3月21日に東京工業大学博物館で開催された、第7回#OpenGLAM JAPANシンポジウム「博物館をひらく-東京工業大学博物館編」に午後から参加してきました。東京工業大学博物館は同大の大岡山キャンパス百年記念館とすずかけ台キャンパスすずかけ台分館にある付属博物館で、今回のシンポジウムは前者で行われました。
大学博物館を見学すること自体、今回が初めての経験だったため、まずその所蔵品の面白さに目を瞠りました。同博物館の所蔵品は、貴重な自然科学の実物資料から、産業遺産ともいえる工業製品、建築模型や美術品まで多岐にわたります。「工業大学」という名称から連想するものよりはるかに幅が広いことに、率直な驚きを感じました。
この博物館の1階にはT-POT(ティーポット)と名付けられた共有スペースがあり、今回のシンポジウムはそこで約30名の参加者をあつめて開催されました。
OpenGLAMとはなにか?
今回のシンポジウムのテーマであるOpenGLAMの「GLAM」とは、Gallery、Library、Archives、Museumの頭文字です。つまりOpenGLAMとは、図書館・美術館・博物館・文書館といったいわゆる「文化施設」の所蔵品をインターネット上などで公開し、自由に閲覧や二次利用ができるようにするための国際的な取り組みのことです。日本でもOpenGLAM JAPANが設立され、文化施設が所蔵する文化資源のオープンデータ化に向けたシンポジウムなどを重ねてきました。
今回のシンポジウムはその7回目にあたり、私は聴くことができなかったのですが、午前中には福島幸宏氏(京都府立図書館)による「歴史資料を拓く〜制度と慣例のあいだ」と南山泰之氏(情報・システム研究機構国立極地研究所情報図書室)による「研究・観測データを拓く〜国立極地研究所の取組み」という二つの講演がありました。福島氏は東寺百合文書を、南山氏は南極資料をオープン・ライセンスで「ひらく」主導的な役割を果たした方々です。
昼休みの休憩を挟んだ午後は、東京工業大学博物館の阿児雄之氏と日下九八氏(東京ウィキメディアン会)のモデレーションのもとで、東京工業大学博物館および関連項目Wikipediaページをその場で作成・編集し、さらに同博物館の所蔵品をオープンデータ化してウィキメディア・コモンズで公開するというワークショップが行われました。
ワークショップに先立つ日下九八氏のガイダンスでは、「OpenGLAMとは何か」が以下のように整理されていました。
・所蔵目録のオープンデータ化(含むメタデータ整備)
・所蔵品のデジタルな複製のオープンコンテンツ化(デジタル化+オープン化)
・職員が作成した著作物、資料などのオープン化
・自機関の「文書」のオープン化
・「オープン化」の活用、サポート
さらにこれらを現実的にサポートする仕組みの一つとして、Wikipediaを運営するウィキメディア財団が手掛ける「ウィキメディア・コモンズ(Wikimedia Commons)」についての解説がなされました。
リアルタイムで「百科事典」が執筆されていく
これを受けて午後のワークショップでは参加者が博物館内を見学したのち、Wikipedia上にどのような項目を作成するかが議論され、東京工業大学博物館とその関連項目(フェライト、ETAシステムズ、ゴットフリード・ワグネル等)の作成・編集・増補が行われました。同博物館ではもともと所蔵品の撮影を制限しておらず、撮影した写真を自由に使うことができます。これらの所蔵品の多くが撮影され、写真がウィキメディア・コモンズに公開されました。すべての写真が記事に活用されているわけではありませんが、誰でも活用することができます。
約2時間半にわたるグループワークの時間内で、それぞれの項目を担当したチームが資料をもとにWikipediaの執筆・増補にあたり、画像チームは展示物の撮影とメタデータ付与、ウィキメディアへのアップロードなどを進めていきました。
参加者のなかには司書や学芸員、編集者といった専門技能をもった方もいれば、学生や一般の社会人もいました。これまでにもウィキペディアタウン(この記事も参照のこと)など、同様のワークショップに参加した経験のある者がリーダーシップをとりつつ、分担作業でテキパキと「百科事典の項目作成」が共同作業で進んでいく様子は、ながらく編集の仕事をしてきた私にとって感動的なものでした。
Wikipediaは「読む」だけでなく、自分で「つくる」ものでもある
今回のシンポジウムとワークショップは、東京工業大学博物館の項目がWikipedia上にないことを逆手にとって、それを実際に作成することを通じて、博物館の存在と特徴を知ってもらおうという意味合いがあったようです。
Wikipediaというと、一般的な受け止め方は「タダで読める百科事典」であり、そのかわり内容的にはやや、信頼できないものもある、といったところでしょう。Wikipediaの記述の信頼度には、項目によりバラツキが大きく、すべてをそのまま信頼するわけにはいきません。ただし、もしある項目に明らかな間違いがみつかった場合は、それを発見した者がただちに修正または削除することが可能です。紙に印刷され定着してしまった百科事典に情報の修正やアップデートが必要な場合は、膨大な予算をかけて新版や増補版を発行するしかありませんが、Wikipediaの場合は個人によっても、あるいはこうしたワークショップによっても、必要な増補・修正が随時可能なのです。
ただし、Wikipediaの項目がどのような人たちによって、どのようなかたちで作成されているのかは、こうした公開型のワークショップでもない限り、目にする機会はありませんでした。その意味で、今回のシンポジウムおよびワークショップへの参加は、私にとっては目からウロコが落ちるような体験だったのです。
Wikipediaには、「アメリカ同時多発テロ事件」「イラク戦争」「東日本大震災」など、近年に起こった大事件が、紙の百科事典にまとめられる前に、いち早く項目としてまとめられています。一方で、膨大な数に及ぶ「過去の事物」の項目も、すさまじいペースで編集が進められています。Wikipediaはたんなる「フリー百科事典」ではなく、分散型で執筆・編集が行われる新しいタイプの「出版物」としての特徴をもっています。またウィキメディア・コモンズに集められた図版や写真は、著作権の切れたパブリックドメインのコンテンツや、クリエイティブ・コモンズなどで二次利用のためのライセンスが示されているコンテンツと並んで、あらたな「出版物」を生み出すための豊かな素材となりつつあります。
今回は文化施設(GLAM)を対象とするイベントでしたが、ウィキペディアタウンのように地域を対象としたり、企業や学校、あるいは「メディア」そのものに対しても、同様のこころみが可能だと感じます。Wikipediaをたんに利用するだけに留めず、それがどのように作られているのかを知り、興味と関心のある部分については、その作成・編集にも関与してみることで、この世界最大の百科事典に対して、新しい見方が開かれるかもしれません。
執筆者紹介
- フリー編集者、文筆家。「シティロード」「ワイアード日本版(1994年創刊の第一期)」「季刊・本とコンピュータ」などの編集部を経て、2009年にボイジャーと「本と出版の未来」を取材し報告するウェブ雑誌「マガジン航」を創刊。2015年より編集発行人となる。著書『再起動せよと雑誌はいう』(京阪神エルマガジン社)、共編著『ブックビジネス2.0』(実業之日本社)、『編集進化論』(フィルムアート社)ほか。
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