神保町交差点の角に立地し、ながらく「岩波ブックセンター」の名で親しまれてきた信山社は、同社の代表取締役会長だった柴田信さんの急逝により、2016年11月に休業・破産手続きにはいった。その後、用途が宙ぶらりになっていた「本の町」の一等地の行方には、多くの人が期待や不安とともに、関心を寄せていたことだろう。
この岩波ブックセンターの跡地に、「神保町ブックセンター with Iwanami Books」(以下、神保町ブックセンターと略記)という施設が今年4月に開業することを、その運営主体となるUDS株式会社が1月31日に発表した。広い意味での「本の施設」としてこの場が続くことを知り、私もホッとした気持ちになった。
プレスリリースによると、神保町ブックセンター は書店・コワーキングスペース・喫茶店の複合施設であり、「本を中心に人々が集い、 これからを生きるための新しい知識・新しい仲間に出会える”
神保町ブックセンターの運営には、東京・下北沢の本屋B&Bの共同経営者で、青森県八戸市の市営施設、八戸ブックセンターを手掛けた実績をもつNUMABOOKS代表の内沼晋太郎さんがアドバイザーとして関わることも同時に発表された。
神保町ブックセンターの事業主体となるUDSは、まちづくりにつながる「事業企画」「建築設計」「店舗運営」を事業内容とする企業で、東京のほか滋賀県近江八幡市にも事業所をもっている。株主は小田急電鉄であり、日本全国で商業施設、ホテル、住宅、公共施設、子ども関連施設などの企画・設計、運営に関わってきた。また「京都食べる通信」と「滋賀食べる通信」も発行している。
「ブックセンター」とはなにか
神保町という「本の町」の中で、たんに本を売るだけではない「本の場所」をどのように位置づけ、活かしていくのか。八戸ブックセンターを昨年春に訪問した後、「マガジン航」に寄せた短い訪問記のなかで私はこんなことを書いた。
八戸ブックセンターは、さしあたり書店と図書館の中間的な施設といってよいと思う。さっさと本を選んで買って帰ってもらうのではなく、むしろ館内で本をゆっくり読めるような環境を整えている。読みたいだけここで読み、もしも気に入って本を持ち帰りたくなったなら、買い上げてくれればいい。そんな距離感を演出しているように思えた。
同じこの記事で私は、八戸ブックセンターが「読むこと」と「書くこと」の循環を生み出す場所をめざしているとも書いた。八戸のこの施設を訪れたことで、そのような循環が促される、経営的にも持続可能な「ブックセンター」が日本中のどんな町にもあったらよいとも考えるようになった。もちろん、東京にも――。
「アートセンター」が美術館も劇場もミュージアムショップもレジデンスも包含した施設でありうるように、本にまつわるさまざまな活動ができる場所のことを、「ブックセンター」と呼ぶのはとてもいい。表向きの看板は書店でもいいし、図書館や広義のライブラリーでもいい。ブックカフェでも飲み屋でも、本のあるコワーキング・スペースでも宿泊施設でもいい。それらすべてを包み込む、ゆるやかな概念として「ブックセンター」というものが定着してほしい。
もちろん神保町は「本の町」であるだけでなく、日本有数のビジネス街でもあるし、いまなお学術や文化にとって大事な町でもある。神保町ブックセンターが、どんな立場の人にも開かれた、文字どおりの”本と人との交流拠点”になり、この町を――そして身動きができなくなりつつある日本の出版界を――再起動させるきっかけとなってくれることに、心から期待したい。
執筆者紹介
- フリー編集者、文筆家。「シティロード」「ワイアード日本版(1994年創刊の第一期)」「季刊・本とコンピュータ」などの編集部を経て、2009年にボイジャーと「本と出版の未来」を取材し報告するウェブ雑誌「マガジン航」を創刊。2015年より編集発行人となる。著書『再起動せよと雑誌はいう』(京阪神エルマガジン社)、共編著『ブックビジネス2.0』(実業之日本社)、『編集進化論』(フィルムアート社)ほか。
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