読書する場は進化しているか~お風呂編

2013年7月12日
posted by 古田 靖

日本でも多くの本が電子化され始めた昨今。けれど、読者はまだ電子化されるには至っていない。だから手にするブツがスマホ、専用端末でも、読まれる空間は 「リビング」「自分の部屋」「喫茶店」「電車・バス・飛行機」「トイレ」だ。紙の本と変わらない。おそらく半世紀前、1世紀前も同じだったのだろう。

改めて考えると、この変わらなさはちょっとすごい。そこが理想の読書スペースならまだ分かる。でも、実際はそうではない。心地よく本を読める場所を持たず、猫が陽だまりを探してウロウロするように、読みかけの本やデバイスを抱え、誰にも邪魔をされない落ち着ける場所を探している人は多いはずだ。

それなのに、変わらない。20世紀を通じて、読書の読書による読書のための空間は、ついに生まれなかった。もしかすると、22世紀になっても、人類は超音速旅客機の座席やハイテク便座で読書をすることになるのではないだろうか。なんて壮大な心配をしてしまう。大げさだけど。

意外な「理想の読書空間」

「いわゆる”書斎”もどっちかというと本棚メインでしょう。そうではなくて読むことに特化した空間とかツールは出来ないものかと思うんです」

ビールジョッキ片手にそんなことを口にしたのは、隣にいた初対面の男性が住宅設備メーカーに勤めていると聞いたからだ。かなりどうでもいいそんな酒席での軽口に、意外にも彼は身を乗り出した。

「おもしろい空間があるんですよ。読書に最適な場所かもしれませんよ」

「なんですか?」

カバンのから取り出したパンフレットにあった1枚の写真を見て、一瞬うなった。

©LIXIL

「書斎に風呂ですか。リッチな感じですね」

「ありがとうございます」

「すごいですね。でも面白いとは思うけど、実際にこんなことしちゃったら、本が湿ってしまうんじゃないですか。それは抵抗あるなあ」

「これは湯気がほとんど出ない泡のバスタブなんです」

パンフレットには、LIXILのFoam Spaと書いてある。クリーム状の泡がバスタブ全体をおおうので、湯気はほとんど立たないらしい。

「長風呂が苦手なので、入浴しながら本読むのはちょっと」

「上半身はあたたかな泡でつつまれ、水圧がかかりにくい。カラダへの負担が少なく、そういう方でも長く浸かっていられるのも特徴なんです。また、泡が浴槽のフタになるので、とても高い保温効果もあるのです」

しっかり泡をつくったビールがぬるくならないのと同じ理屈だ。

「なるほど」

「このFoam Spaはバスタブをバスルームから開放しようと発想したものなんです。ですから書斎やリビングなどのドライ空間に置くことを目指しています。この写真はそのコンセプトと、未来の暮らしを想像したイメージなんですよ」

「とすると、これは読書の未来、想像図ということになるわけですね」

「そうなんです。体験してみませんか」

バスルームで読書をするという声はたまに聞く。たしかに、まとまった時間、誰にも邪魔されず、静かにリラックスした姿勢で本を読み続けるという意味では入浴は理想的な時間だ。なかには電子書籍端末やタブレットをジップロック防水してバスルームに持ち込むという豪の者もいるらしい。amazonの商品レビューにもその手の書き込みがけっこうあるから、需要は想像以上にあるのかもしれない。長時間の入浴が得意な向きにはいいのだろう。自分は濡れる、のぼせるというのが気になってこれまでやってこなかったが、この弱点が解消されるのなら、楽しめる可能性がありそうだ。

ハイエンドの風呂読書を体験してみた

未来の読書空間候補として、体験取材をさせてもらうことにした。せっかくなので、これまでのバスルームのメリット・デメリットに一家言ある読書家にも率直な意見をもらいたい。本誌編集人・仲俣暁生さんに相談したところ「長風呂は苦手で読書はしたことがない」とのこと。

そこで、下北沢の本屋B&Bのスタッフである木村綾子さんに協力をお願いすることにした。日常的にバスルームで本を読んでいる木村さんは、『今さら入門太宰治』『太宰治と歩く文学散歩』などの著書を持つ作家で、プロのモデルさんでもある。おそれながら、入浴中の読書風景の撮影にも協力していただけることになった。

体験取材はある暑い某日におこなわれた。Foam Spaはショールーム代わりのマンションに設置されていた。先の写真とはデザインが違うが、メカニズムは同じだ。木村さんは長時間の読書に備え、バスタブの底(おしりの下)にいわゆるプチプチ(気泡緩衝材)を敷いているという。そうすることで体勢が崩れず、姿勢を保ちやすいのだそうだ。このバスタブには、クッション性の高い素材をつかわれているとのこと。期待できそうだ。

撮影は木村さんの友人である、作家・演出家の千木良悠子さんに協力してもらい、それぞれ30分ずつ実際に入浴しながら本を読んでもらい、感想を聞いた。

風呂読書の実験に利用したLIXIL社のFoam Spa体験スペース。

実際に長時間、浴槽内で読書をしていただいた。

クリーミーな泡のおかげでペーパーバックであればすぐには沈まない。

読書空間としてFoam Spaを採点する

結果をまとめると、以下のとおりになった。

<ポイント1 湯気>
本は濡れないか → ほとんど濡れない

<ポイント2 水没>
本を落としたらどうなる → クリーム状の泡が受け止めるのですぐには水没しない。が、やはり湿ってしまう(kindle他の電子デバイスはすぐに沈みそうだったので、試せなかった。やはり防水対策は必至)

<ポイント3 本を置く台>
読みやすいか → バスタブの上に置くテーブルが便利。これは今のバスタブでも読書用に普及しそう

<ポイント4 居心地>
長時間の読書は可能か → 可能。湯の温度が下がらないので長居しやすい。床面にクッションが効いていることもあって、長く入っていても身体が痛くならない。

<ポイント5 姿勢>
くつろげるか → 可能性あり。今回のバスタブは大きめだったので、足、腕の置き場がなかった。利用者に合わせたサイズ、形状にできれば解決できそう。

最後に、念のため「長風呂苦手派」代表として、仲俣さんにも入浴してもらった。普段は湯船に5分と浸かっていないという話だったが、30分の読書ができた。思いの外リラックスできたようだ。「これだったら長風呂も大丈夫」とのコメントを得たが、ただ「わざわざ風呂に入ってまで本を読むかと言われたら、自分はそうはしない気がする。やはり本は服を着て読みたい」とのこと。これぞ”理想の読書空間”とまでは確信できなかったようだ。同じくカラスの行水タイプのぼくもほぼ同意見。ただしこのバスタブがリビングにあるのならもしかして、という気にはさせられた。

というわけで、今回の取材で、バスタブの進化は実感できた。それは従来の風呂読書が抱えていたデメリットの多くを解決しつつあるようだ。もともと風呂好きだった人は、この進化で、居心地よく、リラックスできる自分だけの読書空間が想像できるのかもしれない。

しかしこれが未来の読書スタイルだと確信するには至らなかったのも事実だ。読書するわたしたちは、もう少し旅を続けなければならないようだ。

取材協力:LIXIL
Foam Spaの公式ウェブページ

執筆者紹介

古田 靖
(ライター)