Digital Book 2010にボイジャーが参加

2010年5月30日
posted by 大原ケイ

毎年初夏に行われるブック・エキスポ・アメリカ(BEA)といえばアメリカで最大規模のブックフェア。基本的にアメリカの版元が国内のお得意様を相手にしたイベントなので、フランクフルトやロンドンのブックフェアと比べると、国際色豊かというわけではないが、その分、顧客サービスが充実、タレント本を出したセレブから文壇の重鎮まで、大勢の著者が来場して場内を賑わせ、ただで貰えるトートバッグやしおりなどのプロモーショングッズが多いことでも、参加者には楽しいイベントとなっている。

その「アカウント」と呼ばれるお得意様とは、本を発注する立場にある全国の書店員や図書館の司書、つまり普段は本に囲まれて室内で黙々と働いている人たち。彼らは少ないお給料の中から毎年少しずつ貯金して年に1回ニューヨークに出かけ、ミュージカルを見たり観光したりとちょっぴり都会で物見遊山も楽しみながら、開催中にセミナーで同業者と知り合ったり、出版社のブースを回って見本刷のゲラを集めたり、好きな著者のサイン会に並んだり、と本の虫ならではのお楽しみが満載だ。

そのうちのセミナーの一つとして25日に行われた「Digital Book 2010」。IDPF(国際電子出版フォーラム)は、コンテンツクリエイター、電子書籍端末のメーカー、そしてユーザーのためのEブックのスタンダードを作ろうという非営利団体で、EPUBを業界標準規格のフォーマットとして推進している。

IDPF Digital Book 2010の会場となった、ニューヨーク市ジェイコブ・ジャビッツ・コンベンションセンター

Digital Book 2010の会場となったNYのジェイコブ・ジャビッツ・コンベンションセンター

電子書籍関連のセミナーはBEAでもう10年も前からやっているが、さすがにiPadという強力なEPUBのデバイス登場で注目が集まり、今回のセミナーは早々にソールドアウト、当日は朝から椅子が足りなくなるほどの大盛況で、興味関心のほどが伺える。

冒頭の挨拶でジョージ・カーシャー会長は「世界規模で新しい読者を獲得するためにも不可欠なのがアジアの市場。そのためには今こそEPUBのスタンダードを書き換える時期に来ている」と訴えた。

ガラパゴスだが巨大な日本の電子書籍市場

満員御礼の約700人が詰めかけた会場で、最初のパネルで今回日本代表として招待されたのがボイジャー・ジャパン。EPUBは元々アルファベットを基本とする言語を念頭に作られたので日本語に対応しない、という意見もあるが、世界の潮流はEPUBの側にあるといっていいだろう。

このパネルではまず、LibreDigital社のタイラー・ルース氏が躍進中のジャンルとしてロマンスの大御所、ハーレクインのオンラインインプリント、「ミルズ&ブーン」の紹介をした。ここの発想は「読者が読者を連れてくる」で、ロマンスファンのためのコミュニティーを提供し、同じウェブサイトでソフトのダウンロードから購入、紙の本もオーダー出来る仕組み。タダで読めるプレヴューが購入につながる確率は平均16%だという。

そしてボイジャー・ジャパンの塩浜大平氏の番が回ってきた。92年以来、多様なガジェット、プラットフォームに対応してEブックを作ってきたボイジャーの略歴を紹介。「サクセスストーリーとはいえ、決して平坦な道ではありませんでした」というと、事情を察した参加者から笑い声が。ケータイマンガがあるため、日本は実は500億円という世界最大のEブック市場であることを示すグラフに会場のあちこちで感嘆の溜息が漏れた。

講演中のボイジャーの経営戦略/国際事業担当、塩浜大平氏

講演中のボイジャーの経営戦略/国際事業担当、塩浜大平氏

アニメと同様、世界に発信できるコンテンツとして注目されるマンガだが、問題は日本語のdirectionality、つまり右綴じ縦書きを基本としてストーリーが流れていくので、例えば見開きで見せる大きなコマが逆に分断されてしまう点だ。パワーポイントのイグアナのイラストで日本がガラパゴス化しつつあることを訴えながらも、iPhoneが400万台も売れ、いよいよiPadの発売も控え「どんなデバイスも本になる」をモットーに、EPUBに取り組む決意を新たに訴えた。

ボイジャーはコミック・ビューアのBookSurfingをセルシスと共同開発し、90%を超えるシェアを誇る。これからも日本と世界でEブックのさらなる発展を見据えて、T-TimeのドットブックフォーマットからEPUBへの変換や、EPUBの組版リーダーにも着手しているので、EPUBの浸透によって日本の本が世界市場に進出する窓口を開いたと言えるだろう。

電子書籍はすでに定着の時代へ

パネルの最後は、グローバルなコンテンツ供給に取り組むKobo社のマイケル・タンブリン氏。世界200カ国でEブックの販売実績を持ち、現在10%を占める英語圏以外での売り上げが今後伸びていくだろうと予測する。日本でiPadのiBookstoreの品揃えを見ると、最初は版権切れの古典を集めたグーテンベルク・プロジェクトの本だけだが、KoboのiPadアプリでは既に多様なタイトルが並んでいる。

グローバル化の中で問題になるのが版権のテリトリー。英語の本ひとつとってもグローバル権、世界英語圏権、北米権などと分けて取引されてきた海外版権も、Eブックの登場によってコンセプトを根本から見直すことを迫られている。

ビジネスモデルにしても同様で、今回のセミナーでもエージェンシー・モデル登場による課税の問題が業界を悩ませている。ガラパゴスとして隔離されている一方で、本が定価で販売され、全国で税率が一律の日本が抱えなくていい問題もあるというわけだ。

終日行われたセミナーでは、EPUBのテクニカルな側面を追求するグループと、マーケティングやこれからの著者と編集者の関係などを探った上で、EPUBとそれを取り巻くガジェットやプラットフォームの紹介と予測、さらにはEブックだけでなく、雑誌や新聞がどうデジタル化できうるのか、海賊版への対処とDRM問題など幅広いセッションが続いた。

翌日からの本会場の展示では、IDPFのブースが閑散としているという声もあったが、これはEブックのブームが過ぎたのではなく、どの出版社でも紙の本と同様に取り組みがなされ、電子書籍が既に受け入れられたことの現れだろう。そこには「衝撃」はなく、確固たるビジョンと未来への期待が感じられた。

■関連ページ
ボイジャー、「IDPF Digital Book 2010」にパネリストとして登壇(プレスリリース、PDF)
IDPF(International Digital Publishing Forum)

執筆者紹介

大原ケイ
文芸エージェント。講談社アメリカやランダムハウス講談社を経て独立し、ニューヨークでLingual Literary Agencyとして日本の著者・著作を海外に広めるべく活動。アメリカ出版界の裏事情や電子書籍の動向を個人ブログ「本とマンハッタン Books and the City」などで継続的にレポートしている。著書 『ルポ 電子書籍大国アメリカ』(アスキー新書)、共著『世界の夢の本屋さん』(エクスナレッジ)、『コルクを抜く』(ボイジャー、電子書籍のみ)、『日本の作家よ、世界に羽ばたけ!』(ボイジャー、小冊子と電子書籍)、共訳書にクレイグ・モド『ぼくらの時代の本』(ボイジャー)がある。