巨大電子書籍サイトがやってくる前に

2010年1月6日
posted by 旅烏

皆様初めまして。万来堂日記2ndというブログをやっております旅烏と申します。

少しだけ新刊書店にいたこともあるのですが(少しだけです。ほんの少しだけ)、現在はいわゆる新古書店に勤務しております。そのくせ、自分の勤務先ではあまり金を使わず、毎月新刊を2~3万円位購入し、「なぜ貯金ができないんだろう?」と頭をひねる不良店員でありますが。

ブログでは気の向くままにあることないこと書いているのですが、出版業界について書いたことも度々ありまして。それを読んでいただいた『マガジン航』さんから、何か書いてみませんかと声をかけていただいた次第です。

昨年2009年は、海の向こうで電子書籍をめぐる動きが活発化していることが、日本でも多く報じられた年でした。例えばグーグル「ブック検索」の集団訴訟和解についての問題。この和解は無料の検索に関するものであったかと思いますが、有料サービスもきちんと視野に入れているようです。

そしてアマゾンのキンドル、バーンズ・アンド・ノーブルのnook、ソニーのSony Reader等々、さまざまな電子書籍用デバイスが覇を争おうという様相(比較記事はこちらなどいかがでしょうか)。また、iPodやiPhoneでブイブイ言わせているアップルの動きも囁かれているところです。

日本もこの競争の場となるのは避けられないところでしょう。日本だけ蚊帳の外に置いておいてもらえると考えるのも、不自然な話です。

電子書籍への「スイッチング・コスト」について考える

さて、話は変わるのですが、最近アマゾンで本を買う機会が増えました。いや、仕事の関係で引っ越した先に好みの本屋がないからという単純な理由なんですが。

以前は「リアル書店で思いもしなかった本と出合うというのは何物にも代えがたい、ネットでは体験不可能な魅力だ」と思っていたこともありまして。実際、つい最近も本屋の棚から何気なく手に取った本が非常に面白くて大満足したりといったこともあったんですが、いざネット書店を使った方がずっと便利という環境に置かれてみますと、ネットでも各ユーザーへのオススメやらなんやらで似たような体験をすることは可能なものですね。

私はネットで本を買うときはアマゾンを主に使っているのですが、アマゾンを使っていることになにか信念があるわけではありません。使い慣れているし、サービス内容にもおおむね満足していますし、今さら他のサービスに乗り換えるのもめんどくさいし。

携帯電話はSoftBankを使っています。ずっと以前はDocomoを使っていたんですが、その当時付き合っていた女性がJ-PHONEの携帯を持っていまして。通話料節約のために私もJ-PHONEに切り替え、別れた後もそのままダラダラと現在に至ります。iPhoneは面白そうなんだけど、今のところまだ買うつもりはありません。通勤時とかにいじれればまた違うんだろうけど、職場の近くに住んでるしなぁ、今。

音楽を聴くのはもっぱらiPodを……ああ、自分語りはもうお腹いっぱいですか、ごめんなさい。つまりですね、スイッチング・コストの話をしたかったのです。

スイッチング・コストって何かというと、いや、そういった方面にはとんと疎いものできちんとした説明なんてできやしないのですが、あるものから別のあるものへ乗り換える際のコスト、のことだそうです。細かいことはあれですよ、ググれググれ。

どちらが便利か、どちらが安いか、どちらが簡単か等々、合理的に諸条件を勘案してズバリと判断できれば世の中きっとうまくいくのですが、実際には私のようにめんどくささが先に立ち、ずるずると同じサービスを使い続けるユーザーも多いわけで。ここらへん、心理学でいうところの親近性効果とも関係あるのかもしれませんね。なじみ深いものにはなじみ深いというだけで好意的になってしまうという。

そう遠くない将来、アメリカやヨーロッパでの電子書籍競争の勝者が日本に乗り込んできたとき、日本の既存業者が直面しなければならないのがこのスイッチング・コストの問題、ということになるかと思います。

圧倒的な海外勢の在庫数

「電子書籍」で検索してみますと、日本における有力なサービスが上位に出てきます。電子書店パピレスの掲載冊数は13万強。eBookJapanのサイトには電子書籍販売数3万5千弱と書いてあります。みんな大好き青空文庫が9千弱。

ここで、最初の方でリンクした各電子書籍デバイスの比較記事に戻ってみますと、アマゾンのキンドルが35万冊。バーンズアンドノーブルのnookが75万冊。Sony Readerが10万冊+グーグル経由でパブリックドメイン(詳しくは新年一発目の『マガジン航』の記事をどうぞ!)が100万冊だそうで。誤字じゃないですよ?

ちなみに日本最大との呼び声もあるジュンク堂池袋本店は150万冊在庫だそうですが。

素直に考えると、黒船たる電子書籍サービスはアメリカやヨーロッパで成功した方法論で日本でも成功しようとするんじゃないかなと思うわけで。カタログ数もそれなりの数を用意するでしょう。

おまけに、すでに海外で、さまざまなコンテンツ(本、ゲーム、音楽、映画、etc)をさまざまなメディアで楽しむ潜在的なユーザー層から、自分たちのお客さんを勝ち取った実績のあるインターフェイスやシステムを引っ提げてくるわけです。日本の製本技術は諸外国に比べて高いから、日本の読者がすんなりと電子書籍へ移行するかどうかはまだまだ未知数だという声もありましょうが、その技術の高い本が売れていない時代なんですから、そんなものは大した慰めにはなりはしません。

せめてソニーが勝つようにと祈りを込めて、ソニーの単勝に全部突っ込むしかないのでしょうか。しかしこれは競馬の世界とは違います。有馬記念での負けを、東京大賞典で取り返すというわけにはいかないのです。

確かに海外からの刺客は強力ですが、レースはまだ始まっていないのです。なにかできることはないのでしょうか。大きな方向性としては、ひとつしかないと思います。海外から誰かが乗り込んでくる前に、すでに十分なくらいに、電子書籍で本を楽しむというライフスタイルを定着させてしまうことです。

日本でもまずは「大型書店」を作れ

人間が合理的な判断のみで動いているならば、海外からのサービスに既存のサービスはたやすくお客さんを奪われてしまうかもしれません。しかし、人間はそこまで割り切ることのできる動物でもありません。ありていに言うと乗り換えるのはめんどくさいのです。

私みたいに「めんどくさいなー」と言っている怠惰な集団がうだうだしている間に、よりサービスを洗練して競合するサービスに引けを取らないものに仕立てていくのは可能でしょう。

ところが、日本で「電子書籍を楽しむ」というスタイルの定着が十分ではないところに黒船が上陸したときには、多くの人が黒船上陸の時点で初めてそのライフスタイルに触れることになります。こうなってしまうと、そもそも既存のサービスから他のサービスへと切り替えるという意味でのスイッチング・コストは存在しません。おまけに、今までの「電子書籍を利用しない」ライフスタイルから「電子書籍を楽しむ」ライフスタイルへの切り替えという意味では、すでに海外で実績を残しているわけで、もう勝ち目はありません。

海外においてすでに、電子書籍は「ビル丸ごとの大型書店が手元に!」という状況を実現しかけています。翻って日本では、なんとか中規模の書店に手が届いたかどうか、といったところかと思います。リアル店舗のアナロジーで言うならば、接客がまだかなわなくても、棚の作りがまだかなわなくても、まずは大型書店を作らないと。リアル店舗ならば大規模店に対抗して足下の商圏をしっかり確保するのもありかもしれませんが、ネットの世界では商圏が日本全体となってしまうのですから。

電子書籍をめぐる問題・課題については、実にさまざまなものがあるだろうというのは想像に難くありません。しかしながら、海外にお金を持っていかれるのが悔しいなあと――それこそネット書店としてのアマゾンのときのように――思うならば、電子書籍をめぐる動きの中心には「いかにしてカタログ数を増やすか」という目標がまず置かれるべきだと考える次第です。

おりしもゼロ年代最後のクリスマス、アマゾンにおいて25日の電子書籍の売り上げがリアル書籍の売り上げを上回ったとの報道がなされました。

海外では新しいライフスタイルが定着しかけています。おそらく、あまり時間は残っていません。今年のうちに上陸するかも? ……しても不思議じゃないですよね、実際。

■関連記事
グーグル訴訟で新和解案 英米文化圏の作品に限定(asahi.com)
米グーグルの電子書籍、10年に日本で有料サービス(IT-PLUS)
nookとその仲間たち―最新eブックリーダー、スペック比較表(Tech Crunch)
Amazon、Kindle向け電子書籍販売がリアル書籍を超えたと発表(ITmedia)

執筆者紹介

旅烏
(万来堂書店2nd 管理人)