海の見える一箱古本市のこと

2017年1月11日
posted by 佐藤友理

「一箱古本市」とは、「素人からプロまでが同列に古本を販売するフリーマーケット型の古本市」である。出店者は「店主さん」と呼ばれ、それぞれに好きな屋号をもち、一箱分の本を持参して、その日限りの本屋さんを開く。どんな本をいくらで売るかは自由。

はじまりは2005年に東京の谷中・根津・千駄木で開催された「不忍ブックストリートの一箱古本市」で、「一箱の本」を通じたコミュニケーションの形が評判を呼び、現在は全国各地で開催されている。谷根千ではじまった経緯は、一箱古本市の産みの親である南陀楼綾繁(なんだろうあやしげ)さんの著書『一箱古本市の歩き方』(2009年、光文社新書)に詳しい。

瀬戸内・高松の一箱古本市

香川県高松市で開催している「海の見える一箱古本市」は、今年で3年目を迎えた。初開催は2015年9月。東京でスタートしてから10年後ということになる。この10年で全国に広がり、昨年(2016年)1〜8月だけでも約80箇所で開催されたらしい(後述する雑誌『ヒトハコ』創刊号掲載の集計より)。毎週末、どこかで一箱古本市が開催されている計算になる。店主さんとして参加していた人が新たに主催者になったりして、新規参入も増えているようだ。一箱古本市に関わる人口は、どんどん増え続けている。

2015年9月21日に開催された、第一回「海の見える一箱古本市」の会場風景。

2015年9月21日に開催された第一回「海の見える一箱古本市」の会場風景。

「海の見える一箱古本市」はこれまで、3ヶ月に一度程度のペースで、計5回行った。遠方からも旅行がてら参加してもらえるように、主に大型連休に開催している。初回はシルバーウィーク、2回目は11月の3連休、3回目はゴールデンウィーク、4回目はお盆だった。

そして5回目は、会場を高松港近くの大きな広場に変更し、規模を拡大して開催した。3年に一度行われる現代アートの祭典「瀬戸内国際芸術祭」の期間中だったため、普段よりたくさんの人に来てもらえるのではという狙いがあった。このときは、同会場で「せとうちART BOOK FAIR」というものを開催したり、本やZINEにまつわるトークイベントを終日行ったりして、大いに盛り上がった。

2016年10月に開催した第5回目は、高松港近くの大きな広場で開催。

「プラットフォームのような本屋さん」が舞台

この「海の見える一箱古本市」を主催しているのは、わたしが働くBOOK MARÜTEという本屋である。古い倉庫をリノベーションした商業施設「北浜アリー」の中にあり、店の窓からは、毎日たくさんのフェリーが行き交うおだやかな瀬戸内海が見える。店では新刊の写真集やアートブックを取り扱い、併設のギャラリーでは写真展などの展覧会を常に行っている。地方の小さな本屋だが、本屋を軸にしながら本以外のさまざまなプロジェクトもあり、住む場所を問わずいろいろな人が関わってくれている。雑誌やコミックは置いていない。いわゆる老若男女が通う「まちの本屋」では、ない。

BOOK MARÜTEの店内。店の窓からは瀬戸内海が見える。

わたしがこの店で働くようになったのは2015年の春。それ以前は東京で働いていた。生まれは東北である。それがひょんなことから高松に住むことになり、引っ越してすぐに縁あってスタッフになった。一箱古本市をはじめることになったきっかけも、この頃にさかのぼる。

当時BOOK MARÜTEは働く仲間を募集しており、わたしが入ったすぐ後に、SNSに求人情報を掲載した。ありがたいことにたくさんの人が拡散してくれたおかげで、全国から70名ほどの応募があった。半数近くが香川県外からの応募だったと思う。これを機に移住したいという方もいた。

BOOK MARÜTEは会社ではなく、個人事業主がそれぞれに関わるプラットフォームのような場所だ。関わり方に決まりがあるわけではない。この場所をつかって、いろいろな人が特技を活かしながら、これまでにない展開をしていけたら理想形だ。

決められた関わり方がないのだから、まず実際に会って話をしてみないと何もはじまらない。しかし、いざ面接をするとなっても、県外の方に面接のためだけに香川にきてもらうのはなかなか難しいことがわかった。高松にくるタイミングがあれば連絡ください、というメールのやり取りで終わってしまうことが多かった。しかし、地方の小さな本屋に共感してアクションを起こしてくれた方々が、全国にこんなにいるのだ。その得がたい縁を無駄にしてしまうのはとてももったいない。まずみなさんに会う機会をつくれないかと思った。

応募者の中に「一箱古本市をやりたい」という兵庫県在住の女性がいた。運営経験をもつ神奈川県在住の女性もいた。それならば、彼女らに協力してもらい高松で一箱古本市をして、そこに他のみなさんも参加してもらってはどうだろう。きっかけをこちらが作れば、そのタイミングで高松に来てくれるかもしれない。

顔が見える相手に大事な本をわたす

いま思うと最初から、高松のブックシーンを盛り上げようとか、地域活性化に貢献しようなどの考えはなかった。その点が、ほかの地域で開催されている一箱古本市とは違っているところなのかもしれない。高松には人を惹きつける不思議な力がある。わたしもその力に導かれてここにやってきた。だから、全国の本好きが高松にきて、ここでつながったら何か面白い展開になるんじゃないかと思っていた。

余談だが、「海の見える一箱古本市」という名前にしたのも、高松に来たいと思ってもらうきっかけになると思ったからだ。一箱古本市の会場に決めた場所は、北浜アリーの中にある広場で、穏やかな瀬戸内海がすぐ目の前にある。

風を感じながら瀬戸内海を眺めるときの開放感や不思議な安心感は、唯一無二の財産だと思う。この心地よさの中で本のイベントができるということが、他のどこにもない、この一箱古本市の大きな魅力だと思ったとき、「海の見える一箱古本市」という名前がしっくりきた。

やると決めてからは、経験者の方から運営のことなどいろいろ教えていただきながら、準備をすすめた。わたし自身は一箱古本市に参加したことがない。話を聞いていたら、どうやら一箱古本市の醍醐味の一つに「一箱という制限の中で本をセレクトする難しさと楽しさ」というのがあるようだ。もともとの目的が、不用品のフリーマーケットとは大きく異なっているのだ。

高松では一箱古本市の認知度がまだ低かったので、告知ページには以下の一文を明記した。

このイベントは、店主がセレクトした本を売る古本市(新刊も可)です。手から手へ本が渡る、顔が見える相手に大事な本をわたす、そうしたイベントです。不用品販売やフリーマーケットとは異なりますのでご注意ください。

こう書いてはみたものの、参加へのハードルが上がってしまうのではないかと、少し心配になった。

各地の一箱古本市の募集要項や、経験者の方からの情報を元に「店主さんの手引き」も作成した。「これさえ用意すれば大丈夫」という、できるだけ親切な内容にすることを目指した。たとえば、「すべての商品に値段をつけること」「ブースのどこかに屋号を掲示すること」「釣銭を用意すること」など。箱のディスプレイについては、いろいろ工夫してもいいし、ただ箱に本を入れるだけでもいいよ、ということが伝わるように、経験者の方からいただいた過去の画像を参考として載せた。

出店料は1,500円とした。告知方法は主にSNS。加えて地元の新聞にも情報を載せてもらった。

会場づくりについては、コンパネでつくる簡単な組み立て式のテーブルを用意した。天板のサイズは90cm×180cm。1店あたりのブースサイズを90cm×90cmとしたので、一つのテーブルに2店舗がならぶ計算だ。このスペースに収まれば、レイアウトは自由。本の量は一箱分。「一箱」の量に厳密な基準は設けず、「両手で持てる程度」とした。遠方からでも気軽に参加してもらえるように、箱の事前預かりも受け付けた。これなら、当日は手ぶらで来てもOKだ。

いざ募集をかけてみると、半数近くが県外からの応募だった。集まったのは27箱。会場がほどよく埋まる数である。求人に応募してくださった方も何人か応募してくれた。まだ見ぬ出店者さんに思いをはせつつ、はじめてのイベントに不安を抱きつつ、緊張しながら当日を迎えた。

「大人の本気の遊び」

イベントがはじまってすぐに、あらゆる心配は杞憂だったとわかった。

わたしが手厚くサポートをしたり気を回したりしなくても、それぞれの店主さんや来場者の方々によって、あっという間に会場の雰囲気は出来上がった。

一箱古本市は、主催者がつくるイベントではなかった。その場に集まった売る人や買う人が、おのおのに工夫して、交流して、勝手に面白くなっていく。初参加という方が多かったのに、箱のディスプレイもとても個性豊かで驚いた。それぞれのブースを面白くしたいという健全なエネルギーが会場全体に蔓延していて、負の要素なんて全然なかった。午前10時にスタートして、終了する15時まで、ほとんど人が途切れなかった。大成功だったと思う。

面白いイベントになったのは間違いなく、主催者ではなく参加した方々のおかげだったのだが、終了後はたくさんの方にお礼を言われた。とても嬉しかったのだが、イベント中、わたしは本当に何もする必要がなかった。ただ会場を回り、おしゃべりしながら本を買って、写真を撮っていただけだった。つまり主催者の役割は、ただ人が集まる場所を用意することだけなのだと気がついた。

店主さんは、普段は本とは関係のない仕事をしている人がほとんどだった。もしかしたら本業ではないからこそ、純粋に楽しむことにエネルギーを注げるのかもしれない、という気もする。そして基本的に利益はあまり求めていないと思う。売上については、毎回報告を受けていないし、わざわざ聞かないようにしている。でも会話の中で出てくる話によると、2,000〜3,000円だったという人が多いし、1万円近くかけてイベント用の什器を自作した人もいたりして、出店料や交通費などいろいろ考えると赤字になることも多いのではないかと思う。2万円売れたぞー!という人もいたけれど、たぶん稀だ。売上ありきで考えたら、きっと一箱古本市には参加しない。第一に、楽しむこと。これは「大人の本気の遊び」という感じがしている。

最初は「求人に応募してくれた方に会いたい」というだいぶ変わった目的のために開催したイベントだったが、第1回目を終えてみて、このイベントの自体の面白さに目覚めてしまった。一箱古本市は、とても奥深い。これは続けていこうと思った。

普段は本を享受する側の人が能動的になれる場

思えばたぶん、これまでわたしは、人が本を楽しんでいるところを目の当たりにしたことが、ほとんどなかったのかもしれない。本の楽しみは、著者と読者の無言のコミュニケーションの中にあるという固定概念があった。

以前頭の中に描いていたブックシーンの構成図において、自分もふくめた読み手はいつも「一般大衆」とか「消費者」だった。いつだってブックシーンを変えていくのは、著者や出版社や本屋だと思っていた。

しかし、一箱古本市では、普段は本を享受する側にしかいない人たちが、個性をもって能動的にいきいきと登場してくる。とても刺激的な光景だった。一人一人が本というメディアとそれぞれの形で付き合っている、そんな当たり前のことが想像できていなかったことに驚きもした。そして一箱古本市に出店する人たちは、心が健やかなのだ。もしかしたらいつもは違うのかもしれない、ネガティブで卑屈な性格の人もいるかもしれない。でもあの場所にいるとき、少なくともわたしは全身でそう感じたのだった。本当に心地よい体験だった。

店主さんの中には、家から読まない本をもってくるのではなく、このイベントのためにわざわざ本を仕入れている人もいる。一箱のなかに独自の世界を作り上げるのだ。たぶん彼らにとって箱を作り込むことは、自己表現の手段でもあるし、他人と共感しあう最強のコミュニケーションツールをつくることでもある。何も話さなくても、箱の中の本を見れば、相手と気が合うかどうかがすぐにわかるからだ。よく「本棚を見れば人となりが分かる」というが、まさにそんな感じだ。普段はなかなか他人の本棚を見る機会は少ないが、一箱古本市では堂々と覗きこむことができる。

ただの妄想だが、わたしは、本棚を見せ合うお見合いなんかがあってもいいなと思っている。一箱古本市のとき、店主さん同士は、職業やライフスタイルや、会社でどれくらい偉いのかとか収入がどうとか、そんなこととは関係のない次元でコミュニケーションを楽しんでいる。多くの場合、名前すら知らない(屋号は知っている)。本を介すことで、興味のあることや、ふだん考えていることなどを感じ合うことができる。初対面なのに、この人がおすすめする本ならぜひ読んでみたい、と思って買うこともよくある。どんな本が好きかという視点で相手を見るというのは、とてもロマンがあるなと思う。

海の見える一箱古本市は、回を重ねるうちに、地元高松からの参加も増えてきた。これまではお客さんとして来ていた方が店主さんになってくれることも多い。地域を盛り上げるなどという大それたことは言えないが、自分の街で一箱古本市が行われることが、何かのきっかけになれていればいいと思う。

個人的には、本を通じて新たな出会いがあり、そのつながりが日常にも反映されて世界がひろがっていくのは、単純に嬉しい。本をきっかけにつながった人とは、なぜか長い付き合いになる気がしている。ほかの方にとってもそうであったらいいなと思う。

一箱古本市から生まれた雑誌『ヒトハコ』

『ヒトハコ』創刊号(発行: 書肆ヒトハコ、発売: 株式会社ビレッジプレス)

2016年11月、全国の一箱古本市関係者を中心につくる雑誌『ヒトハコ』が創刊された。編集発行人は冒頭でも紹介した、一箱古本市の産みの親であり、全国の一箱古本市や本屋を行脚し、たくさんの本好きとのネットワークを持つ、南陀楼綾繁さんである。雑誌をつくるにあたり、それぞれ違う場所に住む5人の「地域編集者」が召集され、恐縮ながらわたしもその一人に入れていただいた。「本と町と人をつなぐ」がテーマのこの雑誌には、さまざまな地域の本好きたちが生き生きと登場する。まさに、わたしが実際に目にしたような楽しさが、紙面ににじみ出ている。読んでいて、また一箱古本市やりたいな、と思った。

「海の見える一箱古本市」は、今後も継続予定だ。正直いって、規模を大きくしたいなどという野心はない。ただ、人と人が健やかに出会いつながる場所を作れることがとても楽しいと知ってしまったから、できる範囲で続けていきたいと思う。もっとまだ見ぬ本に出会いたいし、いろいろ教えてもらいたい。発見したい。健やかなエネルギーに包まれたい。つまるところ、ただ目の前で楽しいことが起きてほしい、それだけのような気もする。

次回は春に開催予定。今度はどんな人に、どんな箱に出会えるのか。いまからとても楽しみだ。

執筆者紹介

佐藤友理
宮城県名取市生まれ。東京での会社員生活を経て、香川県在住。ギャラリー併設の本屋「BOOK MARÜTE」スタッフ、「Book&Travelゲストハウスまどか」管理人。
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