北海道のシャッター通りに本屋をつくる

2016年3月2日
posted by 荒井宏明

札幌の東隣・江別市にある大麻銀座商店街は店舗の3分の1がシャッターを降ろしたままだ。午後5時を過ぎると、人通りが途絶える。この地区は、無人の老朽家屋や高齢世帯の急増など、旧ベッドタウン特有の問題を抱えている。

午後7時。通る人 もいないが、絶妙に昭和な雰囲気が「まだまだ客を呼べるぜ」と言っているように見える。

午後7時。通る人もいないが、絶妙に昭和な雰囲気が「まだまだ客を呼べるぜ」と言っているように見える。

そんな場所で午後6時~午後10時だけ開店し、人文書のみを取り扱う書店「ブックバード」を開店した。ふざけているわけではない。「書店業の振興」にも「地方商店街の活性化」にも「お役立ち」する気満々だ。しかしなにより解決しなければならないのは「北海道における本の砂漠化」である。

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「ブックバード」の内観。この店舗は以前「珪藻土の販売店」だったらしい。

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被災地で仮設図書館を建設したり、書架を修繕した経験を活かし、店内の棚・什器はすべて筆者の手づくり。

「無書店自治体」での社会実験

そもそもの流れを時系列で説明すると、こんな具合だ。

1)北海道の読書環境はかなり悲惨であり、あろうことか悪化が進んでいるので2008年に、図書関係者と教育関係者で読書環境の整備支援組織「北海道ブックシェアリング」を設立。筆者が代表となる(現在は一般社団法人北海道ブックシェアリング、荒井は代表理事)。

2 )設立から3年後に東日本大震災が発生。宮城県教委の要請などもあり、宮城県石巻市に分室をつくり、宮城・岩手両県の図書施設の復旧・復興支援を実施。

3 )2015年秋に東北被災地での最後の事業「岩手県陸前高田市の新図書館に関する住民意識調査」を終え、2016年はいよいよ本腰を入れて北海道の読書環境の整備支援に着手することになった。(以降「~することになった」は「荒井が~すると決めた」と考えていただいて差し支えない)

で、北海道で増加している「無書店自治体」について、社会実験をスタートすることになった。

被災地での支援活動で協力関係にある陸前高田市から、除却された「移動図書館車」を譲っていただき、「書店車」に改装。2016年春から「無書店自治体を走る本屋さん事業」として北海道内を回る。そこで起きる化学反応を絵の具に「まちの読書環境の未来図」を描く、という狙いだ。

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陸前高田市で除却された「移動図書館車」。これを「走る本屋さん」に改装する。

ブックストリートやブックフェス、ビブリオバトルなどのイベント開催で協力関係にある大麻銀座商店街で、書店車の駐車場施設を賃貸で契約。この施設の店舗部分はわずか10坪だが、雰囲気がいいので、この場所をつかって「書店」を開店することになった。

「北海道で潰れない書店」にするために

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冬のさなかに開店。本屋に雪はよく似合う・・・はずだ。

2016年2月10日「ブックバード」オープン。

開店にあたっての諸条件。営業時間は筆者が仕事を終えてから店番ができるように、月~土の午後6時~午後10時とした。扱うのは人文書と古書を6:4。併せて3000冊で棚が埋まる。なぜ人文書かというと、若かりし時分に書店員として人文書を扱っていたことと、地域の書店でまっ先に外されるジャンルだから。前述のように、通りすがりの客はいないので、雑誌、コミック、実用書、話題書などを置く必要はない。ジャンルを絞りきったほうが「通いやすい書店」になるだろうという読みだ。

その代わり古書は人文に加え、アート、サブカルチャーなど幅を広めにする。古書は個人からの買い入れはせず、古書店から仕入れる。この仕入れのノウハウが全体の利益率を押し上げている。

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人口10万人の江別には大学が4つもある。学生が来てくれると店主のテンションもあがる。

「北海道で潰れない書店」のモデルケースにするため、以下を特徴づけた。

①「人件費をかけない」

筆者は日中、社団法人の事務を執ったり、編集仕事(これが本業)をやったり、大学で教えたりなどで所得を得ている(充分ではないけどね)。書店員タイムは無給で問題ないし、店が手隙のときに編集仕事もできる。

②「家賃負担をしない」

もともと「走る本屋さん事業」における「駐車場」として家賃を予算化しているので、書店としての家賃や光熱費は考えなくてもよい。

③「利益率が高い」

古書の利益率が高い(でも販売価格は一般の古書店より安め)ので、全体としての利益率が5割近い。当店の利益はすべて「走る本屋さん事業」の財源になる。

「道楽の本屋かよ」「趣味で書店ができるなんていい身分だぜ」。そう評価していただいても構わない。北海道で、ここまで減りに減った「本がある施設・本に触れる機会」。これをじわじわと拡大していく。わたしのやることはそれだけだ。

書店がなく、公共図書館もない地域は、たいてい学校図書館の整備もままならない。そういう自治体が3分の1を超えようとしている。そんな地元を離れ、札幌や首都圏で「本に潤う暮らし」を経験した若者が、砂漠に戻って来るだろうか。

開店してすぐに、小樽市銭函に住む50代の方が来店された。「銭函にこんな店があれば、老後に札幌に移り住もうなんて思わない。2号店を出す気はありませんか」。予想の斜め上をいくリアクションの早さだ。さっそく現地に行かねばなるまい。

潰れない書店づくりは、なかなかどうして道楽には、ほど遠い作業なのです。

執筆者紹介

荒井宏明
1963年北見市生まれ。書店員、ケーブルテレビ局員、新聞記者を経て、現在、一般社団法人北海道ブックシェアリング代表理事。札幌在住。札幌大谷大学社会学部非常勤講師(情報資料論・ボランティア論)。著書に『なぜなに札幌の不思議100』(北海道新聞社)、『さっぽろいいね!』(TOエンタテインメント)。北海道生涯学習審議員、北海道子ども読書推進会議委員。