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京都の「街の本屋」が独立した理由
〜堀部篤史さんに聞く【後編】

堀部さんは新たに立ち上げる本屋に「誠光社」という名をつけた。飾り気のない実直なイメージのネーミングからは幾分、固い印象を受けるが、堀部さんの本屋としての矜持を如実に表現している。同社のWEBサイトにもその心中が次のようなステートメントとして記されている。

「システムに無理があるならば、改善し、あらたなルールを提案すればいい。本屋の話はもうやめにして、本屋をはじめてみよう」

「土地に根付き、お客さまに影響され、店主自身も勉強しながら商品構成が変化し続ける。姿形はこれまでに親しまれてきた街の本屋でありながら、経営のあり方はこれまでと一線を画する。そうして出来た店が、これからの当たり前の本屋であることを願っています」
「誠光社について」より)

誠光社のWEBサイトより。こじんまりとした店構えがわかる。

記事の前篇では、左京区の文化コミュニティの中で培われ、恵文社一乗寺店を牽引して、ネット時代の流れの中で逆転の手法で頭角を現した成功例として、堀部さんのこれまでの動向を伝えた。私の中では、恵まれた環境と勢いの中で才気を発揮する人というイメージが堀部さんに対してあったのだが、このステートメントには本屋の理想を求める1人の書店員の決意が記されている。

恵文社一乗寺店は堀部さんの店という印象があった。だが実際のオーナーは別にいて、彼はいわゆる雇われ店長だった。昨年の初夏にお会いした時点では、頭の中に独立はなかったという堀部さんだが、当時の恵文社一乗寺店の状況に対して、ひいては出版業界や書店の現状に対して思うところがあったのだろう。独立にあたっての心中を、ご本人にお目にかかって確かめようと、あらためて一乗寺へと向かった。

堀部 恵文社一乗寺店では収益構造について試行錯誤を繰り返していました。120坪の家賃もそこそこの金額ですし、効率の悪いことにレジが3つもあり常時3人のスタッフがいて、総勢15人を雇う必要があった。そもそも書籍の粗利は20%です。そうなると薄利多売にならざるをえず、収益的にもなり立ちません。雑貨の割合が増えていくのは必然でもありました。

書籍と雑貨が混在する付加価値や界隈性は恵文社一乗寺店の魅力の一つだが、それは店舗存続のための苦肉の策でもあったのだ。ただ、堀部さんは雑貨を扱う上でも、ヴィレッジヴァンガードのようなバラエティ的な広がりではなく、あくまでも本との親和性を大切にし、その部分でお客さんに来てもらうように心がけてきたという。

堀部 雑貨と書籍のバランスは、好みや主張ではなく結局は経営面の問題なので、成り立たせるためには店もある種観光地化せざるを得ないんです。それでも掲載メディアやSNS、ウェブサイトでは本屋らしいイメージを発信するよう心がけてきたのですが、もはや僕がコントロールできるような規模ではなくなっていました。

堀部さんは恵文社一乗寺店のオーナーではなかったが、経営面に関しても責任を負う部分が大きかった。経営的に求められることと、現場で本棚を作りイベントを運営する立場として理想とするところのギャップは決して小さくなく、そのことも独立に踏み切る要因になったという。

既存のシステムからの脱却

誠光社のWEBサイトに掲げられた出版社へのメッセージ。

誠光社の在り方を模索する際に、堀部さんが念頭に置いたのは取次に依存しない書店経営、すなわち出版社と直で取引するという思い切った展開だった。

堀部 私のような書店員が独立して店をもった場合、採算を成り立たせるには粗利を上げるしかないんです。その際に取次の存在はいちばんの構造矛盾なんですよ。一般的に新しい書店を開く場合、日販さん、トーハンさんと取引することになるのですが、じつのところ、まったく取り付く島がありません。規模にもよりますが、契約金に莫大なお金がかかると言われています。取次にとって本は委託商品なので、初期仕入額の何割かを補償金として預けなくてはいけないわけです。

たとえば数百万を払って契約し、開店在庫を取次宛に注文するとします。委託とはいえ、次の月にすべて返品するわけではないので、翌月には初回注文分の請求が立つ。結果的に立ち上げにあたって個人が脱サラして、準備できる範囲ではない資本金が必要です。それを2割の利幅(書店のマージン)で回収するとなると、何年にわたって返済し続けることになるのか。そのことを考えると、そもそも書店は個人規模でやる商売ではないのです。

だから、いま書店が新規出店するといえばイコール大手チェーンの支店です。個人による新刊書店の新規出店というのは、現実的に考えればほぼできないシステムになっているんです。新規参入のない業界が今後衰退していくのは目に見えています。

恵文社一乗寺店で収益構造に悩まされてきた堀部さんが、自身で書店を立ち上げる際には、ある種の「ルール違反」のようなことをやってのける必要があった。ルール違反と言っても、もちろん違法性があるわけではない。たんに、これまで誰もやらなかったことだ。それが出版社に対し、取次を介さない「直取引」を呼びかける先のようなステートメントだった。

堀部 数多くの版元さんに直訴し、取次を介さず仕入ができるように話を取り付けました。特例を認めるとルールがなし崩しになるので、先方も戸惑われたようですが、いまはもうそういう時代になってきていると思うんです。そのせいか、多くの出版社の方に理解いただくことができました。

誠光社のWEBには先のステートメントと併せて出版社の名がリストアップされている。これらの出版社は、以下の条件での直取引を認めてくれた誠光社の「パートナー」である。

・初回のみ委託にして、モラトリアム期間を1年にする。
・追加分を買い取りにする。
・初回分は1年経った段階で、全て返品、あるいは買い取りで精算する。

直取引で本を委託する際に難しいのは、先方の管理が煩雑になることだ。そこで誠光社では、初期のみ委託(返品可)として取り扱い、追加分はすべて買い取ることにしたという。初回に仕入れた委託商品は1年間で売れた分だけを精算する。1年後、残部は買い取るか返品かを判断し、委託商品を一旦クリアランスする。この方法で、初期在庫にかかるコストを最小限に抑えたという。

堀部 そうすることで精算部分が曖昧にならなくてすむ。最終精算段階の1年後に売り上げ報告も返品もなければそのタイトルは売り上げとして計上してもらい、そのまま請求を立ててもらうわけです。結果差異が生じた場合は紛失や報告ミス、万引きなどと認識して、店側で責任を負います。

そうした条件のもと、誠光社は多くの版元と7掛け(3割のマージン)での契約にこぎつけた。一部の版元とは条件的に合意に至らなかった例もあるが、小取次などを利用しながらなんとか平均7割の利幅を目指したという。

堀部 子どもの文化普及協会さんだけでも約200社の版元をとりまとめられているので、これで実質、30社プラス200社が直取引の相手ということになります。さらに八木書店さん経由で新刊を取次いでもらいます。条件は8掛けですが一冊単位で注文できるのは大きいです。

じつは、日販からは「注文口座」を開かないかと打診があったという。「注文口座」とは、いわゆる配本のない、注文取り引き専用の口座のことで、条件は買い取りになるという。

堀部 日販の担当者の方に「取引に際する条件などの要項を下さい」と聞いても、なかなか話が前に進みませんでした。「注文口座の場合、契約金はいくらですか? 算出の根拠が難しいんじゃないですか?」と問い続けていたら、結果的に「これくらいでいい」という曖昧な回答をいただいたのですが、一方では多額の契約金が必要だと言いながら、もう一方では、返品ができないとはいえ比べ物にならないほどの額で開くことができる口座が存在する。ダブルスタンダードだし、その選択肢すら一般には提示されていない。こんなバカな話ないですよね。

釈然としないやりとりではあったが、一部の大手出版社とは取引ができず、雑誌も扱えないのであれば新刊書店としての看板が成立しない。結局、雑誌に関しては「新進」という、雑誌を売店やたばこ屋など小規模な小売店が扱うためのスタンド流通業務を担う会社と契約を交わすことになった。

コミックを多く出版している講談社の書籍も、「子供の文化」という取次経由で取ることができた。ただしそこの規定には「コミックは除く」とあり、コミックは取り扱うことはできなかったという。

堀部 こうした取り組みについて、河出書房新社さんや平凡社さんのような規模の出版社までが応援してくれるのが嬉しかった。私のやろうとしていることに対して理解があり、彼らも「これからはそうなっていくでしょう」と賛同してくださった。それを聞いて、出版界にはまだ未来があるなと感じました。出版社さんとは共に利益を提供しあえる「パートナー」として付き合いたいんです。

本屋の将来が危ぶまれるといった論調は、メディアでもSNSでもこのところ少なくない。しかし、堀部さん自身は、そういった書店論はもはやどうでもよいという。実際に自分の考え方で本屋を始め、将来を切り開きたいと考えているのだ。

誠光社は個人書店なので補充も財務的にも簡単にはできない。当然、いままでの書店員とは違った頭の使い方が求められる。そうした新しい書店の在り方については、身体感覚的に慣れていこうと堀部さんは考えているという。

「そこにしかない本棚」

誠光社は18坪の小さな店舗だが、堀部さんが理想とする本屋の在り方を体現する居城である。

堀部 古書や洋書、リトルプレスも多く取り扱います。古書を扱うことは重要で、一点物、つまり他の店では見かけないものが一冊はいるだけで、棚の並びが違って見える。新刊は選択肢が限られてくるし、それだけで棚を作るとどの店も似通ってくる。でも古書を交えれば「そこにしかない」本棚の見せ方ができます。

オンラインショップでの本の見せ方にも堀部さんならではのやり方が光る。誠光社はSTORES.JPというショッピングカートのシステムを採用しており、書影はもちろんのこと内ページの紹介、さらに本の概要とイメージ、古本の場合はその状態を伝える丁寧な解説が添えられている。

誠光社のオンラインショップで私はL.A.のアートブックパブリッシャー、THE ICE PLANTが発行する5年ダイアリーをさっそく購入した。ショップページの写真と解説を眺める内にダイアリーを手にするイメージが湧いてきて、欲しくなったのだ。このときはまだ実店舗はオープンする前だったが、決済の後、すぐに品が届いた。

堀部 オンラインショップにとって重要なのは「編集」なんですよ。新刊書はどこでも買えるが故に巨大オンラインショップとは争えないし、わざわざうちのオンラインショップに掲載する意味はあまりない。でも売れないからといって、古書ばかりをアップしているとネット古書店のように捉えられかねない。だから新刊書を扱うにしても関連書籍を合わせて3冊をセットにするなど、編集の手を加えた商品にします。さらには、洋書にリトルプレス、音楽ソフトなどをバランスよく配することで、専門店的でない、多様なアクセスの仕方が可能な状態になります。

オンラインショップにしろ、棚にしろ、本が好きな人間はその店が自分の志向に合致しているか、否かを一瞬にして理解する。じっくり見なくてもパターン認識が働き、惹かれる書店は「そこに謎がある」と直感的に認識されるのだ。

堀部 洋書と古書とリトルプレスと新刊本を混ぜた情報体系を心がけています。たとえばamazonで売っている洋書でも、古書や新刊本と並べることで文脈が変わり、能動的に洋書を買わないお客様には新鮮に映ります。並びを見るだけで雑誌のように楽しめる、だから商品構成のバランスを考えるのも編集行為だと思っています。

海外の出版社との直取引は日本の複雑な出版事情に比べ、遙かに簡単だという。支払いはPaypalで行い、初めての取引先でも自分が本屋であることを一本メールするだけで、「リテイラー(小売店)向けのディスカウント価格ということで40%オフで送ります」と返事がくる。こうして堀部さんの触手にふれる洋書と古書とリトルプレスと新刊本が店舗に並ぶのだ。

職住一致の店

誠光社の内装は「cafe & grill 猫町」「李青」「素夢子古茶屋」の施工などで知られ、『街を変える小さな店』にも登場した安田勝美氏が手がける。京都を基盤に店舗や個人住宅を手掛け、古民家移築再生・町家の再生・古材を生かした空間づくりを得意とする建築家だ。なかでも「cafe & grill 猫町」の空間は店舗でも住居でもない独特の間合いが秀逸で、そこでゆったりと過ごすことが約束されたような気配を漂わせている。そんな安田氏が設計を担当すると聞くと期待せざるを得ない。

堀部 彼は「自分も通える店を作る」みたいなスタンスで店作りを手がけられています。気に入ったクライアントに対しては、予算がなければ廃材を使ってでも、という気持ちで、できる限り良いものをつくりたいという方です。

誠光社を開店するに際し、堀部さんは店の2階に住むことにした。いわゆる居職一体のスタイルだ。

堀部 居住空間は随分狭くはなりますけど、結果的にかなり家賃がおさえられるようになりました。三月書房さんと同じスタイルです。お店の上にお住まいで、家族で営まれている。だからこそ、お店を続けられることができた。そうでもしないと本屋さんは成り立たないでしょう。

この話を聞いて私が連想したのは、都市が持つスケール感(集客性)と付加価値、情報性から離脱した小商いの事業主やクリエーターが地方へ移住するという昨今の流れのことだ。たとえば編集部を長野市の古い一軒家に置き、編集と経営を一体化させることでダウンサイジングをはかり、最小限のユニットで『Spectator』を編集・出版する青野利光はそうした先駆者だ。

堀部 出版する側と売る側のお互いが規模を小さくして近づけば、利幅もあがり、3000部発行の本でも利益がでる。そのためにはしつらえの良いものを作って、本の価格を高くすればいいんです。たとえば出版だけでなくほかのメディア事業も手がけるような大手の版元さんはそういうことはできないでしょう。数字の問題なので、相対的に利益が少ない部門に手をかけることは組織として難しいですよね。

一方、中堅規模の版元さんなら初版部数が5000部とか3000部でも普通でしょう。もっと初版部数が少ない人文系の出版社もあります。たとえば、講談社文芸文庫みたいに、初版が少なくて値段が1,500円くらいの文庫本も当たり前のように存在する。高いか安いかは相対的なものです。部数は少ないけど欲しい人は必ずいるはずですから。

堀部さんが誠光社でやろうとしているのは、規模を縮小することで利益率を高め、薄利多売では得られなかった「価値」を提供しようということだ。

堀部 事業は拡大、成長することが当たり前だとされていますが、個人の価値観はそうではない。たとえば車が一台ぐらい持てて、毎週外食にいけて、酒も発砲酒で我慢しなくていい、たまに好きな本が買えるくらいでいい。私も含めてそういう美意識を持つ人はたくさんいます。要するに他人のスタンダードに与する必要はないんです。嗜好品や文化的なものを扱う人間は、そういう考えでないと続けられません。

「1000部」規模での出版事業

堀部さんは本屋の経営だけでなく、小規模での出版事業も進めている。自ら本を企画・出版する。そして完成した本は誠光社だけでなく、他の書店でも販売する。

堀部 恵文社一乗寺店でやっていた「ビッグウェンズデー」というイベントのなかから、ミズモトアキラさんとの「タモリ」や「伊丹十三」についての対談の内容を本にまとめました。また、雑誌『coyote』などで活躍されているイラストレーター、赤井稚佳さんの作品集も日英バイリンガルで発行しました。

この「誠光社オリジナル」として現在、『コテージのビッグ・ウェンズデー』(ミズモトアキラと堀部篤史の共著)と、堀部さんが編集した赤井さんの作品集『Bookworm House & Other Assorted Book Illustrations』 が刊行されている。本のほかにもポストカードやペンなどがオリジナル商品として販売されている。

今後も面白そうな素材があれば積極的に書籍化し、誠光社などの本屋に置けるような幾分マニアックな層をねらって、初版1000部程度の本を出版するという。気になるのは出版に際してのコストの内訳だ。発行部数1千部、上代を1,000円と想定して聞いた。

堀部 原稿料や編集、デザイン代、印刷代のすべてを誠光社が支払います。たとえば、1000部✕1000円の総額(100万円)の半分(50万円)でまかなえれば、誠光社から見ると仕入れ価格は5掛けとなる。50万円の内訳は、印刷代を25万円とすれば残額の25万円がデザイナーと著者の取り分になります。部数の半分ほどを誠光社で売り、残り500冊を知り合いの本屋に6掛け買い取りで卸します。店のオリジナルの本ができるというのは強い。アマゾンでは買えない商品ですから。

誠光社でも展示販売やトークショーやライブなどのイベントは行う。作家ものの雑貨の展示販売として、店内にある3メートル幅の壁にテーブルを置いて作品展示を行う場合は、出店料を取らず、利幅の大きい作品を売るという。20〜30名の規模だが集客イベントも売り場と通路部分、レジ前をスペースを利用して開催する。クラブイベント等でも採用されている(ワンドリンク付き)の料金設定を作るため、ドリンクの設備も整えたという。

堀部 常時雑貨を扱うのではなく、イベント時の期間限定販売だと、書籍と雑貨の商品構成の割合は変わりません。そこで書籍と比べて比較的高額で利幅の高いアイテムをお買い上げいただければ、本屋としてのスタンスは保ちながら経営の助けになります。また、イベントの際、ワンドリンクという設定は運営上とても重要なんです。そこで店の奥にカウンター席を設置し、コーヒーメーカーと冷蔵庫を置いてドリンクを提供できるようにしました。ゲストを呼ぶ時、料金1,500円(ワンドリンク付き)とすると、入場料のうちから1,000円分をゲストにお支払いし、ワンドリンクの500円分を店の利益にさせていただきます。

イベントも多数の動員を見込んでいるわけではない。恵文社一乗寺店のコテージでもイベントを毎月企画してきたが、アカデミックな内容の場合、30人も集客があれば大入りといえるほどだったという。

堀部 誠光社では20人ほどお客さんが来たら十分という規模で、動員にやきもきせず、成り立つスタンスでやりたいと思っています。「ビッグ・ウェンズデー」は毎月のレギュラーイベントでしたが、そのペースでやるのって結構キツイんですよ。資料も山ほど買って、トークの対象について時間をかけて調べるし、とにかく仕込みが大変でした。これからは無理せず、2ヶ月に1回くらいのペースにしようと思っています。イベントは集客を結果とするのではなく、アーカイブ化することで別の価値が生まれます。その内容を後で誠光社の本としてまとめるつもりでやり続けたいと思います。

数としては20〜30人かもしれないが、この人たちの存在が貴重なのだ。音楽の世界でも「伝説のライブ」と呼ばれるものがあるが、そこに立ち会った人たちの人数は案外と少なかったりする。

書店経営のノウハウを共有したい

カフェ文化の流れやブックコンシェルジュの存在と相まって、古書やリトルプレスを扱うカフェや雑貨の店が増えている。そこには出版の世界を変革する潜在的な可能性がある。

堀部 版元から直接仕入れする、というのは別に私の発明じゃありません。この店のステートメントはそれを言語化しただけのことです。ミシマ社さんや夏葉社さんなどの版元は、同じことを出版社の立場からもう始められている。前兆としてあったのは、古書とリトルプレスで構成するスタイルの書店です。取次が相手をしてくれないから、古書とリトルプレス以外は置けなかったような書店の人々にも、ノウハウを共有したい。こういうメソッドがあるということをオープンにして、新規出店する人たちの参考になればと思っています。

石橋毅史の『「本屋」は死なない』では、ある元書店員の言葉として、次の言葉が紹介されていた。

「情熱を捨てられずに始める小さな本屋。
それが全国に千軒できたら、世の中は変わる」

似たようなことを、インタビューのなかで堀部さんもいっていた。誠光社のような本屋が日本に100店もあれば、初版1500部〜3000部程度の本を売るための十分な拠点となりうる、と。また誠光社のウェブサイトにも、下記のような印象深いメッセージが記されている。

「本屋は街の光です。誠光社の試みが広く認知され、同じスタイルの本屋が全国に百店舗できれば、薄暗くなりつつある街も少しは明るくなるはずです。今回の試みはできるだけオープンにし、本屋を志すみなさんと共有し、参照できるよう発信するつもりです」
「誠光社について」より)

開店後の「誠光社」を訪れて

ここまでの記事は開店前にうかがったインタビューをもとにしている。執筆に手間取るうちに、堀部さんの新しいお店は開店してしまった。12月の下旬、ようやく誠光社を訪れる機会ができた。

阪急河原町駅からバスで15分、河原町丸太町で下車して徒歩5分ほどの場所に誠光社はある。落ち着いた住宅街にありながら交通のアクセスもいい。二階建ての木造建築の一階部分が店舗で、ゆったりと軒下の空間をとった佇まいが特徴的だ。玄関はガラス面が大きくとられ、中の様子がよく見えることから、一見、カフェのようにも見える。

店内の壁や本棚には、内装を担当した建築家・安田勝美氏のセンスある配慮から、リーズナブルな合板が使われ、自然光がはいるため、店内は明るく軽やかな印象がある。所々に合板のメーカーの印が残された部分もあり、未完の趣があって興味深い。両サイドに本棚があり、その真ん中にキャスターがついた可動式の島が3つほど。イベントの際に広く使うためとみえる。それらの奥の空間がレジになっている。

品揃えは文学・詩、カルチャー、漫画・美術・デザイン、民俗学、そしてリトルプレスと雑貨などがバランス良くそろう。島の一つに吉行淳之介の『恋愛作法』の古書と菊池成孔の『レクイエムの名手』が並んでいたのが印象的だった。私は、店内にはいってすぐの島に置いてあった、レアード・ハントの『優しい鬼』を買った。その日の朝、朝日新聞にて、著者と訳者の柴田元幸、作家の柴崎友香との鼎談記事で紹介されていたものだった。

オープンしたばかりの誠光社は清楚で凛とした佇まいが心地よく、かつての恵文社一乗寺店の秘やかな存在感とはまた違った、アクティブな気配がある。ここから、どのような価値が生まれ、どのようにコミュニティが発展していくのかが楽しみだ。めまぐるしく変貌を遂げる現代の街並み、時代の中で何年、何十年経っても、この場所、この店構えのまま誠光社が佇むと考えると、とても嬉しく思えるのだった。

執筆者紹介

櫻井一哉
ライター。音楽やアート、書評などのライティングおよび、そのスキルを活かしてWEB、映像制作、各種クリエイティブワーク、企業理念などの執筆も手がける。エンターテインメントとビジネスソリューションのハイブリッドが信条。Solaris 代表 www.solaris.vc
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