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二つの電子雑誌の創刊に思うこと

先月の終わりに相次いで行われた、二つの新しい「電子雑誌」の創刊イベントに参加してきました。ひとつはグラフィックデザイナーの永原康史氏が立ち上げた電子出版レーベルepjpによる『de(デ)』、もう一つは日本ビジュアル・ジャーナリスト協会(JVJA)による『fotgazet(フォトガゼット)』。両者の共通点は、どちらもビジュアル表現にかかわるクリエイターによる、電子メディアを用いたインディペンデントな「出版」であること、そして彼らが既存の出版システムに対して強い危機感をもっていることです。

デザインの歴史を現在の視点で貫く:『de』

『de』の創刊記念トークセッションは、1月27日の夜、銀座のアップルストアで行われました。epjp代表の永原氏がホスト役となり、木本圭子(ビジュアル・アーティスト)、天野祐吉(元『広告批評』編集長)、港千尋(写真家・文筆家)の三氏をゲストに迎えた、対談とトークセッションによる楽しいイベントでした。

『de』は「日本発」「デザインの歴史を現在の視点で貫く」をテーマに日英二カ国語で発行される電子デザイン季刊誌で、2月に無料の創刊準備号をリリースした後、今年4月に正式創刊を予定しています(正式版は有償配信)。フォーマットはiTunesから配信されるiOSアプリケーション版と、Kindle Book版の二種類が用意されるとのこと。

epjpではすでにアマゾンのKindleに対応した電子書籍をいくつか刊行していますが、今年の前半には、この日のゲストである木本圭子さんの作品集『Imaginary・Numbers』(工作舎)の電子版も予定されています。もともとこの作品は、コンピュータの演算で造形されたビジュアルを紙に定着させたもの。それがあらためて電子書籍化され、「コンピュータ→紙→コンピュータ」という再変換が行われるわけです。永原氏によるデモでは、iPadを触る指の動きにしたがって点描のようなグラフィックがダイナミックに姿を変えてゆき、いつまでも見飽きませんでした。

前半のゲスト、木本圭子氏。背景に映っているのが電子版『Imaginary・Numbers』。

iPadの画面を触ることで、点描のようなグラフィックスがさまざまな動きを見せる。

この日、次に登場した天野祐吉氏も、『広告批評』の1999年5月号の特集「20世紀をつくった広告100」を増補改訂した電子書籍を、epjpからとして発売する予定です。「歴史の本を読むより、広告を見たほうがその時代の雰囲気がわかる」という天野氏は、「大衆的な視点から見た20世紀史を伝えるのに、スタティックな紙の本では不十分。今回の電子書籍にも、今後もっといろんな要素をプラスしていきたい。みんなで作る広告の歴史ができたらいい」と語り、電子メディアによる新しい形の「出版」に大きな期待をかけているようでした。

ゲストの天野祐吉氏。背景は亀倉雄策の傑作として知られる東京オリンピックのポスター。

右手が港千尋氏。背景では19世紀フランスのポスターと日本の浮世絵がオーバーラップ。

続いて港氏が対話に加わり、トークセッションは佳境に。電子書籍の登場がもたらした書物観の変容に言及した『書物の変』(せりか書房)という著作もある港氏は、『de』誌上で「tateyoko:超電子時代のイメージ論」という連載をはじめるとのこと。

「19世紀末のパリでは、当時のニューメディアであるポスターが登場したことで景観が一変し、街の物売りのたてる音が消えた。いま、こういう電子的な媒体が登場することで、ひとたび消えた音や時間が復活したら面白い」という港氏。最後には多摩美術大学で教えている学生の作ったメディアアート的な電子書籍を紹介し、ベストセラーを電子化するだけの今の電子書籍とはことなるアプローチが、若い世代のなかから生まれていることを示してくれました。

フォトジャーナリストによるインディ雑誌:『fotgazet』

翌日の28日は、神田の猿楽町にあるNPO法人Our Planet-TVのメディアカフェというスペースで、フォトジャーナリズムの電子雑誌『fotgazet』の創刊記者会見とシンボジウムが行われました。こちらはPDFによる創刊準備号がすでに公開されており、無償でダウンロードできます。

日本ビジュアル・ジャーナリスト協会(JVJA)は、アメリカの9/11事件以後の日本のマスメディアの報道に危機感を抱いたフォトジャーナリストやビデオジャーナリストが、2002年7月に設立した団体です。メンバー個々人の活動については、『「戦地」に生きる人々』『フォトジャーナリスト13人の目』(ともに日本ビジュアル・ジャーナリスト協会編、集英社新書)でくわしく知ることができます。

パレスチナやチベット、ビルマなどでの取材経験が豊富なベテラン揃いですが、昨今の出版状況の悪化にともない発表の場が減っており、現地報告会への参加者もここ数年減少していることなどから、独自の発表媒体をつくる必要を感じるようになったのが、創刊の理由だといいます。ネット上で500人以上の賛同を得ることを条件にプロジェクトをスタートさせたところ、710人の賛同が得られ、創刊の運びとなりました。

『fotgazet』は写真ジャーナリスト自身が編集するPDF形式による電子雑誌。

自身も写真ジャーナリストである野田雅也氏(左)がデザインなどを担当。右は山本宗補氏。

『fotgazet』の正式な創刊号は2月15日に発行される予定で、以後、季刊ペースで5月、8月、11月の各15日に発行。年度購読料は2400円(4号分を一括販売)で、当座は有料購読者1000名を目標とするほか、運営基金を設け、一口3000円の寄付も募っています。編集には毎号2人のJVJAメンバーが交代であたり、創刊号では山本宗補氏と森住卓氏が担当。この日の記者会見では山本氏と、PDF制作とアートディレクションを担当する野田雅也氏が、創刊の背景と趣旨を説明しました。

JVJAメンバー6人によるシンポジウムも行われた。

記者会見後、沖縄で取材中の森住氏がSKYPE経由で現地から中継レポートを行ったのに続き、「電子書籍とジャーナリズム~写真で何ができるか」というテーマでシンポジウムが開催されました。これには前出の山本、野田両氏に加え、JVJAのメンバーである豊田直巳、綿井健陽、林克明、古居みずえの各氏が参加(司会はOur Planet-TVの白石草氏)。

新雑誌の創刊記念イベントであるにもかかわらず(だからこそ?)、「ネットなどで写真の流通量が増えているなかで、消費されない情報とは何か」「なぜフォトジャーナリズムを行うのか」といった根本的な問題意識から、率直かつ厳しい意見交換がなされていたのが印象的でした。

冒頭でも述べたとおり、この二つの電子雑誌に共通しているのは、出版界の現状への強い危機意識です。これは昨年に独自の電子出版社G2010を立ち上げた、作家の村上龍氏とも通じるものがあります(関連記事を参照)。その設立記者会見で村上氏は、次のように語っていました。

電子書籍は、関与すればするほど、興奮してワクワクできる。日本全体を閉塞感が覆っているが、変化は外からやってくるのではなく、自分で何かを作り出して、変化に関与することが大事。「何が起こるんだろう」ではなく、「何が起こせるんだろう」という姿勢でG2010はやっていこうと思う。

いま出版界には、日本社会全体と同様の「閉塞感」が覆っています。しかし、そうした先々の見通しのきかない状態のなかで、作家やクリエイターたちは、いちはやく自らアクションを起こしはじめています。電子書籍に限らなければ、こうした自主的な出版活動の動きは、若手の書き手の間でも顕著に起きています。その代表的な例として、思想家の東浩紀氏らが雑誌『思想地図β』刊行のために設立した合同会社コンテクチュアズを挙げることができるでしょう。

それなのになぜ、「出版」という事業の本来のプレイヤーであるべき出版社や編集者の側から、これらインディペンデントの動きにまけない、次の時代を見据えた、気持ちがワクワクするような試みが生まれてこないのでしょうか。インディペンデントな新雑誌の相次ぐ創刊は、出版界にとても大きな疑問符を突きつけているように思えてなりません。

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執筆者紹介

仲俣暁生
フリー編集者、文筆家。「シティロード」「ワイアード日本版(1994年創刊の第一期)」「季刊・本とコンピュータ」などの編集部を経て、2009年にボイジャーと「本と出版の未来」を取材し報告するウェブ雑誌「マガジン航」を創刊。2015年より編集発行人となる。著書『再起動せよと雑誌はいう』(京阪神エルマガジン社)、共編著『ブックビジネス2.0』(実業之日本社)、『編集進化論』(フィルムアート社)ほか。
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