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出版業界は沈みゆく泥舟なのか

まるで沈みゆく泥舟のようではないか、と思う。日本の出版業界のことだ。

このコラムは毎月、基本的に月初に公開することにしている。毎月更新される小田光雄氏の「出版状況クロニクル」や、ジュンク堂書店の福嶋聡氏の「本屋とコンピュータ」といったコラムを意識しつつ書いているのだが、これまではできるだけポジティブな話題を見つけるようにしてきた。でも今月はどうしても筆が進まず、公開が週をまたいでしまった。いまだに何を書いてよいやら、という諦めのような境地にさえなっている。

「文字もの」電子書籍は未だに紙の4%

そうした思いを抱いた理由の一つは、先月に相次いで公開された出版市場統計である。

まず、インプレス総合研究所から2017年の日本の電子書籍と電子雑誌の市場規模が発表された。同研究所の調査によると、昨年の電子書籍市場規模は前年比13.4%増の2241億円、電子雑誌市場規模は前年比4.3%増の315億円。全体として成長傾向は止まっていない。ただしこの「電子書籍」の内訳をみると、コミックが前年度から228億円増加の1845億円(構成比で82.3%)とあいかわらず市場の大半を占めている。

コミック(つまりマンガ)以外の「文字もの等(文芸・実用書・写真集等)」は同37億円増加の396億円(構成比で17.7%)だが、このうち「写真集」がかなりの割合を占めると思われるので、純然たる「文字もの」(ただし、この言い方に私は大いに違和感がある)が占める割合はさらに少なくなる。

すでに発表されている出版科学研究所の調査でも、昨年の日本の電子書籍市場の内訳は電子コミックが前年から17.2%増の1711億円、電子書籍(文字もの)が同12.4%増の290億円、電子雑誌が同12.0%増の214億円であり、「文字もの」電子書籍の市場規模はマンガの約6分の1、「紙」の書籍の7152億円に対しては未だに4パーセント程度でしかない。

2018年に入っても、この傾向には大きな変化がない。出版科学研究所が先月に発表した今年上半期の出版市場統計によると、電子コミックが前年から11.2%増の864億円、電子書籍(文字もの)が同9.3%増の153億円、電子雑誌は同3.6%減の108億円だった。「文字もの」も高い伸び率を示しているとはいえ、3810億円という紙の書籍市場に対する比率はやはり4%にすぎない。

アマゾンのKindleが日本でサービスを開始したのは2012年のことだ。インプレス総合研究所の予測では、2022年に「電子書籍」の市場は3150億円に達するとされているが、「文字もの」がそのうち15%を占めるとしても500億円に満たない。鳴り物入りの登場から10年経っても、電子書籍は「文字もの」全体の一割に満たない状態に甘んじることが予想される。これがマンガや写真集をのぞいた日本の電子書籍の現実なのだ。

文庫本はもう読書の「最初のステップ」ではなくなった

だが、こうした「文字もの」電子書籍の不調は「紙の本」が盤石であることを意味しているわけではない。「雑誌」(ただしコミックス、すなわちマンガ単行本が含まれることに注意)ほど急激ではないものの、書籍市場もまたジリジリと減り続けている。

『出版指標年報2018』によると、取次ルートによる2017年の書籍の推定販売金額は7152億円で、推定販売冊数は5億9157万冊。販売冊数が6億を割るのは1974年以来43年ぶりである。ちなみに1974年の出版点数が2万点に満たない1万9979点だったのに対し、2017年は7万3057点と3.65倍まで増えた。新刊一点あたりの販売部数は4分の1強まで減ったことになる。

さらに文庫市場がここ数年、雑誌並みに急落している。出版科学研究所の調査では、2017年の文庫本の推定販売金額は1015億円で前年比5.1%減、推定販売部数は1億5419万冊で前年比5.4%減だった。

20年前の1997年における2億5159万冊に比べて約1億冊ほど減少するなかで、刊行点数は逆に約5000点から約8000点へと増えている。つまりこの間に、文庫本の平均販売部数は約5万部から約2万部へと急激に減少したことになる。2018年上半期も文庫本は販売金額で、前年に比べ約7%の落ち込みとなっている(書籍市場全体では同3.6%のマイナス)。通年で1000億円を割り込むことは確実だ。

夏の文庫本フェアは果たして、若い世代の読者に届いているのだろうか。

ところで夏休みになると、どの文庫本レーベルも若い世代向けのキャンペーンを行うことが恒例となっている。だが書店の店頭で、はたして若い読者が実際に棚に反応しているのだろうか。こうしたキャンペーンの先駆けである「新潮文庫の100冊」が始まったのは1976年、いまから42年も前のことだ。同じやり方がいつまでも有効とは思えない。

文庫本は長いこと、若い世代にとって読書への最初のステップであり、かつ書籍市場の中核商品だった(販売部数の構成比で書籍全体の3割程度)。しかし『出版指標年報2018』によると、「書籍全体の販売部数はこの10年で1億6,385万冊減少したが、その44.6%が文庫本」だそうで、部数シェアも書籍全体の26.1%まで落ちてしまった。それでも全体の4分の1強を占めている文庫本だが、このペースで落ち続ければ販売部数もいずれ1億冊を割るだろう。

電子書籍はもはや希望にあらず?

そうしたなかで新刊書店だけでなく、ブックオフをはじめとする新古書店でも店舗の減少がどんどん進んでいく。実店舗では本と出会えず、紙から電子へのシフトも期待されたほどにはまったく進んでいない。電子書籍で買える本のバリエーションもまだ十分でない。

つまり、紙も売れなければ電子もダメ、まさに八方塞がりの状況なのだ。

もっとも新刊書が売れなくて困るのは著者と出版社、そして取次や書店だけであり、読者にとってみれば、十分すぎるほどの既刊書が――それこそ新古書店の100円棚から公共図書館、さらには青空文庫まで――すでにある。読みきれないほどの「積ん読」本を抱えている読書家も多いことだろう。だから、別に出版業界がどうなろうとかまわないではないか、と突き放すこともできる。

しかし本がたんなる消費財でも娯楽でもなく、つねに更新されていく知恵や知識、そして創作物を伝える媒体であるならば、そのための流通経路がなくなるのは、やはり困る。雑誌やマンガ、文庫といった大部数を前提とした出版物にあわせて作られてきた日本の出版流通は、いまや完全に曲がり角に来ている。しかしだからといって、しっかりした内容の本を、それを求める(潜在的な)読者に届けるための仕組みが、まったくなくていいはずがない。

いまもそれぞれの現場で(とくに石橋毅史が『本屋な日々』――近頃トランスビューから一部が「青春編」として刊行された――で報告しているような「本屋」たちによって)、本を読者に伝えるための切実な努力がなされていることは知っている。だが、それだけで本当に十分なのか。

私の考えは、こうである。まず第一にウェブを介した紙の本の流通を増やすことだ。日本ではまだ、インターネット経由の新刊書の購入が思ったほど盛んではない(市場全体の1割程度)。これが2割から3割ぐらいに増えていく必要がある。もちろん、どんな本が出ているのかわからなければネットで買うこともできないから、そのための仕組みがいる。たとえば私も運営に参加している「Socrates」は、そうした試みの一つである。

出版業界はいま、確実に少しずつ沈みつつある。それが「泥舟」であるかどうかは、とにもかくにも前に進みながら、自己改革できるかどうかにかかっている。そうしたいくつかの試みのなかで、かつて「電子書籍」もまた、一つの希望だったはずだ。だがその希望は、マンガを主なビジネスとする一部の大手出版社をのぞいて、いまだ儚いままであるように思える。電子書籍が紙の本に対して4%しか売れないという現実は、いったい何が原因なのか。作家たちの無理解か、それとも出版社の怠慢か。

かつて、国費を使って電子書籍を「緊急」かつ大量に制作しようというプロジェクトがあった。あれはなんだったのだろう、と思い返している。その成果はいまどこにあるのか。少なくとも私にとって、あの時点で「電子書籍」は夢でも希望でもなくなってしまった。

でも、そこにはまだ希望がある、と考えている人もいるだろう。私ももちろん、出版の未来(「業界」も含めて)に対して希望を感じたいと思う。今回はかなり悲観的な話に終始してしまったが、建設的反論も含めた寄稿を「マガジン航」はいつでも歓迎する。

執筆者紹介

仲俣暁生
フリー編集者、文筆家。「シティロード」「ワイアード日本版(1994年創刊の第一期)」「季刊・本とコンピュータ」などの編集部を経て、2009年にボイジャーと「本と出版の未来」を取材し報告するウェブ雑誌「マガジン航」を創刊。2015年より編集発行人となる。著書『再起動せよと雑誌はいう』(京阪神エルマガジン社)、共編著『ブックビジネス2.0』(実業之日本社)、『編集進化論』(フィルムアート社)ほか。
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