被災地に電子テキストを

仲俣暁生

14年前

3月11日に東北地方から関東地方を襲った「東日本大震災」の被害の実態が明らかになりつつあります。こうしたなか、未曾有の大災害にみまわれた被災地の救援や復興支援に役立つ書籍や専門雑誌のテキストを、インターネット上で無料公開する出版社や著者が相次いでいます。

医学書院は『JIM』2005年8月号（15巻8号）「特集　災害被災地におけるプライマリ・ケア」、『病院』2010年6月号（69巻6号）「特集　災害と病院」をはじめ、『公衆衛生』、『精神医学』、『保健師ジャーナル』、『助産雑誌』、『看護教育』などを公開しています（詳しい書目はこちらを参照）。
学芸出版社は、仮設市街地研究会著『提言　仮設市街地』（2008年）の全文をはじめ、まちづくりや復旧・復興の専門書を「災害からの復旧・復興関連資料」としてPDFで公開。
ノンフィクション作家の最相葉月氏は、精神科医の中井久夫氏の「災害がほんとうに襲ったとき」というテキストを、中井氏と原著（中井久夫編『1995年1月・神戸　「阪神大震災」下の精神科医たち』）の版元であるみすず書房の了解を得て、「東北関東大震災下で働く医療関係者の皆様へ――阪神大震災のとき精神科医は何を考え、どのように行動したか」というサイトで公開しています。

最相葉月氏はこのテキストの無償公開を働きかけた理由を、同サイトで次のように語っています。

自分が何をすればよいのか、混乱のあまり躁状態となった頭を少しでも整理しようと、崩壊した書棚から崩れ落ちた一冊の本を読み返しました。阪神大震災で精神科救急にあたった医師や看護師らの地震発生から50日間の手記をまとめた、中井久夫編『1995年1月・神戸　「阪神大震災」下の精神科医たち』（1995年3月刊、みすず書房）です。

援助者もまた被災者であるときに何が起こるのか、役割分担はどうするのか、ボランティアには何が期待されているのか、医薬品が足りないと患者に何が起こるのか、といった急性期ならでは逼迫した問題に、神戸大学医学部精神科とその応援に全国から集まった医師や看護師らがいかに対処したかが描かれています。

一気に読み終え、やはりこれはかけがえのない記録であるとその意義を再認識しました。そして、編者である中井久夫氏の手記「災害がほんとうに襲った時」を被災地で連日救援活動に当たられている医師や看護師、カウンセラーら病院関係者、その後方支援にあたられている方々、またこれから支援を考えておられる方々になんとか届けられないものだろうかと思いました。

大きな災害に見舞われたときには、迅速な情報提供も大事ですが、既存の書籍がもつ専門的な知見や過去の体験を、必要な人が参照できる仕組みも必要でしょう。

電子書籍というと、昨年はそのビジネスとしての可能性ばかりが話題になりましたが、こうしたかたちでの既刊書・雑誌の公開も、電子書籍が果たしうる大きな役割だと思います。

［追記］
上記記事を書いた後に、電子書籍（ウェブ版含む）の無償ダウンロード、無償アクセスの例が他にもあることをお知らせいただいたので、あわせて紹介します。(2011年5月20日更新)

上でも紹介した医学書院は、「今日の治療指針 2010年版」「治療薬マニュアル 2010」など医療従事者向けのリファレンス書籍13冊を収載したデータベース、『今日の診療 WEB版法人サービス』を4月末まで無償公開（要ログイン）。【無償期間終了】
トーハンの電子書籍サイトMedical e-honでも、災害医療関連コンテンツを期間限定で無料でダウンロードできます（要ログイン、PDF)。【無償期間終了】
エムティアイがiTunes App Storeで販売しているiPhone/iPad向けの電子書籍アプリ、「家庭の医学」（原著は時事通信出版局刊）を4月30日まで無償配信。【無償期間終了】
PierOnlineでは「東日本大震災エイド　復興支援フリーアクセス論文」という特設サイトをもうけ、災害医療関連コンテンツを期間限定で、4月末までをめどに無料公開しています（要ログイン。IDとPW発行には事前申込みが必要）。【無償期間終了】
新日本法規出版は平成18年発行の「Ｑ＆Ａ災害時の法律実務ハンドブック」のテキストを無償公開。【無償期間終了】
化学同人は震災および原発事故関連書籍ページにて「ベーシック薬学教科書シリーズ12『環境』（8：放射線の性質と生体への影響）をPDFで無償公開。【無償期間終了】
岩波書店は東日本大震災関連のお知らせのページにて、雑誌『世界』2011年1月号の特集「原子力復興という危険な夢』からの3論文と、『科学』掲載の2論文をPDFで無償公開。
講談社は2001年に刊行された『日本の原子力施設全データ』（講談社ブルーバックス）の一部の章をPDFで無償公開。【無償期間終了】
丸善出版は『身近な放射線の知識や『リスク学用語小辞典』、『ストレス百科事典』、『応用心理学事典』、『理科年表　平成23年版』、『元素の百科事典』、月刊物理科学雑誌「パリティ」など災害、放射線、心理学分野に該当する文献の本文を、同社サイトの「地震・津波、放射線、心理学分野の書籍・本文無償公開」にてPDFで無償公開。
グラベルロードは電子書籍「災害に強いまちづくり―企業・産業・地域の減災にむけて」をグーグルブックスにて無償公開。
北海道大学CoSTEP（科学技術コミュニケーション教育研究部門）は「もっとわかる放射能・放射線」を電子書籍版とPDFで緊急出版し無償公開。【無償期間終了】
有斐閣は「被災された方々，子どもたちの心のケアについて」無料公開特別サイトで、小林正幸（東京学芸大学）の「危機対応とPTSD」をはじめ、被災地のボランティアスタッフ，心理職，学校関係者に役立つ専門雑誌の記事を無償公開。
大阪大学出版会は、柏原士郎・上野淳・森田孝夫編著『阪神・淡路大震災における避難所の研究』（現在品切れ）の全章をPDFで無償公開。【無償期間終了】
明石書店は「災害復興関連書籍の無償公開のお知らせ」のページにて、近畿弁護士会連合会編『阪神・淡路大震災人権白書』、林勲男編著『自然災害と復興支援』、日本福祉文化学会編集委員会編『災害と福祉文化』を5月30日までPDFで無償公開。【無償期間終了】
柴田書店は『地震の時の料理ワザ』のデジタル書籍版を5月20日までの予定で無料配信。【無償期間終了】

※他にもこうした試みをしている出版社があれば、随時リンクを拡充していきます。

執筆者紹介

仲俣暁生: フリー編集者、文筆家。「シティロード」「ワイアード日本版（1994年創刊の第一期）」「季刊・本とコンピュータ」などの編集部を経て、2009年にボイジャーと「本と出版の未来」を取材し報告するウェブ雑誌「マガジン航」を創刊。2015年より編集発行人となる。著書『再起動せよと雑誌はいう』（京阪神エルマガジン社）、共編著『ブックビジネス2.0』（実業之日本社）、『編集進化論』（フィルムアート社）ほか。

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