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近代文学の息の根が止まったあとに

第2信(藤谷治から仲俣暁生へ)

仲俣暁生様

僕が「フィクショネス」を始めたのは1998年7月のことでした。仲俣さんは最初期のお客さんでしたから、なんてことでしょう、知り合ってもう20年にもなるわけです。1998年は平成10年です。この単純な事実だけでも僕には、時間について、それもいわば「日本の時間」について、何かとりとめもない思いが四方に飛び広がっていくようです。

しかし僕が仲俣さんを文芸批評家、そして編集者として意識するようになったのは、それから数年後のことです。調べればその正確な日付も判るでしょう。それは、古川日出男さんの三島賞受賞パーティの二次会でのことでした。僕はその時はじめて、仲俣さんが日本で最初に(ということは、まあ、世界初、ということにもなるわけですが)文芸誌に本格的な古川日出男論を書いた人だ、ということを知ったのです。

古川さんが『LOVE』で三島賞を受賞したのは、2006年のことです。その3年前に僕は小説家としてデビューしました。そのデビュー作に、最初の書評を書いてくれたのが古川さんでした。僕は翌年に出た古川さんの『ボディ・アンド・ソウル』について書評を書き、その後も対談したりしたのが縁で、パーティに呼んでもらえたのでした。

古川日出男の登場とこの受賞によって、近代文学は息の根を止められた……。挨拶を求められて、僕はとっさにそんな話をしたことを憶えています。古川さんが「下手人」であったかどうかはともかく(しかしその一人であることは確かだと僕は考えています)、あの時点で文学は、近代文学的なステレオタイプのイメージから解放され始めていたはずです。

近代文学的なステレオタイプのイメージなどと、くどい言い回しで僕が示すのは、本当なら殆ど滑稽なような「文学」のイメージです。社会不適合者ででもあるかのように自己規定した青白い顔のインテリが、自己表白と赤裸々な性描写で「物語」を忌避して書く私小説。アンニュイな日常をアンニュイなままに描く純文学……。そんな古色蒼然、旧態依然、十年一日のごとき文学は、これからどんどん退潮していき、これからは既成の文学概念(というよりも、文学制度)にとらわれない文学が、小説が、もっと広く、もっと遠く、可能性を追求していくんだと、僕は信じていました。

あれから12年経ちました。文学は、もしかしたら当時の上気した僕が夢見たように、可能性を広げているのかもしれません。

しかし現代文学の動向に疎い僕の目に目立つのは、むしろなんというか、いわば「新手の近代文学」の方です。僕や仲俣さんはもとより、古川さんよりもさらに若い世代の中から、「近代文学」(カギカッコで括っておきます)のエピゴーネンかと見まがう小説の書き手が現れ、世間から好評を持って迎えられています。

そんないわば「復古趣味」――僕らの世代が幼少期に聞きかじった言葉をわざと曲解して、「逆コース」とでもいいたいような――が、文芸出版ビジネスとして成り立っている、いやそれどころか、文芸ビジネスを(かろうじて、かもしれませんが)支える存在になっているのは、仲俣さんのいう紙の出版の失速、その急激さと大きな関係があるように思えてならないのです。

これもまた仲俣さんが書いている通り、僕たちが商業出版の枠内で、仕事として批評や小説を書き始めた時、すでに世間では出版不況が嘆かれていました。僕はもともと、小説書きという商売が儲かるものとは思っていなかったので――貧乏文士、というのもまた「近代文学者」のステレオタイプのひとつです――、生活のために死に物狂いで書き続けることには、覚悟と、ひそかな矜持がありました。

けれどもその出版不況が、読者の消費動向に保守的な影響を与えるとまでは、思ってもいませんでした。多種多様な「新刊小説」の大群に対して、読者という名の消費者たちは、何を選べばいいか判らず、売れているもの、人が買っているものを買っています。そのような文学商品が、読者には「無難」に見えるのでしょう。消費者は文学が多様であることを認めながら、購読に至るのは、テレビタレントが薦め、インフルエンサーがブログに載せ、アマゾンのレビュー数が多い文学なのです。

そのような傾向は、もちろん、商業出版の草創期からあったでしょう。しかしこれほどまで露骨に、供給側の多様化と消費側の保守化が分離し断裂したことは、かつてなかったと思います。

この傾向はいつまで続くのでしょう。どこに行きつき、どのような「決着」を見せるのでしょう。

世間の流れを考えたってどうなるものでもないと、自分勝手な小説を書きながら、僕は仲俣さんがSNSでふと漏らした、ド文学、という言葉を思い出しています。

第1信第3信につづく)

執筆者紹介

藤谷 治
小説家。1998年から下北沢で書店「フィクショネス」を開業(2014年に閉店)。2003年に『アンダンテ・モッツァレラ・チーズ』(小学館文庫)で小説家としてデビュー。『いつか棺桶はやってくる』(小学館文庫)が三島由紀夫賞候補となり、『世界でいちばん美しい』(小学館)で第31回織田作之助賞を受賞。音楽高校を舞台にした青春小説『船に乗れ!』三部作(ポプラ文庫)は2010年の「本屋大賞」で7位となったほか、2013年には交響劇として上演された。このほかエッセイ集に『船上でチェロを弾く』(マガジンハウス)、『こうして書いていく』(大修館書店)がある。
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