第5回 デジタルで変わるマンガ家の仕事

2017年10月11日
posted by 中野晴行

前回はデジタル化が編集者に及ぼす影響について考察したが、今回はマンガ家がデジタル化によってどう変わったのか、変わるのかについて考察してみたいと思う。一部、これまでとかぶる部分もあるが、ご容赦いただきたい。

制作支援ソフトがマンガ家を救う

1990年代半ばからのコンピュータの高性能化やネット通信インフラの整備は、マンガ家の仕事にも大きな影響を与えた。ひとつには、マンガの執筆道具としてコンピュータが使われるようになったことがあげられる。

奥浩哉が、2000年から「週刊ヤングジャンプ」に連載した『GANTZ』の背景にデジタル処理を用いるなどしたことが草分けとされているが、最大のエポックといえるのは、第3回でも触れたように、2001年にセルシスがマンガ原稿制作支援ソフト「コミックスタジオ」を発売したことだ。

それまで使われていたアドビの「フォトショップ」や「イラストレーター」などと比較して、使い方を覚えやすく、筆やスクリーントーンを使うのと同感覚で高度な表現が可能になる「コミックスタジオ」の登場で、紙ではなくパソコンの画面上で作品を仕上げるマンガ家が急増したのだ。現在はさらにスペックが上がった「クリップスタジオ」というソフトに主流が移り始めている。

これらのマンガ制作支援ソフトを使えば、これまで複数のアシスタントを必要としたベタ塗りや仕上げもモニターの画面上で手早くできるようになり、場合によってはマンガ家一人でも作品を完成できるようになったのだ。

さらに、紙にペンで描くのと同じような感覚でデジタル執筆が可能な「液晶ペンタブレット(液タブ)」が登場すると、デジタル制作への流れはさらに加速された。紙に鉛筆描きした下描きをスキャナーで取り込んで、液タブを使って仕上げていくという手法は若手だけでなく、ベテランにも受け入れられるようになった。

ベテランにとっていちばん大きな問題は体力の衰えである。視力が落ちる、利き腕が腱鞘炎になる、腰痛に悩まされる……。1989年に60歳の若さで没した手塚治虫も、亡くなる3年前に放送されたNHKの番組『手塚治虫創作の秘密』の中で「丸が描けなくなった」と告白している。指や腕に若いときのように力が入らないので一筆で丸を閉じることが難しくなるのだ。まっすぐな線を引くのも辛くなり、微妙に震えたような線になる。マンガを描くために体を酷使してきた長年のツケがきているのだ。制作支援ソフトは彼らの痛みを和らげることはできないまでも、描けなくなるという事態は回避させてくれる。

たとえば、とあるベテランは視力が著しく落ちて細かな線が描けなくなったため、鉛筆でざっくりとした下絵を描き、これをスキャナで取り込んだものをアシスタントが制作支援ソフトを使って細かく仕上げ、出力したものに赤字(修正の指示)を入れながら、完成させていくという手法をとっている。

ペンで紙に描くのと比較して、液タブを使ったときの腕の消耗は少ない。セリフと下絵を入れたら、あとはオペレーター任せという大家もいる。マンガ家の高齢化が進む昨今、マンガ制作支援ソフトの活躍の場はますます増えていくだろう。

ただし、技術の進歩は両刃の剣だ。制作支援ソフトの導入には、マンガ家の負担を増す、というマイナスの側面もある。最大の負担は導入にかかるコストだ。それになりのスペックを備えたパソコンや周辺機器を用意しなければならず、ハードやソフトのトラブルにも備えなくてはならない。そもそもあらたに操作を覚えること自体が負担というマンガ家もいるだろう。

技術の進化で、読者の要求するハードルも上がる。制作支援ソフトが普及したために、細かな表現が可能になり、それによって読者の目が肥えて、より複雑で精緻な表現が求められるようにもなっているのだ。

「楽になったかと言われると、そうとも言い切れない」と、あるマンガ家は言う。

それでもなお、制作現場のデジタル化は、福音であったと思いたい。

デジタル時代のマンガ家は地方に

マンガ制作支援ソフトの登場は、地方で仕事をするマンガ家にも役立っている。

中部地方を拠点にマンガを描いているIに取材してみた。Iは、1990年前半にかけて青年誌を中心に活躍したが、90年代後半に出身地でもある現在の住所に転居した。

「はじめのうちは、ネーム原稿をFAXで編集とやりとりし、仕上がったものを宅配便で東京の編集部に送る、というずいぶん面倒なやり方でした。いちばん困ったのはアシスタント。マンガ家の卵が集まり、専業のアシスタントもたくさんいる東京とは違って、地方で仕事のできるアシスタントを探すのは至難の技です。地元の専門学校に頼んだりもしましたが、帯に短し…といった状態で、家内や高校の漫研時代の仲間に手伝ってもらってようやく締め切りに間に合わせるといった状態。せっかく来た仕事がなくなるのは困るので、東京に戻ろうかと何度も考えました」

そんなIを救ったのが、制作現場のデジタル化とネット環境の変化だった。マンガ作成支援ソフトによってアシスタントなしでもなんとかこなせるようになり、デジタルで仕上げた原稿はデータとして東京の編集部に送ればよくなったのだ。

「週刊誌(連載)じゃないからできたのかもしれませんが、住み慣れた地元で仕事ができるというのがいちばんです。たまに東京に行くときは、打ち合わせのほかに、資料を探したり、昔の仕事仲間に会ったりですかね」

かつて、プロのマンガ家になるためには上京するのが当たり前だった。新人がデビューして少し描けるようになると、編集部が上京を勧めたのだ。前回にも書いたように、アパートを探しアシスタントを揃えるところまで、編集部や担当編集が世話をすることも多かった。昭和20年代後半から30年代まで、石森章太郎(当時)、藤子不二雄(当時)、赤塚不二夫ら若手マンガ家が住み「マンガ家アパート」と呼ばれたトキワ荘など、原稿取りに便利なアパートに新人をまとめるというようなこともあった。

同じ頃、上京して本郷三丁目の下宿に入った松本零士の場合は、隣がマンガ家を「カン詰め」するための旅館だった。編集部にとってもマンガ家はさっさと上京させたほうが何かと便利だったのだ。マンガ少年やマンガ少女たちにも「東京へ行ってなんぼ」という意識があった。

ところが、今世紀になってからはIのように地元に戻ったり、そもそも地元から動かない、というマンガ家が増えている。中には「東京にいると編集者がうるさいので」と地方に引っ越すマンガ家もいるほどだ。

作品の発表場所は増えたが

デジタル化の波は、マンガ家にとって作品を発表する場が増えるというメリットも生み出している。紙の発表媒体は、老舗雑誌の休刊などで年々数を減らしているが、それ以上に電子マガジンや電子コミックアプリ、マンガ配信のポータルサイトが増えているからだ。大手の出版社も、雑誌の休刊で単行本化するコンテンツが減ったのを埋めるために無料で読めるウェブマガジンに力を入れている。「紙だけだった時代よりも、作品を描く場所は増えています。デビューを目指す人たちにとってもチャンスは大きくなった」と語る関係者は多い。

大阪在住のHもそのひとりだ。Hは1980年代にデビュー、現在は青年向け週刊誌の連載1本のほかにウェブ連載も1本抱えている。

「ウェブ連載は2015年からです。出版社系のマンガ・サイトがスタートすることになって、声がかかったんです。月産は平均すると2作で46ページくらい。アシスタントを使わずに100%電子ツールで描いているので、これくらいがちょうどいい分量です」

ウェブでの連載ということに抵抗はなかったのだろうか。

「ウェブ連載といっても、スマホ向けの縦スクロールではなく、紙と同じように見開き単位で掲載されていますから違和感はないです。描いていても、とくにウェブ向けを意識するようなことはありません」

もうひとり、東京在住のKのケースも見てみよう。1990年にデビュー。青年誌を中心に仕事をしてきたが、今年春からは、出版社系の無料ウェブマガジンで連載がスタート。妻とアシスタント2名が協力して月産35〜40枚だという。キャラや背景はペンで仕上げて、それ以外を「コミックスタジオ」で仕上げている。

「紙の連載とウェブ連載の比較ですか? 紙を使わないという以外に大きな違いはないと思います。現在の仕事はこれ1本ですから、紙であれ、電子であれ、描ける場所があるというのはありがたいです」

紙から電子へという流れはふたりにとって、描ける場所が増えたという点でプラスになっている。「何が何でも紙」という執着よりも、「描ける」「読んでもらえる」ことがマンガ家には重要なのだ。「作品の電子化はNG。掲載誌が電子版を出すなら自分の作品は外してほしい」というマンガ家もたしかにいるが、ほかのマンガ家の話を聞いても、紙へのこだわりはずいぶん薄くなってきたように感じる。

ただし、ふたりにギャラのことを訊ねてみると、必ずしもいいことばかりではないようだ。ウェブ連載の原稿料は紙よりも安いというのだ。

同じ出版社からの依頼でもウェブ連載は紙よりも安い。Kの場合はページ単価が半分以下になったという。

「コミスタ(コミックスタジオ)を使ってアシスタントを減らすなど、企業努力をしているのでなんとかカバーできています」とは言うが、厳しいことには違いがない。ギャラが安くても仕事があることがうれしい、というのはある意味でクリエーターの本音かもしれないが、せっかく発表場所が増えても、それで食べていくことができないのであれば、問題ありと言わざるを得ない。

ギャラは原稿料+ロイヤリティ

ウェブからデビューした、いわゆる「ウェブ専業マンガ家」も増えている。

Aは、ウェブ専業としてはベテラン組だ。月産はカラー数点を含む60枚前後。一日の半分を執筆に当てており、執筆は100%デジタル。スクリーントーンやモブシーンを担当するアシスタント1名を使っている。

「ペンで描くのはサイン本や色紙くらいです。紙であれデジタルであれ、マンガはマンガなので創作上のかわりはないと思います。売り方とか発表場所の広さは違うかもしれませんが……」

原稿料はどうだろうか?

「有料配信(サイト)で描いていることもありますが、ページ8000〜1万円です。ただ、電子コミックの場合は原稿料よりもロイヤリティが大切です。紙のマンガの印税みたいなもので、ダウンロードに応じて支払われるものです。たとえば1話100円で15%のロイヤリティが発生すれば、(1ダウンロードあたり)マンガ家に15円が支払われます。もちろん、会社によってパーセンテージは違いますが、原稿料とロイヤリティできちんと計算してもらえる会社と付き合っている限りは、赤字になることはないと思います」

ギャラの計算は、配信会社や配信会社から仕事を請け負っている編集プロダクションによってまちまちだ。たとえば、無料漫画アプリ配信サイト「comico」の公式ホームページによれば新人の原稿料は1話5万円の基本原稿料と人気に比例したインセンティブとなっている。

「comico」の場合、配信される作品は縦スクロール形式なので、ページ単価という考え方がない。あくまでも配信1話についてギャラが計算される。ページに換算すると、およそ5000円くらいだと考えられる。インセンティブは、Aの説明するロイヤリティのようなもので、ダウンロード数などによって独自に計算されるもの。無料配信では1話いくらという基準がないので一種のブラックボックスになっている。広告収入が収益源になっている無料配信サイトでは、広告収入の一定割合をマンガ家に支払うという契約になっているところもある。

一方で、出版社系のウェブ連載では、ロイヤリティやインセンティブという考え方がないところがほとんどだ。原稿料を紙よりも安く設定するなら、ダウンロードやPV(ページ閲覧数)に応じたロイヤリティを支払ってはどうか、とも思う。

ところが、ロイヤリティやインセンティブなるものが意外に曲者であることもわかってきた。Aはこう訴える。

「有料配信サイト、無料配信サイトに関わらず、作家に印税を払わない会社が結構あります。有料で配信して読者からお金を受け取っているにも関わらず、作家さんに印税を渡さないところも多いのです。自分たちは儲けているのに、作家には還元しない」

さらに、ロイヤリティやインセンティブの支払いに、会社にとっては有利だが作家には不利な条件をつけてくる配信会社や編集プロダクションも少なくない。

たとえば、ロイヤリティが発生するのは30万ダウンロードを超えてからといった付帯条件を会社側が一方的に出してくることがあるのだ。あるいは、配信後2ヶ月経過しないとロイヤリティは発生しない、とか、ロイヤリティの金額が支払われた原稿料の金額を超えてはじめて支払われるといったものもある。

「マンガ配信が儲かりそうだ」と考えて参入してきた配信会社や編集プロダクションの中には、はっきり口には出さないものの「原稿料を払うのは無駄」と考えている会社さえある。会社側にすれば、利益を最大化するためには、コンテンツに係る経費を削減しなければならない、ということなのだろうが、マンガ家にとってはたまったものではない。

また、ウェブに発表した作品を紙で単行本化する場合に、連載媒体を運営する会社側が印税を要求するケースも多い。たとえば著者印税10%+配信会社の印税5%を要求されたといったケースがある。印刷版の版元はコスト上の理由から10%以上の印税契約を受けることができないので、このときは著者印税が5%に下げられたという。

これから電子コミックでのデビューを目指す若い描き手に、Aはこうアドバイスする。

「配信会社もマンガ家も、紙のマンガより電子コミックの方が儲かるはずなんです。電子だから安いというのはおかしいと思います。必ず、原稿料+ロイヤリティで契約してほしいですね。おかしな付帯条件をつけたり、原稿料だけというような会社は避けたほうがいいです」

ブラック企業と同じで、マンガ家が怪しげな会社をスルーするようになれば、悪質な配信会社や編集プロダクションは淘汰されるはずなのだが……。

明日のマンガ家たち

最後に、未来のマンガ家がどうなるのか、をI、H、K、Aの4氏それぞれに訊いてみた。

「わかりません。困ったときに新しい技術が出てきて助けてくれる、というのが理想です。どんなスタイルになるにしても、マンガは残ると思いますけど……」(I)

「スマホの画面で読むのが主流になるのかもしれませんが、私個人としては大きな画面で読んでほしいというのが本音です。いまは、SNSのように私たちが直接読者の皆さんに情報を伝えるメディアがありますから、自分の作品について少しでも拡散して知ってもらうことが大切なのかな、と考えています」(H)

「電子コミックの時代になると若い人たちにはチャンスが増えるはずです。そして、僕たちのようなアナログで描くという経験をもたない描き手も増えるでしょう。でも、アナログでも描けるというのは大事なことなんだとあえて伝えたいですね」(K)

「いま、若い読者はマンガは無料で読むものと考えるようになっているんじゃないでしょうか。お金を払ってマンガを読んでくれる人が減って、みんながタダでマンガを読む時代も容易に想像できます。マンガ配信は伸びるかもしれませんが、マンガ家はどうなるんでしょう。有料配信されるマンガが生き残っているいまは、マンガ家にとってラッキーな時代なのかもしれません」(A)

マンガ家に限らず、クリエーターはお金のことを考えるのが苦手だ。お金のことを考えるのは恥ずかしい行為だ、とまで言い切る人も少なくない。

マンガ家を目指す学生さんたちを相手に「マンガ産業論」について講義すると、必ずこんな意見が出てくる。

「自分たちは好きなことを仕事にできれば幸せなので、お金のことは考えたくない。お金にならなくても好きなマンガを描いていたい。先生の話は汚い」

若さゆえの無垢として褒めてやりたい気もするが、それだけでは生きていけない。とはいえ、無理して自己マネジメントしなさいというわけではない。できないことはアウトソーシングすればすむことだ。

次回では、マンガをサポートする新しい仕事であるエージェントについて考察してみたい。


※敬称は略させていただきます。また、取材したマンガ家さんの名前も本人の希望ですべてイニシアル表記としました(筆者)。

執筆者紹介

中野晴行
マンガ研究者。和歌山大学経済学部卒業後、銀行勤務を経て編集プロダクションを設立。1993年に『手塚治虫と路地裏のマンガたち』(筑摩書房)で単行本デビュー。『マンガ産業論』(同)で日本出版学会賞奨励賞、日本児童文学学会奨励賞を受賞。『謎のマンガ家・酒井七馬伝』(同)で日本漫画家協会特別賞を受賞。2014年、日本漫画家協会参与に着任。