iPadとキンドルを読書端末として比べてみたら

2010年4月7日
posted by 大原ケイ

本来くらべようがないものを英語でapples and orangesと表現するが、今回は実際にiPadとキンドルを使って本を読んでみて、文字通りAppleのiPadに対していかにキンドルがオレンジなのかを思い知らされた結果となった。

ハードやソフトの比較は既にITオタクな人たちがたくさん書いているので、以下は純粋にiPadを電子本端末として見た場合、キンドルとどう違うのかを検証してみる。

まずはiPadを入手。Macファンが店の前に列をなして並ぶ様子がニュースが流れていたようだが、今回は予約注文を受け付けていたので、並ぶ必要は全くなかった。箱から取り出すと、そのままスイッチを入れてすぐに使えるところはマックの他のガジェットと同じ。

iPadはキンドル2よりひと回り大きい。

iPadはキンドル2よりひと回り大きい。

ただし、第一印象はずっしり、重い! キンドルの300グラムに対して倍以上の700グラム近くあるので、それもそのはず。これでは気軽に片手で持って本を読むのはムリ。数分で挫折しそう。抱えるように持たないと落としそうでこわい。キンドルは文庫本感覚で片手で持てる(ただしDXはムリそうだが)。次ページボタンが左右両方に付いているのはそのため。

iBookはアプリのひとつにすぎない

発売前はスティーブ・ジョブス本人があれだけ「本が読める」ことをウリにしていたのに、開いてみれば、iBooksはそこにはなく、アプリの一つとしてダウンロードしないと使えない。ではさっそくに。

iBooks、見た目はiTunesにそっくり。真ん中に本棚があって左右にジュークボックスよろしく本の表紙が並んでいる。要するに本なんて、映画や音楽と同じ扱いの娯楽のひとつに過ぎないというスタンス。ダウンロードすると、本棚に鎮座しているサンプルが1冊、それがなぜか『くまのプーさん』。カラーのイラストとテキストが入っている本で、iBooksを堪能してもらおうというのが狙いだろう。

ディスプレイはバックライトなので、地味なグレーのキンドルと違って、見た目も、ページをめくる時の音やグラフィックも紙の本に近く、キンドルの反転が苦手な人はこっちが好きだろう。タッチパネルのいいところは、ポンポンっと指先でテキストを触れば、すぐに辞書、ブックマーク、検索機能が現れるところ。キンドルだと右下の四角いぽちボタンを操作してカーソルを指定場所に動かさないといけないからね。

フォントの大きさは2種類あるのだが、見た目あまり変わらない印象。それよりフォントがなぜ5種類もあるのかがわからない。素人目にはBaskervilleもPalatinoもそんなに変わらないのだから、むしろこっちが2種類ぐらいでもいい。一方、キンドルはフォントの大きさを6段階で変えられるので、老眼の人にも、作業をしながら読む人にも重宝する。

ただし、フォントの大きさが2種類しかない分だけ、iBooksだと、ページ表示がわかりやすい。「この章は残り何ページです」という表示までいちいち必要だとは言わないが、ページ数が表示してあることで、前後にとんで読むこともできる。これがキンドルだと全体の何%まで読みました、という表示と、「ロケーション」という数字で表示されるのでわかりづらい。

次に、どういった本がどのぐらいのお値段で手に入るのか、iBooksストアに戻ってあれこれチェックしてみた。一時期エージェンシーモデルですったもんだがあったものの、蓋を開けてみればiBooksでも「売れ筋の本が9.99ドル」というアマゾンと同じキャンペーンをしているし、版権切れの古典はタダでダウンロードできる。品揃えはアマゾンが45万タイトル、iBooksが6万タイトルだから、その差は歴然。iBooksは業界最大手、ランダムハウスの本が1冊もないのが痛いところ。

このiBooksストアも見た目がiTunesとそっくり。カテゴリー別になっていて、星の数でレーティングが付いていて、レビューとあらすじが読める。ダウンロードのスピードはつながっているWiFiによるのだろうが、概して速く、アマゾンのWhisperNetといい勝負。ただ、本の表紙がカラー表示されるとかなり印象が違う。本屋で平積みの本を見ているのと変わらないのだから。この点はアマゾンがバーンズ&ノーブルの端末Nookにも劣る点だろう。

戸外で本を読むには不向き

そしていくつか本をダウンロードしたところで実際に持ち歩いて読んでみた。まずはiPad。発売翌日に人目に付くところで取り出すのはかなり気恥ずかしかったのだが、これは問題なかった。バックライトなので、戸外ではほとんど読めないからだ。陰を探してあっちこっち傾けて、自分の体で日光を遮断すると、今度はスクリーンに自分の顔が大写しになって、これも気になるといえば気になる。

キンドル2が売り出されたときのプロモーションビデオに、ユーザーがリゾートビーチで読んでいる姿が出てきたが、iPadを使ってみて、キンドルがあんな強い日差しの中でも読めるということが、実はすごいことなのだということにようやく気づいた次第。

しかもWiFiがつながっていると、メールやらツイッターやら、すぐに他のことが気になって、マルチタスキングが効かないiPadだと、ユーザーはすぐにiBooksから出て行ってしまうことが予想される。腰を落ち着けて読書するには向いていないわけだ。バックライトはパソコンと同じで、長時間見ていると目に負担がかかるし、せっかくあれこれアプリ次第で他にも楽しいことができるiPadでずっと読書をしているのは、何かを無駄にしているような気にさえなってくる。

ということで、結論は明らかに、iPadとキンドルは別物だということだ。元々キンドルを買おうという人は読書好きなのだし、ハードが多少ダサかろうとも、画面が地味だろうと、それがiPadに劣るということではない。一方、iPadでEブックが売れるとしたら、それは新しい読者を獲得したことを意味するのだろう。iPadは本「も」読めるけれど、決してそのためのデバイスではない。

従って、巷でよく言われている「iPad対キンドル」という構図はまったく的はずれなものだということがわかった。今後は多少、Eブックというコンテンツプロバイダーとして小競り合い的なシェア争いが続くだろうが、双方とも真っ向から対立も競争もしているつもりはないだろう。

ちなみに、キンドルを先に買った私としては、iPadにキンドルappをダウンロードしたが最後、もうiBooksは使わないと確信した。

■関連記事
新型キンドルのファースト・インプレッション
iPad狂想曲、アイパッドは出版界の救世主ではない—iPad won’t save the publishing industry(Books & City)
マクミラン対アマゾン、バトルの顛末
いまこそ本当の読書用iPodを

執筆者紹介

大原ケイ
文芸エージェント。講談社アメリカやランダムハウス講談社を経て独立し、ニューヨークでLingual Literary Agencyとして日本の著者・著作を海外に広めるべく活動。アメリカ出版界の裏事情や電子書籍の動向を個人ブログ「本とマンハッタン Books and the City」などで継続的にレポートしている。著書 『ルポ 電子書籍大国アメリカ』(アスキー新書)、共著『世界の夢の本屋さん』(エクスナレッジ)、『コルクを抜く』(ボイジャー、電子書籍のみ)、『日本の作家よ、世界に羽ばたけ!』(ボイジャー、小冊子と電子書籍)、共訳書にクレイグ・モド『ぼくらの時代の本』(ボイジャー)がある。