「無書店自治体を走る本屋さん」は、なぜ走る?

2016年6月16日
posted by 荒井宏明

本の砂漠・北海道で社会実験

北海道では1998年を境に書店の数が減少の一途を辿り、現在、179市町村のうち約50の自治体が「無書店自治体(ゼロ書店自治体)」だ。市町村総数における「無書店自治体が占める比率」をみると、全国ワースト6位だが、北海道は本州と比べると広大な面積の自治体が多く、隣町に本屋があったとしても車で1時間とか、峠越えとかが珍しくない。路面の積雪・凍結期ともなれば、いっそう移動がキツく、「本の入手の困難さ」で計れば、おそらく全国ワースト1位だろう。

そうであっても公共図書館などで「まちの本の保有量」が補完されていれば、まだ良いのだが、公共図書館設置率で全国ワースト3位、学校図書館の整備(新刊購入予算の措置率)で同ワースト2位となれば「本の砂漠・北海道」という呼称もあながち誇張でなくなる。

「活字離れ」でもなく、「あらかたアマゾンに取って替わられた」わけでもなく、「電子書籍が市場を席巻した」わけでもなく、「本が買えなくなったほど貧しくなった」わけでもない。活字離れどころか「読書意欲」の調査結果をみれば、北海道の子どもは全国平均を超えている。だから「いまさら本屋でもないっしょ」と放り投げず、いま一度「地方で暮らすひとたちが本を手に取る手段」について考えをめぐらせてみよう。そういった主旨のもと「北海道の無書店自治体を走る本屋さん」(以下、「走る本屋さん」)を起案し、実施にこぎつけた。

2016年4月から道内の3自治体(妹背牛町、喜茂別町、西興部村)で「走る本屋さん」をスタートした。各自治体に月に一度(主に土曜)、移動書店車「やまびこ号」で訪れ、仮設テントを立てて、午前10時~午後3時まで「臨時書店」を実施する。事業の主管・運営は、わたしが代表理事を務める「一般社団法人北海道ブックシェアリング」が担っている。

車両内では約300冊の新刊の絵本・児童書を販売。テントでは児童書・一般書・文庫・新書などの古書、約1800冊を販売する。

車両内では約300冊の新刊の絵本・児童書を販売。テントでは児童書・一般書・文庫・新書などの古書、約1800冊を販売する。

本屋のネガティブ要因の回避

「走る本屋さん」事業は「社会実験」として2年間実施する。地域の事情から逆算し、持続志向の書店形態を見定める、つまり「潰れづらい書店のあり方の模索とデータ採取」が目的だ。

具体的にいうと「本屋を経営する上での『ネガティブ要因』の数々を回避することで『売る側の事情』を極力排し、『地域の図書ニーズ』をクリアに捉えよう」というプロジェクトであり、この方針に基づいて計画を策定した。

①店舗を持たずに移動販売車を使う(店舗家賃など固定費の回避)
②綿密な選書によって在庫を絞る(過大在庫や取次送りによるムダ在庫の回避)
③買い切りで仕入れたり、古書を併売することで利率を高める(利益率の低さ回避)
④複数名のボランティアスタッフによる協力を得ながら実施する(人件費や万引き、スタッフの過労の回避)
⑤費用をかけずに広範囲に宣伝する(広告宣伝費の回避)
⑥行政・企業・研究機関・同業者など、だれでもウエルカム、どことも仲良しの全方位外交に徹する(敵対勢力発生の回避)

正直に言うと使命感は2割ぐらいで、8割は「興味本位とワクワク感」に突き動かされての計画作りだった。本事業が「月に一度訪問してのイベント書店」である以上、固定の「リアル書店」とは異なる手応えにならざるを得ない。だから事業の成否は「生の声」をどれだけ掴むことができるか、「本に関するリアルな動き」をどれだけ生み出していけるか、にかかっている。「地域に深く入り込んでからが、企画の試されどき」といっていい。

①は、一般社団法人北海道ブックシェアリングが実施した「被災地での仮設図書館の寄贈事業」でご縁が生まれた陸前高田市から、除却された図書館車「やまびこ号」を譲っていただいた。三菱ふそうのトラックキャンターをベースにした1.5トンタイプの特装車両だ。わたしはときどきこれでドライブして「ひとり野外図書館」を楽しむ(なんという贅沢!)。

②は、当会のボランティアスタッフ(元書店員や図書館員、教員)の意見を基に、絵本・児童書の購入リストを作成した。定番と話題書、おすすめ本などのベストミックスを心がけた。実際の売れ行きからリストを再検証し、洗練するという作業も欠かせない。

③は、作家の落合恵子氏が社長を務める書籍卸の「子どもの文化普及協会」(東京)からの買い切り(概ね70%掛け)と、札幌市内の古書店から仕入れた古書(概ね30%掛け)を組み合わせた。また、これによって来場した家族4人がひとり1冊づつ購入しても合計で5千円を超えないようにし、家計の負担軽減を図った。

④は、わたしが以前から考えていたことでもある。北海道の郡部において、ボランティアによる「リアル書店の運営」は検討に値するテーマだ。洗練されたボランティアは、向上心のないプロに勝る。

⑤は、北海道新聞社の販売局と提携し、新聞を購読する全世帯に案内チラシを入れてもらった。また店主に行政との窓口を務めていただいたり、事業実施の際に販売店の敷地を使わせていただくなど多くの面で協力を得ている。ちなみに北海道ではすべての市町村に北海道新聞の販売店があり、販売のみならず訃報やアマチュアスポーツの戦績などの情報集積拠点になっている。地域の教育委員を務める販売店主も少なくない。

⑥は重要。NPOの活動では、これが「できる・できない」がプロジェクトの成否を分ける場面も多々ある。

やまびこ号が会場に到着。当会職員2名とボランティア2名の4名体制で「一日書店」を運営する。

やまびこ号が会場に到着。当会職員2名とボランティア2名の4名体制で「一日書店」を運営する。

午前と午後に各1回、そしてリクエストが入るごとに「大型絵本の読み聞かせ」を実施する。自由に絵本が座り読み・寝読みができるコーナーも設けている。

午前と午後に各1回、そしてリクエストが入るごとに「大型絵本の読み聞かせ」を実施する。自由に絵本が座り読み・寝読みができるコーナーも設けている。

やまびこ号で282キロを行く

「走る本屋さん」を実施した3自治体での本年4月から6月11日までの成果は以下のとおりだった。

【妹背牛町(もせうしちょう)】
人口約3100人。道内有数の米作地帯。5年前に最後の書店が閉店。近くの書店まで車で40分。同じくらいの距離にブックオフがある。ただし両店とも絵本や児童書、専門書はほとんどラインナップしていないので、約50分かけて旭川市にある大型書店まで行く住民も多い。同町はブックスタート(自治体が0歳児健診時などで絵本をプレゼントする事業。道内では6割強の自治体が導入)を実施していないので「(走る本屋さんで)赤ちゃん絵本を初めて手にした」という若いお母さんも多かった。
●「走る本屋さん」は、幹線道路に面した道新販売店の敷地でこれまで2回実施。一日の来場は60人~110人。一日あたりの売上は1万5千円~3万8千円。

【喜茂別町(きもべつちょう)】
人口約2300人。人口は過去40年で半分以下となり、8年前に無書店となった。最も近い書店は車で35分の倶知安町(くっちゃんちょう)にあるが、ラインナップが薄いので、本をよく読む層は中山峠を越えて1時間かけて札幌まで行く。
●「走る本屋さん」は、同町図書室横の広場でこれまで2回実施。一日の来場は70~100人。一日あたりの売上は8千円~2万5千円。

【西興部村(にしおこっぺむら)】
札幌から北東へ282キロメートル。これは東京から愛知県豊田市手前あたりまでの距離に等しい。人口約1100人。高齢者が多く、就労者は人口の半数にとどまる。エレキギターのボディ生産量は国内有数。地域情報化政策に積極的に取り組み、村営ホテルや木育事業などユニークな振興策で知られる。最後の書店は6年前に閉店。近くの書店は車で50分の名寄市にある。豪雪地帯のため、冬季の移動は困難を伴う。
●「走る本屋さん」は、同町図書室前の広場でこれまで1回実施。一日の来場は80人。一日あたりの売上は9千円(終日雨天)。

絵本・児童書のラインナップは当会の専門家によるセレクト。もちろん車内での立ち読みも大歓迎。外に持ち出してベンチで読むも良し。

絵本・児童書のラインナップは当会の専門家によるセレクト。もちろん車内での立ち読みも大歓迎。外に持ち出してベンチで読むも良し。

この日、赤ちゃんは初めて「赤ちゃん絵本」に触れた。

この日、赤ちゃんは初めて「赤ちゃん絵本」に触れた。

「キャラバンを組んだ本の販売会」としてみるなら、もちろん採算割れだが、日常に寄り添う形での本屋営業としてみるなら決して反応は悪くない。大型絵本の読み聞かせや、読書コーナーなどの参加意欲も予想以上の手応えだ。読書グループとの連携なども生まれ、「読書サロン創設」に向けた取り組みが始まるなど、予想外の動きにもつながっている。

今後は実施自治体を増やし、データの蓄積や「生の声」の採取を続けながら、地域の化学変化を促していきたい。地元の方々に運営の担い手になっていただき、八百屋併設の書店やボランティア運営の書店、町営・村営書店、いや書店でなくてもかまわない。活きのいいラインナップのマイクロライブラリーやブクブク交換サロンなど「地域の人が手に取れる本の保有量と施設、関わる人」をじわじわと拡大していくのだ。「興味本位とワクワク感」に突き動かされながら、今日も「やまびこ号」は広大な大地を駆け巡る。

自治体に協力いただき、公共施設が臨時の「走る本屋さん会場」に変身。読み聞かせをしているのが筆者。

自治体に協力いただき、公共施設が臨時の「走る本屋さん会場」に変身。読み聞かせをしているのが筆者。

【お知らせ】
現在、北海道地元のクラウドファンディング「ACT NOW」にて『北海道で書店のないまちをゆく「走る本屋さん」を実践したい!』とのタイトルでクラウドファンディングを実施しています(2016年7月8日まで)。北海道の読書事情・図書事情・書店事情をじわじわと再整備していく「動き」にぜひご賛同いただければ幸いです。支援リターンの『北の読書環境白書』は、上記の成果なども含め、筆者が渾身で取材・執筆する「北海道の図書事情に関する現状報告」です。

『北海道で書店のないまちをゆく「走る本屋さん」を実践したい!』http://actnow.jp/project/moving_bookstore/detail

執筆者紹介

荒井宏明
1963年北見市生まれ。書店員、ケーブルテレビ局員、新聞記者を経て、現在、一般社団法人北海道ブックシェアリング代表理事。札幌在住。札幌大谷大学社会学部非常勤講師(情報資料論・ボランティア論)。著書に『なぜなに札幌の不思議100』(北海道新聞社)、『さっぽろいいね!』(TOエンタテインメント)。北海道生涯学習審議員、北海道子ども読書推進会議委員。