編集をぼうけんする

2013年8月20日
posted by 堀 直人

僕が最初に「本をつくりたい」と思ったのは、もう15年も前、高校生のときのことだ。写真を撮り始めて、写真集をつくりたい!そう思ったときから、僕の「編集という冒険」がはじまった。その後はずっとグラフィックデザイナーをしてきたが、編集に関しては素人でしかなく、何回も本をつくりはじめては、未完でやめていた。そんな未知の「編集」というフィールドで悪戦苦闘しながら冒険し、2010年にやっと完成したのがこの本、『北海道裏観光ガイド』だ。 その発行元である「NPO法人北海道冒険芸術出版」は、出版を手段とし北海道という地域の課題解決に取り組む組織である。この『北海道裏観光ガイド』は、その最初のプロジェクトということになる。

本をつくるという旅の途中でいろんな人が助けてくれたから、僕は冒険を続けることができた。とてもひとりでは、ここまでたどり着くことはできなかったように思う。見たことのない敵が現れるたびに、いろんな戦いがあった。出会った仲間、去った仲間もいる。今この地点に立って、スタートした場所を振り返ると、冒険の途中で出会った彼ら彼女らの顔が浮かんでくる。思い出すたびに今でも感極まり、感謝の気持ちがこみ上げてきて仕方ない。

原付で日本縦断の行商の旅へ

古いバイクなので何度も故障したが、なんとか無事に戻って来られた。

発売翌日の2010年11月22日、僕は北海道南端の函館港発フェリーのデッキにいた。僕はつくった本を全国で販売してもらうため、すぐさま北海道を旅立ち内地へと向かうことにしたのだ。この旅の相棒はTY50という、すでに製造から31年を経た故障の絶えない原付だった。後部座席にはクーラーボックスが括り付けてあり、つくった本が60冊入る仕様に改造してある。やがて船は岸を離れ、本州北端の大間港に向け発進した。過酷な「原付日本縦断行商の旅」のはじまりである。

11月20日に出版記念パーティーを行い、その翌日はかねてから実行委員長として準備をしてきた「札幌ブックフェス2010」のメインイベント「PARCO ワンデイブックス」の日だった。出版とイベント、どちらもやったことがない大きな出来事が同じ日に重なってしまった。イベントが終わりすぐその足で、行商に出るため原付が停めてある室蘭の親戚の家に向かったのだが、吐き気を感じながら「急行はまなす」に乗り込んだのを覚えている。

「札幌ブックフェス2010 – PARCOワンデイブックス」の会場はとてもおもしろい空間だったので、僕たちの本もアグレッシブに展示販売した。

行商の旅は、三回に分けて行なった。最初は、2010年11月21日〜12月21日の31日間。函館からフェリーに乗り、大間へ。東北は安くて味わいのある温泉が多いので、何箇所かそういうところに泊まりながら南下した。仙台からは、ずっと海側を走った。福島の原子力発電所のすぐ横も通った。その風景が大きく変わることになるとは、その時は想像もできなかった。

二回目は、2011年8月18日〜27日の10日間。東京を中心に回り、静岡県三島市から神奈川県相模原市まで走った。行商をしていると、ついでに各地を取材できて一石二鳥でもある。今度は北海道以外の裏観光ガイドや、『日本裏観光ガイド』をつくろうと思う。三回目は、2011年10月9日〜11月21日の44日間。大阪、福岡などの大都市での営業にも手応えを感じ、いよいよ最南端の沖縄県に上陸。那覇市の書店でもお取り扱いいただき、北は北海道から南は沖縄まで 『北海道裏観光ガイド』 が買えるようになった。

この時、取扱店が約100店舗にまでなった。北海道の販売店に取次してもらえる会社とも取引がはじまり、一気に販売数も伸び増刷をした。初刷が2000部、二刷が3000部、合計で発行部数が5000部。まもなく、さらに5000部増刷をする準備をしている。

本をつくろうと思ったとき、こんなことになるとは想像もしていなかった。行商中に知り合った人が販売店を紹介してくれたり、活動をしているなかで知り合った人と仲間になったり、知らない土地で出会った人と数年後には一緒に仕事をすることになったり。旅をしているといろんな人に助けてもらうことになるが、本をつくることも自体もまた、旅だったのかもしれない。ロールプレイングゲームのなかで冒険するように、いろんな困難に立ち向かいながら、懸命に取り組み、さまざまな人に出会いながら前へ、その先へと歩んで行く。

学術書をつくる――『n次創作観光』

『北海道裏観光ガイド』が完成し、営業活動も一段落したところで次に取り掛かったのは、学術書の編集だ。またマニアックな観光ガイドブックをつくると思っていた人たちには、なんでまた学術書?と言われたが、次にやらなければならないと思ったのがそうだったのだから、仕方がない。

著者は、アニメ聖地巡礼を事例にして観光の可能性を研究している観光社会学者の岡本健さん。出会ったのは3年前の2010年8月。初音ミクをつくったクリプトンフューチャーメディアの伊藤博之社長や、当時北海道大学准教授だった故・渡辺保史先生が参加して開催された「札幌CGM都市宣言(β) ~札幌をCGMから考える~」というシンポジウムの企画チームに、一緒に参画することになったのがきっかけだ。

その時はまだ岡本さんは北海道大学の博士課程に通っており、僕もまだ一冊も本を出版していなかったのだが、会うたび二人で何時間も観光についてや日々思うことについて話すうちに、必ず一緒に本を出そうと約束を交わすようになっていた。

「アニメ聖地巡礼」の研究をしていると、最初に岡本さんから聞いたときは「おもしろい」という単純な感想だった。しかし詳しく聞くと本質的なところは、現代社会で問題になっている「他者性をもった他者」と出会えないという社会現象に対して、観光にはその問題を解決する回路があり、その過程が顕著に見てとれるのが「アニメ聖地巡礼」であるという位置づけだったのだ。

その話を聞いて、僕は興奮を抑えることができなかった。そして岡本さんに、鷲宮町で行なわれた「土師祭」の写真を見せてもらった。その写真に写っていたのは、地元のおばちゃん、おじいちゃん、商工会の人、オタクの若者、いろんな人がうれしそうに一緒になって祭りを楽しみ、地域の文化、オタク文化が同列に融合して、祭りをつくりあげている様子だった。興奮が感動に変わった。「この研究を広く世の中に伝えなければ…」という使命感に駆られるようになっていた。恋みたいなものだったかもしれない。その情熱と冷静のあいだに立つことが、今回の大きな課題だったように思う。

この研究の魅力を伝えたい、もっと多くの人に読んでもらいたいと思っていたので、研究者ではない一般の読者に伝える方法を常に考えていた。 序文、章見出し、タイトルのサブコピーというように、細かく段階を分けて内容を要約するための補助線を引いたり、1テーマが見開きで完結するという構成を採用したのもそのためだ。また論述の妨げにならない範囲で、岡本さんの人柄がわかるコーナーやアニメ聖地ガイドなどの息抜きのページも入れた。その他にも岡本さんと話し合いながら、最後まで読んでいただくための工夫をいっぱい考えた。

そうしてできたのが、『n次創作観光――アニメ聖地巡礼/コンテンツツーリズム/観光社会学の可能性』。岡本さんは書くだけでなく、情報発信や販売促進にまでも熱心に協力してくれた。初刷は3000部発行したのだが、おかげさまで近いうちに増刷することになりそうだ。

地域を編集する

「学術書」という、またもや今回も未知の冒険となったが、 今度の旅にも相棒がいた。名前は、佐藤真奈美。実は彼女とは『北海道裏観光ガイド』をつくるとき、「幌内炭鉱」の取材対象としてはじめて会った。それが今となっては、同じ編集部として一つの本をつくっている。最初に会ったときには、まさかこんなことになるとは思いもしなかった。

佐藤の本職は、炭鉱遺産を活用した地域づくり。いわば「地域の編集」であり、旧産炭地の編集者と言える。

僕は大学中退で学がないので、論文を読むことに慣れていない。観光現場で働いているわけでもないので、実務的な細かい状況がわからない。彼女は大学院の修士課程で観光まちづくりの研究をした後、「NPO法人炭鉱の記憶推進事業団」という組織に所属し炭鉱遺産の利活用に従事している。僕にはない視点があり、『n次創作観光』をつくる上で欠かせない存在となった。

炭鉱という国策に翻弄された地域が、どうやって地域独自の新たな仕組みを成立させていくか。こうした取り組みは、日本の最先端をいく活動ではないだろうか。今もなお、国策に翻弄され傷ついていく地域がある。旧産炭地での取り組みは先行事例であり、そういった地域のロールモデルになる可能性を秘めている。

北海道は真っ先に人口減少と産業衰退が進んでいくので、いつも課題だけは最先端である。つまり北海道は、日本の未来なのである。右肩上がりで経済が成長して行った時代は、急増する需要にいかに対応するのかということが迫られた。しかしこれからは、「縮小していく時代」である。

国土交通省が2011年に出した推計によると、2100年の日本の人口は中位推計で4,771万人になると示されている。さらに深刻なのは高齢化(同推計によると、2100年の高齢化率は40.6%)、つまり「労働人口の減少」である。そんな時代に、旧来の方針で今の日本が維持できるとは思えない。日本各地を旅すると、この国に残された巨大な建物をたくさん見かけ途方に暮れる。子どもたちが巣立った後、夫婦二人が住むには大きすぎる家を想起させる。

新しい時代に即したかたちの社会に移行するため、知恵をしぼるときが来ている。僕は、社会を適切なサイズに「畳む」という広義の編集作業に従事し、社会課題の先端地である北海道でノウハウを蓄積して、この先の日本に役立てたい。佐藤とはこの先、地域を「著者」とする編集部を一緒にやることとなるだろう。あと早い段階で、彼女自身の著書を出版したい。日本の一時代を築いた「旧産炭地」という事象を導きの糸として、新しい日本の可能性の一つを示すような本にしたいと思う。

紙と電子の最適な組み合わせを考える

まさかIT音痴の僕が携わるとは思わなかったが、電子書籍もつくった。『だれでもできる小さな本のつくり方』というタイトルだ。うっかりウチのNPOの運営に関わることになった武藤拓也が、一緒に企画したイベントで僕が話した内容をまとめ、電子書籍としてコンテンツ化したものである。

彼と話すようになったのは、とあるイベントに関わることになったのがきっかけだ。彼が副実行委員長、僕が事務局長だった。イベントを成立させるために、二人で動き回るうちに友情のようなものが芽生えた。その流れでイベントが終わってからも、いろいろと二人で話しているうちに、仕事や趣味の経験からウェブサービスやガジェットに詳しかった彼から、「堀さんのところでは、電子書籍はやらないのかい?」という話になった。

僕も電子書籍のことが気にはなっていたものの、着手する余裕もなく「ITはどうも苦手だし…」と避けていたのだが、とうとう痺れを切らしたのか、武藤は「堀さんが講演で話した内容をまとめて、俺が電子書籍にするわ」と言い出した。そうしてできたのが、この電子書籍である。Amazonでの無料本ランキングで3位になったりと、思いもよらぬ実験結果が出たので、今では僕も電子書籍の活用には積極的な考えだ。

しかし単に紙ですでに出版された本を電子書籍にするのは、どうなのか。紙の本の需要を食う恐れもあるうえ、なにより書店さんには800円という定価で売ってもらっておきながら、電子書籍では450円で売りますというのは筋が通らないではないか。そういう安易な方法ではなく、紙の本と電子書籍を複合的に考えたパッケージをコンテンツにできないだろうか。紙の本が売れると、電子書籍が売れる。電子書籍が売れると、紙の本が売れる。そんな相乗効果をもたらし合う関係として、紙と電子を考えたい。

そこで考えているのは、先述した岡本さんの博士論文の電子書籍化だ。『n次創作観光』は岡本さんの博士論文を加筆修正して出版したものだが、多くの人に手にとってもらうため低価格の実現を優先した。そのため、大幅に内容を削らざるを得なかった。引用元をわかりやすく表示し、さらに深く知りたい場合も検索しやすいように編集したが、肝心の博士論文のオリジナルを読む手段が非常に限られている。つまりそれは、博士論文という年々生まれる膨大なコンテンツが、埋もれたままになるということだ。

この未利用資源を、どうにか有効活用できないだろうか。電子と紙の組み合わせは、これを解く鍵になるかもしれない。研究者は「より多くの人に成果成果を広めたい」と思っている。読者の中には知的好奇心が強く「最先端の知を知りたい」と思う方も多いだろう。その最先端の知の多くは、学術研究にあり主に論文としてまとめられている。編集という手段を使って、研究者と読者の間の不一致を解消し、最適な環境をつくっていきたい。

ぼうけんを編集する

さて、ここまで「編集をぼうけんする」というタイトルで書き進めてきたが、反対に最近は「ぼうけんを編集する」ということに取り組みたいと思っている。もっとカジュアルに冒険的な生活を送りながら、かつ日常生活の課題解決として「ぼうけん」を使うことはできないか。簡単に言うと「日常をぼうけんする」ということである。

新しい取り組みを始めようとしている、旭川市米飯地域の風景。 有名な旭山動物園のすぐ裏にあるのだが、「行き止まり」集落になっており過疎化が進んでいる。

冒険なんて普通に暮らしている僕たちには縁のないことのように思えるが、見方を変えると日常のすぐ隣で大きく口を開けて、僕たちが訪れるのを冒険は待っている。たとえば毎日生活している街で、一か月くらい野宿してみるなんてどうだろう。お金も時間もかからないにも関わらず、案外けっこうな冒険になるのではないだろうか。ごく簡単な冒険からはじめて、徐々に難易度の高い冒険に挑戦し、日常を冒険に変えていくのは、これからの時代のライフスタイルとしておもしろいように感じる。

また普通の都市生活者にとっては、農業だって、山菜採りだって非日常、つまり小さな「ぼうけん」のように感じられるはず。日々都市に暮らし、何か違和感を感じている人に「ぼうけんのある暮らし」を提案していきたい。そのアウトプットが本なのか、イベントなのか、 場づくりなどの継続的なプロジェクトなのかはわからない。その時々に最適なものを判断し、冒険を編集していきたい。

これら同時に、「田舎を編集する」ということにも取り組もうと思う。今年の夏から武藤が、北海道南部の浦河という小さな町に移住することになった。彼も慣れない生活を経験することで、試行錯誤しながら、田舎での生活を「ぼうけん」することになるだろう。僕もまた、旭川市の米飯(ペーパン)という地域で事業をはじめる。彼とは、時期を同じくして田舎と関わることになった。いずれ、田舎を「著者」とする編集部を一緒にやることになるだろう。

今まで僕は「編集」を通して、「価値観の多様化を契機とした寛容な環境づくり」と「不一致の解消による環境の最適化」を目指してきた。毎回まったく違うことをやっているように感じられるかもしれないが、その2つの目的は今も変わらない。この世界というフィールドで、「編集」という武器を手に、これからも冒険を続けていきたい。

■関連記事
くすみ書房閉店の危機とこれからの「町の本屋」
まちとしょテラソで未来の図書館を考えてみた
僕がDIYで本をつくる理由

執筆者紹介

堀 直人
NPO法人北海道冒険芸術出版
最近投稿された記事