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第8回 ブックオフ肯定論を検討する(その1)

すでに本連載が始まってから3年ほどになろうとしている。

新型コロナウイルスの流行拡大などを経て、ブックオフをめぐる情勢も変化を余儀なくされてきた。そんななか、ブックオフに対する言説にも変化が見られるようになった。

本連載の目的は、ブックオフというチェーンストアを否定論だけで語るのではなく、その意義や存在の面白さも含めて捉えていくことにある。今後の展望を考えるためにも、本連載が始まって以後のブックオフに対する言説を振り返り、そこでなにが言われ、なにが問題点となっていたのかを考えてみたい。

『ブックオフ大学ぶらぶら学部』の発行

近年、ブックオフに対する言及としてもっとも目立ったものの一つが、『ブックオフ大学ぶらぶら学部』(岬書店、初版は2020年5月に発行。その後、特装版が同年11月に発行)だろう。同書はブックオフの思い出をまとめた本で、武田砂鉄をはじめとする9人のエッセイやマンガが掲載されている。

表紙を開くと、黄色のページの真ん中に「あなたにとってブックオフとは?」という問いかけの言葉が書かれており、それぞれの筆者にとっての「ブックオフ」像が展開することを予想させる。さらにページを開いた「はじめに」では、同書が伝えようとするメッセージがよくわかる。その最後に、このような言葉がある。

本書を、ブックオフが大好きだった友人、荒川満くんに捧げたい。

この本は、「ブックオフが大好きな人」のために書かれているのだ。かつて小田光雄が『ブックオフと出版業界――ブックオフ・ビジネスの実像』(ぱる出版、2000年。2008年に論創社より復刊)で展開した辛辣なブックオフ批判とは対称的な態度である。

『ブックオフ大学ぶらぶら学部』の筆者たちによるブックオフの語り方は、本連載の視点にも近い。同書の中で、武田砂鉄は以下のように書いている。

本の現場を知る、という業界人の講釈から、ブックオフは除外されることが多い。しかし、新刊書店でも古本屋でもブックオフでもたくさんの本を買い続けている自分にとっては、ブックオフをただ悪性のものとして処理する傾向に納得できるはずもない。

繰り返すようだが、この連載でもまた、ただの否定論でない形でブックオフを語ろうとしている。

「ブックオフをたちよみ!」の開始

ブックオフに対する肯定的な言及は、『ブックオフ大学ぶらぶら学部』だけでない。

当のブックオフ自身が、自社の取り組みを自己言及的に語り始めたのだ。それが、ブックオフのオウンドメディア『ブックオフをたちよみ!』である。最初の記事は2020年5月に掲載され、以後、ほぼ毎月一回のペースで更新され続けている。同サイトの「このメディアについて」という文章には以下のような一節がある。

この「ブックオフをたちよみ!」は、ブックオフのことをみなさまにもっと知っていただこうという想いから誕生したメディアです。ブックオフの常連様はもちろん、たまーに気が向いたら来店されるお客様、そしてまだ来られたことのない未来のお客様、さらには以前ブックオフで働いていた方―どなたでも楽しんでいただけるようなコンテンツを用意しています

2020年5月は、『ブックオフ大学ぶらぶら学部』の初版が出版されたときでもあり、時期を同じくしてブックオフ自体がその価値を世間に広げようとしたのだ。この共時性は、2020年にブックオフが創業30周年を迎えたことも大きく影響しているだろう。

「ブックオフをたちよみ!」の記事を見ると、やはり『ブックオフ大学ぶらぶら学部』と同じような態度が見られることに気が付く。

例えば、2020年12月17日に掲載された「tofubeatsは『ブックオフがなかったらミュージシャンになっていなかった』」と題されたインタビューでは、歌手、音楽プロデューサー、DJとして多岐にわたる音楽活動を展開するtofubeatsへのインタビューが掲載されている。記事のタイトル通り、tofubeatsが、どれだけブックオフの棚に影響を受け、そこから音楽的素養を形成したのか、という話がなされている。

また、元「日本一有名なニート」として作家活動を行うphaのエッセイ「ブックオフがあれば生きていけるような気がした」も掲載されている。この中でphaは「20代の頃は週に5日は(ブックオフに)行っていた」と回想し、そこでさまざまな本に出会ったことを綴る。phaは2021年に上梓した『人生の土台となる読書――ダメな人間でも、生き延びるための「本の効用」ベスト30』(ダイヤモンド社)で100冊に及ぶ読書体験を紹介したのだが、ブックオフでの本との出会いも、同書を作ったエッセンスであることは想像に難くないだろう。

同サイトの記事では他にも、さまざまな著作家・アーティストなどのインタビューやブックオフの面白い巡り方の提案が書かれている。そこでは、ブックオフを「一つの文化」として肯定的に捉え、楽しもうとする姿勢が強調されている。もちろん、オウンドメディアという性質を考えれば、ある程度の誇張や、経営母体に対する配慮などもあって当然だが、ブックオフ自身がこのようなイメージを対外的に押し出そうとしていること自体が興味深い。

今回とりあげた『ブックオフ大学ぶらぶら学部』と「ブックオフをたちよみ!」という二つの例からも、ブックオフについて、かつてのような否定論にとどまらない、幅のある言説が展開されていることがわかる。しかし、これらの言説ではまだブックオフについてすべてを語り尽くせていないのではないか。

次回からは、今回紹介した言説をより詳細に検討しながら、そこで何がどのように語られ、そして何が語られていないのかについて考えてみたい。

(つづく)

執筆者紹介

谷頭 和希
ライター。1997年生まれ。早稲田大学文化構想学部卒業後、早稲田大学教育学術院国語教育専攻に在籍。デイリーポータルZ、オモコロ、サンポーなどのウェブメディアにチェーンストア、テーマパーク、都市についての原稿を執筆。2022年2月に初の著書『ドンキにはなぜペンギンがいるのか』(集英社新書)を発表。批評観光誌『LOCUST』編集部所属。2017年から2018年に「ゲンロン 佐々木敦 批評再生塾 第三期」に参加し宇川直宏賞を受賞。
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