を持つことができない。この場合ファンサブ・スキャンレーションを作って流通させても、日米の権利者の利益は損なわない。

・人気作品で正規品が発売される可能性が高い場合でも、実際に北米で発売されるまでには日本との時差がある。その間にファンサブ・スキャンレーションで作品の認知度を高めておけばファンの間で話題になり、宣伝となる。これはむしろ日米の権利者の利益となっている。

とくに北米での日本産アニメ産業の黎明期においては、ファンだけでなく業界からも、さらには時に海外でのアニメ人気を伝える報告者からも上記の理由でファンサブは正当化されていた。日米での発売の時間差が減少し、作品によっては同時配信されるようになった今でも、その宣伝効果を唱えるファンは多い。

黎明期当時、その主張の“正当性”を支えていたのは「正規品の発売が決まった時点で、無許可のファンサブ・スキャンレーションはネット上から取り下げる」というファンのコミュニティ内での自主規制だが、現在ではこの自主規制が守られている様子はほとんどない。

先に取り上げたアトリビューターの調査結果によって、『パブリッシャーズ・ウィークリー』は「電子書籍によって違法コンテンツの流通が促進されることを心配する出版社が、ますます不安になっている」とみる。

ネット上の違法行為探知を専門とするDtecNetによると、現在のところ違法にアップロードされた本の多くが紙媒体の本から直接スキャンされたもので、読書専用端末への違法ダウンロードも少ないという。そもそも大学の教科書、特に医学や法律の高価な教科書が違法にダウンロードされるケースも多い。つまりこれらの本を違法にダウンロードしているのは大学生という推測がたつ。

アメリカでの初期の読書専用端末の購入者は年齢が高めという調査結果もあり、それが読書専用端末への違法ダウンロードが少ないことの理由とする見方もある。本の違法アップロードはスキャナーさえあれば簡単にpdfファイル化することが可能であり、いずれにせよ、電子書籍の普及率が更に高まるにつれて状況は変わってくる可能性が高い。

日本産コンテンツの違法アップロードの現状を言うと、最近では合法サイトのアニメ配信動画(字幕付)がそのサイトのロゴが付いたまま違法サイトで流されたり(ULTIMO SPALPEENさんより情報をいただきました)、ファンが自分たちで翻訳するのではなく出版された正規の英語版マンガをスキャンしてアップロードするなど、以前のファンサブ・スキャンレーションには見られなかったことが当たり前になってきている。読書専用端末の使用台数が増えれば、少なくとも今後マンガの違法ダウンロードは増えると考えるのが自然だ。

まずは実態調査と結果の公表を

個人的に前出のアトリビューターの調査で注目したのは『パブリッシャーズ・ウィークリー』の記事に掲載された「2009年第2四半期中に出された5万3千の配信停止要請のうち98%で、サイトによる配信の停止が確認された」という点である。

日本の著作権者も過去に「配信停止要請」(Cease and Desist Letter)をファンサブやスキャンレーションを運営するグループに対してまったく出してこなかったわけではないが(少し古いが例として「北米ファンによる違法翻訳コピーの行方」を参照)、ここまで積極的に動いてきたわけではない。むしろ北米のファンからは日本の著作権者は消極的と考えられていて、業を煮やしたファンが団体を立ち上げたほどだ。(「アニメの違法配信に反対するファン団体 Operation TAFAP (True Anime Fans Aren’t Pirates!)が立ち上げられる」を参照)

上で取り上げたDtecNetは『ハリー・ポッター』規模の作品の監視には一月当たり4千ドルから5千ドルかかるが、それでも出版業界による違法アップロードの取り締まりが早ければ早いほど効果的だと言う。

アトリビューターの調査対象であるファイル共有サイトと、アニメ・マンガファンによる違法配信を目的にしたサイトとは単純に比べられないが、今回の調査で法的手段に出る前段階での「配信停止要請」がある程度有効であることが示唆されたのは、著作権者にとって心強い。

このままではインターネットがある限り、違法にアップロードされるコンテンツはなくならない。そのためインターネットでコンテンツを配信する有益なビジネスモデルを作る際に同時に考えなくてはいけないこととして、以下にわたしの意見をあげさせていただく。あまりにも単純なことなので恥ずかしくなるほどだが、実際にこの認識が共有されていないと思われる機会に最近いくつか遭遇したので、あえて書いておくことにした。

それは「著作権者に許可無くアップロードされたコンテンツの実態調査をきちんと行う必要があり、もし行われているのならその調査結果は広く知られることが重要だ」ということである。

どれほどの損害額かを算定することが不可能でも、著作権者が実態を知った上で戦略を考え、行動することが大事である。もし著作権者が「ファンは自分の著作物を好きにしてよい」と思うならそれでいい。実態を知ってなお、「宣伝効果がある」というファンの意見に耳を傾けるなら、それもいいだろう。

しかし現在、海外、とくに北米では「日本産アニメやマンガは無料で手に入るもの」という認識がファンの間で“常識”となり、人気作品が数十万、数百万単位で違法に視聴され、読まれていることを知っても、「このままでいい」と思う著作権者は少ないのではないだろうか。

(この記事は「英語で!アニメ・マンガ」の1月15日のエントリー、「アメリカにおけるネット上での本の違法ダウンロード調査」に加筆していただき、転載したものです)