東京の表参道交差点のすぐ近くに、山陽堂書店という小さな本屋があります。1945年5月の山の手空襲にも建物が耐え、逃げ込んだ多くの人の命を救ったという逸話もある、明治24年(1891年)創業の老舗です。構えは文字どおりの「町の本屋」ですが、いまは2階と3階が「ギャラリー山陽堂」という画廊になっており、さまざまな展覧会やトークイベントが行われています。
この「ギャラリー山陽堂」を会場として、8月21日・22日の両日に「本の産直・夏まつり」が行われるという話を聞き、さっそく初日に行ってきました。
小出版社が集まって本を売る理由
この産直フェアに参加したのは、以下の出版社です。
長引く出版不況といわれるわりに、小さな出版社の創業はいまちょっとしたブームです。この催しに顔を出してみようと思ったのは、その当事者の人たちに話を聞いてみたかったからです。
上のリンクをみれば分かるとおり、参加社のなかには2014年以後に創業した会社がいくつかあります。またこのうちのいくつかは「ひとり出版社」で、そうでなくとも小規模の出版社ばかりです。過去に仕事上でお付き合いのあった編集者が独立して出版社を立ち上げ、この催しに参加していたことを会場ではじめて知って驚くという一幕もありました。
そもそも日本に3000社以上あるといわれる出版社のうち、大半は社員10人以下の小出版社です。このところ「ひとり出版社」という言い方が流行し、こうしたことは最近の現象のように思われていますが、出版社はもともと小規模でもできる仕事なのです。またDTPやインターネットの普及、小さな出版社に対しても門戸を開く取次会社の登場などが、新規開業の後押しをしている面もあるでしょう。
この催しの旗振り役は、このギャラリーで過去にイベントを行ったことがある羽鳥書店さん。会場では同社の編集者の方がレジに立ち、立ち寄るお客さんに丁寧な対応をしていました。ギャラリーはかなり小さいのですが、2階と3階のいずれもが会場にあてられており、思ったより余裕のある配置でした(上の写真は2階から3階に上がる螺旋階段)。
会場に入ると、決められた幅の机の上にどの出版社も自社の商品を陳列しているうえに、背後の壁面にも絵やポスター、色校ゲラなどをディスプレイし、それぞれの特徴を出すよう工夫していることに気づきます。
たとえば苦楽堂は、いまはなき神戸の書店、海文堂のイラスト店内マップを展示。スタイルシートはカバーの本紙校正を見事にインスタレーションしていました。また昭和5年に謄写印刷業として創業した滋賀県彦根市のサンライズ出版が、当時の写真を大きくディスプレイしていたのも印象的でした。
書店の壁面は、たいがいは書棚で埋められているので、このように版元ごとに思い思いのインスタレーションがなされている様は新鮮です。一時的なイベントなので空間利用の効率を度外視できるとすれば、こういう「売り場」はアリだと感じます。
出版社による本の「産直」そのものは、めずらしいことではありません。より大規模な試みとしては、毎年7月に行われる「東京国際ブックフェア」があります。ブックフェアは本来、国際的な版権取引などのための場ですが、日本のブックフェアは実質的に出版社による直販(しかも大幅割引による)として機能しています。さらにマンガを中心とする同人誌の即売会としては、40年の歴史をもつ「コミックマーケット(コミケット)」が東京国際ブックフェア以上の歴史をもっています。
東京国際ブックフェアやコミケットほど巨大ではない「産直」即売の試みとしては、東京・蔵前で7年にわたり行われている「BOOK MARKET」も知られています。本の売り方や売り場が多様化していくのはよいことで、このような「本の産直」は他の場所でも、いろいろと行なうことができそうです。
「本屋」はもっと縁日みたいでいいのかもしれない
出展者のすべてが会場にいたわけではありませんが、20年以上前に同じ雜誌で働いていた仲間が「ひとり出版社」を立ち上げ、この催しに参加することはあらかじめ聞いていたので、彼に会いに行くことも今日の目的の一つでした。「港区でいちばんちいさな出版社」を標榜するビーナイス代表の杉田龍彦さんです。
杉田さんも大手出版社での勤務を経て、2009年にビーナイスを設立しています。絵本、切り絵画文集、写真集、カードブック、電子書籍など多彩なジャンルの本を出してきました。この日の展示でいちばん目を奪われたのは、(多少の身びいきはあったかもしれませんが)このビーナイスの棚でした。カラフルな本にまじって、震災復興チャリティのための「さば缶」や自作できる豆本キットなど、なんというか「縁日の夜店」のようなにぎわいがあり、楽しい気分にさせられたのです。
図書館のように棚に本がぎっしりと詰まった大型書店にもよさもありますが、壁面にインスタレーションがなされ、平台には夜店のように本以外の商品もまじえて物が並んでいたり、そうかと思えば、丁寧に造本された文芸書や人文書が並んでいたりと、この「産直・夏祭り」は、まさに「祭り」の名にふさわしい高揚感を与えてくれました。いま、次々に登場しつつある「ひとり出版社」は、もしかするとこうした「祭り」のような空間にこそ似つかわしいのかもしれません。
この「産直・夏祭り」は22日まで開催されています(11時~19時)。図書カードのあたるくじ引き(外れてもさまざまな版元グッズがもらえる)など、お祭りらしい特典もあり。本との新鮮な出会いを求めて、ふらっと出かけてみてはいかがでしょう。
本の産直・夏祭り@山陽堂
http://sanyodo-shoten.co.jp/news/2015/08/-821221119.html
執筆者紹介
- フリー編集者、文筆家。「シティロード」「ワイアード日本版(1994年創刊の第一期)」「季刊・本とコンピュータ」などの編集部を経て、2009年にボイジャーと「本と出版の未来」を取材し報告するウェブ雑誌「マガジン航」を創刊。2015年より編集発行人となる。著書『再起動せよと雑誌はいう』(京阪神エルマガジン社)、共編著『ブックビジネス2.0』(実業之日本社)、『編集進化論』(フィルムアート社)ほか。
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