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八戸ブックセンター訪問記

昨年暮れに青森県八戸市にオープンした八戸ブックセンターのことがずっと気にかかっていた。あまり聞いたことのない「市営の書店」だということ、私の住む東京・下北沢で「本屋B&B」を経営している内沼晋太郎さんがそのディレクションを担当していること。そしてなにより、ネット等の記事を読んだだけでは、あまり明瞭なイメージが浮かばないこと。以上が理由である。

これは現地に行ってみるしかないと思っていたところ、私が客員で教えている大正大学の地域構想研究所が発行する「地域人」という雑誌から、ローカルメディアの特集を組むというので声をかけていただいた。本誌で「ローカルメディアというフロンティアへ」を連載中の影山裕樹さんや、内沼晋太郎さんとともに座談会に出ることになり、幸いにも、その流れで八戸ブックセンターを訪れることができた。

まもなく刊行される『地域人』の次号に八戸ブックセンターについて寄稿した記事が掲載されるのだが、そこには書ききれなかった雑感を、ここで報告させていただくことにする。

「ブックセンター」は本屋か、図書館か

青山ブックセンター、八重洲ブックセンター、かつての岩波ブックセンター(信山社)など、書店の名前に「ブックセンター」とつくところは多い。八戸ブックセンターの場合も、「本のまち八戸」構想を掲げてこの施設を実現させた現市長の政策公約に「本のセレクトショップ」とあり、多くのメディアでも「市営の書店」と報じられていたため、下北沢にある「本屋B&B」を大型にしたような空間を漠然とイメージしていた。

実際に訪れてみた八戸ブックセンターは、たしかに通い慣れた「本屋B&B」と雰囲気が少し似ている。でもやはり、どこか違う。「本のセレクトショップ」というよりも、「品揃えのいい公共図書館の分館」といったほうが、その佇まいが伝わるかもしれない。

書棚はいわゆる「文脈棚」だ。「知へのいざない」「人生について」などのテーマに沿って、相互に関連性をもつ本が、単行本も新書も文庫も関係なく並べられている。蔵書(店頭在庫)数は現状で約8000冊。ギャラリーやその他のコーナーを含めても全体で百坪に満たないが、それぞれに工夫がこらされており、コンパクトながら密度の濃い空間になっている(フロアガイドはこちら)。

書棚は間隔を置いてゆったりと配置されていて、そこかしこにドリンクホルダーが据え付けられている。立ち読みの際はここに、カウンターで買った飲み物を置けるのだ。この仕組みは初めてみたが、ナイスアイデアである。腰を掛けられる場所もたくさんある。公共施設でありながらスタイリッシュであり、かつ細やかな気遣いもある。八戸ブックセンターとはそんな場所なのだ。

人口約23万人の八戸市のような中堅都市で、大都市型の「本のセレクトショップ」を民営で成り立たせるのは難しい(東京でだって簡単なことではない)。

しかし公営でやるとしても、商売として成功しすぎれば民業圧迫とみなされかねない。公共の図書施設として、公共図書館との住み分け(役割分担)も明確にしなければならないだろう。市長の強いイニシアチブのもとで実現した後も、いやむしろこれからこそ、その運営が前例のない「冒険」であることに変わりはない。

八戸ブックセンターは、さしあたり書店と図書館の中間的な施設といってよいと思う。さっさと本を選んで買って帰ってもらうのではなく、むしろ館内で本をゆっくり読めるような環境を整えている。読みたいだけここで読み、もしも気に入って本を持ち帰りたくなったなら、買い上げてくれればいい。そんな距離感を演出しているように思えた。

ハンモックに揺られて本が読めるコーナーがふたつあり、実際にお子さんと一緒にハンモックに揺られて絵本を読み聞かせているお母さんがいた。「本の塔」と名付けられた、書棚に取り囲まれて「閉じこもれる」スペースもある。ふらっと入ってきた若いカップルが、やや戸惑いつつ「ここは図書館なのかなぁ」と会話しているのも耳にした。

つまり八戸ブックセンターは「書店」であると同時に、本を体験する滞在型施設でもあるのだ。ひと目見て「ああ、自分の住む町にもこんな施設があったらいいなぁ」と思った――「本屋B&B」がすでにあるにもかかわらず。

「読み」「書き」の循環を生み出す場

私が八戸ブックセンターを訪問したかった理由の一つに、この施設では「市民作家」の登録をしている、という話を聞いていたことがある。八戸ブックセンターは、本を「読む人」を増やす、本を「書く人」を増やす、本で「まち」を盛り上げる、という三つの方針を掲げており、館内には「書く人」のための「カンヅメブース」がある。

このコーナーには二人分の作業スペースがあり、その場所を利用するには「市民作家」に登録する必要がある。申請の際、カルテに「この賞に応募する」「電子出版で出す」など、自分で決めた方針を書き込めばよい。これから書くものの出口を具体的に示すことで書き手のモチベーションを高める、いいやり方だと思う。

「市民作家」の執筆・出版活動を支援するため、八戸ブックセンターでは去る5月27日(土)と28日(日)に、私も理事をつとめるNPO法人日本独立作家同盟の鷹野凌さんを講師に招き、「執筆・出版ワークショップ」を行った(鷹野さんはこのワークショップで使用した資料を、クリエイティブ・コモンズのライセンス CC BY-NC-SA で公開している。「本を出版したい人が知っておくべき権利や法律」「電子書籍のつくりかたとひろめかた」)。

今年の1月に書いたこの欄のコラムで、東京創元社の編集者だった戸川安宣さんの個人史を聞き書きした『ぼくのミステリ・クロニクル』という本に触れつつ、私はこう書いた。

  「読む」ことは「書く」ことに繋がり、「読む」ことは「編む」ことにも繋がる。「編む」人も「書く」人も、かつては「読む」人だった。その循環が起きるための場所をつくり、維持し、人を育てていくことがもっとも重要である。

本の仕事に関わる人ならば誰でも、このことを知っているはずだ。八戸ブックセンターが「ブックセンター」と名乗るいちばんの理由は、そのような循環をこの町に生み出すための中心となる場所だからだろう。そして書店でも図書館でもない、あるいは「その両方でもある」ような、「読み」「書き」の循環を生み出す場所を必要としているのは、八戸のような地方都市だけではないはずだ。

必ずしも公営である必要はない。主体は民間企業でもNPOでもいい。大学のなかにあってもいい。日本中にこのような場所がたくさんできることで、本と人の関わりは再生産され、世代を超えてつながっていくのではないか。大都市やその近郊にだって、そういう場所がもしも存在しないのであれば、つくっていくことが必要ではないか。

自分の住む街の近くにもこんな施設があったらという思いは、八戸を訪れてひと月が経ついまも変わらない。

執筆者紹介

仲俣暁生
フリー編集者、文筆家。「シティロード」「ワイアード日本版(1994年創刊の第一期)」「季刊・本とコンピュータ」などの編集部を経て、2009年にボイジャーと「本と出版の未来」を取材し報告するウェブ雑誌「マガジン航」を創刊。2015年より編集発行人となる。著書『再起動せよと雑誌はいう』(京阪神エルマガジン社)、共編著『ブックビジネス2.0』(実業之日本社)、『編集進化論』(フィルムアート社)ほか。
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