サイトアイコン マガジン航[kɔː]

番外編 ブックオフのバイブスを可視化した「3000円ブックオフ」――♨さんインタビュー

『ブックオフは公共圏の夢を見るか』の番外編企画として、「3000円ブックオフ」という遊びを始められた♨️さんにお話を伺いました。

3000円ブックオフは、ブックオフで3000円分の商品を買って、その結果をTwitterなどで報告するというものです。現在では、ブックオフのオウンドメディア「ブックオフをたちよみ!」でも取り上げられるほどメジャーな遊びになっています。3000円ブックオフの面白さや、それが生まれた経緯などを♨️さんにお聞きしました。

ふわっとした紹介でいい

――♨️さん、どうぞよろしくお願いします。

♨️ よろしくお願いします。

――聞くところによると、♨️さんは、このインタビューのためにわざわざ3000円ブックオフをやってきてくださったそうですね。お手本として、買った本を披露していただけますか?

♨️ 分かりました。いま、買ったものをツイートしました。

♨️ 1冊目が、『精神の非植民地化』(グギ・ワ・ジオンゴ、1986年)という本です。1280円でした。タイトルと帯の感じで面白そうだなと思って。英語を使っていないと、国際社会での活躍が難しいって話があるじゃないですか。そうした問題を、アフリカ視点で書いたものらしいです。まだ読んでないからわからないんですけど。これは読むべきだと直感が働きました。

――3000円ブックオフって、買った本を紹介する時に、まだ読んでいない本を紹介することが結構あるじゃないですか。だから全部予想で本の紹介をするっていう(笑)。

♨️ そうそう、なかなか無いですよね(笑)。二冊目は菊池成孔の『次の東京オリンピックが来てしまう前に』です。Twitterで話題になった「トランプを支持する(皮肉ではない)」が載っているので気になっていました。これも読んでないので、ふわっとしたことしか言えないんですが(笑)。

――全てが、予想とふんわりした紹介という(笑)。

♨️ これが2冊とも1280円で、すでに2560円です。で、余ったお金で買ったのが「ウンチカシツキ」です。510円でした。

――突然、加湿器を?

♨️ いろいろ理由があって、買おうと思っていたんです。それで、たまたま行ったブックオフに加湿器が売っていて(笑)。中でも安かったのがこれですね。

――510円ってめちゃくちゃ安いですね。

♨️ その「3冊」で3070円です。

――加湿器のように、本以外の商品も買っていい、というルールなんですね。

♨️ そうですね。3000円ブックオフには「本だけ買う」っていう縛りがないので。ブックオフに売っているもので3000円になるように、というルールしかないんです。

――最近は服などを扱う店舗も増えてますしね。3000円ブックオフの厳密なルールはあるんでしょうか?

♨️ 僕はあんまりルールについては言ってないですね。「ブックオフで3000円になるように買い物して、できたら「#3000円ブックオフ」で見せましょう」というざっくりしたルールだけ言っています。あとは、3000円ブックオフをやる人がそれぞれ細かくルールを設定していますね。

――じゃあ、♨️さんが始められてから自然発生的にみんなやるようになった感じですか。

♨️ そうです。

3000円ブックオフのバイブス

♨️ 最初に3000円ブックオフをやったときのツイートが広がったんですよね。あとは、みんなどんどん勝手にやっている。

――そのツイートはいつぐらいですか?

♨️ 2020年6月16日ですね。

――意外と新しいんですね! 勝手に、もう5年ぐらい前からやっているものだと思っていました。そもそも、そのときに3000円ブックオフを始めた理由はなんだったんですか?

♨️ 暇だったからですね。休みでやることがなくて。やることがないときって、外に行くならブックオフしかないじゃないですか。でも、ただブックオフで買い物するのもなあ、と思ったんです。同時に、昔TSUTAYAで5枚1000円のCDを借りていた時代のことを思い出して。値段を設定して、その中で物を選んで買うことをやってないぞ、と思ったんです。

それで、思いついたときに気が大きかったから、値段設定が3000円になってしまった(笑)。しかも、一度やってみたら反響が大きかったので、当初は月に一度開催することにしたんですよ(笑)。

――すごい(笑)。

♨️ 案の定、月一では開催されなかったんですけどね。月に3000円もブックオフに使っていられない。

――(笑)。今はどれぐらいの間隔でやっているんですか?

♨️ ふらっと、気の向くままにやるのがいいかな、という感じですかね。たまに、仕事帰りという謎のタイミングで3000円ブックオフのモチベーションが沸くときがあって(笑)、そういうときに行くのがいいかと思います。仕事帰りに自転車を漕ぎながら、聴いている音楽でノリノリになって、そのままブックオフに行ってやろう、みたいな。今日は行っちまうぞって感じで。

――(笑)。そういう感じで飛び込んでいくわけですね。ある種のテンションがないと、やろうという気にならないのかもしれないですね。バイブスがないと。

♨️ そうそう、「3000円ブックオフバイブス」ですよ。己の3000円ブックオフバイブスに従うまでですね。

――かっこいい。♨️さん自体には、3000円ブックオフをどうこうする権限はないわけですね。

♨️ 持ってないです、そんな権限(笑)

――どこかからやってくる「3000円ブックオフバイブス」に従っている、と。3000円ブックオフに面白さを感じているからこそ、そのバイブスを受信し続けているんだと思いますが、その面白さはどこにあるんでしょうか?

♨️ いちばん近いと感じるのは、遊戯王やデュエル・マスターズのデッキを組むときです。限られた条件の中で最適なカードを選ぶという。そこに自分らしさが出る。そこで現れる「自分らしさ」の愛おしさですよね。

やっぱり自分のデッキって自慢したくなるじゃないですか。それで、他の人のデッキも見て、へえ、そういうふうに選ぶんだっていうことを知る。選び方も人それぞれで、味があっておもしろい。だから、300円でおやつを買うときのセンス・バトルをブックオフでやっているような感覚ですね。

――なるほど。限られた中でどうデッキを工夫していくか。そこでの工夫の中に人となりが現れて、それこそが3000円ブックオフの面白さにつながっていくと。今回やっていただいた3000円ブックオフは、どういう経緯で決めたんですか?

♨️ さきに本を買いました。本当はもう1冊欲しい本があったんだけど、3000円を大幅に超えてしまうのでそれは諦めました。残ったお金で買える唯一の加湿器が「ウンチカシツキ」だったという……。

――じゃあ、「ウンチカシツキ」との出会いも、ある意味で運命ですね(笑)。

♨️ 運命の出会いですね。3000円ブックオフがもたらした出会い。3000円っていう値段設定が無かったら買わなかったですね。

――その「出会い」にこそ3000円ブックオフの面白さがあるのかもしれません。

買えない辛さ

♨️ ただ、辛いこともあります。

――なんですか。

♨️ 3000円買わないといけないことです(笑)。

――根本的!どういうことですか。

♨️ 2〜3時間経っても決まらないときがあって。延々とブックオフにいないといけないんですよ。店内放送で寺田心くんの声を何回聞くんだっていう。

――今は、「ブックオフなのに本あるじゃん」っていうフレーズですよね。

♨️ それを2回も3回も聞かされて、だんだん気が変になってくる。

――(笑)。たしかにブックオフで物を選ぶとき、決め手に欠けることってありますよね。

♨️ ビシッと締まらないみたいな。

――ブックオフの商品棚って頻繁に変わるわけではないけど、なんだかすごく平板に見えるときがある。

♨️ そうなんですよね

――やっぱりこの感覚、あるんですね、嬉しい。

♨️ そのときは、自分の調子がおかしいんですよね。さっきも話題に上がりましたが、3000円ブックオフバイブスがおかしい日がある。そういう日は苦しむことになりますね。

――そんなバイブスに♨️さん以外の人も導かれて3000円ブックオフが広がっているということですが、今までの投稿で印象に残っているものはありますか?

♨️ 2600円ぐらいで岡﨑乾二郎さんの『モダニズムのハードコア』という、ほとんど市場に出回っていない本を入手していた投稿があって。「3000円ブックオフミラクル」と呼んでいるのですが、単純に羨ましくて覚えています。

――希少本をブックオフで買えたときの喜びはすごいですよね。

♨️ それと、読書系の学生サークルで3000円ブックオフをやる、という投稿もありました。買った本は見られないんですけど、めちゃくちゃ結果が知りたくなります。

――3000円ブックオフが広がってきているんですね。

♨️ この間、3000円ブックオフで買ったCDでDJイベントをやるというイベントもありました。

――ええ、そんなイベントが!じゃあ、3000円ブックオフで買った本でファッションショーみたいなこともできるわけですね。

♨️ できます、できます。実は結構、応用が効くフォーマットですよね。

3000円ブックオフで二次創作!?

♨️ あと他で面白いのは3000円ブックオフの二次創作ですね。「3000円ブックオフ怪談」や「3000円ブックオフ青春小説」などがあります。

――そんなものが!

♨️ 最初見たときはびっくりしましたね。「3000円ブックオフ青春小説」は、学生が3000円ブックオフを用いた企画をして、そこに青春が生まれているっていう。素晴らしい小説です。

――先程の話にも出てきましたが、3000円ブックオフは今まで出会ったことがないモノと出会う可能性があるから、それが青春小説を生み出し得るのかもしれないですね。

♨️ ぜひ読んでみてください。

――この広がり方は尋常じゃないですね。そうやって広がることに対して、♨️さんはどう思われているんですか?

♨️ 広がることに対しては特に何も思ってないけど、自分以外の他の人にもバイブスが働いているな、というのは感じますね。

――みんな、ブックオフが出すバイブスを受信しているのかも。やっぱり全てを動かしているのはバイブスなのかもしれません。

♨️ だから自分がどうのこうのというのは関係ないですね。

――3000円ブックオフが面白いと思ったのは、ブックオフを使って遊ぼう、っていう姿勢なんですよね。ブックオフは、とにかく色々な商品が価値に関係なく置かれていて、それをどう使うか・どう遊ぶかというのは、我々に任されている感覚があります。だから、その遊び方の一つとして商品との思いがけない出会いを誘発する3000円ブックオフはすごくいいなあと思っています。傍観者として思っているだけなんですが……。

♨️ いやいや、谷頭さんも参加者ですよ!

――たしかに、3000円ブックオフってみんな参加者みたいなところがありますよね。僕にもバイブスが……。

♨️ 僕も一参加者でしかない。今では、僕のことを知らなくても3000円ブックオフだけ知っている人もいて、みんな当たり前のように「3000円ブックオフ」という言葉を使っていますし。

――じゃあ、創始者という言い方は少し違うのかもしれません。

♨️ そうですね、最初に始めた人でしかないので。ブックオフのバイブスに形を与えたっていう感じですよね。

――ある意味では、3000円ブックオフ自体が、ブックオフが持っていたバイブスから必然性を持って生まれてきたのかもしれないですよね。元々、ブックオフにあったバイブスをうまくキャッチしてそれを形にしたというか。

♨️ 必然的に、潜在的にあった遊び方に形を与えたっていう感じですね。僕がしたのはそれだけですからね。だから、みんな自由に3000円ブックオフを使って遊んでもらえればいいんじゃないかと思っています。

*  *  *

連載の第3回目で私は「ブックオフを使って遊ぼう」と書いた。ブックオフ自体はもはや我々の本を取り巻く環境の中に組み込まれている。だからブックオフを否定的に語るだけでなく、それを使って遊んでいこうという提案である。

3000円ブックオフは、ブックオフという多種多様な本・雑貨に囲まれた環境の中での偶然の出会いを可視化した遊びであり、「ブックオフで遊ぶ」良い例だといえるだろう。その遊びがこれほどまでに広がりを見せているのは、もしかするとブックオフ的な、商品との予期せぬ出会いを果たしうる空間のあり方が広く求められているからなのかもしれない。

これからも3000円ブックオフがどのような広がりを見せるのか、目が離せない。

執筆者紹介

谷頭 和希
ライター。1997年生まれ。早稲田大学文化構想学部卒業後、早稲田大学教育学術院国語教育専攻に在籍。デイリーポータルZ、オモコロ、サンポーなどのウェブメディアにチェーンストア、テーマパーク、都市についての原稿を執筆。2022年2月に初の著書『ドンキにはなぜペンギンがいるのか』(集英社新書)を発表。批評観光誌『LOCUST』編集部所属。2017年から2018年に「ゲンロン 佐々木敦 批評再生塾 第三期」に参加し宇川直宏賞を受賞。
モバイルバージョンを終了