アマゾンは天使でも悪魔でもない

2014年5月27日
posted by 大原ケイ

……そして意地悪をしているわけでもない。寡占市場のリーダーとしてやるべきことをやっているだけ、だから恐いのだという話。

米アマゾンと大手出版社のアシェット(Hachette Book Group)のあいだで本の仕入れ値をめぐって交渉が難航、今月に入ってからアマゾンは、アシェットの本をトップページのキャンペーンから外したり、類似書の推薦欄に他社の本を表示したり、買おうとすると「入荷は3〜5週間先」という表示になったり、これから出る新刊本が予約できなくなったり……という措置に出た。どう見ても露骨なイジメに見えるわな。

とりあえず「七掛け」(もちろん出版社によって率は異なるが)で取次に好きなだけ本を卸せる日本と違って、アメリカではどこの出版社もこうやって書店や量販店を相手に、定期的に卸値のディスカウント率(日本で言う「掛け値」)を決めるのだが、アマゾンが出現する前はもう少しのんびりしていた。5年契約とかは普通だったし、ベイカー&テイラーやイングラムといった大手取次でも、ディスカウント率はどんなに上げても50%までは行かない感じだった。

1998年にバーンズ&ノーブルが「うちは大手なんだから、他より安く仕入れさせてよ」と出版社に持ちかけたとき、これを聞きつけたインディペンデント系書店が全米書店協会(ABA)を通して、独禁法のひとつ、ロビンソン=パットマン法に反すると訴え、和解した経緯もある。その後は仕入れる冊数によってディスカウント率は変えられても、大手だから優遇するのはアウト、となった。

だけど、アマゾンはその仕入れ冊数にモノを言わせて、無理難題をふっかけてくる。交渉のたびに「ほら、うちは前回、おたくとお話したときからシェア率もどんどん上がって、いまじゃ、おたくの本をこんなに捌いているんですよ〜。さらにアマゾンのホームページで値段を下げてキャンペーンすると、こ〜んなにピョーンと売上が伸びるんですよ〜」とデータを見せながら迫ってくるわけだ。しかもその期間がだんだん短くなって、いまは2年ごとにやってくる感じ。

出版社の交渉窓口の人にとって、シアトルからやってくるアマゾン部隊という相手はいちばんたくさんの本を売ってくれる天使さまでもあり、ディスカウント率でギリギリと締めてくる悪魔でもあるだろう。

アマゾンとアシェットは何をめぐって争っているのか

ふだん、こういう交渉の話はめったに表に出てこない。それもそのはず、どこの出版社も卸し値に関しては、社外に具体的に数字を出すのは御法度。営業やセールス部門の従業員を雇う際には、きっちり契約書で「言ってはならぬ」という項目が入っているくらいだから。

前に「アマゾンが購入ボタンを消した」云々の騒ぎがあったのは2010年のこと。これはアップルがiBookstoreの準備をしているタイミングで、マクミランがアマゾンにも同じエージェンシーモデルでEブックを卸す交渉をしており、それが決裂したときのエピソードだったことが、後になってわかった(そのときのことは「マガジン航」の記事〈「マクミラン対アマゾン、バトルの顛末」〉や拙ブログに書いた)。

結局このときは、「ビッグ5」と呼ばれる(最大手ランダムハウスを除く)大手出版社5社が、Eブックの卸値のことでアップルといっしょに談合していた、という司法省の言い分が通り、出版社はみんな和解を余儀なくされた(この裁判に関する記事は拙ブログのこの記事に詳しく書いた)。このときの和解条件のひとつに、「向こう2年はエージェンシーモデルでEブックを卸すことを禁じる」という項目があった。

そろそろ、あれから2年が経とうとしている。だから今回アマゾンは、現行のホールセラー・モデルの有利な卸し値条件で、なるべく長い間、契約更新をしておきたいわけ。そうすれば、少なくともその契約が有効な間はアシェットの本をいままでどおり、アマゾン側が好き勝手に安売りできるから。

もう一つの可能性として、アマゾンがこれからエージェンシー・モデルに切り替えてEブックを売るにあたって、「アップルや他の業者が採用している30%という取り分より多くしろ」と迫っている可能性もある。とくにアシェットは紙に対してEブックの比率が半分以上に達する著者を多く抱えており、Eブックの売上げが平均で三割を超えていると言われている。

アシェットはこの秋から、またアップルとエージェンシーモデルで契約が結べるようになる。けれども、それまでにアップルがアマゾンに対抗してディスカウント攻勢をかけて、シェアを奪おうと思えばできる(ジョブズはEブックをアマゾンみたいに安く叩き売りすることには反対だったから、アップルがそうするとは思えないが)というのも、アマゾンが焦っている原因の一つだろう。ようするに、「うちにもアップルと同じ値段で安売りできる権利を与えろ」と迫っているものと思われる。

アシェットとアマゾンのこの交渉が、この先いつ、どんな卸し値で決着がつくのかは、まだわからない。だが、これ以上ネガティブなニュースになるのはアマゾンにとってもよろしくないし、アシェットも背に腹は代えられないので、交渉は続けながらもアマゾンが購入ボタンを元に戻すこともありえる。

このバトルに気づいたバーンズ&ノーブルやブックス・ア・ミリオンといったチェーン店や、インディペンデント書店がここぞとばかりに「アシェットの本なら、うちでいますぐ買えますよ」キャンペーンを始めているのだから。

今回の件は、日本でも「対岸の火事」ではいられないだろう(それどころか、自らアマゾンの学生向けポイントサービスへの抵抗措置として出荷停止するのはいかがなものか)。米司法省さえも味方につけるほどロビー力もあるアマゾンのやり方を改めるには、それこそフランスのように政府が動いて法改正をするか、アマゾンのユーザー側が要求でもしない限り、ムリなのだ。

というわけで、以下はアメリカ発のニュースで見かけた「それはちょっと違うんじゃないの?」という点と、アメリカ以外(おもに欧州)の動向だ。

あのアマゾン本はアシェット傘下のリトル・ブラウンから刊行。でも今回は無関係?

・ジェフ・ベゾスはアシェット傘下のリトル・ブラウンから出たブラッド・ストーン著のThe Everything Store(邦題:『ジェフ・ベゾス 果てなき野望』)の販売をジャマしようとしている。

この本が出たのは昨年10月だし、ベゾスはブラッド・ストーンに取材を許可し、自ら質問に答え、プライベートなことも語っている。アマゾンに都合が悪いことも書かれているだろうけど、アマゾンが本気でこの本の刊行を阻止しようと思えば、もっと早い時期からいくらでもできることがあった。「細かいところが間違ってるし〜」とベゾスの奥様がアマゾンレビューを付けた、というエピソードがあるくらいで、この本がアシェットから出ていることは関係ない。

・株主に対し、少しでも利率を上げて黒字を出さなければいけないのでアマゾンが焦っている。

これも関係ない。アマゾンの総売上に対する本(紙、Eブック含む)の売上はたった7%ぐらい。しかもここ数日、アマゾンの株価は上がっている。

・アシェットの親会社がフランスのラガルデール(Lagardère)というメディア・コングロマリット(昔はタイムワーナー・ブックスだったところ)であることも交渉膠着に関係しているかも

フランスでもアマゾンは開店当時から本の安売り攻勢をしかけて、マーケットシェアを取ろうとしてきた。けれどもフランス政府が「ディスカウント率は5%まで、送料無料にするのはダメ」と規制に乗り出した。社会主義色が強いフランスは、自由市場がナンボのもんじゃい、とアマゾンを敵視して戦う気まんまんなのだ。

・ドイツのアマゾンでは、労働条件向上を求めて労組が二つの流通倉庫で終日ストライキをやっている。

Piper や Carlsen などを傘下に抱えるドイツの Bonnier(親会社はスウェーデン)も、アシェットと同じような嫌がらせを受けていると報じられている。

・その一方で、アメリカの出版業界には「打倒アマゾン」Tシャツを着たりする出版社はないし、来週のブックエキスポ(BEA)で出会う人々に「アマゾンのことをどう思っているか?」と聞いても、無難な答えが返ってくるだけだろう。

こちらで表だってアマゾンの悪口を言いまくれるのは、インディペンデント系書店と、売上をアマゾンに頼らないニッチな出版社ぐらい。その一人がメルヴィル・ハウスのデニス・ジョンソンなので、胸のすくような辛口意見が読みたければ彼のブログへどうぞ。

今回のことをどう報道するかなぁ、といちばん興味深く私が見守っていたのは、ジェフ・ベゾスがオーナーとなったワシントン・ポスト紙だった。だけど結局、この程度の記事が出ているだけで、ベゾスやアマゾン幹部のコメントはとれていない模様。

というわけで、最後にキャンディーズのこの曲の替え歌を。

♪アマゾンは あくま
お客を とりこにする
やすうり悪魔
リアルの書店に アマゾンの影が映ったら
お客の足はもう動けない
すべての店は やがてひとつの
プライムアカウント〜。

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執筆者紹介

大原ケイ
文芸エージェント。講談社アメリカやランダムハウス講談社を経て独立し、ニューヨークでLingual Literary Agencyとして日本の著者・著作を海外に広めるべく活動。アメリカ出版界の裏事情や電子書籍の動向を個人ブログ「本とマンハッタン Books and the City」などで継続的にレポートしている。著書 『ルポ 電子書籍大国アメリカ』(アスキー新書)、共著『世界の夢の本屋さん』(エクスナレッジ)、『コルクを抜く』(ボイジャー、電子書籍のみ)、『日本の作家よ、世界に羽ばたけ!』(ボイジャー、小冊子と電子書籍)、共訳書にクレイグ・モド『ぼくらの時代の本』(ボイジャー)がある。