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二つのブックフェアから見えた「本の未来」

先月は東京で二つの「国際ブックフェア」が開催された。両者を見比べて感じたことから今月は始めてみたい。

一つ目の国際ブックフェアは、9月16日〜19日に東京・北青山にある京都造形芸術大学・東北芸術工科大学の外苑キャンパスで開催された、「THE TOKYO ART BOOK FAIR」である。今年で8回目となるこのイベントには国内外から多くのアーティストや出版者(社)が参加し、キャンパス内に設けられた会場は大盛況だった。

THE TOKYO ART BOOK FAIRが開催された京都造形芸術大・東北芸工大外苑キャンパス。

いくつか商業出版社の出展も見受けられたが、このブックフェアは基本的にインディペンデントなパブリッシャーやクリエイターが集まる祭典であり、大がかりな「文化祭」といった趣きがある。そしてなにより、国際色にあふれている。

今年の参加者の国別一覧のページをみると、日本以外にオーストラリア、オーストリア、ベルギー、ブラジル、カナダ、中国、チェコ、フランス、ドイツ、イタリア、韓国、メキシコ、オランダ、ノルウェー、ポーランド、ポルトガル、スイス、台湾、イギリス、アメリカ合衆国からの参加があったことがわかる。

シュタイデル社から本が出版されるアートブック賞

今回、心から驚かされたのは「Steidl Book Award Japan」というアートブック賞の創設である(創設のきっかけは、日本では今年11月に東京藝術大学で開催される、Steidl社による展覧会プロジェクト「Robert Frank: Books and Films, 1947-2016」だという)。

Steidl社はドイツの出版社で、ロバート・フランクをはじめ著名な写真家との信頼関係のもと、彼らのすぐれた作品集を数多く出版してきたことで知られる。経営者のゲルハルト・シュタイデル氏は「世界一美しい本を作る男」とも言われ、彼を取材したドキュメンタリー映画も制作されているので、ご存知の方も多いだろう。

Steidl Book Award Japanの創設を伝えるページ。

THE TOKYO ART BOOK FAIRのサイトによると、この賞は「日本を拠点に〈本〉という形式を使って作品を発表することに興味を持つすべての方」を対象としており、「応募受付をしたダミーブックの中から同社の創業者ゲルハルト・シュタイデル氏が選ぶグランプリ受賞作品は、Steidl社の書籍として出版され世界中で流通される」という。

さらに、「グランプリの受賞者はドイツのゲッティンゲンにある Steidl社に招待され、現地に滞在しながら、編集からデザイン、素材選び、造本、印刷に至るすべての本作りの工程をシュタイデル氏およびSteidl社のスタッフとともに行う」というのだから、アーティストにとってこれほどの名誉はない。

THE TOKYO ART BOOK FAIRの会場には、この賞への応募作のダミーブックが展示され、来場者は自由にめくってみることができた。このコーナーにはつねに人だかりがしており、大成功といっていいだろう。なお、「日本を拠点に〈本〉という形式を使って作品を発表することに興味を持つすべての方」という応募資格は、日本人以外のクリエイターにも門戸を開いていることを付言しておきたい。

こうした試みが行われた今回のTHE TOKYO ART BOOK FAIRは、まさに「国際ブックフェア」と呼ぶにふさわしいものだったと思う。

たんなる「本の安売市」と化した東京国際ブックフェア

二つ目の国際ブックフェアは、9月23日〜25日にかけて東京ビッグサイトで開催された「東京国際ブックフェア」である。昨年までは7月に「国際電子出版EXPO」や「クリエイターEXPO」などと併催されていたが、今年は前者が廃止となり、後者は6月29日〜7月1日に行われた「コンテンツ東京2016」内での開催となった。この意味はあとで検討するとして、一言でいえば「業界人のためのイベント」から「一般読者のためのイベント」へと大きく舵を切ったことが印象的だった。

そうした変化を象徴するのが、「ほん吉くん」と名付けられたキャラクターや、これをつかったLINEスタンプ、人気アイドルを招いての読者参加イベント開催などである。ブックフェアに多くの人を集めるための施策としては、このような試みもありだろう。しかし、そもそも「東京国際ブックフェアは、何のために行われているのか?」という問いに立ち返ると、暗澹たる思いにならざるをえない。

今年の東京国際ブックフェアでお目見えしたキャラクター「ほん吉くん」。

世界的に知られるフランクフルト・ブックフェアをはじめ、本の国際見本市は、基本的にはプロの出版人同士の版権売買の場であり、一般参加者がいたとしても、それは二の次である。東京国際ブックフェアの場合、「見本市」としての機能はこれまでもきわめて薄かったが、昨年まではテーマとなる海外の国が選ばれ、そのための展示スペースもあった。「国際ブックフェア」と名乗る以上、少なくとも海外の出版文化に触れる、貴重な機会ではあったのだ。

これまで併催されていた国際電子出版EXPOの終了も、意味深長である。今年はブックフェア内に「電子書籍ゾーン」というコーナーが設けられ、ボイジャーが連日トークイベントを開催して孤軍奮闘していたが、以前はグーグルや楽天、Yahoo!などが出展した年もあったことを思うと、わずか数年前にもかかわらず、隔世の感がある。

だが、これは「電子書籍」が一過性のブームで終わったというよりも、出版業界が新しいテクノロジーに背を向けていることを示すメッセージとして、受けとめたほうがいい。また、クリエイターEXPOとの同時開催ではなくなったことで、草の根のクリエイターと商業出版社が混在する風景が失われたことも惜しまれる。

東京国際ブックフェアの電子書籍ゾーンではボイジャーが孤軍奮闘。

「本の未来」はどちらに?

今年の東京国際ブックフェアは、国際性もなく、テクノロジーとも無縁で、インディペンデントな動きとも切断された、たんなる「本の安売市」だった。いや、出版業界はそれどころではないのだ、少しでも手元の在庫を、2割引きでもいいから売り払いたいのだ、という焦りはわかる。だが、そのような姿を「一般読者」に見せることで、どんな未来が展望できるのだろう?

こうした現在の東京国際ブックフェアのあり方は、無残なまでに、出版業界の現状を示している。繰り返すが、それは「国際性」「テクノロジー」「インディペンデントな動き」との乖離である。これらこそが出版不況の真の正体であり、若い世代の目に出版業界が魅力的なものに映らない理由だと私は考える。

だが幸いにも、東京国際ブックフェアとは別の場所で、別の人たちによって、実質的な「国際ブックフェア」がすでに行われている。本の未来、出版の未来に関心がある方は、来年はぜひTHE TOKYO ART BOOK FAIRに足を運んでみてほしい。そのときには、おそらく「Steidl Book Award Japan」の受賞作も発表になっているだろうから。

執筆者紹介

仲俣暁生
フリー編集者、文筆家。「シティロード」「ワイアード日本版(1994年創刊の第一期)」「季刊・本とコンピュータ」などの編集部を経て、2009年にボイジャーと「本と出版の未来」を取材し報告するウェブ雑誌「マガジン航」を創刊。2015年より編集発行人となる。著書『再起動せよと雑誌はいう』(京阪神エルマガジン社)、共編著『ブックビジネス2.0』(実業之日本社)、『編集進化論』(フィルムアート社)ほか。
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